第18話 食卓を囲んで
その後メイドに浴室を案内してもらい、しっかり体を洗った後、橙のシンプルなワンピースに着替えて再び魔力隠しのマントを羽織る。
もうじき昼食の時間という事でそのまま食堂に案内された。
これぞ貴族のダイニング・ルームと言った感じの広さにふさわしい長卓には薄橙のテーブルクロスがかけられ、端の方には既に2人の男女が席についていた。
エドワード卿は先程の少しボサついた髪や薄汚れたツナギ服では無く、キッチリと髪を整え、豪華な刺繍が施された橙色の礼服に着替えている。その姿は何処かの貴族の当主のように見えた。いや、当主なのは分かってるんだけど。
「アスカ殿、先程は失礼しました。来客の予定がない時はあの服がとても都合が良いもので。息子が貴方を連れてくると分かっていればソフィア嬢同様最初からこの服でお迎えしたのですが、客室の使い心地はいかがですか?」
ひと目見た時(この人エドワード卿の兄弟かも?)という可能性が浮かんでたけどこの思った事が頭で濾過されずにそのまま出てきているような喋りからしてやはり本人のようだ。
「とても良いです。素敵なお部屋で休ませて頂いてありがとうございます」
お礼を述べて小さく頭を下げた後、エドワード卿の斜め向かいの座る女性の方に目を向ける。私と同じようなシンプルな橙のワンピースに身を包んだ一見40代と思われる女性は私を見て微笑んだ。
「初めまして、ジェシカよ。貴方は……見た感じ東洋の人ね。もしかしてユミと同じ日本人かしら?」
ジェシカさんの問いかけに小さく頷く。濃い茶髪の長い髪を後ろに流し、スマートな顔立ちと切れ長な碧眼――アーサーは母親似なのだなと納得した。
40年前に召喚されたツヴェルフ…と考えると50代後半か60代のはずなのに全くそうは思えない綺麗で穏やかな美人だった。
「確かユミの孫の名前はユーリ、だったわよね? ソフィアとユーリは無事に飛べたのかしら?」
「おやジェシカ、もしかして君はこの子達が帰ろうとしている事を知っていたのか? もしコッパー家が逃亡計画にまで加担していたなんて事になっては今の危機をやり過ごしても首が飛んでしまうじゃないか」
「いいえ、私はソフィアに昔話をしただけよ。この子達の計画に加担なんてしてないわ」
ジェシカさんの一言に食いついたのはエドワード卿だった。驚いたようにジェシカさんを見据えているエドワード卿をジェシカさんは少し気だるげに流す。
「この子達が帰ろうとしていた事を知っていたのであればそれを黙っていた事も加担に繋がる。問題だ。詳しい話を」
「なら私を協力者として突き出す?」
切れ味鋭い発言がエドワード卿の言葉を詰まらせる。エドワード卿は一つため息を付いて小さく肩をすくめた。
「全く……君はいつもそうだ。私がそんな事出来るはずがないのを分かっていながらそんな言い方をする。心配しなくても黙っているよ。黙らざるを得ない。全く、家族揃って私の手に余る真似をしないでほしい。きちんと相談して欲しい。ああ、アスカ殿、いつまでも立っていないでそこに座ると良い。あ、そこはアーサーの席だよ。その隣だ」
斜め向かいの椅子の一つ隣の椅子を示されて座るのと同じタイミングで料理が運ばれてくる。給仕の人の流れに沿うようにアーサーもやってきて私の隣りに座った。
グラタンやオニオンスープなど、心身温まる食事を頂く中アーサーがダグラスさんの器のヒビを治す為に隣国に行く事を初めて聞かされた。
てっきり早く自分の家に帰りたいからアシュレーから飛竜借りたんだとばかり思ってた。
(隣国……そうだ、この国の貴族の
ダグラスさんの器にヒビが入ってしまったのは私のせいだから、一緒に行きたい――と隣国について行く動機は作れる。
だけど今の私が一体何の役に立てるというのだろう? ましてコッパー家から一歩でも出れば狙われてしまう私を連れて行く理由も利点も一切無いのが厳しい。
「……ロットワイラーってどんな国なんですか?」
メアリーの授業で皇国の東に位置する国、という事位は聞いているけどどんな国なのかまでは教えられておらず、今後の参考の為にエドワード卿に問う。
流石に貴族だけあって食べ物を咀嚼している間は喋らないので先程よりずっと質問できるタイミングを掴みやすかった。
「ここから2日ほど東に歩いた所にある関所の向こうにある国です。国土は皇国よりずっと小さく、大半が荒れた土地で自然の恩恵が得られない場所ですが魔導工学を発展させて野菜や穀物を栽培し、家畜を育てている……<鉄道>という大きな魔道具の乗り物や先程私が使った送受信機の上位互換の<ラジオ>という文明もありましてね、あれらはこちらでも活用できればと思うのですが……皇国は魔導工学の発展には慎重でしてね」
確かに、文明の発展はリスクも伴う。
地球で言えばインターネットなんて最たる例で、とても便利で安価で情報や娯楽を与えてくれる反面、ウイルスやハッキング、詐欺等にも利用されで人に大きな損害を及ぼす。
そして顔の見えないやり取りは時として心を救う反面、様々なトラブルを引き起こす。『光が強ければ強いほど影も強くなる』とはよく言ったものだと思う。
「そういう事情からロットワイラーとは折り合いが悪く、過去に何度も戦争に発展している敵国です。近年では厄介な兵器も開発されましてね。冷戦状態とは言えいつ大きな戦争が起きるとも知れない危険な状況です」
「そんな国にアーサー卿が向かうのは危険じゃないですか……?」
「危険です。潜入した事がバレれ戦争になる。その厄介な兵器――マナクリアウェポンを使われれば皇国は甚大な被害を及ぼすでしょう」
「マナクリアウェポン……?」
聞き慣れない単語を復唱するとスープに口をつけたエドワード卿の目が輝く。この人はどうやら自分の持っている知識を披露するのが好きなようだ。
「魔力及び幽体を一掃する超広範囲の大砲です。ル・ティベルの生きとし生けるものは体に魔力を満たした器と魔力を生み出す核を宿しているのですが、それらは体の中に物質と魂の中間の存在……幽体として存在しています。マナクリアウェポンはその幽体に致命的なダメージを与えるのです。まあ現段階では幽体だけをピンポイントに攻撃できる訳ではなく、物質や魂も大きく損傷してしまう事、また風向きによってはロットワイラーも相当の被害を受ける……それと大気の魔力を大きく吸い上げる為こちらの土地にも影響が出かねないので下手に動いて向こうにキレられて使われては困るので冷戦状態に至っているのです」
ヤバい兵器持ってるから迂闊に手を出せないのは何処の世界もあるあるなんだな、とすんなり納得してしまう。
「そんな国に危険を犯してまで行ってヒビを治す方法が見つかるんでしょうか……?
」
「研究や発明に失敗はつきものですからね。だからこそ真に聡い研究者は失敗に備えての対策を講じる。器にダメージを与える兵器を作っているなら当然、器を修復する方法も研究しているはずです。それにアーサーが行こうとしているのはかつて器の拡大や移植に関する研究をしていた場所で……ん? 何でもベラベラ話すな? 私はアスカ殿に聞かれた事に答えているだけだぞ。聞かれた事は誤解が無いようにしっかり話さないといけないだろう? 何でも中途半端に話すから駄目なんだ」
隣国の話を目を輝かせて話すエドワード卿をアーサーが窘めたのか、エドワード卿が少し眉を顰めてアーサーを見据えた。
「そうだ、アーサー……国境超えの件だが今ロットワイラーへの関所を開ける訳にはいかないからな。研究所の位置的にもお前の言う通りルドニーク山を超えるのが一番いいのだろうが、あの山は全く雪が溶けていないからかなり厳しい道になるぞ? ああ、山の様子も確認してきてくれるのか? それはありがたい」
私がエドワード卿の話に聞き入っている間にアーサーはいつの間にか食事を終え、静かに立ち上がった。
「今から行くのか? それなら行く前に
私の足元にいたペイシュヴァルツがアーサーの後を追いかけるとアーサーはしゃがんでペイシュヴァルツを肩に乗せた。
「ペイシュヴァルツ……アーサーと一緒に行くの?」
私の言葉にペイシュヴァルツは予想外の事を言われたかのように瞬きする。
色神の欠片だし、私がついて行くよりはよっぽど役に立ちそうな気はするけれど。
(……一人ぼっち、か)
アーサーの背中を見送りながら、何となく思った気持ちに少しだけ寂しさが過ぎった。
「……あの、色々ご迷惑をおかけしてすみません。お世話になります」
改めてエドワード卿とジェシカさんに向けて頭を下げると、2人に優しい微笑みを向けられた。
「ああ、そう不安そうにする事はない。君にかかる経費はまとめてセレンディバイト公に請求しろと言われたし、私は厄介事や隠し事に慣れているからね。この館から出ない事、そのマントを常に身につける事、白と黒の魔力を使わない事を守るなら後は自由に過ごしてくれて構わないよ」
「あ、そう言えば……あの、お風呂は、アリなんですか……? さっきアーサーに確認せずにシャワー浴びちゃったんですけど」
「ああ、我が家の浴室とトイレには透視や魔力探知を避ける為に特殊な断魔材を使っているから心配しなくていい。元々はアーサーの為につけた物なのだけどね。ただ、今君が使っている客室にそれを付けると明らかに怪しまれるから風呂とトイレ以外はマントをつけたまま生活してもらう事。だけどそのマントは目立つね。洗濯できないのも不便だろうし家にも同じ効果がある橙のマントがあるから今着ている分と交互に使うといい」
今食べている温かい料理と同じ位の温かさで包み込んでくれるその優しさを感じながらも、心の中に淀む不安は食事中消える事はなかった。
昼食をしっかり頂いた後、一人で客室に戻る途中でまた不安が強くなる。
(ああ、もう……!)
流石に誰かとすれ違いそうな場所で自分を噛む、という奇行は憚られる。
お淑やかなお嬢様よろしくお腹の前で手を組んでるように見せかけて右手で左手の甲を思いっきり抓る。
生半可な痛みじゃ不安を散らせない。不安で鬱入るのも嫌だけど、痛い目見るのも嫌だ。この状況も何か対策しないとそう遠くない内に手や腕がボロボロになってしまう。
それでも今は不安に耐えるより痛みを堪える方がマシ――そう思いながら客室の所まで行くと、ドアの前でアーサーが立っていた。
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