第124話 黒と白の因縁・6


(閉じ込められた……!?)


 窓もなく完全に密室となってしまった部屋の中、私が不安に包まれているのが容易に推測できるようで、ヨーゼフさんは小さく息をついた後こちらに向き直った。


「あのメイドに今から話す事を聞かれると面倒ですからな。主が起きる前には解放しますのでご安心ください。立っているのがお辛いならベッドに座られると宜しい。主もアスカ様ならお許しになられるでしょう」


 いくら大きいとは言え、男の人が眠ってるベッドに座るのは抵抗がある。そのまま立ち続けるとヨーゼフさんはそれ以上は勧めてくる事無く語りだした。


「まずは何故主の中に白の塊が存在するか、からお話ししましょうか……主の母君であるセラヴィ様が先代との性交渉の際、重いマナアレルギーを起こされた事はご存じですかな?」


 ヨーゼフさんの問いに小さく頷く。

 寒気がしたのはこの部屋の独特の空気のせいか、少しだけ雨に打たれて服が濡れているせいか、錯乱状態の全裸で皇城に飛ばされる事が現実味を帯びてきたせいか――全部だろう。


「その際、先代の魔力ではマナアレルギーを抑えられないと判断したセラヴィ様の専属メイドがセラヴィ様を連れて皇城に逃げました」


(セラヴィの専属メイド……メアリーが転移石を使って逃げたって事?)


 メアリーは『引き離して皇城で保護した』という言い方をしていたから、恐らくそうだろう。

 自分が、と言わなかったのは私にそこまで詳細に伝える必要はないと判断したのかもしれない。


「その際、皇城にいた前ダンビュライト公が<器の中にある魔力の色を変える事でマナアレルギーを抑える>という名目でセラヴィ様に白の魔力を注いだらしいのです。その場に遭遇した先代が、2つの魔力が混ざらないよう禁術を使って白の魔力を結晶化させた……それが主の中に白の塊が存在する理由です」

「……ダグラスさんはどっちの子なの?」


 真っ直ぐな疑問をぶつけると、ヨーゼフさんが苦笑いする。


「ああ、言い方が悪かったですな……前ダンビュライト公の魔力は性交渉ではなく口づけで注がれたものらしく、主は間違いなく先代の子です。だからこそ先代は主を殺す事ができなかった……しかし、自分以外の男の魔力を器に宿す主を認める事もできなかった」


「……だから、前ダンビュライト公に同じ事をしたと?」

「その通りです。どう言い訳しようとその事実は変わりませんな」


 ――……やられたらやり返す、そういう人でしたから――


 魔物狩りの時にダグラスさんが呟いた言葉を思い出す。

 自分の子どもがそうなったから、相手の子どもも同じ目に合わせた――魔物狩りの時に言ってたあの言葉って、そのままの意味だったんだ。


 ダグラスさんがクラウスの魔力の動きにやけに詳しかったのは自分も同じ境遇だから――体調不良も、時間が来ると眠りにつかなければならない感覚も、自身が身を持って知っているからだと思えば、全て納得がいく。


 言われてみれば、これまであの人と午前中に会った事はない。

 魔物狩りで助けてくれたタイミングは12時に目覚めて駆け付けたにしては早すぎる気もするけど――


「ただ、予想外だったのは前ダンビュライト公もセラヴィ様を愛していた事です。自身の寿命を大きく削る禁術を使って相反する魔力を結晶化させ、不純物を宿した小僧を殺す事なく生かし……そこまでは先代と同様でした。しかし、そこから先が違った。白は全てを包み込む……その特性通り、前ダンビュライト公は全てを受け入れた」


 ヨーゼフさんの語りが続いて、一旦考える事をやめて話に集中する。


「妻と子を愛し慈しむ彼の姿に、器を守る為だけに口づけした訳ではない事、器の大きい子を成す為だけに連れ去った訳ではない事を知り、先代はセラヴィ様を連れ戻す事を諦められた」


 当時の事を思い出したんだろうか? ヨーゼフさんは目を伏せて首を小さく横に振るった後、またその細い目で私を見据える。


「先代達の色恋沙汰については、これ以上の事は何も話すつもりはありません。ですがアスカ様があの小僧に同情されるのなら、その同情は同じ位……いえ、それ以上に主に向けられるべきです。あの小僧は両親に愛されていた。しかし主は両親から一切愛を向けられなかったのですから」


 確かに私は不幸な境遇に置かれているクラウスに同情している。それを自分の主にも向けてほしいと思うのも事情を知る家臣なら当然かもしれない――だけど。


「ヨーゼフさんの一言言いたかった気持ちはよく分かったけど……親の恋愛の遺恨を子どもに突き刺すのはあまりに酷だし、間違っていると思う。その幸せが偽りだろうが本物だろうが、貴方がクラウスに対して酷い事を言った事実は変わらない」


 私の言葉をどう受け止めたのか、ヨーゼフさんはそれに言葉を返さずに、壁時計の方を見やった。


「……そろそろ出ましょうか」


 私もつられて時計を見やるともう11時30分を示している。

 まだダグラスさんが起きる時間には余裕があるけど念の為という事だろうか? ヨーゼフさんは再び壁に嵌まった黒い石に手をかざすとドアが現れた。


 ドアを開くと再び激しい雨音が耳に響く。風が窓を揺らす音も相まっている中、時折遠くで雷が鳴る音も聞こえてくる。


「……こんな事私に話して良かったの?」


 暴風雨の音に掻き消されてもおかしくない程の呟きをヨーゼフさんは捉えて振り返る。


「いつかは知られる事です」

「……でも、口止めされてたんでしょ? ヨーゼフさんが言ったって分かったら、怒られるんじゃないの?」

「私はこの事を主には言うつもりはありませんし、アスカ様が主に言おうと知らないフリをしようと構いません。どう重く見積もっても殺される程度で済む罪ですからな。心残りはありますが……心残り無く逝く事が許される程徳を積んだ記憶もないので致し方ない」


 微笑んで語るヨーゼフさんにもう返す言葉が無い。何でこう、事ある毎に他人の命が付きまとってくるのだろうか?


「ところで……あの黒の魔力で、あのツヴェルフに何を伝えたのですか?」

「……餌付けした理由聞かれて、仲直りをしたかったから……と伝えたかっただけよ」


 そこは絶対追求されると思ってたから考えておいた事を少し躊躇った感じを添えて返す。


「成程、あの小僧がそれを聞けば更に機嫌を悪くしたでしょうな……分かりました」


 まだお昼も過ぎていないのに、窓の向こうの空も私の気分もどんよりと淀んでいた。


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