第51話 厄介な騎士が見る夢・1(※レオナルド視点)
『あ……飛鳥……違う、誤解だ……!!』
セレンディバイト公が叫んでロザリンドの部屋に飛び込んだ瞬間、マリーにかけられていた浮遊術が解かれて、マリーが2階程の高さから急降下する。
「マリー!!!」
マリーはまだ意識を取り戻していない。全力で駆け出し、ギリギリの所で受け止める。
腕が痺れる、心臓が激しく鼓動し、息が上がる――それでもマリーを無事受け止められた事に安堵し、その場に座り込んだまま安否を確認する。
綺麗な薄桃色の髪――まだ薄桃色と呼べるが、よく見ればかなり色素が抜けている。
先程魔力探知で確認した通り、やはり魔力を一切感じない。
絶望の中、こちらに駆け寄ってくる騎士達にセレンディバイト公を追って拘束するように伝える。
本来私が先陣きって追いかけなかければならないのだが、今マリーの傍から離れる気にはどうしてもなれなかった。
騎士達も私を気遣ってか命令を受けるとすぐさま屋内に入っていく中、改めてマリーを見つめる。
「マリー……」
目を覚ませ、と呼びかけられない。マリーの愛らしい桃水晶の瞳は今何色になっているのか――知るのが怖い。
「……公爵達に振り回されるのは、父上と私だけで良かったのに……」
公爵家間の
幼い頃――そう、私は幼い頃から奇異や好奇の目に晒されていた。
子どもからも大人からも向けられる冷たく、底意地の悪い視線に悔し涙を流してふてくされた幼い頃、父上に言われた。
この程度の視線で弱るようでは公爵にはなれない、
『いいか、レオナルド……たとえお前の器が小さくとも、その色は紛れもなくリビアングラスの、ゲルプゴルトを宿す色だ。けして色神に恥じるような行いをしてはならない』
父上は器の小さい私に対して一切負の感情をぶつける事無く私を慈しみ、育ててくれた。
そして愛する人と子がいる身でなお、母上と私の事を何より尊重してくれた。
『お互いに事情を抱えているのだ。だからこそ突き放すような真似をせずに寄り添わなければならない。無理矢理結びつけた関係はいつか予想もしない場所で切れかねない。レオナルド、自分の益だけを考えるな。常に相手と自分、それぞれの益を考えなさい』
けして多弁ではないが淡々と説く言葉は思慮深く、清廉で揺るがない――そんな父上は圧倒的な『個』の力を見せる青の公爵やセレンディバイト公のようになれずとも、別のやり方で統治する事ができるのだと示してくれた。
『私も今の公爵達の中で器が大きい方ではない。だが器の大きさが絶対ではない。小さいなら小さいなりのやり方がある。私のやり方はいつかお前が統治する日が来た時役に立つ事も多いだろう。よく見ていなさい』
そう言って私の代に備える父上だからこそ、私の小さい器は根深いコンプレックスになっていったのかもしれない。
父上にこれ以上心配をかけたくなくて、そして認めてもらいたくて武術も学問も礼節も全力で学んだ。
魔力の器が大きくなるという行いも色々試してみたが、人より短い節日で産まれた私の魔力の器には効果がないのか、あまり変わらなかった。
なかなか思い通りに成長しない私の器――私の努力と年月に比例するように父上と母上以外の負の視線は更に強まっていく。
マリーを見かけたのはそんな時だった。
可愛らしい彼女を見かける度に――想い人に釣り合う人間になれるようにと必死で頑張る姿に惹かれ、父上と周囲に認められたくて頑張る自分の姿に重なった。
マリーの恋が報われた時は寂しさもあったが、彼女は相手に認められたのだという嬉しさもあった。
彼女に何もアプローチしなかった自分に歯がゆさも感じたがマリーの想いを純粋に応援したいという気持ちが強く、彼女の想い人と相性が悪く何度か言い争ってしまった事がある私は良い印象を抱かれてはいないだろうと諦めた。
それでも努力して夢を叶えたマリーの姿を見て、努力し続ければいつか自分の夢――皆に認めてもらえる日が、家族が私を誇る日が来ると信じる事への淡い支えになった。
それから4年後にマリーが婚約解消して――失恋と本当かどうか疑わしい噂で辛い状況に置かれている彼女に少しでも力になりたい、もう学院内で会えなくなってしまうのは嫌だいう身勝手な想いからあれこれお節介を焼いては彼女を苦しめたり、リチャードに頼ったり――
思い返す度にあの頃の自分がいかに未熟だったかを思い知らされ、チクリと胸が痛む。
そんな失敗や大切な想い出を経て私の想いをマリーが受け止めてくれてから、3年――お互い、次期公爵と次期公爵夫人としての勤めを果たす為に努力していたのに、何故――何故こんな事になっているのだろう?
どうしてマリーがツヴェルフにならなければならなかったのだろう?
「マリー……」
私さえ頷けば全て上手くいく? そんな訳がない。
どうやったのかも知らないが核を抜き出してマリーを無理矢理ツヴェルフにして――それでもしマリーに副作用がでたらどうする?
例えマリーとの間に家を継げる子どもが持てたとして、その後のマリーに何かあったらと思うと到底喜べないし、頷けるはずがない。
それにツヴェルフは重婚が当たり前――これから私以外の男からも申し出があればマリーは受け入れなければならない。
マリーが他の男に抱かれる未来を、どうして受け入れられる?
(ああ、私も、この不安をマリーに与えていたのか……)
私がツヴェルフを抱く――それに対して何も言えないでいたマリーの不安が今ならよく分かる。
頭では不安だろうと理解していた。しかし心では理解していなかった事を思い知らされる。
「マリー……不安にさせてすまない、私は……」
私は――彼女に、アスカ様に弱い姿を晒したくなかった。
私の置かれた立場を理解していない彼女に私は立派な公爵になれる人間だと、示し続けていたかった。
認めてくれた存在に幻滅されたくなかった。
何も知らない、純粋な異世界人の言葉だと頭では否定していたが、心が何よりそういう言葉を求めていた。
父もマリーも妹も皆――私に名を残す事を期待していない中でただ一人、私が望む言葉をくれて、私を窮地から救ってくれた恩人に見栄を張りたかったんだ。
塔でアシュレー卿と戦って意識を失う際、後遺症が残る事を覚悟した。
だが目覚めた後、リチャードにアスカ様が治してる最中にクラウス卿が癒やしたと説明されて――恩を返したいと思ってもアスカ様は行方不明で、私にはまだアスカ様がこの世界にいる事を父上や周囲に黙っている事くらいしか出来なかった。
アスカ様がどう過ごしているのか、ずっと気にかかってはいた。
そして14会合の際に私の前に兄上が現れて『お前の恩人がヤバい事になってるから助けに行って来い』と言われて――アスカ様に恩を返したい気持ちで名乗り出た。
恩人に対する感謝、失望されたくないという見栄、ツヴェルフに対する敬意、これまで酷い目にあってきたアスカ様に対する同情――愛ではなくてもアスカ様に大きな感情を抱く私にマリーが不安になるのも当たり前だと今更気づく。
私だってマリーが他の男に愛じゃない強い関心を持っていたら――それがいつか愛に変わってしまうのではないかと不安になる。
本当に、マリーに対して配慮が足りなかった。もっと気にかけていれば――
「レオ……?」
待ち望んでいた言葉に現実に返りマリーの顔を注視する。
「マリー……!! 大丈夫か!?」
声も口調もマリーそのものだが、はっきり見開いたその目は――やはり色あせている。無意識に目を逸らしてしまう。
まるで見たくないものを見てしまったかのように――そんな自分に嫌悪感が生じる。
「うん、私は大丈夫だけど……でも、レオは……」
幸いマリーは私の態度に気づかなかったようで、気遣う言葉をかけてくる。
「……私も大丈夫だ。マリー、何とかして元に戻すから心配するな……きっと、元に戻す方法があるはずだ……」
魔科学には詳しくないが、核は器から出た途端その機能を失う――その位の知識はある。
それでも口からマリーを励ます為の嘘が紡ぎ出される。
「え、どうして……? 私、ツヴェルフになれたのよ……?」
「マリー、何を……まさか、君は、自分の意志で……!?」
予想外の言葉に思わず声を荒げるとマリーは一瞬怯んだ後小さく頷いた。
「そ、そうよ……? セレンディバイト公が言ったの。アスカさんを助けたいから身代わりになって欲しいって……無理ならもう一人のツヴェルフ候補に頼むって、私、そんなの絶対嫌だから私がなります! って……えっ、でも、どうして……? レオは……私との子どもが跡継ぎになるのは嫌なの……?」
「嫌じゃない……!! 私だって君との子が跡継ぎになれたらと何度思った事か……!! だがこれからマリーに重篤な副作用が起きるかもしれないと思ったら、心配で……!!」
マリーを怯えせてしまった事を反省し諭すように言葉を紡ぐと、マリーは困ったように俯く。
「あっ……ごめんなさい……私、リスクの面は深く考えてなかったわ……これでずっと待ち望んでたレオの子どもが産めるんだ、私とレオの子が家を継げるんだって単純にツヴェルフになれる事が嬉しくて……あの、セレンディバイト邸には白の侯爵もいて『最悪失敗したとしても絶対死なせないし、体に後遺症とか残さないからお願いできない?』って言われたから……」
「
「うーん……私、魔科学の事は全然分からないんだけど、白と黒の相反する力を使って私の器から核を取り出したみたい」
魔力の相反性は分かるが――その力で器から核を取り出す事が本当に可能なのか?
それにただ相反する者同士、という関係性ならまだしもアスカ様に執着し合う者同士が同じ場所にいて協力するなんて――
(いや、私からアスカ様を引き剥がす為に協力したのか……)
そもそもアスカ様に慕情を抱き、彼女を巡って対立していたあの2人がただ大人しく私とアスカ様を見守るはずがない――冷静に考えれば何より警戒しないといけなかった事だ。
アスカ様の突拍子のない発言に驚くばかりで、その辺りに気を割けなかった自分の視野が酷く狭くなっていた事を痛感する。
直接対決で手も足も出ない分、警戒して先手を打っておく事が私に使える数少ない有効な手段だったのに――今となっては何もかも手遅れだが。
「心配かけてごめんね、レオ……私、アスカさんが羨ましかった。ツヴェルフになりたいって思った……そうすれば誰にもレオを取られる心配をしなくてすむし、もっと貴方の役に立てると思ったの……」
「そんな……マリーは十分私を支えてくれている……!!」
「でも……貴方は私に負担をかけまいと楽しい事や嬉しい事は共有してくれるけど、重い事や苦しい事は全部一人で抱えて、考えて……私、嬉しかったけれど、寂しかったわ。もっと私を頼ってほしかった。ほら、いつもお義父様が言っているじゃない……何でも勝手に一人で決めるなって。もっと周りを頼れって」
学生時代にマリーやクラスメイトに助けられて、人を頼る事の大切さを知った。頼る事で親睦を深め合える事も知った。
何でも抱え込んではいけない、勝手に決めつけてはいけないという事は、他でもないマリーから教えられた事だ。だが――
「一人で決めているつもりはなかったが……すまない……確かに、漆黒の下着の件といい、ツヴェルフの脱走の件といい、自分勝手に黙っていて君を不安にさせてしまっていた……」
自省しながら紡いだ言葉にマリーは静かに首を横に振った後まっすぐに私を見据えた。
「レオ……私も貴方に謝らなきゃいけない事があるの」
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