第32話 とある夫人の不安・1(※マリー視点)
私とレオは18歳の頃――ヴァイゼ魔導学院高等部の最終学年に上がる頃に知り合った。
レオは12歳の頃から私を知ってくれていたみたいだけど、私はその時一目惚れした別の方に夢中で全然気づかなかった。
そしてその方に一方的に婚約破棄されたのをきっかけに色々あって。
リチャード卿や先生、友達の助けもあってなんとか無事学院を卒業する事が出来て、かつての恋にもケジメを付けてレオとの新しい恋に踏み出す事が出来た。
『ツヴェルフと子を成す前に結婚などと』なんてお義父様から反対されたりしたけれど、それもレオやロザリー、私の家族の支えもあって乗り越える事が出来た。
ささやかながら結婚式も行って、次期公爵夫人として色々と学ぶ事も多いけれどレオを支える為にと頑張って学び、レオと一緒に過ごせる時間を大切にしていたのに――
一週間前――レオがアスカ様を連れてきたのは突然だった。
馬車から気を失った彼女を抱えて降りてきた時は一体何が起きたのかと思った。
『相談もせずにすまない、マリー……この方は私の命の恩人だ。この方が劣悪な環境で産み腹として生かされるのを見過ごす訳にはいかなかった』
レオはアスカ様を部屋に運ぶ最中に事情を話してくれた。
アスカ様はレオがセレンディバイト家の黒馬車に乗って行ったあの日――騎士生命を断たれる程の攻撃を受けた自分を癒やし、ダンビュライト侯に癒してもらうきっかけになってくれた恩人だと。
普通のツヴェルフならそれで納得できたかもしれない。素直にレオを癒やしてくれた感謝の念だけ抱いて受け入れられたかもしれない。
だけど――そのツヴェルフが灰色の魔女だという事がどうしても心に引っかかった。
レオの事は信じてる。学生時代からずっと真っ直ぐで誠実な人だったから。嘘をつくような人じゃない。
そして、公爵家の後継ぎである彼がツヴェルフと子作りするのを受け入れた上で私は彼と結婚した。
(……でもそれはあくまで普通のツヴェルフを想定した上での結婚)
レオが持っていた漆黒の
『アスカ様を匿っている間、私はきっとマリーに嫌な思いや辛い思いをさせてしまう。私を信じてイースト地方の別邸で待っていて欲しい』
心配そうにそう言ってくるレオには悪いけれど『私は大丈夫だから』と断った。『信じているからこそ、ここにいる事を許してほしい』と言うとレオは『分かった』と頷いてくれた。
その後、黄金の部屋のドアが少し空いていたから気になって覗くと、2人がベッド際で何やら親密な感じだった。
自分の子を産んでもらうツヴェルフには、最大限の誠意と敬意を持って接する――それはきっとお義父様とお義母様の淡々とした距離感と同じような感じと同じよね、と思い込んで覗いてしまった事を後悔した。
普通に考えれば子作りする2人が接近するなんて、当たり前の事なのに。
本当に、レオの事は信じてる。だけど――相手の女性を信じられないの。
だって男の人を同じ色の下着で誘惑しようとする人よ?
レオは『それはメイドが企んだ事でアスカ様は利用されただけだ』って言っていたけれど、証拠がない。
(今レオと離れてしまったら、もう私の所に戻って来てくれないかもしれない……)
そう思ってこの館に残る事を選んだ。レオは心配してくれたけど、私は何かあった時に何も出来ない場所に行くのは嫌だった。
愛する人から冷たく突き放されるような――そんな目にはもう二度とあいたくなかったから。
ただ、私がこれ以上我儘を言ってレオに迷惑をかける訳にもいかない。ミモザ様やロザリーと一緒に過ごしてアスカ様の行動範囲に入らない事を心がけた。
それでも窓の向こうで大きな魔獣の散歩をしているアスカ様の姿は嫌でも目についた。
目つきのせいか冷めたような印象を受ける暗い茶髪の女性は何処にでもいそうな平民の女性のように見えた。
あの女性がこの国の英雄として名高い黒の公爵と幻の貴公子と言われる白の侯爵を誑かした、と聞いて違和感しか無い。
てっきりコンカシェル様のような美しく可愛らしく、人を惹き付けるような妖艶な魅力を持つ女性だとばかり思っていたから。
「……私はシルヴィさんが
金糸の繊細な刺繍施されたドレスに身を包んだミモザ様が心配そうに私を見る。
ハニーブロンドの金髪を綺麗に編んで黄土色のリボンが着いたシニヨンネットに纏めた蜂蜜色の瞳の夫人はレオの母親ではないけれど実母のシルヴィ様同様、レオを慈しむ優しい方だ。
ただ、こうして自室に招かれてお茶をするうちにミモザ様がツヴェルフに対して複雑な感情を抱いている事が分かる。
「貴方というものがありながら家を継ぐ為の子ではない子をツヴェルフに作らせるなんて……第二の母として貴方にお詫びするわ。本当にごめんなさいね」
「いえ、ミモザ様……私はレオの事をよく知ってます。彼は困ってる人を見捨ててはおけない人ですから……」
「ええ……でも、助けたいだけなら他の有力貴族に話を通して子作りさせるなど、色んな方法があるはずです。何故わざわざ自分の子を作らせるのか……」
チクリと胸が痛む。そう、ミモザ様の言う通り。私だって言った。ただ助けたいのなら他にも方法があるのではないかと。
『恩人であると同時にアスカ様が罪人である事も変わりない。私はアスカ様に罪を償って頂きたいと思っている。ただ、劣悪な環境から彼女を守りたかった……リビアングラスの名と地位を使って彼女を保護した以上、どれだけ魔力の低い子が産まれる事になろうと私にはアスカ様と子を成す責任がある』
真っ直ぐと私を見つめるレオの視線に(これ何言っても駄目な状態だわ)と諦めたけれど。アスカ様、アスカ様と言うレオの姿に胸が締め付けられた。
本当は様付けしたくない。レオが様付けで呼ぶから合わせているだけで。
「……あの子はあのツヴェルフと跡継ぎも作る気かしら? あの器の小さいツヴェルフと子を作ってしまってはリビアングラスは2代揃って低魔力の公爵だと馬鹿にされてしまうのね……本当にごめんなさいね」
ミモザ様が深い溜め息をつく。遠征の多いお義父様や表に出ないシルヴィ様に替わってこれまでレオの魔力の小ささに対する嫌味や好奇の視線を一身に受けてきた方の心労は察するに余りある。
レオ自身も受けてきただろう視線――私もレオとパーティーに出るようになってから彼のパーティー嫌いの理由が初めて分かった。
自分が仕える次期主の器の小ささを嘆く視線も、黄色と相反する青系統の貴族達の馬鹿にしたような視線も、とても不快な物だった。
表立って貶した訳でもない、目で語られる言葉はそのまま心に刺さる。
『不快な思いをさせてしまってすまない、マリー……』
パーティーが終わった後でそう言ったレオの表情はただただ悲しそうだった。
それ以降も出なければならないパーティーに出る度に奇異の目に晒され、レオが申し訳無さそうな、悲しい表情を浮かべる。
私の事は良いの。レオと一緒に生きられるならこんな視線なんて何てことない。だけど――
(子どもも低魔力だったら子どもにもレオと同じ表情をさせてしまう……)
アスカ様に対する不安も、レオとアスカ様の間に生まれる子どもへの心配も、どっちも私の心に重くのしかかる。
そもそも私は跡継ぎをツヴェルフが産むのを受け入れただけで、レオとアスカ様の「跡継ぎにならない子」に第二の母としてちゃんと接する事が出来るかどうか――
そこまで考えた時、部屋に顔を真っ赤にしたロザリーが駆け込んできた。
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※マリーについては別作品「婚約破棄された桃色の子爵令嬢~相手の妹に消えてほしいと思われてるみたいです。~」にて詳しく記載されています(レオナルドやリチャード、アルマディン女侯とマリアライト女侯も出ています)。
読まなくても大体分かるように書いているつもりですが、興味があったらお読み頂けたら嬉しいです。
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