第49話 目指すは魔法戦士(レベル5)


 この世界に来て5日目の朝は激しい雨音と窓が風に揺らされる音によって起こされる。

 音を聞いていると見てみたくなるもので――果たしてどれほどの雨か、と思い身を起こすと地味に体が痛んだ。

 昨日の動作が原因の筋肉痛だと確信するのにそう時間はかからない。

 痛気持ちいい範囲で体を伸ばした所で、ドアをノックする音が室内に響く。


「おはようございます、アスカ様、起きてらっしゃいますか?」

「起きてるわ。どうぞ」


 ドアを開けて入って来たセリアはいつものメイド服をピシッと着こなしていた。昨日あれだけの戦闘をしたとは思えない。元気に見えるけど、念の為聞いてみる。


「セリア……大丈夫?」

「大丈夫です。昨日頭を打たれた所はアスカ様が癒してくれましたし、その後はダンビュライト家の従者の方にも治療して頂きましたし、絶好調です!」

「あ……気づいてたの?」


 ぶっつけ本番の回復魔法をかけた時、セリアは意識を失ってるように見えたけど、実は意識があったのだろうか? と思ったらセリアは頭を小さく横に振った。


「いいえ……でも、今の反応で確信しました。アスカ様には本当に、何度も助けられてますね」


 フフ、と微笑むセリアに、可愛いなぁ、とつい見惚れてしまう。


「私だってセリアに助けられてるわ。それで、朝食が終わった後にセリアにお願いしたい事があるんだけど……」

「分かりました。それでは先に準備を済ませましょうか」


 準備をしている間にソフィアが既に皇城を出発した事を聞く。早起きして会えたら良かったな――と思った物の、出発した時間が5時30分と聞いて驚く。


 早く出発すればその分早く帰って来られる――ソフィアも自分で出来る限りの事をしようとしている。私も、私が出来る事をしないと。

 セリアから手渡された衣服を見つめながら、切り出す。


「セリア、明日からは昨日みたいな動きやすい服を持ってきてほしい」

「え、何故です?」


 きょとんとした顔で問い返され、一晩考えた自分の決意を打ち明ける。


「私も魔物と戦える力を付けるべきだと思うの。その為に訓練しようと思って……」


 ダグラスさんに対抗するには、策を講じる前にまず<自分自身を何とかしないといけない>という結論に至った。


「まず弓は絶対使えるようになりたい」


 あの白の弓さえ使えればダグラスさんと相対した時にある程度対抗できる気がする。次はもっとちゃんと引けるようになりたい。


 クラウスが午前中しか起きられない呪いにかかっている事を考えたら、何かあった時にクラウスだけを頼りにする状況は厳しいし、またあの弓を引く事になる可能性はけして低くはないと思う。


「後は剣術……いえ、斧とか槍とか一通りやってみて扱いやすい物を選んだ方がいいかな……?」


 弓だけだと接近戦に持ち込まれたら危ういのはゲームの知識ながらよく分かっている。どの武器が一番良いのか、と考えるとセリアが狼狽える。


「お待ちくださいアスカ様、もう狩りも終わりましたし、アスカ様が強くなる必要はありません。昨日の事はもう気になさらず……」

「それじゃ駄目なのよ。私、昨日の戦闘で痛感したの。このままじゃいけない、戦えるようにならなきゃって」


 昨日ダグラスさんが来るまで耐え凌げたのはクラウスから魔力と神器を借りたからだ。

 それがなかったら、私は自分の身すらロクに守れない足手まといだ。


「仮に相手が物凄く強い武器持ってるレベル50のラスボスだとしても、攻撃手段も持たないレベル1の村人より鉄の剣持って回復魔法もちょっと使えるレベル5の魔法戦士の方が、まだ生き延びられそうな気がするじゃない?」


 今から自分を鍛えた所で熟練の冒険者レベルの強さまで望めないのは分かりきっている。

 けど、今からでも頑張れば少なくとも今の自分よりはずっと戦えるようになれるはず。


 それにラスボスを倒すのではなく、あくまでその攻撃をかわして逃げ切れたらいいだけなんだから。

 いざという時に咄嗟の反撃が出来るか出来ないか、それだけでも大分違うと思う。


「アスカ様、仰られている意味がよく分かりません。私では、力不足ですか……?」


 ゲームで例えたのが不味かったのか、セリアにはいまいち伝わらなかったようだ。落ち込むセリアの瞳が、少し潤んでいる。

 まあ、自分がいるのに主人が『私自分の身は自分で守るから!』とか言い出したら、私も泣きそうになるかもしれない。


「セリアがどうこうじゃないの。私自身が強くならなきゃ駄目なのよ」


 本当に、セリアが悪い訳じゃ無い。それにセリアとはいつか別れなければならない。

 自分が仕えるツヴェルフが地球に帰るなんて言いだしたら全力で止めるに決まってる。邪魔される可能性だってある。


「セリアが強いのは分かってる。だから魔法の使い方や武器の事とか、色々教えてほしいの。セリアにお願いしたい事ってそれなのよ。セリアの強さを認めているから頼ってるのよ」

「アスカ様……」


 戸惑いつつも自分が褒められたことが嬉しいのか、ちょっと口元が綻んでいる。よし、後一押し。


「私はセリアに守られるより、セリアと肩を並べて戦いたいのよ。そういう主従関係も、有り、なんじゃないかしら?」


 咄嗟に思いついた台詞を並べ立てると、セリアの瞳がキラキラしはじめた。


「分かりました……私、全力でアスカ様を応援します……!」


 セリアは私の両手を包むように握り、力強くそう言ってくれた。何となくセリアの扱い方が分かってきた気がする。


「そうだ、クラウスから何か手紙とか届いてない?」

「いいえ……昨日の事で落ち込まれていなければいいのですが……」


 今日来るかも、とは思ったけどあの状況で帰った事を考えると、なかなか来づらいのかもしれない。

 昨日は城に着くのが遅くなって音石を送れなかったけど、今日午前中に向こうからのアクションが無ければ送ってもらおう。



 身支度を整えて食堂に入ると、隅っこに騎士や兵士達に囲まれて苦笑いする優里が見えた。そこに割って入ると騎士や兵士が一気に退散していく。


「ありがとうございます、飛鳥さん」

「いいのよ。気にしないで」


 騎士や兵士に聞こえないように配慮してか小声で礼を言う優里の隣に座り、セリアが持ってきた食事を受け取る。

 温かいスープを堪能しながら優里を見やると、優里の後ろで優里のメイドのユンがすごいキツい視線を私に――いや、私の後ろの方に送っている事に気づいた。


(しまった……ユンとセリアって、仲悪いんだった……)


 ユンとセリアが互いにテレパシーでも送りあってるのか、何かバチバチやってるのを感じる。

 優里もそれをヒシヒシと感じているようで、見て分かる程食の進みが速い。


 せめて言葉で会話してくれれば注意もできるのに――何も聞こえない状態で何を言う訳にもいかず、まるで針のむしろに座っている気分だ。


「……何か、ごめんね?」

「いえ……こちらこそ、すみません……」


 小声で謝りあいながら、優里は早々に食事を終わらせてユンを連れて出て行った。


 次からは優里を助けるのは控えた方がお互いの為になりそうだ、と反省しながら朝食を食べ終えると、入れ違いでアンナがメイドのジャンヌを連れて入って来る。


「おはようアンナ。狩りは大丈夫だった?」

「はい。アスカさんは大丈夫でしたか?」


 声をかけると、アンナから優しい返答を貰う。


「色々あったけれど、何とか大丈夫。昨日、心配してくれてたでしょ? ありがとね」

「いえ……無事で本当に良かったです」


 アンナと笑顔で別れた後、外廊下に出る。

 セリアの提案で今日の朝の自由時間は魔道具の使い方を教わる事になり、部屋に戻ろうと歩き始めた、その時。



「よう!」



 激しい雨音にも負けない聞きなれた声に振り返ると、アシュレーが真っ直ぐ私の方に向かって走ってくるのが見えた。



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