第50話 触っちゃいけない恋の花


 激しい雨音にも負けない声で呼びかけてきたアシュレーは私の3歩前位の所でピタリと止まった。


 頬と眼のアザは大分薄れているけど、まだうっすらと青く痛々しさを感じる。

 (その顔で魔物狩りに行ったんだ……)と思うと、脳が筋肉でできてるんじゃないかとつい失礼な発想が浮かんでしまう。


「アシュレー……アンナなら今食堂に入っていったけど?」

「いや、今日はお前に聞きたい事がある。地球の女ってどんなプレゼントが嬉しいんだ?」

「プレゼント……? 好きな人から貰う物なら何だって嬉しいと思うけど……」


 明るい笑顔から放たれた唐突な質問に戸惑う。

 アシュレーがプレゼントを送る地球の女――とくれば当然アンナだろうと仮定して無難な返答をするとアシュレーは「ふーん」と一言言った後、


「そうか……じゃあやっぱりおふくろの言う通り牛肉の塊にするか……」

「お菓子か花か装飾品アクセサリーにしなさい。そもそも何のプレゼントよ?」


 先程の自分の発言を後悔し、すぐに具体的に無難な方向に訂正しながら聞き返すとアシュレーの笑顔がより一層眩しい物になる。


「あいつ、3日後が誕生日なんだってよ。だからサプライズしたいんだ」


 ニコニコ笑う口元から覗く八重歯がちょっと可愛い。そしてプレゼントの事情が分かった事でつられて私もニヤついてしまう。


「そう……私に聞いてよかったわね。牛肉の塊は無しよ。ちゃんと切って焼いて出すならまだしも」

「は? 3日後はシチュー食べたい気分かも知れないのにステーキ出したらテンション下がるかもしれないだろ? 好きに食べられる塊の方が良いだろ~?」


 何故アシュレーはアンナが難なく牛肉の塊を切り分けられる前提で話をするのか。 大きな肉を切り分けるという作業がどんなに面倒臭い事か、目の前の男はまるで分かっていない。


「お菓子か花か装飾品が無難だって言ってるでしょ? 誕生日に牛肉の塊なんて加工が必要で保存が面倒なもの贈られたらアンナも迷惑でしょうよ」


 ストレートに言い切ってしまうと、アシュレーはぽかんと口を開けたまま私を見つめてくる。

 その透明感のある赤い瞳に真っ直ぐ、長時間見つめられたら惚れてしまう気持ちも分からないではないな、と思いつつそっと視線を瞳からそらす。


「そういうもんなのか……? じゃあ菓子、花、装飾品の中では何が良いんだ?」

「流石にそこからは自分で考えなさいよ……他の女に聞いた物をそのまま送った事がバレたら印象悪くなるわよ? 私だって気まずくなるし」

「何で?」


 本気で分かってない顔をするアシュレーにいざ説明しようとすると、なかなか難しい。


「何でと言われても……感覚的な物よ。少なくとも私は好きな人からのプレゼントに他の女性が関わってるのが分かったら嫌よ。私がアドバイスできるのはここまで」


 私も人に助言出来る程、恋愛関係が豊富な訳じゃない。甘酸っぱいキスやハグをちょっと経験しただけの、健全なお付き合いだったのだから。


 それでも好きな人から貰えるプレゼントは特別な物だった。だからそれに別の女性は関わってほしくない。穢されたくない。

 それは、人にはあまり打ち明けたくない醜い感情――嫉妬とか、独占欲からくるもの。


「分かった、じゃあ2つ目の質問な。プレゼントの包装に婚約リボン使われたのどうだった? あれ、女達に素敵~ってウケてるみたいだけど、実際受け取ったお前は嬉しかったのか?」

「え、婚約リボンって……貴方、アンナに求婚するの?」


 2人が恋に落ちたのは分かってたけど、まさかもうそんな段階に来ているとは。

 パーティーで最悪の出会い方をして、仲直りしたとはいえまだ出会って5日目だというのになかなか早い進展だと思う。


「もうすぐ婚約者決まるからな。リボンは用意したけど、これだけ送るのもつまらないし誕生日プレゼントの包装に使うのもアリかなと思った」


 そう言ってアシュレーが懐から取り出したのは、金の刺繍が施された真紅と言える位鮮やかな赤のリボン。

 肉の塊の包装に使われるのを防ぐ事ができて良かったと心から思う。


「うーん……リボンだけで渡してほしい気もするけど素敵なプレゼントにリボン添えるのも有りなんじゃない? どちらにしても、ちゃんとリボンの説明はしなさいよ?」


 この男の場合、わざと言わないのではなく本気でうっかりして言わない可能性が過ったので念を押しておくと、アシュレーは大きく頷いた。


「分かった。最後にもう一ついいか? 地球の女は口づけした後、どうすればいいんだ? そのまま抱いていいのか?」

「は、はぁ――――!?」


 アシュレーの突拍子もない質問に思わず絶叫してしまう。


「何言いだすかと思ったら、流石に、そこまで面倒は見切れないわ……!!」


 この男に付き合っていたらこれ以上何聞かれるか分かったもんじゃない。


「おい、待てよ! 牛肉の塊が駄目だったんだからそれも駄目かもしれないって思うだろ!?」


 咄嗟に力強く手首を掴まれて引き留められる。振りほどこうとするもアシュレーの手はビクともしない。


「俺アンナに嫌われたくないから慎重にいきたいんだよ……! 俺だって本当はお前に話しかけたくないけど、地球のルール聞けるのお前しかいないんだよ……!」

「だからって、私に何でもかんでも聞かないでよ! わ、私まだ一度も抱かれた事ないから、無理矢理は駄目って事位しか分から……って何言わせんのよ!? アンタ、馬鹿じゃないの!?」


 必死な表情で顔を近づけられても、答えられないものは答えられない。恥ずかしさのあまり蹴り入れてやろうかと足に力を入れた、その時――


「な、何の話をしてるんです!?」


 アンナは叫ぶと共にアシュレーと私の間に割って入るような形で入り込み、自然とアシュレーの手が私の手首から解かれた。


 私を見るアンナの眼差しはけして敵意という程攻撃的な物じゃ無い。だけどこれ以上アシュレーと話さないでほしいという強い意思を感じる。


 これはもしかして――いわゆるひとつの<修羅場>という状況じゃないだろうか?


 かと言って、ここでそそくさと離れてアンナと話さなかったら余計変な事になりそうだし、だからと言って今の話をバラすのも――とか言ってアシュレーにアドリブも期待できないし――え、待って、この状態抜け出すの、難易度高くない?


「アンナ様への惚気話を聞かされていたんです。アンナ様は本当にアシュレー様に愛されてるのですね。羨ましい限りです」


 絶体絶命の私にこれまで傍観していたセリアが助け舟を出してくれた。


「それにしては、アスカさん、アシュレーに引き留められてませんでした?」

「惚気話にウンザリしたアスカ様が立ち去ろうとした所をアシュレー様に引き留められただけです。」


 セリアの返答に赤面して納得するかと思ったけど、意外にもアンナは食い下がった。

 そして(ウンザリしてるのはセリアなのでは……)と思わせる程、淡々とした言葉を返すセリアの眼には光が宿ってない。


「……それにしては、アスカさん顔が赤くないですか?」


 いつものアンナとは違い、やけに追及してくる。

 その怒ってるのか悲しんでいるのか戸惑っているのか――あらゆる推測が出来る表情からは、とにかくアンナを刺激したらややこしい事になるという事しか分からない。


「熱烈な惚気話を聞かされれば顔も赤くなります……そう言えば、昨日リアルガー家の赤馬車が来られていましたが、何かあったのですか?」


 セリアも私と同じ結論を出したのか、アンナの追及をかわすようにアシュレーに話を振る。


「ああ、俺の親父とおふくろと弟と妹が俺の活躍を見たいからって付いてきた。最終的には皆で魔物狩ってたな」

「皆さんに守って頂いたお陰で傷1つありません」


 この状況をよく分かっていないのか平然と答えるアシュレーと、嬉しそうに頬を染めるアンナ。


「え、アンナ……あと一人の招待者は?」


 確か、もう1人手配されていたはずだ。そんな、公爵家が家族総出で来ている中1人付き合わされる気の毒な招待者を心配せずにはいられない。


「最初から乗り気ではなかったみたいなんですが赤馬車を見て『俺どう考えても要らないよね? お幸せに!』って馬車に乗る前に爽やかに帰っていかれました」


 酷いな――と思ったけど、よく考えるとツヴェルフが親密になる為のイベントにわざわざ息子の晴れ姿を見たいが為に家族総出でやってきたリアルガー家の方が酷い。


「そっか……アンナが怪我しなくて本当良かったわ。私は散々だったから」


 昨日の事を思い出し、深いため息をつく。皆が安全に狩りを過ごしたんだからそれでいい。それでいいと思おう。


「アスカ様、そろそろ行きましょう。強くなる為には1秒たりとも無駄にはできません」

「強くなる為……?」


 セリアが移動を促す為に言った言葉がまたアンナの関心を引いてしまう。でもこれは刺激するような事もないかな?


「ああ、私、魔法戦士目指す事にしたの。昨日の狩りで、私もちゃんと戦えるようにならなきゃと思って……! じゃ、アンナ、また教室でね!」


 手短に言い終えた後、セリアを連れて早足でその場を離れる。


「へぇー! 強くなるって良い事だよな! 頑張れよ!」


 そんなアシュレーの激励にアンナがショックを受けている事なんて、知る由もなかった。


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