第239話 直情的な青年の信条(※アシュレー視点)


 肩に一撃叩き込めると思った瞬間に誰かが目くらましフラッシュかけてきて盛大にミスった隙を突かれた所をすんでの所でかわす。


 向こうから繰り出される攻撃――大剣は剣より質量も重量もアクションも大きい分、目がよく見えなくてもギリギリ交わせる。


(邪魔した奴は誰だ……!? ブッ殺すぞ!?)


 かわせはするもの眩んだ目はまだはっきり見えねぇし、顔をそらしてまで周囲を確認する余裕もない。


「ったく……俺は、お前の相手なんてしてらんねーんだよ!」


 どっちかって言うと、俺はこいつよりあの黒いのと戦いたいんだよ。

 単純により強いやつと戦いたいって気持ちもあるけど、あいつにはパーティーの時に恥かかされた恨みもある。


 アンナには謝った。アスカにも謝ったし、謝ってもらった。

 けど俺はあいつにまだ謝られてねぇし、俺もあいつに謝るつもりはねぇ。


 となると、後は拳で語り合うしかねぇだろ? それなのによ――


「私を馬鹿にするな! 神器持ちの公爵家の跡継ぎ同士……相手にとって不足はないはずだ!」


 口煩い真面目なお坊ちゃんが――っても俺より確か3歳位年上だけど――いつになく殺気を帯びた眼で叫ぶ。


(やっべぇな、眼ぇギラギラしてやがる)


 ぼや付いた視界でも、レオナルドの敵意を宿した眼差しはしっかり感じ取れた。


 こいつ、俺に雷飛ばしてきた後相対するなり変な液体を立て続けに2つも飲みやがった。

 戦闘前に何飲んでんだ? と思ってたら予想外のスピードで近づいてきやがった。


 こいつの器じゃ維持できないはずの高速移動に驚きつつ、俺も高速移動を展開して隙を狙って攻撃を仕掛けたら目の前に閃光が走ったって訳だ。


 俺高速移動は使えるけど、ちょっとコントロールには自信がねぇんだよな――って思っていたけど実戦での使用となると勘が冴え渡るのか、割と上手く自制できている。

 かわしていく内に目が再び闇に慣れていき、それと同時に相手の魔力の秘密に気づく。


「なぁ……俺、その薬使った事ねぇからよく知らねぇけど、馬鹿になるんだろ? 大丈夫か……!?」


 俺、座学って苦手なんだよ。でも『魔力の核を刺激して魔力回復機能を無理矢理高めるから馬鹿になるし後日身体に響くから無闇矢鱈に使うな』って学院の薬学教師のじいさんが何度も口酸っぱくして言ってた事は覚えてる。


「いちいち失敬だな君は!! 馬鹿になどならない……!! 感情の抑制がしづらくなるだけだ!」


 力任せに振り下ろされた大剣を横に飛び退いてかわすと、半減結界の中であるにも関わらず魔岩石製の床が欠ける。

 そう言うなら高速移動を使ってアスカ達の方に行きゃいいのにな――そういう発想にならない時点でしっかり馬鹿になってんだよ。


(……まあいいけどな、何かを守りながらの戦いはつまらねぇから)


 戦闘の醍醐味は互いに持てる限りの力を出して全力で戦う事――守る物があるとそこを意識しないといけないから楽しくない。


 相手がそこを気にかけていないなら俺もその分戦いに集中できる。


 振り下ろされる大剣を斧で受け止める。でっけぇ剣振り回すだけあって力と技だけはありやがる、が――半減結界と能力向上の影響か多少力押しで押し戻した後、横っ腹に思いっきり蹴りを入れる。


(よし、今度は入った!)


 吹き飛んで何回か床に体を打ちつけるレオナルドを見ながら、いまいち爽快感が得られない。やっぱり、ドーピングしてる状態で勝っても面白くねぇ。


 勝ち負けの戦いじゃねぇってのは頭では分かってんだけどよ。ついつい戦闘が始まると楽しさを求めちまう。


(リチャードと交代してぇけど……変な妨害が入らないとも限らねぇしな……)


 流石にこいつを殺しちゃマズいのは分かってる。ウチと違ってリビアングラスの跡継ぎはこいつしかいねぇからな。


 リアルガーうちはこの国の有力貴族にしては珍しく代々一夫一妻を貫く家だ。その上、その組み合わせで複数の子を産み育てる事から獣の家だと陰口叩かれたりもする。


 番がツヴェルフでもそれは同じ。生まれる子どもは皆家を継ぐ権利があるから時には血で血を洗うような後継者争いも珍しくないらしい。

 それでもその方針を良しとするのは――同じ色を持つ人間がいればいつでも命懸けの戦いができるからだ。


 自分の代わりがいるから――あるいは、絶対に危険に陥らない保証があるからこそ心置きなく全力で戦える。

 こいつみたいなどっちでもない存在は本人じゃなくて<周囲>が気を使う。現に俺達の戦闘を監視してる奴が2人もいやがる。


(……つまんねぇなぁ)


 相手が魔力回復促進薬マナポーションで魔力面の差を埋めてきてもこっちは能力向上の重ねがけで攻撃力で差がついちまってるし、とか言って致命的なダメージを与えようとすると妨害される。


 魔力の打ち合いやってる頭上の方に視線を向けた瞬間、レオナルドの魔力が一気に膨れ上がる。

 すぐ様視線を戻すと奴が大剣を支えに立ち上がっている。その足元には――空の小瓶。

 

(チッ……いくつ持ってんだよ!?)


 高速移動は足だけに限らない。手数の差にも影響する。

 再び地に足をつけたあいつが振り上げられた大剣の先に黄色がかった雷が落ちる。雷はそのまま大剣にバチバチと嫌な音を立てて纏わりついている。


(やっべ! それこっちに振り払われたら――)


 全力でレオナルドの足を蹴り払う。体制を崩した奴の大剣から、稲妻のように線状の閃光が宙へと消えていく。

 その後に地響きとともに響き渡る轟音が女達に悲鳴を挙げさせる。


(ああ、アンナ置いてきて良かった……!)


 守りたい弱者は危ない場所から遠ざけておかないと、全力で戦えない。


 戦いってのは中途半端じゃつまらない。強い相手と決定的な決着が着くまでやりあうからこそ楽しい。負けたら悔しいけど弱い奴らに圧勝するより楽しい。


 イキがってる弱者を力で圧倒しても何も楽しくない。だって弱者と強者が戦って強者が勝つのは当たり前だからな。それは戦いじゃなくて弱い者いじめっていうんだ。


 強え相手と戦うから戦いってのは楽しいし、強者に打ち勝った自分だからこそ褒め称えられるんだよ。


 けど、そういう事を他の奴らに言ったら『戦いに楽しさを求めるな』って叱られるんだよなぁ。本当、ピンチを楽しめないってのはもったいねぇよなぁ?


 レオナルドがまたあの雷を剣に纏わせないようにとにかく考える間もなく攻撃を重ねていく。

 俺の頭じゃ考えた所で動きを読まれるし、隙を作り出せない。とにかく攻撃しまくって相手の体制を崩して隙を突きたい。


 斧を振り上げた所で勘が働いて後ろに引き下がると、強風の名残が髪に吹き付ける。

 風の元凶に特大級の火炎玉ファイアーボールを見舞ってやるとふわりと飛んでかわされた。


「ったく、漢の戦いって奴を分かってね―な、アーサーも、お前も!」


 そう嫌味を言ってやると緑ずくめのナンパ野郎男は面倒臭そうなため息をつきながら、印を切り出す。まだ邪魔するつもりかよ。


「兄上、邪魔しないでください、こいつは私が殺します……! 兄上の手を借りずともこの程度の人間は私にだって殺せる……!!」


 レオナルドの怒声にナンパ野郎の印を切る手が止まる。


「……気が合うじゃねぇか」

「私も酷く舐められたものです……今は皆命懸けで戦っているのに、私だけ過保護に守られるとは……!!」


 レオナルドの大剣を持つ手が怒りで震えてやがる。まあ、さっきからお前に有利になるような邪魔が入ってりゃそりゃあ嫌でも気づくよな。


「私は誰の援護も受けずとも戦える……! どちらかが死ぬまで私は戦う!! 邪魔するものは皆、焼き尽くす!!」


 レオナルドも淡い光りに包まれて能力向上がかかる。流石にメンバー全員にかけられる程の余力はこいつにはねぇか。


 ここまで強くなられると流石に他の奴らを同時に相手にするのは厳しい。


 薬なんてもんに本当に縁がなかったから知らなかったけど、あの薬本当にやべぇんだな。それでもまだ一応の理性が残ってるっぽいのは凄ぇなと思う。


「いいかお前ら、邪魔すんなよ! 漢の戦いって奴だからな!!」

「アシュレー! 本来の目的を忘れないでよ!?」


 また邪魔してきそうな2人に向けて威圧すると空から声が降ってくる。


「大丈夫だ、忘れねぇ。忘れねぇ範囲で、殺し合う!」


 子どもがどれだけ器が小さく産まれてもあんなもん飲ませたくないなと思う気持ちと、器が小さく産まれたからこそあんなもんも飲まないと生きられねぇんだろうなと思う気持ちが混じる。


 どれだけ大切に育てても弱けりゃ周囲との差に打ちひしがれて勝手に歪んじまうもんだ。器が大きいのが当たり前な公爵家なら尚更。


 だから、やっぱり器が小さい奴は哀れで仕方ねぇ。けどな――


「クッソ真面目で面白くねぇ弱い割にキザなお前より、今のなりふり構わないお前の方が俺は好きだな。器が小さかろうと口うるさかろうと強ければ何でも良いんだよ、強ければ!」

「……死ね!!」


 俺の言葉に歯を食いしばる奴の純粋な敵意、純粋な殺意にゾクゾクする。


「おお、殺せるもんなら殺してみろよ? 俺は逃げも隠れもしねぇからよぉ!!」


 その言葉を合図に切りかかってきたレオナルドの斬撃をすんでの所でかわす。繰り出される剣速も風圧もさっきの比じゃない。

 何より――本気で俺を殺しにかかってる。


 強者と戦えるこの状況に心がゾクゾクで満たされていく。


 これまでこいつとは何度か模擬戦で戦った事はあるけど、ここまで気分が高揚するのは初めてだ。


 やっぱ、こういう命を懸けたスリルや力のぶつけ合いはドキドキとはまた別の意味で、良い。

 あっちこっちに喧嘩を売るつもりはないからこそ、こういう強者と戦える機会は貴重なんだわ。


 この一節半――アンナと一緒に過ごした日々も凄い甘くて、ほこほこして、温かい感じで……こういう日々が一生続いたら幸せだなって思うけど――幸せは全てを満たしてくれる訳じゃないんだよなぁ。


 こういうゾクゾクしたスリルがあるからこそ、アンナとの平穏を、ドキドキをより幸せに感じられる。しょっぱさや酸っぱさの後の甘さが一際甘く感じられるように。

 

 こういう品性もプライドも投げ捨てた、死をも許された純粋な力のぶつけ合いこそ、楽しい。


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