第4話 問題を解決するのは


 お父様達を見送った後2人きりになった広い応接間。

 チラ、とヒューイ卿の方を見やるとお父様達がいなくなって気が楽になったのでしょうか?

 肩の力を抜いて軽く息をつかれた後、優しい笑みを向けられます。


「さて、これからどうする……? このままお菓子を食べながらアーサーの学生時代の話をしても良いし、この舘の庭園を案内してもいい。君に合わせるよ」


 今とてつもなく魅力的な提案をされましたが――今はそれより先に確認しなければならない事があります。


「ヒューイ卿……貴方はこの縁談、全く乗り気ではないようですけれど何故断りませんでしたの?」

「……何でそう思った?」


 微笑みは崩さず、ただ微かに驚いた声は私の推測を確信に変えるには十分でした。


「貴方はこれまで、どんな女性が好みの時でも貴方に寄ってくる女性や挨拶すべき女性に褒め言葉を欠かしませんでしたもの。それなのに今日の私には一切それがありませんわ。この翠緑のドレスや整えた髪やメイク……全て貴方の為のよそおいだと貴方は分かっているはずなのに、一切褒めてくださらないのはこの縁談が余程気に入らないからでしょう?」


 なのにシーザー卿は『息子に任せる』って我関せずな態度。疑問だらけで気持ちが悪いですわ。


「へぇ……流石、ウェスト地方を統括するラリマー家のお嬢様だ。俺の事なんて眼中にないだろうと思っていたが、ちゃんとアーサー以外の男も見ていたのか」


 感心したようにヒューイ卿が息をつきましたけれど当たり前ですわ。

 少し前までラリマー家を背負う立場であった私が人の本性を見誤ってウェスト地方に無駄な犠牲が出るような事は、絶対に避けなければならない事ですもの。


 私の目に美しく輝く銅のフレームと背後に大輪の橙色の薔薇エリスローザが見えるのはアーサー様だけ。他の男は普通に見えますし、見てますわ。


「……理由をお聞きしてもよろしくて? その後アーサー様の学生時代の話を余す所なくお聞きしますのでお忘れなく」


 私の問いかけにヒューイ卿は長い溜息をついた後、諦めたように微笑まれる。


「分かった。ただ、その前に1つ言い訳させてくれ。今日の君はいつにも増して綺麗だ。ただ、君に俺の色は似合わない。似合わないドレスを着ている君を褒める言葉が思い浮かばなかったんだ。『君には緑より橙が似合う』なんて言ったら君の父

親に殺されかねないしな。そんな俺の態度が君を傷つけたなら謝罪させて欲しい」

「ご安心くださいまし。微塵も傷付いておりませんわ。貴方に気に入られても困りますし。そういう理由で褒めなかったのならば謝罪は一切不要ですわ」


 ラリマー家の人間はどうでもいい輩の言葉にいちいち傷付いてなどいられないのです。

 だから、私が傷付く事があるとすれば――それは家族かアーサー様の言葉以外にありえません。


 ただ、ヒューイ卿の見事な言い訳に先程まで抱いていた不快感が一気に吹き飛びました。

 それが本意なのかどうかは読み取れませんけれど、どう言えば私の不快感を一掃できるか、よく分かってらっしゃる。大人の男性って恐ろしいですわ。


「そう言ってくれるなら、このまま話を続けるか……俺がこの縁談に乗り気じゃないのは性的な話で申し訳ないが、俺が君とした後にアーサーが……って考えるとちょっとなぁ……って気持ちになるからだ。だがそれを言ったら他のツヴェルフも皆ちょっとなぁって所がある。そのちょっとなぁ、の重さは君が一番軽い。それにこの機会を逃すと次のツヴェルフは10年後だからな。だから君との縁談は『乗り気じゃないが嫌とも言えない』ってのが俺の正直な気持ちだ」


 卒直でやや卑猥な意味も込められた言葉は失礼ではありましたけど分かりやすく、不快に思うどころか返ってモヤモヤが解消していきます。


「という事は……私と子作り婚する気はちゃんとありますのね?」

「跡継ぎとして生まれた以上、役目は果たさなきゃいけないからな。ただ、勝手な話で申し訳ないんだが今すぐ君とどうこう、って気にはなれない」

「それは、今私が好みじゃないからですか? それなら安心なさって! 私、貴方のその好みに当てはまる方法を考えましたの!」


 ヒューイ卿と契るにあたって最大の問題――<好みの移り変わりの早さ>については縁談が出た時から考えてましたの。

 とは言っても、ものの3分で答えが出たので言うほど深くは考えてないのですけれど。


「貴方から好みを聞き出し、貴方やお父様に変化の魔法をかけてもらえば好み問題は即解決しますわ!」

「それは駄目だ」

「な、なんでですの!?」

 

 好みの女とキスしたりイチャイチャできるこの方法なら、確実にいけると思いましたのに! 即座に断られて思わず声が荒ぶってしまいます。

 ですがヒューイ卿はそんな私の痴態をからかう事無く申し訳無さそうに髪をかきあげて、困ったように小声で呟かれました。


「良い案だとは思う。だがそれをしたら俺が今好きな女性が君や周囲にバレちまうだろ? それはちょっと……いや、大分困るんだよ」

「あら……もしかして今、お相手がおられる方に恋されているのですか? 私、口は堅いですから安心なさって? 誰もいない部屋でかけてもらって事を成せば誰も気づきませんわ」


 断られた理由に対してまた解決策を提示するも、ヒューイ卿は苦笑いして肩をすくめました。

 その眉間のシワを見る限り、私の発言は彼に少々不快な思いをさせてしまったみたいです。


「どう言われてもこればかりは無理だ。君と夫婦になる以上、できるだけ仲良くしたいと思っているが俺にだって隠したい事はある……まあ、この好みもいつかは変わるさ。その後で君の提案を採用するかもしれない。それまで学業に専念したり他の夫候補と親睦を深めたりしたらどうだ? ダグラスの所にある洗浄機? って奴を使えば器が綺麗になるそうだからな。俺の好みが変わった時、君を呼ぶからその時に器を洗浄して来るか、何なら他の奴らと先に子作りしてもらってもいい」


 そんな悠長な事言っていられませんわ。私はアーサー様と一日でも早く結婚したいのに。


(でも……今のヒューイ卿の様子からして、無理を通すと「君とは無理みたいだな」と縁談を断られかねません。ここは一旦引いた方がいいですわね……)


「……ま、好みじゃないからって冷たくあしらうのは俺の倫理に反する。せっかくだからここにあるお菓子をもっと食べていくといい。お茶は親父が用意したが、このお菓子は俺が君の為に用意したんだ。感想も聞かせてほしい所だ」

「あら……このお菓子は貴方が用意なさったの? それならもう少しだけ頂きますわ」


 ここで印象を悪くしてアーサー様の話も聞けなくなったら辛くて夜も眠れませんわ。美味しそうなプチケーキやクッキーを2つ、3つ程頂いてそれぞれ感想を述べます。


「それだけでいいのか?」

「私、体型には気をつけておりますの。ただでさえ女は脂肪が多く浮力が強いが為に深海戦に不利なのです。お許しくださいまし」

「……もうツヴェルフなんだから戦いの事は考えなくてもいいんじゃないか?」

「例えツヴェルフになろうと私はラリマー家の、お父様の娘です。またこの身に核を宿し、戦場に赴く日が来るかも知れませんでしょう? 油断はできませんわ」


 アレクシスがもう少ししっかりしてくれれば、私だってもう少しスイーツを堪能できるのですけれど。


「なるほど……しっかりしてるな」


 ヒューイ卿の感心したように微笑むその姿――もう機嫌が直っているようです。今がチャンスですわ……!


「さあ、アーサー様の学生時代の話を聞かせてくださいまし! 一挙一投足一言一言まで詳細に話して頂いて構いませんわ! 時間など有り余っておりますのでどうか遠慮なさらず!」


 指を鳴らして出現させた橙色の冊子――アーサー様ノートのまだ何も書き込んでいないページを開き、ペン片手にスクープを発見した新聞記者のような気持ちで構える私にヒューイ卿は苦笑いしながらアーサー様のお話を語ってくれました。




 それからどの位時間が過ぎたでしょうか? 話し込んでいる内に厚い本を1冊手に持ったお父様がエリザベート様と一緒に私を迎えに来ました。

 青馬車の所まで見送りに来てくれたヒューイ卿にお礼を述べて家路につきます。


「ルクレツィア様、上手くいきましたか?」


 『海はなぜ青いのか』というタイトルの厚い本を読んでいるお父様の横でエリザベート様が問いかけてきました。


「上手くいったというか……好みの女性に変化する事を提案したのですが、今好きな女性が知られるのは嫌だから、好みが変わるまで待って欲しいみたいな事を言われましたわ」

「ああ、そう言えばあの方は数日おきに女性の好みが変わるらしいですね……それで、それはいつ来るのです?」

「分かりません。好みになるまでに他の候補と親睦を深めるように言われたのですけれど……お父様、他の候補者が決まっていましたら教えていただけます?」


 私の問いかけに少し視線を向けたお父様が指を鳴らして本を亜空間へと片付けた後、指を自身の顎にあてながら語りだします。


「……そうですね、ヒューイ卿と親睦を深めて子を成して次の子を産めるまでに2、3年かかると見てましたのでその後15歳になったネーヴェ皇子に声をかけるつもりでいました。皇家が持つ魔力はかなり使えますからね」

「でもネーヴェ皇子は確か今12歳……今から仲良く、というのはかなり気の長い話ですわ……何とかなりませんの?」

「何とかも何も、会う度彼の好みの女性に変化すればいいだけの話ではないですか?」

「それは提案しましたけれど、頑なに教えてくれませんでしたの! さっき言いましたわ!」


 全く、聞いて欲しくない事に限って盗聴してでも聞こうとする癖に、聞いてて欲しい事に限って聞いてくれていないのはお父様の悪い癖ですわ。


「そう言えばヒューイ卿……ここ2節ほど女性を熱烈に口説く姿を見なくなったと聞いています。ルクレツィア様の話も聞く限り、今彼が抱いているのは一夜や一週限りの恋ではないのかもしれません」


 私が呆れている間にエリザベート様がお父様にそう囁きます。


「確かに……パーティーで彼が恋について人にからかわれたり、追求されている姿を見たこともありますが、いつもヘラヘラと微笑みながら受け流していたのに私の提案はハッキリと拒絶し不快の意を表しました。もしかしたら<本気の恋>をされている可能性もありますわ」


 私の言葉にお父様は目を見開いて興味を示します。


「なるほど、人にバレては困る恋……その上政略も子作りも後回しにしてしまう程の強い慕情ですか……分かりました。ルクレツィア、その問題は私が対処します。数日かかるでしょうから、その間に貴方も準備と覚悟をしておきなさい」

「大丈夫です、好きでもない男に抱かれる覚悟はツヴェルフになった時点でとうに出来てますわ!」

「よろしい。それなら私も全力で貴方を助けましょう。ラリマー家の未来と、繁栄の為に」


 私の宣言に満足そうな笑みを浮かべたお父様は走る馬車のドアを開け、そのまま浮遊術で皇都の大通りに飛び出し、大きくなったアズーブラウに乗って空の向こうへと飛んでいきました。


 青馬車自体注目を集める物ではありますけれど、そこから突然現れた紺碧の大蛇と青の公爵に歓声や驚きの声があがります。


「お父様……対処してくださるのはとてもありがたいのですけど……一体何をどうするおつもりなのかしら……」

「さあ……あの方の発想は貴方以上に奇抜ですから……変な事にならなければ良いのですけれど……」


 エリザベート様と2人ため息が重なり合う中、夜空に輝く紺碧の光はあっという間に闇に溶けていきました。


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