第30話 翠緑の双子の母親
リビアングラス家に来てから一週間が経過した。
物凄く微妙な状況ではあるものの、コッパー邸で過ごした時と同じような穏やかで平和な生活が戻ってきて、少しずつ体が癒されていくのを感じる。
レオナルドが魔道具作りにかかりきりなので部屋で筋トレも再開する。
少し出来ない期間があるだけで体がちょっと重く感じるから、運動って本当大事だなと思う。
いつ皇家からアクションがあるか分からないし、身動き取りやすいようにしておかないと――とクールダウンのストレッチしている最中にノック音が響く。
「あ、シルヴィさん、おはようございます」
「おはよう」
朝はレオナルドが魔道具開発に集中したいからと来なくなった。
多分、私との接点を極力作らないようにしよう、という配慮もあるんだろうけど。そっちの方が私も気楽だからありがたい。
そのかわり朝食の時はシルヴィさんが自分の分の食事を持ってやってくるようになった。
『一人で食べるのは寂しいでしょう?』
意外な事にここに来てから私に特別な侍女や監視役があてがわれる事はなかった。朝はこうしてシルヴィさんと食べ、レオナルドとの食事以外は殆ど1人で過ごしている。
ここに来ていつ遭遇するかヒヤヒヤしているレオナルドの奥さんとはまだ出会っていない。
シルヴィさんが言うには対面したらお互い気を使うだろうから、と奥さんもレオナルドの異母妹も私と行動時間をズラしているらしい。
寂しいでしょう? と言われても不安を抑える薄桃色の魔力とロイのお陰もあって孤独に襲われる事はない。
けど気を使ってくれる人を無碍に出来る訳もなく。
シルヴィさんと朝食と朝の魔獣散歩をするようになって言葉をかわすうちにシルヴィさんがル・リヴィネのツヴェルフだという事を知った。
「セラヴィさんとリヴィさんが姉妹なのは知ってますけど……シルヴィさんも姉妹なんですか?」
リードを付けなくても大人しく私に寄り添って歩くロイを挟んで隣を歩くシルヴィさんに純粋な疑問を問いかける。
「私は彼女達と姉妹ではありません。
「従姉妹……そう言えばリヴィさんはセラヴィさんの器が大きいから妹である自分もついでに召喚されたって言ってましたけど、シルヴィさんも従姉妹だから召喚されたんですか?」
「……きっとそういう理由もあるでしょうね。ですが私はリヴィよりもずっと大きいクイーン級の器ですからセラヴィがいなくても召喚されていたかも知れません」
シルヴィさんはそう言って手袋をつけた手で身につけているネックレスを摘まんで私に見せつけた。金色の鎖には5個の指輪のようなチャームがジャラッ、と音を立てて並ぶ。
それぞれ綺麗にカットされた大きな石が嵌ったそれは多分、結婚指輪だ。たくさんの指輪で指がゴテゴテする位ならこういう身に付け方もありかも知れない。それが結婚指輪としての役目をなしてるのかは分からないけど。
(指輪が5個、という事はレオナルドを含めて5人産んでるって事よね……)
キラキラと煌く石の中でひときわ大きい緑と黄色の石が嵌った指輪が目を引き、そのどちらも見慣れた色である事に気づく。
「あ、その緑の石って……」
「ああ、そう言えば貴方はヒューイとも知り合いだそうですね。あの子はレオナルドと違っていつもフラフラしているそうですから貴方にも迷惑をかけたでしょう? ごめんなさいね」
ヒューイのお母さん――驚きで一瞬頭が真っ白になる。だってヒューイのお母さんって事はアランのお母さんって事でもある。
一瞬アランについて聞こうかと思ったけれどシーザー卿から『アランに会った事は誰にも言わないでくれ』って言われている手前言い辛い。
しかも『私、貴方の息子さんを誘惑して襲われました』なんて何も知らない母親相手に絶対言えない。どっと気まずさが押し寄せて次に出す言葉に詰まる。
「……どうしました?」
「あ、いえ……あの、えっと……グ、グリューン様うるさくなかったですか……!?」
変な間が出来て慌てて出した代わりの質問は何か嫌な部分に触れてしまったみたいで、眉間にシワを寄せられてしまった。
「ああ……私と子作りした時シーザーはまだ公爵ではありませんでしたから、私があの蝶に鳴かれる事はありませんでした。ただ彼が公爵になってから他の奥方達が彼に近づこうとすると牽制するようにけたたましく鳴いて……皆サウス地方の別邸に行くまでは確かにうるさかったですね」
なるほど、公爵になる前に子作りしたんならその後子作りしなければグリューンの逆鱗には触れない訳か。
あれだけ嫉妬深い色神だと確かに同じ館にいるよりは離れた別邸で過ごした方が気楽だろうなぁ。
(公爵になってから執着しだしたって事は、前の公爵にもそんな感じだったのかな……?)
元々シーザー卿に執着していたら公爵になる前からその片鱗はあったはず。それが無かったという事は自分の宿主になった相手に執着するタイプなのかもしれない――なんて考えていたら、シルヴィさんがまた小さく息を付いた。
「元々何処か掴めない人だったけれど、公爵になった途端人が変わったように残酷になって……あんな人だと分かっていたら子作りなどしなかったのに……」
シルヴィさんは余程シーザー卿に思う所があるようで、整った眉が潜まる。そして微かに――ほんの微かに歯ぎしりの音が聞こえたような気がした。
「シ……シルヴィさんがここにいるのってシーザー卿が嫌いだからですか?」
「そうですね……それもありますがロベルトは本当に私とレオナルドを尊重してくれますから。こちらの方が居心地もいいし、ヒューイも成人してますし……もう私にはあの館に戻る理由がないのです」
シルヴィさんは少しためらいがちにそう言って微笑む。あまりアイドクレース家の話題はしない方が良さそうだ。私もついうっかり口を滑らせてしまいそうだし。
「レオナルドと言えば、魔力小さい子はあれこれ言われると聞いてましたけど……レオナルドを見ているとそんな感じしませんね」
レオナルドは確か私の片方の器と同じ位の大きさの器――しょぼい器だと言っていた。
だけど堂々としているし、すれ違う従者や騎士達も頭を下げている。ぞんざいな対応をされてるようには見えない。
「……レオナルドは早産で産まれた子です。本来より一月ほど早く産まれた事で器の成長が大きく阻害される事になったそうです。本来であれば予備の子として扱われてもおかしくなかったらしいのですが……」
そんな事情があったのか――何か気まずい事を聞いてしまった気がして話題をそらす言葉を考えているうちにシルヴィさんは言葉を続ける。
「……ロベルトはレオナルド以外の跡継ぎを作ろうとせず、あの子をこの家の跡継ぎとして育ててくれました。魔力の小さなあの子に対して周囲の視線は厳しい物でしたが。あの子が真っ直ぐ健全に育ってくれたのは間違いなくあの人のお陰でしょう。彼は私が産んだ他の子達の事も気にかけてくれています。その事には本当に感謝しています」
5個の指輪を見つめるシルヴィさんの目は慈愛に包まれていた。
(もしかして、アランを助けたのって……)
こんな温かい目で子を産んだ証を見つめる母親が、自分の子どもが殺されようとしている時に黙ってるはずがない――そんな気がした。
それと同時に子どもを心配するリヴィさんの姿を思い出す。
「……リヴィさんもお子さんを気にかけてましたけど、シルヴィさんもお子さん達を愛してらっしゃるんですね」
「……ル・リヴィネでは自分と同じ階層の人間としか子を成す事を認められていません。ですから愛のない子づくりになる事も珍しくありません。ですがそれは自分の中に宿った子を愛さない理由にはならない……私達は自身の母親からそう教えられてきました」
シルヴィさんの言葉はとても力強かった。だけど――それは人によって違う答えが出るのだろう。
愛した人とお互いに望んで出来た子なら、私も愛せると思う。
だけど望まずに宿ってしまった子を私は同じように愛せるだろうか? 愛の無い子作りで出来た子どもを愛せるのだろうか? 凌辱されて出来た子どもは?
同じ妊娠でも、状況や環境次第でその重みや感動は絶対に同じじゃない。
だからだろうか? その教えに忠実なシルヴィさんが眩しく――遠い存在に見えた。
私は、そこまで強い母親になれるだろうか――そう思った時、馬の嘶きが響いた。でも辺りに馬らしき姿はない。キョロキョロする私にシルヴィさんは指を上に向けたのでその指につられて上を見上げると大きな翼を持った馬――
天馬はゆっくりと中庭の中央に降りたった。乗ってきた騎士は降りるなり中庭の隅の方へと白――じゃない、淡黄色の、そして鞍の下に背とお尻まで覆う、刺繍が入った布を被せた天馬を移動させていった。
飛竜がいるくらいだから、天馬がいてもおかしくはないんだけど――天馬と騎士のコラボ、
そのままロイの散歩を終えて部屋に戻った後、シルヴィさんと別れる。
ロイと自分だけになった部屋でベッドに腰掛けると、やっぱりシルヴィさんのさっきの言葉が気にかかった。
(……セラヴィさんもそうだったのかな?)
母親から一度も笑顔を向けられた事がない――ダグラスさんはそう言っていた。
確かに、以前ペイシュヴァルツが見せてくれた夢の中でダグラスさんに向かって『母と呼ぶな』と冷めた瞳で言っていたセラヴィさんには愛を感じなかった。
(何だろう……何か違和感ある……)
デュランと並んでいた写真の笑顔、拒絶されて壊れる姿、ダグラスさんが言う暗い顔の女、ダンビュライト邸で見た家族写真、母と呼ぶなと言っていた冷めた瞳――
何か引っかかる。こう、もう少しで答えが見つかりそうな時にノック音が響いた。
一旦考えるのをやめてドアを開けるとグレーのツナギ服姿で額にゴーグルを付けたレオナルドが立っていた。
「魔道具が完成しました……早速試してみましょう」
不意打ちのカッコいい姿にギャップ萌えを感じて思わず視線を下にそらすと、銀色の縄跳びのような物が視界に入った。
何となく――いやもう間違いなく、嫌な予感がする。
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