第91話 異世界での修学旅行・3


 露店通りを歩き出して数分と経たぬうちに手織物の露店の前でソフィアが色とりどりのスカーフやハンカチに着目して足を止めた。

 チラと後ろを振り返ると10メートル位離れた先でアシュレーとリチャードが笑顔で何か話している。


(そう言えば2人はパーティーの時も会話してたし、知らない仲じゃないのよね……)


 2人の会話に入れないのか、ネーヴェだけじっとこちらを見つめているので小さく手を振った後、露店の手織物に向き直す。


「ねえ……こうして4人で話すのって、召喚されて以来じゃない?」

「正確には2日目の朝以来ですね」


 私の呟きに優里が補足する。そうか、あの時アンナが部屋を出て以来か。

 後はメアリーがいたりメイドがいたり――意識しないようにしてたけどやはり誰かに監視されているという状況は私の心に伸し掛かっていたみたいだ。

 男性陣の見守りがあるから完全に解放されてるとは言い難いけど、今、物凄く気分が軽い。


「盗聴されているかもしれませんし、周りの人に聞かれたら都合悪い話もできないと思いますが……それでも、私、皆さんとこうして話せる機会が出来たのはとても嬉しいです」


 嬉しそうに呟くアンナの、油断してはいけない、という優しい警告も後に続く喜びの言葉も全て本心なんだろう。


「ねえねえ、このスカーフ素敵じゃない? 軽いし」


 やや光沢のある黄土色のスカーフを持ってソフィアが話に割り込んでくる。

 滑らかな手触りのそれは確かに素敵だと思うし、リチャードの目の色と同じ色のスカーフをソフィアが欲しいと言ったらリチャードは喜んで買ってくれるんじゃないだろうか? と思う。


「いいんじゃない? スカーフならチョーカーの上からでも付けられるし」


 この世界に来てからずっとお世話になっているチョーカーに手をかけてソフィアの言葉を肯定する。

 不衛生にならないように、と私がお風呂に入ってるタイミングでセリアに洗われてるから毎日つける事に抵抗は無いけど、これを身に着けていると首周りのお洒落は制限される。


「そう! このチョーカー、センスがないのよ! 隠せるなら尚更良くない? 決めた、これ買うわ!」

「あ……そうだ、もし良かったら皆でこのスカーフ買いませんか……!? 色違いも結構あるみたいですし、好きな色で!」

「あ、私は……」

「ネーヴェに払わせたくないなら私が買った事にしてプレゼントしてあげるわ」


 真紅のスカーフを手に取ったアンナの提案に遠慮がちに顔を伏せた優里をソフィアがフォローする。クラウスのお金なのにソフィア、本当に遠慮が無い。

 まあこれだけ金貨持たせてきたんだしスカーフが1枚増えてもクラウスは全く気にしないだろうけど――どうにも、本人が良いと言っていても本人がいない場でお金を使うのは気が引ける。


「えっと……じゃあ、私はこの綺麗なスカーフにしようかなぁ……」


 断る理由が無くなった事もあって優里はうっすら緑がかったシアースカーフを手に取る。後は私が選ぶだけの状況なんだけど――


(うーん……ピンとくる色が無いわ……)


 色違いはいっぱいある割に、青や水色の物が一切無い――何でだろうと思ったけど店番のおばちゃんの薄茶がかった癖毛の金髪に少し暗めの黄色の瞳を見て納得する。


 しかし、せっかく皆でお揃いにしようとしてるのに私だけ買わないというのも空気が読めないし――と思う中、視界に入った白いスカーフに手を伸ばしかけて、止める。


 (私が白いスカーフを身に付けたらあの人は機嫌悪くするだろうな……)


 この世界の人間が色に拘っているのはもうヒシヒシと感じ取っている。

 一般市民でさえこうやって商品と言えど相反する色は店にも並べない位避けているのだから自分の色を引き継がせたい有力貴族となれば尚更その傾向は強いだろう。


 白のスカーフから視線をずらすと黒のスカーフも見つけたけど――悩んだ末、その中間にあった灰色のスカーフに手を伸ばす。

 これならクラウスもあの人もそこまで機嫌を損ねる事は無いだろう。

 今の私が着ている服――セリアがコーディネートしてくれた服にも薄灰や濃灰が使われているのだから、間違いない。


「地味なの選んだわね」

「黒と白に挟まれてる私には丁度いいわ」


 私が手に取ったスカーフを見てソフィアが純粋な感想を述べてきたので私も純粋な言葉をかえす。

 普段黒の婚約リボンと白のリボンを取り換える作業が面倒という事もあって、つけっぱなしでも問題ない色を身に付けたい。


「地味だと思うなら露店通りの端にブローチとコサージュの専門店があるから、そこでスカーフを飾ると良いよ」


 私達のやり取りを聞いていたらしい店番のおばちゃんが露店通りの奥の方を指し示す。

 スカーフをブローチやコサージュで飾る――確かに、良いアクセントになるかもしれない。


 皆、欲しいスカーフが決まった所で支払いに入る。

 スカーフは1枚につき銅貨3枚。私が自分とソフィアと優里の分をまとめて支払った後、アンナに呼ばれたアシュレーがポケットから金貨1枚出して『釣りはいらねぇ』と言って渡すとおばちゃんは物凄く喜んでいた。

 1枚3000円のスカーフを10万円で買われたら私も歓喜するわ。


 その後、早速皆揃ってチョーカーの上からスカーフを身に付ける。滑らかな肌触りが心地いい。


 そして近くのサンドイッチと飲み物の出店の前を通りかかった所でアシュレーのお腹が盛大に鳴り『親父がメイドの朝食代出すならお前らの朝食代は俺が出してやるよ』とアシュレーの金貨1枚で美味しいサンドイッチと甘酸っぱいジュースをご馳走になり、その後様々な店を巡る。


 露店の一つ一つが色とりどりの商品を取り揃えていて面白い。

 手織物に毛織物、銅細工に銀細工、綺麗な石がはめ込まれた装飾品――ソフィアが気に入った物を見つけてはこっちに手を出してくるのが面倒臭くて銀貨を5枚まとめて渡す。

 そういう私も毛織物の露天で手触りの良いフカフカの毛皮の膝掛を見つけたので1つ購入する。


 優里は興味深げに色々な物を眺めては歩み寄ってくるネーヴェに「欲しいなら買いますよ?」と問いかけられて遠慮している。


 純粋に楽しい時間を堪能しながら時折カフェの方向を見やるけど、まだクラウスが来る気配はない。

 もうすっかり日が昇っていて人通りも増えてるのに――どれだけ叱られてるんだろう?


「あ、ここだっけ。スカーフに合う装飾品のお店」


 いつの間にかおばちゃんに言われた、露店通りの端にたどり着く。

 ここは露店じゃなくて建物の中で商品を販売しているようだ。窓からは小物が入ったいくつものショーケースが見える。


 焦げ茶色の木製のドアを開けると、ドアに付けられた小さな鐘が気持ちいい音を立てる。

 暖かな照明の下、広い店内のショーケースには様々なブローチが並んでいた。


「へぇ……なかなか趣があって素敵な店じゃない」


 ソフィアは隅の方から見ていく事にしたのか、私達から離れていく。


「ソフィアさん、元気そうで良かったです……昨日凄く疲れてるように見えたから……」


 私の横にいた優里がポツリと呟く。昨日、ユンが空気読めない注意をした時に優里の姿は見えなかったけど、優里もドアの隙間から覗いていたのだろうか?


「飛鳥さんって本当凄いですよね」

「そんな事ないわ。ソフィアを元気にしたのはクラウスよ」


 まるで私が元気にしたかのような言い方をする優里に、慌てて手を横に振って否定する。実際、機嫌が本当に良くなったのは傷が治ってからだ。


 お金を使いまくるのはどうかと思うけど、元気になってくれて本当に良かった。傷の意味でもお金の意味でも、クラウスには頭が上がらない。


(それだけじゃない。本当に色んな意味でクラウスに助けられてる)


 だからこそクラウスに何かできたらなと思ってクッキーを渡したのだけど。それに対してお礼をしてくるのだから困る。

 大したものを返せるわけではないけれど、もらってばかりの関係、というのはどうにも居心地が悪い。


 壁に賭けられた時計を見ると、いつの間にかもう10時を過ぎている。そろそろクラウスが辛くなってくる時間だ。


(皆で仲良く話せる機会をくれた赤の公爵には感謝してるけど……クラウス、大丈夫かな?)


 ぼんやりクラウスの事を心配しながらカウンターのショーケースを何となく眺めていると、銀色に輝く、蝙蝠のような羽が生えた猫のブローチが目に留まった。



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