第61話 男と女の二度目の夜・2(※ダグラス視点)


 3人目はヒューイに決めたから、彼の呪術を解いて欲しい――と言った飛鳥さんに一瞬絶望が過ぎった。


 『想い人がいるらしい。だから自分と奴の間に不安になるような事は起きない』と言われても、私は奴からそんな話を聞いていない。


 好きな女を人工ツヴェルフにしてやると言っても『子どもが産まれるまで俺が好意を維持できると思うか?』と言い返してきた、自他ともに認めるクズだぞ?

 

 しかし悪友といえど人として最低最悪な発言を飛鳥さんに告げるのは良心が咎め、奴に抱かれる事が嫌じゃないのかと控えめに問えば、それが自分に課せられた刑だからと真っ直ぐに返される。


 飛鳥さんは星鏡を見た後も同じ事を言っていた。目の奥に強い自責の念を宿して。


 確かに、飛鳥さんはこれまで貴族達に対して様々な無礼や罪を犯している。

 だが飛鳥さんの罪悪感は彼らにではなく、私が時を止められ魔物討伐出来なかった間に死傷した民達に向けられている。


 飛鳥さんと出会い、弱者の気持ちを知った事で彼らの為に少しくらいは力を振るってやろうという気持ちも芽生えては来たが、飛鳥さんが彼らに抱くような罪悪感は微塵も浮かばない。


 民が死傷したのは誰のせいでもない。魔物のせいだ。

 騎士や冒険者が死んだのは己の力量が足りないせいだ。それは当人達が一番よく分かっているだろう。


 だが、この辺りの価値観はお互いに変える事は出来ないだろう。

 ならば――彼女が背負おうとする罪を私も背負い、少しでも彼女の罪悪感を和らげるしか無い。


(……怪我人は愚弟が治療しているから問題ないとして、問題は死者か……遺族へ慰問金を送るか、あるいは被害を受けた村に援助するか……)


 せっせと貯めている金がまた飛んでいく――それにもしこれが表沙汰になったら、今後何かある度に民が声を上げるようになるのが目に見えている。

 そうならないように慎重に動かなくては。 


 いっそ公爵家からではなく、飛鳥さんからだと伝えた方が良いか――しかし、自分達がしていない事をツヴェルフがするのはどうかと貴族達があれこれと騒ぐだろう。

 ああ、頭が痛い。


(……飛鳥さんは見知らぬ弱者の気持ちばかり気にして、私の気持ちは気にしてくれない)


 そんな私の気持ちを察するかのように、飛鳥さんは私の気持ちを代弁してくれた。

 わざわざ罪を背負いたがる飛鳥さんが理解できなかったが、私の気持ちを理解してくれた上でなお、背負ってほしいと頼まれたら――もう背負うしか無い。


 私の苦痛を飛鳥さんが分かってくれていると知った途端、不安の一辺が崩れて散っていく。


 ただ、ヒューイの呪術はそういう時が来るまで絶対に解かない。絶対にだ。


 飛鳥さんの事が好きじゃないなら、何の問題もない――と思ったその時、飛鳥さんからの爆弾発言が飛び出し、私の思考は真っ更になった。


(やっと……やっと、この日が……!)


 いや、ここで素直に喜んでいいのか……!? また残念な事になるかも知れない、冷静になれ、と瀕死の理性が必死で警鐘を鳴らす。


 ――が、活き活きとした本能には全く届かず、『この顔を真っ赤にしている可愛い飛鳥さんを見て警鐘なんか鳴らすんじゃない!』と瀕死の感情が憤死せんばかりの勢いで理性を追い出そうといている。


 そんな脳内死闘を繰り広げている自分がどんな表情をしているのか分からず、飛鳥さんに見られたくなくて両手で覆うと、飛鳥さんに笑われてしまった。



 そんな飛鳥さんも可愛くて――このままだと夜を待たずに事に及んでしまいそうで、とりあえずトイレに行くと理由をつけて離れた。


(危ない所だった……)


 理性が回復し、心を落ち着けて部屋に戻るとメイドが(成長しましたね)と言わんばかりの微笑みを向けてくる。

 そんなメイドから視線を下ろすと飛鳥さんがソファのクッションに顔をうずめていた。


 メイドに先程のやりとりや口づけを見られた事が恥ずかしいのだろうか――?

 メイドの視線を無視し、再び飛鳥さんの隣に座って声をかけてみたが顔を上げてくれない。


 機嫌を損ねている訳ではなく、本当に恥ずかしがっているだけみたいだったのでそのまま置いて本を読み始めると、いつの間にか飛鳥さんは寝てしまっていた。


『昨夜ずっと考え事をされていたようなので、このまま夜まで寝かせてあげた方がよろしいかと』


 メイドが毛布をかけると、飛鳥さんは自然と毛布を掴んで包まった。その仕草も可愛らしい。

 私も今のうちに仮眠を取っておいた方が良いか――と寝室に入った。



 そして、夜――夕食を食べて先に湯浴みをする。食事中、飛鳥さんはちょっと浮かない顔だった。


 あの様子だと、また中止になるかもしれないな――と思いつつ、自分から中止にしましょうというのも非常に惜しく。


 駄目になるかも知れない、という覚悟だけしてバスローブを羽織り寝室に入ると、飛鳥さんがメイドと一緒に浴室の方に向かった。


 魔獣も付いていったのを確認した後、ペイシュヴァルツにも寝室から出るように告げる。

 そして一人になった寝室で亜空間収納から以前メイドにもらった媚薬(塗り薬)を取り出してサイドテーブルに置き、情事の際に使われるという由緒正しい香を焚く。


 香の匂いは一度目の夜とは大分違うものなのだが、あの夜を思い起こさせた。


 飛鳥さんに一度目の――あの甘く蕩けるような一時の記憶がないのは非常に残念だが、私の欲に任せた拙い前戯の記憶がないのは悪くない。


(……そうだ、今回は失敗しないように読み直しておこう)


 改めて手袋を身に付けた後、亜空間から1冊の書物を取り出す。


 地球のツヴェルフが残した文献を取り寄せた中にあった、飛鳥さんと同郷らしい男のツヴェルフが故郷に伝わる性交体位『四十八手シジュウハッテ』について書き記した図解付き指南書だ。


 頭が良く研究者気質の変態、というものは何処の星にも生まれるようで、事細かに体勢の注意事項や感想などが書かれている。


 何故この体勢で営もうと思ったのか理解に苦しむ構図も多々あったが、先人の実体験は参考になる。

 中でも女性の感想が不可・可・良で簡潔に記されているのがありがたい。飛鳥さんにあまり負担をかけないもので挑みたい。


 ただ、時折これを指南書としてきたであろう男達の性欲と慕情と探究心が混ざりあった複雑な邪念が入ってくるので、この本を読む際は手袋が欠かせないな――と呆れているとノック音と共に飛鳥さんの声がしたので即座に本をしまう。


 入るように促しながら手袋を外そうとすると、


「あ……ダグラスさん、手袋ははずさないで!」

「えっ」


 何故――と問おうとした時、飛鳥さんの姿が視界に飛び込んでくる。


 黒色の、胸元に細かな刺繍が入った透け感のある太腿までの丈しかないナイトドレスを纏う、お風呂上がりで少し顔が赤い飛鳥さん――下着職人とメイドに金貨を握らせたくなるほど素晴らしい仕上がりである。


 言葉を失ったまま見惚れていると、飛鳥さんがちょっと恥ずかしそうに両腕で胸元を隠しながら言葉を重ねてきた。


「ル・リヴィネの民の子は手から思念とか記憶とか読めるって聞いたので!! 私、こういう事してる時の思念読まれるの、絶対嫌なので……!」


(誰だ、余計な事を教えたのは……!!)


 実に余計な事を教えた者に対して激しい怒りがこみ上げるものの、ここで犯人探しをして飛鳥さんのご機嫌を損ねてはいけない。

 飛鳥さんのこの気持ちは理解できる。私が同じ立場であれば多少抵抗が生じるだろう。

 好きな相手といえど、自分の心が読み取られるというのはあまり良い気持ちではない。


 最恐のツヴェルフもこの力で公侯爵家の令息達の心を見透かし、隙に付け入って侵食したと言われている。

 警戒心があるのは悪い事じゃない、が――私相手に警戒しないで欲しい。


「た、確かに私は祖父も母もル・リヴィネのツヴェルフですから、その能力を引き継いでいます……しかし、読もうと思って読めるものではなく、たまに読み取れる位の力しか」

「やだ」

「し、しかし……」

「やだ……!」


 困った。こうなった飛鳥さんに無理強いしたら絶対に喧嘩に発展してしまう。

 ル・リヴィネのツヴェルフ達がそうしてきたように私も手袋を付けて情事に挑めばいいだけの話なのは分かっている。


 しかし、全裸で手袋だけ身に付けて契るなど――何と間抜けな姿であろうか? 男としてのプライドが大いに損なわれる。

 そんな訴えを紡ぐ前に飛鳥さんはそっと私の手袋の上に手を置いた。


「……ダグラスさん。私はエッチしたくない訳じゃないの。思念を読まれるのが嫌なの。ダグラスさんが手袋してくれてたら、それで全部解決するの」

「私はこの手で飛鳥さんの肌を感じたいのです。貴方の髪も、頬も、唇も、全てこの手で感じたい」

「わ、私だって本当は手でちゃんと触ってほしいけど……その分私がダグラスさんの頬とか腕とかいっぱい触るから!」


 ぎゅっと肩を掴まれて、そこそこの力でベッドに押し倒される。

 男女の立場が逆ではないか――と思ったが、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている飛鳥さんが可愛い。

 先程の触って欲しい発言も心くすぐられる。これはこれで――悪くない。


 が、飛鳥さんは私を押し倒したものの、そこからどうすればいいのか分からないようで、私の脇に頭をおさめると私の腕を引き寄せてガウンを捲り、浮き出ている血管をぷにぷにと触り出した。


 不思議な気分だ。今、自分の頭の中の大半を占めている性欲がなくなった訳ではない。

 ただ、これもこれで心地いいな――と大人しく受け入れている。


 温かな浮遊感と微睡みを感じるなか、飛鳥さんがぽつりと呟く。


「……ねえ、ダグラスさん。これからは例え敵と言えど無闇矢鱈に人を殺したり、魂をイジメたりしないで。ダグラスさんの立場だと襲いかかってきたとか、他の人達を虐げてたとか、殺さなきゃいけない時もあるだろうから誰一人殺すな、なんて言えないけど……憂さ晴らしみたいな、残酷な殺し方はしないで」

「……はい」

「まだ宿ってない娘に対して、あれこれ不安になったりするのも駄目」

「……はい」

「って言うか……私とダグラスさん、まだ会って半年も経ってないし、まだ子どもは作りたくない」

「それは」


 いじらしいお願いの中の唐突な発言に起き上がろうとすると、やっぱり飛鳥さんに押し倒される。


「……え、エッチな事するのはいいの! ただ、もうちょっと。もうちょっとでいいからダグラスさんと恋人気分、楽しみたい。イチャイチャしたい……駄目?」

「……いいえ」


 困ったような目で見下ろして、恥ずかしそうに、甘えるように訴える飛鳥さんに自分の中の不満や不安が溶けて、理性も感情もどうしようもなく甘くなっていく。


 私に対して敬語を解いた素の飛鳥さんが、とても愛おしい。

 ふわりと浮かせてベッドの中央に降ろし、両手を抑えて組み敷く。


「飛鳥さん……貴方に主導権を握られるのも悪くはなさそうですが、私はやっぱり貴方さんに触れたい」

「……手袋」

「分かってます。外しません。その代わり……今日は朝まで付き合ってください」


 そう紡いだ唇をそっと飛鳥さんの首に落とすと、とても可愛い声が聞こえた。


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