第96話 強力な協力者・1


 勝負下着を一旦片づけた所でメイドが昼食を運んできた。

 メイドとやりとりしたセリアからソフィアは皇城に帰るなりそのまま事情聴取に入った事と今日の修学旅行が昨夜リアルガー家からかなり強い進言があって成立したものである事が知らされる。


「有力貴族でも、人情味に溢れる人がいるのね」


 温かいポタージュに口をつけながら赤の公爵――リアルガー公の事を思い返す。


「赤の、他人の為に燃え上がる気質は独特ですから……その頂点に位置するリアルガー家は特に異質です。政略結婚を良しとせず、一目惚れで伴侶を選び、その伴侶がツヴェルフなら未来永劫一夫一妻……その強すぎる情熱はまさにつがい、と揶揄やゆする貴族もいます」

「へぇー……一目惚れして溺愛、その愛はずっと変わらない……か。アンナが羨ましいわね」


 まるでおとぎ話の<二人は幸せに暮らしました、めでたし、めでたし――>で謳われるような王子とお姫様の関係。

 とはいえ、相手がアシュレーとなると別の面で色々大変そうだけど。


「いいなぁ……誰にも邪魔される事の無い、未来永劫、不変の愛なんて超ロマンティックだわ……」


 私も『好きな人が出来た』なんて言われない恋愛がしたい。好きな人と、そういうのが約束された恋愛が出来たならどれほど気楽で、幸せだろうか?


 「ふふ……大丈夫です。アスカ様もダグラス様とそうなります。未来はもう約束されたも同然ですから。後は、邪魔が入らない事を祈るのみです」


 まだ勝負下着で勝負もしていないのにセリアは勝ち誇ったような笑みを浮かべている。そこまで自信を持たれると逆に不安になってくるんだけど。



 昼食を取った後、皇家から特に呼び出しがかかったりする事も無く、朝しそびれた筋トレやストレッチをこなした後で再びドレスを来て歩く練習をしたりしてる内に日が暮れていった。


 運ばれてきた夕食を食べ終えた所で、セリアがメイドから聞いた情報を伝えてくる。


「ソフィア様への襲撃の件ですが……やはり反公爵派の犯行である可能性が高いそうです。その為明日、ホールでアスカ様を囮にしたお見送りが行われる事が正式に決まったそうです」


 重いため息が漏れる。明日また命の危険に晒されるのだと思うと、寒気が走る。


「……襲われるかしら?」

「安心してください。襲われたとしてもダグラス様が守ってくれます。アスカ様が心配なさる事はありません」


 確かにそこにあの人がいれば襲撃を恐れる事は無い。いれば、の話だけど。


「……あの人が、来なかったら?」

「現時点で婚約破棄されてないのですから、来ない、という事は無いと思いますが……」

「……セリア、あらゆる状況を考えろって言ってたわよね? 私は、あの人が来ない可能性もあると思ってる」


 いくら下着の色を黒にしようと、来て見てもらわない事には意味が無い。いらない恥を晒すだけだ。恥を晒すにしても必要最低限の恥に留めたい。


「……あの人、私に縋られたいらしいのよ。後、絶対プライド高い。自分のプライドを傷つけられた分私に恥をかかせて縋りつかせたいとか、そういう事考えてる可能性がある」


 人の性癖だし悪口になっちゃうから言うのを遠慮してたけど、ここで言いあぐねていてもセリアには伝わらない。

 思っている事を素直に暴露すると、セリアの表情が明らかにひきつる。


「あら……それは、ちょっと困った嗜好ですね……でも、あの方がアスカ様にそんな酷い仕打ちをなさるとは思えませんが……いえ、でもアスカ様は私の知らないダグラス様をご存じですもんねぇ……」


 セリアは片手でお腹を押さえつつ、口元を引きつらせながら困ったように笑う。本当に引いているようだ。


「……分かりました。万が一ダグラス様が来なかった時に備え、ホールでアスカ様が襲われた時に対応できる人間を置いて頂くよう伝えておきますね」


 よし、これであの人が来なかった場合でも多分命は保証された。さしあたっての心配事を1つ潰せた事で少し不安が薄れる。



 20時になって、ソフィアが再び私の部屋に入ってきた。


「部屋の前にリチャードがいるから、貴方は退室してくれる?」

「……アスカ様はそれでよろしいですか?」


 ソフィアの命令に従っていいか問われて、改めてセリアは私のメイドなのだなと思う。

 同じツヴェルフでも主とそうでない人間を徹底してるというか……専属メイドだからそれが当たり前なんだろうけれど。


「大丈夫。明日は大事な日になりそうだし、セリアもしっかり休んで」

「分かりました。アスカ様もお昼からドレスアップを控えてますので語りたい事は色々あるかと思いますが……夜更かしは程々にお願いしますね」


 そう言ってセリアは一礼し、部屋を出て行った。


「ドレスアップ……?」


 2人きりになった部屋で、不思議そうな表情のソフィアに聞かれる。


「ああ、私明日出ていくじゃない?それでホールで盛大に私のお見送りやるんですって。」

「へぇ……」


 聞いてはみたもののあまり興味がある訳なさそうだ。私が明日、囮として扱われる事は今のソフィアには言わない方が良さそうだな、と思う内に一つ言っておかなきゃいけない事を思い出す。


「そうだ、ソフィア……明後日クラウスから婚約の申し出があるはずよ。強く望めば早々に皇城から出られると思う。どのタイミングで城を出るかは任せるけれど……」

 話題に変えるとソフィアはベッドに腰掛けて「分かったわ」と小さく頷く。


「一応、ソフィアが婚約を受けない可能性があるって事も伝えてあるから」

「あら、どうして?」


 私の言葉が意外だったのか、真っ直ぐに見据えてくる。


「リチャードとこの世界で生きたいって思ってるかもしれないなって」

「変な事言わないで! 私は帰るわ! リチャードも<恋愛>と<子づくり>は別って感覚みたいだし、それなら帰る前にちょっと位楽しんでもいいかなと思ってるだけよ……!」

「……どういう意味?」


 機嫌を悪くしたソフィアの聞き捨てならない言葉に食いつくと、ソフィアは肩をすくめて首を横に振った。


「言葉の通り、リチャードは私と子づくりをする気が無い、って意味よ」


 言葉の通りと言われても何を言ってるのか全く理解できない。

 『子づくりしかする気が無い』と言われるよりはよっぽどマシだったけれど。


「私達は子づくりの為に呼ばれてるのに、子づくり求めてこないの? リチャードも侯爵家……有力貴族の一人なのに?」


 城仕えの騎士だから? いや、ツヴェルフに出会える権利を騎士や兵士に与えてる為に食堂で食事を取らせていたのだからそれは理由にならないはずだ。

 でも、思い返してみればソフィアがリチャードを狩りに招待しようとした時、メアリーは大分消極的だったような……?


「そうね、私もリチャードが何考えてるのか分からないけど、彼が私を好いてくれてるのは悪い気がしないし、近衛騎士の彼が傍にいればメイドを傍に置かなくていいし……彼がそういう感じなら危うい関係になる事は絶対無い訳だし……彼のプラトニック精神をとことん利用させてもらってるだけよ」


 プラトニックって確か、肉体関係を持たない恋愛――もしかしてリチャードは、私と恋愛観が同じなのだろうか? それならリチャードの気持ちが分かる気がする。

 

 ただ、私の考えとリチャードの考えが一致してるとは限らない。

 お邪魔虫がしゃしゃり出ても仕方無いし聞き流そうと決めたその時、丁度良くドアがノックされたのでこれ幸いと言わんばかりにドアを開く。


「飛鳥さん、ソフィアさん、こんばんは!」


 ノックしたのは優里、そして――


「……何でネーヴェまでいるの?」


 優里の隣で無表情のネーヴェが私を見据えている。その視線からは何の感情も見えない。


「ネーヴェ君、協力してくれる事になったので!」


 満面の笑顔の優里と無表情のネーヴェに言い表しがたい不安がよぎった。


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