第33話 白の情愛・1(※クラウス視点)


 アスカが塔から姿を消してから、僕はずっとラインヴァイスに乗って色んな所を飛び回って必死にアスカを探した。


 何処かで見つかってないかと新聞を読んだり、皇都近くを通る度に塔や皇城に降りて情報を集めたりしていても手がかりは掴めず。

 分かったのは恐らくアスカの行方不明には黒の従者達が絡んでるだろう事と、アスカがこの世界に残ってる事がバレたら大事になってしまうだろう事だけ。


 何で皆アスカを悪者扱いするんだろう?

 何で新聞は僕がアスカに誑かされたように書くんだろう?


 確かに、僕があげた魔力を勝手にあちらこちらの男に使おうとするアスカの行動は褒められたものじゃないけれど――


(ああ、駄目だ。こんな事思ったらアスカが僕を嫌ってしまう)


 こんな事を思ったからアスカは僕の前から消えてしまったんだ。

 僕がアスカに対して嫌な事を思うと、神様はすぐに僕とアスカを引き離そうとする。気をつけないと。


 それに、あの時のアスカの行動は彼女の善意や罪悪感からきたもので、それ以外の他意なんて無い事は分かっている。


 アスカは間違いなくダグラスに惹かれている。その想いはしぼんだかと思えば膨らんだりして、なかなか消えてくれない。

 その感情が僕に向けられずにあいつに向けられている事が何より悔しかった。


(おかしいよ……僕はアスカの為を想って、アスカが幸せになればと思って行動してきたのに……! あいつはアスカを酷い目に合わせているのに……!!)


 僕が少しでも油断したらすぐにアスカは離れていくのに、あいつがどんなにアスカに酷い事をしても、アスカは――


 ギスギスした感情は鋭い棘になって強まれば強まる程その棘が内側から僕の心を刺していく。刺された心から滲み出るのは、後悔。


 あの時、アスカが本当に頼れるのは僕しかいなかったのに。

 これから自分がどうなるのか、不安だっただろうに。


 あの時が――アスカと共に逃げられるチャンスだったのに。

 少し休んでから、会いたくないから、だなんて自分の心を優先した結果がこれだ。


(アスカを見つけたら、何があってももう絶対に離れないようにしないと……)


 油断しちゃ駄目だ。休んでも駄目だ。

 アスカが傍にいない状況で自分を優先しちゃいけないんだ。


 早くアスカに再会して、早くアスカの心にいるだろうダグラスを追い出して、そして――地球には行けなかったけど、この世界で2人で暮らせる場所を見つけるんだ。そして、幸せに――



 そう決意してアスカを探しても見つからない。まともな手がかりも掴めない。

 地球に行った際に換金できればと思って亜空間収納に入れておいた数十枚の金貨を消費しながら慣れない生活を続けていくにつれて、僕自身の中で黒の魔力がじわじわと結晶化していく。


 白と黒の魔力が禁術で分離された状態で生まれた僕には白の魔力を作り出す大きな核と、禁術の中で黒の魔力を作りだすとても小さな核がある。

 いくら黒の魔力を相手に流しても、時間が立てば再び黒の魔力の塊ができてしまう。


(いっそ、この黒の魔力の核もアスカに流せてしまえたら凄く楽になるのに……ああ、でも、駄目だ。そうしたらアスカの片方の器に黒の魔力が溜まってしまうようになる)


 それに僕自身にこの核があるから黒の魔力に満たされたアスカに対して酷い嫌悪感を覚えずに済んでる可能性もある。

 それにこの黒の魔力は1日で元に戻る訳じゃない。一度流せばこれだけ持つ事も分かったんだ。僕が耐えればいいだけの話だ。


(それに……午前中だけしか起きられないなんて可哀想だとアスカは思ってくれる……)


 不幸な僕をアスカは見捨てられないはずだ。アスカは――優しいから。


 ああそうだ。黒の核これはアスカの気を引ける大事な物だ。アスカにこれを流してしまうなんて、そんなの絶対駄――



『……ダン……ライト侯……待ちになって!』



 上空を飛ぶ中、突如女性の声が頭の中に響いた。ラインヴァイスも気付いたようで飛行速度を緩めて少しずつ降下していく。


 雲を越えてうっすら皇都が見えてくる――地方には遠くまで声を届ける魔道具があると聞くけれど、そういう物を使わずにこんな上空の魔力を探知し、念話を届けられる力がある事に感心する。


 そして鮮やかな青の屋根と水の庭園が広がる館――ラリマー邸の真上で先程の掠れた声ではなくハッキリと念話が聞こえるようになった所で降下をやめさせた。


『ダンビュライト侯は今、アスカさんを探しておいてなのですよね? 私、彼女がいそうな場所を知ってますの。確約はできないのですけれど……私のお願いを聞き入れて頂けたら、教えて差し上げてもよろしくてよ?』


 アスカの居場所を、知ってる――? ルクレツィア嬢からの願ってもない情報に胸が跳ねる。


『アスカさんが自ら、何かしらの手段で飛び出したにしては誰にも見つからず貴方の魔力探知にも引っかからないのはおかしいと思いません? 既に悲しい結末になっている可能性も否定できませんけれど、それ以上に魔力隠しの護符やマントを持っていたり、特殊な移動手段を持った人間がアスカ様に協力している可能性が高いと……そう思いませんか?』


 アスカが既に死んでいる可能性はある。だけど認めたくない。アスカに協力者がいる可能性も考えなかった訳じゃない。


 だからあの日、塔を発った後――アスカに協力しそうな人間を訪ねていった。


 まずは風でアスカと会話していたヒューイ卿。真っ先に彼がいる館を訪ねてアスカが行方不明になった事を伝えると『もう聞いてる。あのお姫様は、本当に……』と困ったように苦笑していた彼の態度に嘘は無いように思えた。

 アスカの事をよく分かってる感を出されたのは物凄く不快だったけど。


 そして次に、無いとは思ったけど念の為アシュレーの所に行ったら『はぁ!? アスカが行方不明って、それアンナが絶対心配するやつじゃねぇか!!』とアスカの心配を全くしてない姿にやっぱり無いなと確信すると同時にちょっと安心した。


 レオナルド卿にも――と思ったけど彼はあの時意識を失っていたし、可能性は低い。話しかけたくもないし。と言うか皇城に降りた時に『貴様、一体何をしている! 空を飛び回ってないで公務に励むかダグラス卿の時を止めるのに協力しろ!! 六会合にもちゃんと出ろ!!!』とリビアングラス公から怒鳴られた際にビリビリ感じた覇気や彼が灰色の魔女にガチギレしているという噂が流れている事からしてあの家がアスカを匿っている可能性はまずない。


 捕まったらヤバいなと思って聞こえてないフリして全力で逃げて以降、皇城に行く時は彼が居ない事を魔力探知で確認してから行くようにしている。

 出会ったのが屋外で良かった。あんな怖い公爵に気づかれないうちにアスカを見つけてこの国から逃げ出さないと、と決意を新たにして情報収集に飛び回った。


 その後、ダグラス達が乗ってきた黒馬車が館に戻ってると聞いてセレンディバイト邸にも一応行ってみたけど、盗人対策の結界だけ張られていて後は無人だった。

 何度行っても無人だったので怪しい事この上ない。


 強めの魔力探知かけてみたけどアスカの魔力を全く感じなかったから、館の中にいないのは間違いないんだろうけど――あの黒の家臣や従者達の魔力の色をしっかり覚えておけばよかった。捕まえて記憶を読み取れば何か掴めていた可能性は高い。


 そこからとにかく黒の家臣達が怪しいと思って地方と皇都を行き来していたけど――ちゃんとこの娘にも聞きに来れば良かった。


『……ダンビュライト侯? 聞こえていらっしゃます?』


 留まったものの反応がない僕に不安になったらしいルクレツィア嬢の声によって現実に引き戻される。


『う、うん。聞こえてるよ……お願いって何?』


 アスカの情報が手に入るかも知れない喜びに少し戸惑いながらも先を促すと、ルクレツィアは『良かった』と安堵した後念話を続けた。


『……ダンビュライト侯は今ルドニーク山でアーサー様が大勢の魔物相手に戦っている事はご存知でしょうか? 今お父様を始め公爵達は多忙を極めていて救援にいけないらしくて……雪山の魔物は青や水色、薄水色といった青属性が多いですし、長い間戦っているようですから私、とても心配でして……サッと行ってザッと魔物を倒してザラッとアーサー様のお姿を堪能した後ササッとこの舘に戻ってきたいのです』


 ザラッという表現に一瞬困惑するものの、僕を呼び止めた理由は理解できた。

 新聞で取り沙汰されているルドニーク山はロットワイラーとの国境付近にあるコッパー領の鉱山だ。

 馬車や飛竜を使えば数日かかってしまうけど今のラインヴァイスなら半日飛ばせば行ける。

 アスカがいるかもしれない場所を教える代わりに自分をルドニーク山を往復しろ、と言っているのだ。


『でも君……学院、あるんじゃないの?』


 塔の会話でルクレツィア嬢は最終学年の後学期は卒業課題で忙しくなるとか言っていた気がする。移動時間は短縮できても魔物討伐の事を考えれば2、3日はかかるかもしれないのにいいのだろうか?

 そんな僕の問いかけにルクレツィア嬢は自信満々の答えを返した。

 

『ご心配なく。こういう時に心置きなく欠席する為に普段真面目に通っているのです。そしてお父様はダグラス卿の時を止めに行ったり、ダグラス卿が請け負う予定だった魔物討伐を請け負ったりでいつにも増してお忙しい身で今週は館に戻らないそうですの……このチャンス、逃す手はありませんでしょう?』


 公爵に黙っていくつもりなのか。まあ公爵令嬢が学院を放って好きな男を助けに行くなんて、とても許しが出るとは思えないけど。

 新聞を読む限りではルドニーク山の魔物討伐は長引いてはいるものの確実に魔物の数を減らしていってるみたいだし。


 でも――どうしてだろう? 絶対今この娘ドヤ顔してるんだろうなと思わされる程自信に満ちた声に、ちょっと応援したい気になってくる。


『他に手がかりもないし、君が言った場所にアスカが絶対いる保証が無くても賭けてみたいから連れて行くのはいいんだけど、後で僕が君をさらった、って大事になるのはちょっと……』

『フフ、その辺りは大丈夫ですわ。大事にならぬように私の替え玉も用意してあります。ダンビュライト侯にご迷惑をかける事はありませんわ。この話を飲んで頂けるなら後で目立たぬよう合流したいのですが……?』


 今は昼過ぎ――また体が辛くなる時間が早まってきてる事を考えると、今から出発すると目的地に付く前に意識を失ってしまう。


『……今から出発するのは都合が悪い。明日でもいい? 明日……そうだね、0時から4時の間ならいつでも良い。皇都から少し離れたロフォスの丘の大木の下で待ってる』

『ありがとうございます。こちらも深夜の方が都合いいですわ。なるべく早めに参りますわね』


 ルドニーク山の距離をザックリと逆算して伝えた時間は深夜から夜明けにかけて。流石に都合が悪いかと思いながら伝えた提案にルクレツィア嬢から明るい返事が返ってくる。





 ルクレツィア嬢と約束した後、ロフォスの丘に降り立つ。

 かつてアスカと一緒に来た花畑は前に比べて少し緑の度合いが強まっているけど今も変わらず可愛らしい花達を咲かせている。


 その可愛らしい花達の中で笑顔を浮かべるアスカの幻が一瞬見えた。


 あの頃に戻れたなら。あの頃からもう一度やり直せたなら。

 いや、どうせなら僕の事を何も知らない頃からやり直せたなら。


(……いや、これまでだって嫌な思い出だけじゃなかった。何もかも消えてしまうのは寂しい)


 それに新聞では僕がアスカに誑かされた、なんて書かれているけど僕とアスカの関係はけして性と欲だけに塗れた汚い物じゃない。

 それが全く無いとは言えないけれど、僕は、それ以上に、アスカの事を――


 行き場のないどうしようもない想いを胸に抱いたまま花畑から少し離れた位置にある大木に寄りかかり、首にかけたペンダントのチャームを開いてアスカの写真を眺める。


 これまで、辛くなる度に何度も開いて映るアスカの写真は少し驚いていて、それを見る度に『どうしたの?』って言ってくれるような気がしていたけど――今は悲しい顔をされてしまいそうで、辛い。


 チャームを閉じた後、滑るようにしゃがみ込んで顔を伏せる。


 早く現実のアスカに会いたい。塔の屋上で酷い態度をとってしまった事を謝って、この不安から逃れたい。


 この半節近く何処を探してもアスカが見つからないのは僕が神に嫌われてるからとしか思えない。だからこそ他人がもたらした不確定な情報に縋りたい。



『クラウス、我、言いたい事ある』


 僕の横で伏せた鳥の声が頭に響く。返す気力が沸かずに無言でいるとまた言葉が続く。


『我、この姿もう持たない。明日、頑張るけど、多分明日が限界』

「ラインヴァイス……そういう事、もっと早く言ってくれない……?」


 それが分かっていれば、さっさと出発したのに。腹の奥底からこみ上げてきた苛立ちをそのまま重い溜め息に流す。


 本当に神も運命もこの鳥も僕を弄んでいる。

 だけど、今僕が抱いているのは形無き神の気まぐれや訳分からない鳥に振り回された程度で諦められるような想いじゃないんだ。


(……この鳥がいれば、相手の記憶を消せる)


 これから僕とアスカの間に都合の悪い事が起きたら消してしまえばいい。

 アスカに対してかける言葉や返答を何度も何度も間違えてしまったなら、何度も何度もやり直せばいい。

 

 そんな事したくないけど。したくないけど――神も運命も味方してくれないなら僕は僕が使える力で欲しい物を手に入れるしか無いんだ。


 アスカに会ったらもう誰にも邪魔させない。

 絶対に――アスカを繋ぎ止めるんだ。


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