第100話 黒の独白(※ダグラス視点)

 

 ツインのツヴェルフさえいれば、全て解決する。


 14の時に父が病死し、遺品を整理していた時に見つけた父の手記からそれを知った。

 それから10年弱――数々の武勲をあげて英雄の称号を手にした上で、私はツインのツヴェルフの召喚を希望した。


 皇帝と神官長に呼び出され、召喚希望の理由を正直に答えれば驚かれた。

 そこで向こうの方から異父弟の名を出してくるとは思っていなかったのでこちらも驚かされたが。本当に、厄介な父親を持ったと思う。


 私が綺麗な跡継ぎを残せるよう模索したのは自分の犯した過ちを償う為か、父親として子の幸せを願っていたのか――父が死んだ今となってはもう分からない。


 召喚希望が通った際、私と異父弟以外は必要としないツヴェルフなのだからパーティーに出さなくても良いのでは? と伝えたが他の公爵家に疑われるような真似はできないと断られ、その代わりに召喚の儀の補佐をする名目で塔に赴きツインのツヴェルフに優先して会う権利を得た。


 この日が来るまではツヴェルフが自分の子と異父弟の子を産んだ後、どちらに居を構えようと子どもに笑顔を見せてくれる母親であればそれでいいと考えていた。


 体への負担やマナアレルギー、子どもを産む順番など面倒な問題こそあるが、公爵夫人の地位とそれにふさわしい待遇、自由に使える大金、面倒な公務や付き合いの免除――条件は悪くないはずだ。


 黒の魔力に侵される事のない、まだ見ぬ伴侶が私との子を笑顔で抱く姿を思い描く度、心が躍った。

 魔物を屠ったり、未知の魔法を探求したり、生意気な存在を圧倒する事以外で心躍る感覚は悪くなかった。


 ただ、それを成り立たせる為に必要不可欠な存在である異父弟から全く乗り気でない事を示す手紙が届く度に苛立ちも募った。


 愛が無い人間とはしたくない? 贅沢な悩みを言ってくれる。私は愛が無い人間とすらできないのに。




 結局異父弟を説得する事が出来ないまま召喚された彼女は、少々感情の起伏が激しい以外は他に特筆すべき事も無い、普通の女性だった。


 身分も魔力も関係なくこちらが優しく接すれば彼女も戸惑いつつも優しく返してくれる。こちらが敬意を見せればあちらも敬意を見せてくれる。

 この位の関係が丁度いい。少しずつ距離を詰めていけば良い関係を築けそうだと思った。



 しかし――歓迎パーティーであちらこちら動き回る行動力とよりによって公爵令息に一発入れて貴族達に啖呵を切る勇ましさを目の当たりにして、嫌な予感がした。



 彼女を友人の所に向かわせた後、彼女が私が望んだツヴェルフである事を公言して場を納めれば今度は自分に攻撃を仕掛けてきた公爵令息と自分を放置したメイドを助けろと言ってくる。

 その後の会話でも所々彼女の失礼を超える言動が気にかかり、警告と共に彼女の忘れ物に婚約リボンを添えて渡した。


 私に対する彼女の態度には目を瞑ろう。私は彼女に多大な負担をかけて願いを叶えてもらう事になるのだから。ただ、他の有力貴族に目をつけられたら厄介だ。


 ツインのツヴェルフなど、他の貴族からしてみれば殆ど価値が無い。

 態度が気に入らないからと暗殺を企てられよう物なら私の願いは10年後に持ち越さねばならない。その年月は、今の私にとってあまりにも長すぎる。


 彼女の願いが『地球に帰りたい』というのはある意味好都合だった。

 子を産む役割だけ彼女に担ってもらった後地球へ返し、その後改めて従順で身の程をわきまえた母親役を探せばいい。


 パーティー中は大勢の貴族が見ている前で手の平に野生の小鳥を乗せているような気分だった。


 動き回るな。鳴くな。人を攻撃するな。襲い掛かって来るな。悪いようにはしないから、私の手の上で大人しくしていろ。元の星に帰りたいなら帰してやる――そんな事を思う相手の、至極どうでもいい願いを聞き入れたついでに婚約者気取りの手紙を綴る自分が滑稽で仕方がなかった。


 ただ、願いを叶えてくれたお返しに、と彼女が作ってくれたらしい料理は美味しかった。

 それに添えられた音石に違和感を覚えて魔力を復元させれば、私を下に見るような、煽るような発言をしていた事には本当に苛立たされたが。


 一つ気に入らないと思うと、他の些細な事も気になってくるのは色の特性か、それとも人のさがか。

 魔物狩りで合流した際、怪我をしてる姿も、神器をも振るった形跡も、死を目前にして絶望しない姿も――正直、全て気に入らなかった。


 果たして彼女の心は何処まで強靭なのか――とあえて凄惨な光景を見せつけて彼女が意識を失った時には今まで感じた事のない快感と庇護欲に包まれた。


 生意気な彼女が青ざめて倒れ込む姿に心打たれる。

 いくら強がっていても所詮か弱き者。守ってやりたくなる。自分が多少苦痛を味わおうとも、優しく介抱してやろうという気になる。


 ――この汚く歪んだ感情が到底人に受け入れられる物ではない事は分かっている。


 私はけして彼女を傷つけたい訳ではない。ただ、少しだけ身の程をわきまえてさえくれたら。私の事を見下すような言動をやめてくれたら。私のこの黒く塗れた感情をぶつけたりしないですむのに。

 反抗的な人間を叩き潰してやりたくなる衝動は、我ながら本当に厄介だと思う。



 目を覚まして少しは心折れたかと思ったが――彼女はどうにも私の思い通りに動いてはくれない。私と一緒に先に進むのが嫌だという。

 やり過ぎたかと反省して下手に出てみても、彼女の瞳から恐怖を取り払えない。


 恐怖を感じるのは私にだけでいいのに。私ではなく魔物や悪魔を恐れている彼女が激しく気に入らない。この私が、守ると、言っているのに。


 黒の色神を気に入って撫でまわす彼女に意外と可愛い所もあるなと感じたが、生意気な気質はやはり好きになれない。猫をかぶり続ける気も失せてこちらが素を出すようになっても、彼女は怯まない。


 彼女にル・ターシュの事を告げるとすぐ目を輝かせた。周期については緑の節を過ぎた後で告げればいい。が、地球に帰りたいと願うツヴェルフが彼女以外にもいる可能性がある。もし緑の節に気づいた時の為に牽制はしておくべきだろう。


 私の願いを叶えずに逃げようとすればどうなるか――言葉で説明するよりは力で説明した方が早い、と思い圧倒的な力量を見せつけても怯え震えるのは体だけで、その眼は私に対して反抗心すら宿している。その眼が、特に、気に入らない。


 私が召喚した悪魔を見た時のような恐怖の眼差しで、私を見てくれれば。きっとまた、いや――あれ以上に心地良い快感を得られるのに。


 何故低俗な魔物や私が召喚した悪魔には怯えて、死者の大軍と死霊王を屠った私には怯えないのだろう?


 私がどれ程強いかを知ってなお平然と言い返してくる。本当に、何も学習しない勝手気ままな鳥のようだ。その上名前も『飛鳥』だと言うのだから笑うしかない。本当に、その翼をへし折りたくなるような態度を取らないで欲しい。


 服が汚いから嫌だと言われて服と体を綺麗に洗えばまるで変態を見るような目で見られ、彼女の為を思って洗浄を申し出れば本当に変態のように扱われる。


 素を見せたら嫌われる事は分かっていた。ただ、嫌われたからといって子どもを諦める事は出来ない。

 幸い異父弟との相性は良いようだからさっさと白の魔力を溜めて私の願いを叶えてくれれば、後はもう何処にでも飛び立てばいい。


 私に抱かれる事を嫌がるなら眠らせて事に至った後、魔法で強制的に受胎させればいい。

 彼女が子どもを残してくれれば、それでいい。



 そう、思っていたのに。



 彼女の笑顔を見た時に、彼女が良いと思ってしまった。

 怯えさせた快感とは全く違う心地良さが、感情を震わせる。


 私の実力を知らしめても、死の危険に晒されても、汚い感情に塗れた私を見せてもなお、私に笑顔を向けてくれる彼女に、胸が激しく鼓動するのを感じた。


 受け入れられた気がした。その屈託のない笑顔を子どもにも見せたいと思った。そしてその笑顔をまた、私にも見せて欲しいと望んだ。



 彼女にずっと、この世界にいて欲しいと思った。

 


 何故、気に入らない部分が多々あるのにこんな風に思うのだろう? 異性に受け入れられる、というのはここまで心が温かくなるものなのだろうか? 分からない。ただ、彼女の笑顔一つ見ただけでここまで感情が乱れる自分が恐い。


 私を知って、それでも好きでも嫌いでもないと言うのなら。彼女のメイドが言うように私を好いているのなら――もっと好かれれば願いを叶えた後も地球に帰らないかもしれない。


 召喚対象は孤独な者。フラれた直後に召喚されたと言う彼女を強く想い合うような人間は向こうの世界にいないはず。

 私か異父弟のどちらかが、彼女と親密な関係になって地球に帰らないように引き留めれば彼女はこの世界に残ってくれるかもしれない。


 ル・ターシュの、緑の節の次の周期――3年後までに、どちらかが彼女の愛を得られたなら。接する限りでは彼女は義理固い面も見受けられる。彼女が異父弟を選んだとしても私の事も悪く思っていなければ、私にも、私との子どもにもそれなりに優しく接してくれるはず。


 彼女に気に入られる為には、どうすればいい? プレゼント? そう言えばツヴェルフが皇城を出る時に婚約者が贈るドレスがあったな――とりあえず青にどこで娘のドレスを仕立てさせているのか聞いてみるか。


 それにしても――大量の魔物を屠り死霊王の本という興味深い物を手に入れただけでも気分が良いのに、彼女の色んな一面が見れた。馬車に誘ってくれた。また彼女の手料理を、今度は何の苛立ちも無く食べる事も出来た。


 幸せとは、こういう日の事を言うのだろうか? こんなに心が満たされた状態で眠りに付ける日は初めてだった。




 そんな充実した魔物狩りを終えた翌日、訓練場で彼女が武器を触っているという報告を受けてまた嫌な予感がした。


 そして次の日には黒の魔力の影響で精神不良を起こしたと聞いて居ても立ってもいられず皇城に向かう。

 白の魔力が上回っていれば黒の魔力の特性はでないはず。そして私が魔力を注がない限り、黒が白を超える事は無いはずなのに。


 もし私の性格と気質が彼女に受け入れられたとしても、黒の魔力はまた別の問題だ。嫌な魔力だと思っていないだろうか? 彼女は私を、拒まないでいてくれるだろうか?


 彼女の言葉が聞きたい。どうか、私も、黒の魔力も、全て受け入れてほしい。


 急いで彼女の元に駆けつけてみれば彼女が不用意に白の魔力を使った結果僅かな黒の魔力が上回ったという、全くもって愚かとしか言いようがない状況に怒りがこみあげてくる。


 大人しく私の言う事に従ってほしい。私は、彼女に極力辛い思いをさせたくないのに。

 こちらが下手に出ればすぐ図に乗る彼女のこういう所は本当に気に入らない――嘆く私の心を惑わすかのように、彼女がまた、微笑む。


 彼女が、私の為にと言うから。私を見つめるから。期待してしまった。黒の魔力をその身で感じたにも関わらず、私を――拒まないから。


 私の中の怒りが崩れていく。代わりに、目の前の女性をこの手にいだきたい――と、心が、体が叫び出す。


 ああ、間違いない。これが、恋なのだろう。理性を狂わせるような甘い感覚に溺れそうになる。今この欲求に身を任せて彼女を抱いてしまったら確実に彼女が壊れる。それが分かっているから留められたに過ぎない。


 何故私は抱けない? 直接の口づけも抱擁すらも、白の魔力が溜まってないとできない。何故私だけが、想い人を抱く為に他の男を必要としなければならないのだろう?

 せめて私の持つ魔力が黒でさえなければ、このまま感情に任せて彼女を抱く事が出来たのに。


 部屋から出る時すらせめてもう一目と思う位に、狂おしい感情が押し寄せる。


 傷つけたくない。壊したくない。ああ、愛しい。


 この時ばかりは彼女に怯えた眼で見つめられる事が寂しかった。この時私に向けてほしかったのはその眼じゃなかった。

 母があの男と、幼い異父弟を見つめていたような眼で、私を見つめて欲しかった。


 ああ、私の汚い欲望も、子どもじみた願いも、初めてわずらう恋も――私の様々な想いの行きつく先全てに、彼女がいる。


 私は貴方に愛されたい。私の子どもを産んだ後も、ずっと傍にいてほしい。私は、貴方と幸せになりたい。貴方と私で、幸せな家庭を作りたい。その為なら、飛鳥さんの為なら私は何でもしてみせましょう。だからどうか、地球へ帰らないでほしい――



 あの時、それを伝えていたら――彼女の心無い言葉が私を踏み躙る事は無かったのだろうか?


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