第18話 朝の密談


 ソフィアの部屋に入ると既にアンナと優里も呼ばれていたようで、ソフィアはベッドに、アンナと優里は小さなテーブルを挟んだ椅子にそれぞれ座っていた。

 朝の挨拶を済ませた後、化粧台の椅子を引っ張り出してテーブルに寄せて座る。


「皆無事で良かったわ。リヴィがお持ち帰りされる可能性もあるって言ってたから心配してたのよ」

「お誘いはいくつか受けたんですけど断ったらすぐ引き下がってくれました。本当、飛鳥さんのお陰です」


 優里が安心したように微笑む。私のお陰かどうかは分からないけど、皆が強引にお持ち帰りされずに済んだ事に心底ホッとする。


「今回は強引にいって野蛮人と思われるのが怖くてアイツら引き下がったようだけど……ユーリ、断る時はハッキリと断れるようにならないと駄目よ?」


 優里が誘いを断る様子を見ていたのだろうか? ベッドに座るソフィアが注意する。


 ハッキリ断るって単純な事だけどなかなか難しい。ハッキリ断ろうものなら生意気だとか、もっと言い方があるだろうとか言われてしまう。

 かと言って、やんわり断っても察してもらえず余計なトラブルを招く事もある。


「この世界では何でもハッキリしておかないと、アンナみたいな目にあうわ」


 ソフィアの言っている事も分かる。この世界に地球の常識は通用しない。察してもらえるだろうと受け手受け手に回っていたら、一気に流されてしまいそうだ。


「そう言えば……アンナ、体調大丈夫?」

「はい。あの後ゆっくり休む事が出来ました」


 話題に出されたアンナに声をかけると、こちらも優里と同じく安心した表情で微笑んでいる。

 その笑顔に昨日の怯えは無い。あの騒ぎがトラウマにならなくて本当に良かった。


「それで……皆、昨日のパーティーで何か分かった事ある? こっちはダメ。基本的に相手の自慢話。この国の有力貴族の名前と階級と子づくりした際の待遇を覚えた位。後は……ああ、何処と何処が仲が良いとか悪いとかもザックリ覚えさせられたわ……」

 ソフィアは大袈裟に肩を竦め、深いため息を零す。


「ダグラスさんには1日でも早く地球に帰りたいとは伝えたわ。調べるから少し日数が欲しい、って」

「貴方の騎士様は本当に貴方に気に入られようと必死ねぇ」


 ソフィアはニヤニヤと微笑む。明らかに面白がっている様子だけど、実際は全くそんな状況ではない。


「情報はくれるけど、実際に協力するのは子ども産んでからだそうよ。しかも、先に別の男誘惑してキスとかハグとかしてから来いだって! ありえなくない!?」


 自分でも正直何を言っているか分からないこの説明。


 ソフィアのドン引きの表情とアンナの怪訝な表情とちょっと理解が追い付いていない様子の優里、3人の表情で心に溜まっていた溜飲が一気に下がる。


「それは……ありえないわ」

「そういう趣味……なんですかね?」

「ちょっと……いや、想像してた状況と大分違いました……ごめんなさい飛鳥さん……」


 そう、これ、こういう反応が欲しかった――だけど、趣味という可能性は考えてなかった。もし趣味だったら相手は相当の変態だ。勝てる気がしない。


「……私、2つの器持ってるらしくて、それに自分と相手の魔力注ぎ込んで、その状態で子づくりしたいんだって。あ、この事はセリアが他言しない方が良いって言ってたから、内緒ね」


 ダグラスさんから他言するなと言われた訳では無いけど、念の為周囲に広まらないように釘を刺す。


 今思えばセリアが腹痛を起こしたのは私がダンビュライトの名前を出してからだ。

 腹痛は単なる偶然かも知れないけど、他言しない方が良いと言っていたあの鬼気迫る表情が気になるし、それを追及するまで他のメイドやこの世界の人達に知られるのは避けたい。


「ああ……皆魔力に色持ってる、って話? そういえば、いかに自分の色が美しいか語ってる人がいたわ。特定の色だと凄い武器だか魔法だか道具だかが使えるそうよ?」


 ソフィアの言葉に一つ疑問が解消する。この国の有力貴族達が自身の色を保とうとする理由は、それか。


 特定の色の魔力を持つ者にのみ反応する武器や魔法――どんな物なのか、どんな感じなのか、想像するとちょっと胸が熱くなる。

 やっぱり、カッコいい名前がついていたりするんだろうか?


「その色を保つ為に私達が召喚されたんですよね……」


 優里が呟き、アンナが小さく頷く。私がセリアに教えてもらった事と同じ位の事は皆既に把握しているようだ。


「……全部あちら側の都合の良いように動くなんて絶対嫌だわ。私は絶対に地球に帰る」

「あ、その事で私、思い出した事があるんですけど……!」


「……待ってください」


 ソフィアの呟きに呼応するように声を出した優里。そしてそれを遮るようにアンナが声を上げる。


「……私、地球に戻る位ならこの世界で生きていくのもいいかなって思ってます。だから、これから地球に帰る方法を話し合われるのでしたら、私はここで失礼します」


 突然の発言に沈黙が漂う中、アンナが続ける。


「すみません……でも、帰る気が無いのにここで皆さんの話や計画を聞いてしまって、もし他の誰かからその事を探られたら私、隠し通せる自信がありません……私、皆さんが地球に帰るのを邪魔したくないんです」


 真剣な表情から徐々に泣きそうな表情に変えていくアンナが訴えた理由は、とても合理的なものだった。


 リヴィは私達が地球に帰ろうとする事に対して援助も干渉もしないと言っていたけれど、それは地球に帰れるのは40年後、というこちら側にとって圧倒的に不利な状況があるからだ。


 私達に執着してないように見せかけて、実際は私達が自活するのを諦めて誰かの子どもを産んでくれれば――という願いが見え隠れしているのは明らかだ。


 そんな中で十数年ぶりに召喚した4人のツヴェルフのうち3人が1日でも早く自分の星に帰る方法を探している事がバレたら国や貴族が妨害してくる可能性は大いにある。


 下手に情報を聞く事で後々迷惑をかけてしまう可能性を考えたら、最初から話を聞かない――これは、アンナなりの配慮なのだろう。


「……わかったわ。でも、まだ1日過ぎただけだし、地球に帰りたくなった時はいつでも相談して」


 かなり勇気を出したであろう告白に応えられるよう、明るい笑顔で返す。

 まだこの世界に来たばかりだ。もしかしたら気持ちが変わる事もあるかも知れない。それを打ち明けづらい辛い雰囲気にはしたくない。


「アスカさん、ありがとう……ユーリさん、私は協力できないけどあの事で何か分かったらすぐお伝えします」

「アンナさん……ありがとうございます!」


 優里のお礼にアンナは小さく頭を下げて、部屋を出ていった。

 あの事って、何の事だろう? 優里に聞いてみようと思った、その時――


「……こんな星のどこに惹かれたのかしら」


 勢いよくベッドに仰向けに寝転がったソフィアがぼそりと呟いた。


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