第26話 とある妹の絶体絶命(※シャニカ視点)


 1週目の記憶はもう殆どない。ただ、領地を侵略する魔物の眼光や皆の悲鳴だけは何度過去に戻っても忘れられない。


 かつて皇都があった場所では今なお人の心を失くした魔王が生き残っている公爵達や突如空から舞い降りた、大きな翼を持つ何かの群れと戦ってる――そんな話も微かに覚えている。


 そして人外達の戦いから外れた地では侯爵達が各地の大魔道具を支えに、僅かに生き残った民達を生き長らえさせていた。

 ジェダイト領でもビュープロフェシーを駆使して災害や魔物の侵略を免れる土地に人々を誘導したりしたけれど、無限に湧く魔物に襲われてとても多くの人が死んだ。


 そんな中でビュープロフェシーは残酷にも崩壊した未来を映し出す。


 だから、私は、この未来を変える為に――





 気がつくと、真っ白な空間に浮いていた。

 浮いている、というより球体の入れ物に押し込められてるみたい。膝や肘が伸ばせなくて酷い窮屈さを感じる。


(完全に捕まっちゃったみたいね……)


 悔しさに任せて見えない壁をドンドン叩くと、真っ白な球体がうっすら透けて嫌な奴の姿が見えた。


 宿の一室で夕食を食べ終えて、食後のお茶を飲んでいた所らしい。

 心地よい時間を邪魔されたかのように冷たい視線を向けられる。


「もうちょっと寝てればよかったのに」

「寝てる場合じゃないの! ここから出してよ!!」

「嫌だよ。出したら飛鳥殺しに行くでしょ?」

「もう殺さないから!」


 さっきは焦りがあった。だって今回の生でようやく問題が解決しそうだったんだもん。

 今回を最後にできると思ってたのに――何故かあの女が生き延びて。


 さっさと殺して、さっさと終わらせたいと思ったのに――あの女が今までと違って警戒心強い武闘派になってた事に取り乱して、上から目線で偉そうな事を言ってくるからつい頭がカッとなってしまった。


 ――でも、落ち着いた頭で考えればもうここから手を引いて過去に戻った方がいい。

 どんなにあの女にイラついててもう、どうしようもない。


 下手をすればビュープロフェシーを破壊されて過去に戻れなくなる。

 そうなったらもうセレンディバイト公の魔王化による世界崩壊は免れない。


「私が悪かったです……だからお願い、解放して! もう二度とあのお……あの人を襲ったりしないから、信じて!!」


 また2年余計にかかる。今回で解決できそうだったのに、また一回余計に死ななきゃいけない――そんな苛立ちを抑えて、必死で頭を下げる。


 嘘は言ってない。今回の生であの女を殺すのは諦める。

 この恥は、次の週であの女に上乗せして殺してやる。




 最初は殺そうとは思わなかった。ただ世界崩壊の流れを――セレンディバイト公の魔王化を止めようと思った。


 もう二桁も時戻りを繰り返してるから途中の記憶は曖昧だけど、ツヴェルフ転送計画を失敗させてセレンディバイト公に捕らえられても、ツヴェルフ転送からギリギリでセレンディバイト公の所へ戻った時でも、あの女はセレンディバイト公から逃げ出す。


 メイドを変えてみたり、魔物狩りの場所を変えさせてみたり、そもそもツインのツヴェルフを召喚しないようにお父様から皇家に訴えかけてもらったりしたけど――結局あの女は召喚され、過程はどうあれ最終的にセレンディバイト公の手に落ち、その後他の男の力を借りて逃げ出した結果セレンディバイト公が暴走して人外と化すのだ。


 あの女に接触を試みた事もあった。

 その結果セレンディバイト公がジェダイト領に侵略してきてうっかり過去に戻れない状況になりそうだったけど、先にビュープロフェシーが焼き尽されたジェダイト邸を映し出した事で彼の来訪を予測できてなんとかなった。


 その件以降、『セレンディバイト公が執着する前にミズカワ・アスカを殺すしか無い』――という結論に至る。


 まず、失敗した時の色神対策にネコホイホイとトリコイコイを館の周囲に植えるようにした。色神を酔わせれば館に着くまでの時間稼ぎになる。


 殺害に方針を切り替えて以降は何度も試行錯誤を繰り返した。ミズカワ・アスカを殺そうとすると、とにかく何かしら邪魔される。

 障害はセレンディバイト公とダンビュライト侯だけかと思ったけれど、そうじゃなかった。


 ミズカワ・アスカに強い関心を抱いているのは、あいつらだけじゃなかったのだ。


 結局――誰の邪魔も入らずにあの女を殺せるタイミングはあの女が皇城からセレンディバイト家に移動する、その時しか無かった。


 本来ならツヴェルフを初めて受け入れる貴族が皇城まで迎えに来る、特別な日のはずなんだけど、セレンディバイト公は迎えに来ず、ダンビュライト侯も来ない。


 他の公爵達も(何かあってもセレンディバイト公が何とかするだろう)と油断してその場にいない中、あの女標的が主役で目立つという事もあり、絶好の暗殺場所だった。


 そこでミズカワ・アスカを殺して、万事解決――とはいかなかったけど、過去に戻る度にあの女をこの方法で確実に殺せるようになって大きな問題が1つ解決した事は間違いなかった。


 暗殺が成功して以降、セレンディバイト公は前代と同じ様に皇家との関わりを断つものの暴走する事はなく、ツヴェルフ2人が地球に帰ろうと帰るまいと皇国に平穏が訪れる。

 その後がまた厄介で――でもそれに関しての解決策をようやく見つけたのに……!!


「……そんな悔しそうな表情で『もうしない』って言われても信じられないな」


 ダンビュライト侯爵の声で我に返る。既にお茶も飲み終えたらしい彼は立ち上がってこちらに何やら差し出す。


 白い球体の一部に穴が空いて差し出された深皿にはハーブの香りが漂う煮込み麺が入っていた。

 食べ物にフォーク突き刺して差し出すなんて行儀悪いにもほどがある、と思っている間に球体の穴は塞がってしまった。 


「え? もしかしてこの球体の中で食べろって言うの? 慈悲深く気高いダンビュライト家の当主にしてはあまりに下劣な行為じゃない?」

「……パン一切れの方が良かったならそうするけど?」


 グウ、と抵抗するかのようにお腹の音がなり、反論を諦めてフォークを麺に絡ませて口に含む。

 ソースがしっかり絡んだジワリと広がる絶妙な辛味が、結構上質な宿の料理である事を察させる。


 ただ、こんな膝を折り曲げた状態で食事しなければならない屈辱の方が大きくて全然美味しく感じない。

 それに食べてる最中ずーっとダンビュライト侯が汚らしいものを見るかのような嫌悪の表情を浮かべて睨んでくるから尚更。


「……本当にもう殺さないから、諦めるから。だからそんな目で睨まないでよ」

「何度も何度も飛鳥を殺してきた、殺そうとした人間にそんな目で見るなって言われても無理。殺し返されない上にまともな食事や水を提供してもらえるだけでもありがたいと思いなよ」


 言いながら水が入ったグラスを差し出されて、それも受け取る。

 悔しいけど、今は大人しくしてるしか無い。


 ビュープロフェシーの前で死なないと、過去に戻れない。今殺されないのは確かに幸運だと思わないと。


「……ねえ、飛鳥の浮気相手って僕の事?」

「……そうよ。あんたじゃない時もあるけど、大体あんたが悪い」

「僕以外にもいるの? 誰?」


 変な所に食いつかれる。自分が浮気相手だと知って反省するならまだしも、まるで自分以外があの女と浮気するのが面白くないみたいに怪訝な顔をする。


「……解放するって約束してくれるなら、色々教えてあげてもいいけど?」


 これまでの時戻りで浮気相手のこいつを何とかしようと思った時もあった。

 だけどダンビュライト家は恐ろしく閉鎖的で、この男とまともな接点を持つ前にあの女と出会い――そこから先は何を言っても聞かなかったから諦めた。


 今なら利用できるかもしれない――と思って交渉を持ちかけると、途端興味を失ったように視線をそらされた。 


「……やめとく。お前と交渉する位ならお前の記憶を見て確認するよ」

「は……!?」

「……お姉さんに『もう諦めなさい』って言われた時点で大人しくビュープロフェシーの前で死んで、魂を過去に飛ばせば良かったのに。失敗しちゃったね」


 ダンビュライト侯爵の言葉に、心臓が一瞬止まったような感覚を覚えた瞬間、バクバクと慌ただしく音を立てて動き出す。


 何で――何であの女はビュープロフェシーの事まで推察したの?


 前も――あの女は地球で似たような現象を綴った物語があるとか言って、時戻りに対する理解が異常に早かったけど、その現象を引き起こすのがビュープロフェシーだなんて気づかなかったはず――

 この事は、ジェダイト一族以外誰も知らないはずなのに。


「あ……あんた、私が寝てる間に何したの!?」

「別に、何も? 君の記憶を複製コピーさせてもらっただけだよ。君を傷つけてもいないし、まして記憶をいじってもいない」

「はぁ……!?」


 こいつ――何言ってるの?

 被術者が頭に思い描いた景色を読みとる魔法は聞いた事あるけど、人の記憶を複製する魔法なんて、聞いた事無い!


「後、君のお姉さんも会えなかったけど、ひとまず無事だって事は確認できたよ。リビアングラスのレオナルド卿にビュープロフェシーを点検させるとか言ってたっけ……時戻り機能が発見されたらお前、過去に戻れなくなっちゃうかもね?」

「えっ、えっ、ちょっとそれ一体」


 記憶の事も理解できないまま、嫌な情報を立て続けに告げられて頭が追いつかない。言葉を詰まらせながら確認しようとすると、


「あ、僕は別の部屋を取れたからこの部屋はお前が自由に使えばいいよ。部屋全体に障壁を張るから脱走試みても無駄だからね?」

「ちょっ、ちょっとあんた、自分の喋りたい事ばかり言ってないでこっちの話を」


 背を向けて部屋を出ようとするダンビュライト侯爵を慌てて呼び止めると、


「言っておくけど、僕、お前の事大っ嫌いだから。お前を心配する飛鳥の意志は尊重するけど、僕はお前の意志を一切尊重しない」


 ダンビュライトは気高く優しさと慈愛に包まれた一族のはずなのに、愛想笑いの欠片もない――目で射殺せるなら殺したいと言わんばかりの鋭い視線に体が強張る。

 

「もしこの部屋の物を破損させたり脱走を試みたら、次は詠唱阻止サイレスをかけてラインヴァイスに乗せて上空で過ごしてもらう。もう君の記憶は手に入れたから、寒さに凍えてうっかり君が落ちて死んでしまっても大した問題じゃないし」


 声を出せないまま、ダンビュライト侯は再び背を向けて部屋を出ていった。同時にパリン、と音を立てて球体が割れて、ボスン、と大きなベッドの上に落とされた。


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