第14話 歓迎パーティー・6
「皆様、ここにおられるのでしたら少々静かになさって」
「何を話されているのかしら……ここからではよく聞こえないわ……」
私達を中心に円を描くように作られた貴族の壁からは時折そんな声が聞こえてくる。
軽食を摘まんだり談笑しているフリをして聞き耳を立てるのはさっき私も使った技なんだけど、こうやって見ると結構バレバレなんだなとちょっと反省する。
「……それで、お話とは?」
「その前に……私の行いに何かご不満な点があったのであれば謝罪します」
視線を貴族の壁に向けたまま問いかけると、ダグラスさんから意外な言葉が返ってきた。
どんな顔でそれを言っているのか気になりチラ、と視線を向ける。
顔こそこちらに傾けているものの、表情からはそれほど申し訳ないと思っているようには見えない。
この状況は端から見れば<ご機嫌斜めのご令嬢と、令嬢のご機嫌を取ろうとする貴族様>という感じに見えるかもしれない。
そこまで考えて自分が今かなり不愛想な表情をしている事に気づく。
(愛想笑い位した方が良いのは分かってるけど……)
いくら相手の態度が丁寧で優しいものでも、自分の意思に関係なく振り回される苛立ちやこれから何が起こるか、どうなるかの不安や先程の魔法に対する恐怖、流されるのは面白くないと言う反抗心――様々なマイナスの感情が心の奥底で渦巻いて、上手く笑顔を作らせてくれない。
「……何の為に、わざわざ私を囲うような発言をしたんですか?」
顔をダグラスさんの方に向けないまま、最大の疑問を問う。
「私が貴方の召喚を望んだ事を公言すれば、ここにいる大半の男が貴方に近寄らなくなる。私も数多の縁談に悩まされなくなると思ったからです」
その言葉は私がダグラスさんに恋をしていたら心ときめかせられる台詞なんだろう。
だけど、実際恋をしてる訳では無いので正直頭は(重い)(ヤバい)(怖い)(なんでやねん)という感想でいっぱいだ。
「私がどう思うか考えなかったんですか?」
「……馬車の中で一夫一妻を重視されていた事や、今は失恋したばかりだからそういうの無理、と仰られていたので……まさか、他の男から声をかけられなくなる事に気分を害されるとは思いませんでした」
「そ、それは……!」
その返答に思わず言葉が詰まる。確かにそういう事を言った気はするし、もしここで『え? もしかして素敵な出会い求めてました?』と煽られたら反射的に頬を引っぱたいてしまうぐらいに怒り狂う自信もある。
でも今、私が苛立ってるのは、断じてそういう理由じゃない――どう説明すれば伝わるんだろう?
「……あの、私は、他の男の人に話しかけられなくなった事が嫌なのではなく、勝手に外堀を埋められてしまった事に対して怒ってます。この状態で私がダグラスさんを拒んだら、私、一気にこの国で立場悪くなるじゃないですか」
何で自分が苛立っているのかを改めて自問自答し、出た答えに例え話を添えて伝えてみる。
事前に『こういう行動に出ますが宜しいですか?』と打診があったならまだ納得がいったかもしれない。
いや、仮に打診があったとして二つ返事ですぐ了承できる事とは到底思えないけれど。
それでも――馬車の中でだって例え私が寝入ってしまっていたとはいえ、その位の事を話す時間はあったはずだ。
だけど私の言いたい事はダグラスさんに今いち伝わらなかったようで、乾いた笑みを向けられる。
「外堀など、私が貴方の召喚を希望した時点で既に埋まっているようなものです。それを知らない輩に貴方を汚されてしまいそうになったら、周囲に知らしめておきたくなるのは至極当然の事と思いませんか?」
「……どういう意味ですか?」
ダグラスさんが何を言っているのかが分からず、問い返す。
私を汚されてしまわないように?アンナのように無理矢理キスされそうな状況なら分かるけど、私は殴られそうになっただけだ。
まあ殴られて傷が残る事も、ある意味汚された、と表現できるかもしれないけど――
「先程、魔力を纏った攻撃をされたでしょう? もしあの攻撃を受けて貴方の器に奴の魔力が入りでもしたら最悪、貴方にあの男の子を産んでもらう事になりかねませんでした」
「はぁ!?」
思わず顔をダグラスさんの方に向けて声を上げてしまう。周囲の喧騒が一瞬、強くなる。向き合ったダグラスさんは、少し厳しい表情をしていた。
「少なくとも、事前に貴方が私が望んだツヴェルフだと広めておけばあの野蛮人が貴方に炎の拳を振り上げる事はなかった」
話すうちにあの男の行動を思い返したんだろうか? ダグラスさんが小さく舌打ちをしたのが分かった――って、今気にしなきゃいけないのはそこじゃない!
「あの、さっきから言ってる事が、よく分かりません……! 相手の攻撃を受ける事が何で子どもを産む事に繋がるんですか? 私に分かるように説明してください」
真っ直ぐにダグラスさんを見つめて言うと、ダグラスさんもじっと私を見つめ返してくる。
「魔力を帯びた攻撃を受けると、器にその魔力が入り込んでしまう可能性があるからです。一度ツヴェルフの器に入った魔力は使わない限りずっと器に残り続けます。その魔力を消化する方法はいくつかありますが、それでどうにもならなかった場合は子どもに器の中の魔力を引き継がせて器を空にするしかない」
そんな、攻撃してきた相手の子を産まなきゃいけないとか屈辱以外の何物でもない。私――今、多分、相当ひどい顔をしていると思う。
そんな顔の私と向き合っていたダグラスさんは、少し眉をひそめて、軽いため息をついた。
「……ツヴェルフが有力貴族に求められる理由は、どこまで聞いていますか?」
「えっと……この世界の人は皆色のついた魔力を持ってるけど、ツヴェルフは魔力を持ってないから片方の魔力の色をそのまま子どもに継がせる事ができるから……と聞きました」
なるほど、と小さく呟いた後、ダグラスさんは淡々と語りだす。
「色の説明はあっています。ただ、100と0だと子どもが持つ魔力の量は50になる。つまり、魔力の無いツヴェルフとただ交配しただけでは子どもの魔力は色こそ変わらねど継がれる量は純粋に半減します。産まれる子どもの魔力の総量をあげる為には、子どもができる前にあらかじめツヴェルフに自分の魔力をできるだけ注いでおく必要があります」
ダグラスさんの説明に、戦慄が走る。
「魔力を注ぐって……さっきみたいに相手を攻撃して?」
先程のアシュレーの攻撃を思い返す。あれを食らい続けた挙句、子どもを産まされるとか――そんな性的暴行が認められているなんて、どういう世界なのよ、ここは。
私が何を想像しているのか分かったのか、ダグラスさん笑いを堪えて肩を小さく震わせている。
「攻撃を受けて魔力が入り込むのは事故のようなもので、自身の魔力を注ぐ一般的な方法は抱擁、口づけ、セックスです……セックスが一番効率的らしいですが同時に孕む可能性もありますから、それはもう子どもが出来てもいい、と思えるほど魔力を注いでからの行為になるでしょうね」
言っている人間が一切の躊躇もなく話すからだろうか? かなり赤裸々な事を喋っているはずなのに、まるで科学の授業を聞いているように事実だけが淡々と頭に入ってくる。後で思い返した時は赤面しそうな気もするけど。
「例えば……親の魔力量が100と150なら子どもは125になるように、自身の魔力を可能な限りツヴェルフの器に注いで初めて、子の魔力は親を超えます。」
「……だから、器の大きなツヴェルフが召喚される、という事?」
ダグラスさんの説明でうっすら疑問に思っていた部分が解消される。
ただ色を引き継がせるだけならツヴェルフであれば誰でもいいはずなのに、紹介された時のアナウンスではそれぞれの器の大きさを示すような説明があった。
「その通りです。ツヴェルフの中でも特に大きな器……キング級以上の器を有する者の召喚が望まれるのです。しかしキング級の器を持つ者は希少です。次点としてキングに次ぐクイーンも召喚対象になります」
なるほど。言われてみれば先程のアンナに群がっていた集団はソフィアや優里の集団に比べて若干素朴と言うか、控えめな集団だった。いや、それでも十分すごかったけど。
「でも……私の器は彼女達程大きな物じゃないんですよね? ツインって、何なんですか?」
そう質問をしたところで、ホールの方から穏やかな演奏が流れてきた。
「ダンスタイムが始まったようですね……アスカさんは踊れますか?」
「いえ、私は踊れないので……」
気づけば貴族の壁も大分薄くなっている。皆ダンスを踊ったり誰かを誘う為にホールの方に移動したようだ。ダグラスさんも私を誘う為に聞いたのかと思ったけど、
「それは良かった。私も踊るのはあまり好きではありませんから」
ほっと一息ついた後に向けられる先程とは違う穏やかな笑みに心が、高鳴る。
(いや、待って。ちょっと待って。そこでそんな風に微笑うのは反則でしょ…!)
「そ、それなら何で聞いたんです?」
慌てて高鳴りを押さえつけながら質問の意図を聞く。
「貴方が踊れるなら、お相手しなければと思っただけです」
「好きじゃないのに?」
「今は話をしている最中ですし、話題に出さない方が楽だとは思いましたが……先程貴方がどう思うか、を考慮せずに勝手に判断した事を怒られたばかりですから」
好きじゃない事でも聞くだけ聞かなければ、と思う程度には私が不機嫌になった事を気にしてくれているのだと思うと、不覚にもときめきを覚える。
(待って私。ここでときめいて恋に落ちてしまったら、それこそ相手の思うつぼじゃない……!)
そうなるのは悔しい。落ち着け、落ち着け。私、数時間前に失恋したばかりじゃない。
無理矢理記憶の中から破局の瞬間を引っ張りだすと、微かなときめきは一気に鳴りを潜める。
『好きな人ができた』
好きな人からの、付き合っていた人からの、言葉が、脳内で響く。
(……落ち着く事には成功したけれど、なんだろう、今度は虚無感がすごい)
目の前の人間も今はこうやって私の機嫌を取っているけれど、いつか同じように私を切り捨てる日が来るかもしれない。
ああ、自分でもこんな時に何を考えているんだと思う。いや、その可能性に今気づけたのはある意味、幸運なのかも知れない。
「さて……それでは、先程の質問にお答えしましょうか」
引っ張り出した記憶にダメージを受けて無の表情をしている私の内情など露知らず、ダグラスさんは改めて語りだした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます