第31話 卑猥な行為と叫ばれて


 テーブルを挟んで2人向かい合う中、レオナルドはテーブルにその魔道具を置いた。


 全体的に銀色のそれは縄跳びのような持ち手から1メートル位のコードが伸びていて、先端にちょっと大きめの飴玉位の大きさの金属の球がついている。


「アスカ様はこの球を口に含んでください。私は持ち手から魔力を送りますのでその球を通してアスカ様の体内に私の魔力が流れてくる仕様になります」


 レオナルドから手渡された銀色の球を言われた通り口に含むと、口の中にピリピリと痺れるような魔力が伝わってくるのを感じる。


 目を閉じて魔力の流れを感じてみると、ハグより多め、キスより少なめ――蛇口から水がチョロ、チョロと出てくる位の感覚だ。

 喉に微炭酸のジュースを飲んでる時のような刺激を感じるのが気になるけど、それ以外は特に問題ない。


「ど、どうでしょうか……?」


 レオナルドがちょっと困ったような声で問いかけてきたので目を開く。


「ちょっと痺れる感じが気になるけど、ハグやキスよりよっぽどいいわ」


 飴玉のように球を頬の方に押し込んで喋ると、私から視線をそらすレオナルドの顔がちょっと赤くなっている事に気づく。


「そ、そうですか……構造上、込める魔力の3分の1位しか送れず、私の魔力の器も大きいものではないのでこれを3日間数時間ずつ続ける事になりますが……本当によろしいですか?」

「私が触らずに魔力注ぐ方法がないかって聞いたから、これを作ってくれたんでしょ? これも嫌、あれも嫌だなんて言って貴方を困らせるつもりはないわ」


 3日間――正直難癖つけて伸ばせるのならもう少し伸ばしたい所だけど、ここは従順になって『変な事企んでませんよ感』を出しておいた方がいい――そう思って再び目を閉じると再び魔力が流れ始めた。

 何故かちょっとピリピリ度合いが強くなった気がする。


(……これ、5分の1位で駄目、って言えば5日間に引き伸ばせるかしら……?)


 すぐに駄目と言ってしまったら不信感を煽ってしまうかもしれないけど、ある程度溜まれば本当に辛いんだなと思ってくれるかもしれない。

 実際炭酸度合いが強まって3分の1溜まる前にギブアップしそうだ。


 5分の1、5分の1……と考えながら沈黙が続く、静寂の時間――そこそこ黄色の魔力が溜まってきた時、ノック音が部屋に響いた。


「どうぞ」

「ちょっと待っ……!!」


 反射的に出た声にレオナルドの止める声が被ったけれど、止める間もなくドアが開く。


 入ってきたのはメイドでもシルヴィさんでもない――黄金色の髪を見事な縦ロールにした、いかにもお嬢様らしいお嬢様だった。

 誰? と聞く間もなく、お嬢様は目を見開いて驚愕の表情を浮かべる。


「あ……貴方達一体何してるの!?」


 お嬢様の口元を抑える手が震え、白い肌がみるみるうちに赤くになっていく。


「か、間接的に魔力を注いでいただけだ! アスカ様には非接触で魔力を注ぐ必要があると説明しただろう!?」


 そう言うレオナルドも顔が真っ赤になっている。


「わ、分かってるけど……何でそんなわざわざ卑猥ひわいな……!! 灰色の魔女って変態だったの!?」


 明らかに話がおかしい方向にいってるので、今の状況を第三者的に考えてみた。


(ああ、金属の球を口に含んでコード垂れ下がってる状態は確かに人に見せる姿ではないかも……)


 完全に棒付きの飴玉を舐めてるような気分でいたけど、実際は球には棒ではなくコードが繋がっていてそれが口から出ているのだ。

 多分自分が思っている以上に今の自分の絵面は悪い。


 球を出す前に『どうぞ』と人を招き入れてしまった自分を恥じるものの、それでも『人にちょっと見苦しい姿を見せてしまった』という恥ずかしさでしかなく、目の前の2人の真っ赤な状況とはどうしても結びつかない。


 この状況で恥ずかしくて赤面するのは私の方なのに、何故2人が赤面しているのか――という疑問がレオナルドの怒声で吹き飛ぶ。


「ロザリンド、アスカ様を侮辱するな!」

「何よ! そんな卑猥な趣味を持ってるツヴェルフも、それに付き合う兄さんも変態だわ!!」

「ロザリンド!!」


 怒っているレオナルドの声に臆したロザリンドと呼ばれる縦ロールお嬢様は目にうっすら涙を浮かべながら叫び返した。


「こ……これは流石に見過ごせないわ!! 元々灰色の魔女を連れてくるなんてとんでもないって思ってたけど……触れたら惚れるとかフザけた事言って相手をこんな変態的な行為に走らせるツヴェルフなんて、危険すぎる……!!」


 縦ロールお嬢様は何の用があったのかも言わずにバタバタと去っていく。一体何だったのか――


「すみません、妹が失礼な事を……!」


 半ば放心状態で締まるドアを見ているとレオナルドに頭を下げられる。


「それは全然いいんだけど……この行為って卑猥なの?」


 絵面と行儀が悪かったのは分かるけど、ただ単に口に金属球含んでただけで変態とか言われても今いちピンと来ない。

 とりあえず球を口から出すとレオナルドが「どうぞ」とテーブルの上にハンカチを置いたのでそこに乗せさせてもらった。


「何と説明すればいいか……自分の中の魔力を道具を使って相手に送り込む訳ですから……アスカ様には分からないと思いますが、この世界の人間が見ればかなり卑猥な行為に見えるかと……」


 まあ、分からないでもない。カップルがキスしてる所より、1つの大きなジュースを2つのストローで飲む行為の方が――ってそれも卑猥って言うより見てられない気恥ずかしさっていうか、いやらしさとはまた別物で――うん、やっぱり分からないわ。


「恐らく、この魔道具が後に伝えられなかったのはあまりに卑猥すぎるからかと思われます」


 魔法で眠らせて魔力注ぐ方がよっぽど卑猥な気がするけれど。分からない。この世界の人間の感性が理解できない。

 返す言葉に詰まっているとレオナルドがハンカチでコードと球部分を拭いた後、浄化魔法をかける。


「すみません……見た目の刺激もそうなのですが、これ以上この行為を続けたらアスカ様にあらぬ感情を抱きそうなので、もう少し改良を試みます。自分の色が相手に注がれていく感覚がこれほどまでとは……甘く見ていました」

「えっ、それって……」


 まさか惚れられてしまったのかと心配オーラ全開で問うと、レオナルドは小さく首を横に振った。


「安心してください、そういう感覚と恋愛感情は別物です。ですが……それら2つが重なった時の快感は相当な物なのでしょうね。ダグラス卿やクラウス卿がアスカ様に執着する理由がよく分かりました。コードを伸ばすなりしてなるべく魔力が注がれているアスカ様から距離を取るようにするなど、何かしら工夫してみます」


 レオナルドの徹底した態度にへぇ、と感心すると同時にまるで私がツヴェルフだから2人が執着するような言い方に少し虚しさを覚える。


(まあ自分と同じ色の下着で洗脳されちゃう位だし、相手が自分の色に染まるっていうのはこの世界の人にとって相当重要な要素なんだろうな……)


 愛する人がいる、と固い意志を持っているレオナルドが顔を真っ赤にする位なのだから、余程の行為なんだろう。


「……アスカ様が触れたら惚れると言い出した時は一体何を言っているのかと思いましたが、その気持ちが今ようやく分かりました。想い人がいるのに他人に心動かされるかもしれない、という恐怖は相当なものですね」


 想い人、という言葉に胸がチクリと痛む。地球に帰れるチャンスを潰したくないから、妊娠したくないから、相手の幸せを崩したくないからという意識が全面に押し出ていて気にしてなかったけど――確かに、好きな人がいるのに他の人に心乱されたくないって気持ちは私の中にもある。


「分かってくれたならそっとしておいてくれたら助かるんだけど……私だって略奪女や泥棒猫にはなりたくないし」

「それとこれとは話が別です。アスカ様が罪を犯したのは事実ですし、そっとしておいたら私は本当に疑われてしまいます……そうなればアスカ様は今度こそ死刑に処される。私は貴方を死なせたくないんです。私は貴方の恩に報いて、認められたい」


 レオナルドがそう言い残して退室した後、ベッドに寝そべる。

 壁にかかった時計を見るともうすぐ昼食の時間だ。


 魔道具を改良すると言っていたから、もうちょっと日を稼ぐ事が出来たのかもしれない。

 ただ、今更ながらレオナルドの妹が叫んでいた『卑猥』の単語が耳に響く。


(まさか間接的に魔力注ぐ行為がエッチだって言われるとは思わなかったわ……)


 お嬢様の――ロザリンド嬢のあの様子だとあちらこちらに言いふらされそうだ。

 ただでさえ誑かした魔女呼ばわりされているのに、そこに具体的な卑猥要素まで加わってしまっては、とても子どもの前で言えないような二つ名がついてしまいそうな気がする。


「ロイ……昼食後のお散歩は無しでいい?」

「クゥーン……」


 起き上がってベッド近くに寄り添うロイに問いかける。

 昼食後の中庭は騎士達でかなり賑わっているから、卑猥な女という視線で見られる事を思うとどうしても散歩が億劫になってしまう。

 でも私の言葉にロイは寂しそうな鳴き声を上げた。


「……分かったわよ、私の事情なんて貴方には何も関係ないもんね……ごめん、お散歩行こうね」


 私の言葉にロイは目をキラキラさせて尻尾を振る。この厳格な雰囲気の家でロイは唯一の癒やしかもしれない。

 背中を目一杯ナデナデするとお腹も撫でろと言わんばかりにゴロンと仰向けになった。


 しばらくロイのお腹を撫でて癒やされているとノック音が響き、ロイは身動きが取れるようにか、直ぐ様お座りの体制に戻った。


 昼食が運ばれてきたんだと思って警戒せずにドアを開けると、そこにはいつも食事を運んでくるメイドの人達とは明らかに違う、薄桃色と黄色をあしらったワンピース姿の清純系美人が立っていた。


「あ、あのっ……! 私、レオ……レオナルドの妻でマリー・ファラ=ソルフェリノ・ドライ・リビアングラスと申します……! 良かったらお昼、ご一緒しませんかっ……!?」


 私より少しだけ背が低い、明るく綺麗なストロベリーブロンドの髪と薄桃色の目を持つとても可愛らしい美人が緊張した面持ちで――私が是非を応える間もなく、ワゴンを押して入ってきた。


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