第17話 殺そうとした理由


 クラウスが女の子の動きを止めてくれた事で危機を乗り越える事は出来たけど、私の叫びはしっかり建物内にも響いたらしく、数分と立たない間にバタバタと人が集まってきた。


 ドアを少し開けると、ここの警備員らしい人に加えて既に水着から着替え終えたらしいレオナルドやマリー、ユンやアーサーが立っている。


「アスカ様、大丈夫ですか!?」


 レオナルドはわざわざ亜空間から大剣を出してくれたみたいで、アーサーも手に剣を持っていて――殊更罪悪感が煽られる。


「あ、あー……ごめん、ちょっと、その……窓から何か気持ち悪い虫が入ってきたから、つい……!」


 空気が凍るのを感じ、辛辣な言葉をかけられる覚悟を決めるとレオナルドの後ろからひょこっと、心配そうな表情のマリーが顔を出した。


「アスカさん、虫が本当に駄目なんですね……私も苦手な虫はいますから、つい叫んじゃうの、分かります」

「ああ、そう言えばリビアングラス邸でも虫を追い払う為に溜めた魔力を使った事がありましたね……大丈夫ですか?」


 ああ――そう言えばそんな嘘をついた事もあったっけ。

 あの時はとにかく溜まった魔力を放出する為についた嘘だけど、まさかここで役に立ってくれるなんて。


「え、ええ、セリアが追い払ってくれたからもう大丈夫……騒がせてごめんね」


 マリーとレオナルドの優しさに感動しつつ、ここの従業員らしい人達の呆れた表情とアーサーとユンの(虫ごときで叫ぶな)と言いたげな表情に苦笑いを貼り付けつつ彼らを平謝りで見送った後、ドアを閉める。


「アスカ様……大丈夫ですか?」

「大丈夫、この世界で恥をかくのはもう慣れてるから」


 新聞で<銀色の渡り鳥>なんてちょっとカッコいい言われ方をするようになったけど、これまで散々『野蛮で卑猥で男を誑かすお騒がせツヴェルフ』として貶されきたのだ。

 今更『虫が怖くて叫んだ』程度の悪評が追加された所で私の心は微塵も動じない。


「……さて、と」


 気持ちを切り替えて部屋を仕切っていたカーテンを開けると、フワフワと宙に浮く半透明の白い球体の中で私を襲った女の子がジタバタ暴れている。

 魔力で破壊しようとしているのか、球体の中でバチ、バチと薄い青緑の火花が散っているあたり、まだまだ油断できない。


「ありがとうクラウス、貴方がいてくれて助かったわ」


 球体の横にいるクラウスにお礼を言うと、ちょっと驚いたように目を見開いた後、ふわっと嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「飛鳥の役に立てたなら良かった……でも、どうしてこいつ突き出さなかったの?」


 クラウスの疑問は最もだ。普通はこんな状況になったら駆けつけてきた警備員に即刻引き渡すべきなんだろう。


 だけど、セリアやロイの動きを止める程魔力の強い女の子をその辺の警備員に引き渡したら逃げられるのは目に見えてる。それに――


「この子にはいくつか聞きたい事があるのよ……人に聞かれたくないから、防音障壁お願いしていい?」

「分かった」


 私達を覆うように白い半透明の障壁が張られたのを確認してから女の子を包む白の球体の前に立つ。


(大丈夫、大丈夫……何かあってもクラウスがいる。最悪、死ぬ程痛い目に合うかも知れないけど、死にはしない)


 一つ息を吸って、体の震えを鎮めてからゆっくり言葉を紡ぐ。


「えっと……貴方、名前は? 私を殺そうとした理由も教えてくれない?」


 なるべく優しい声を心がけた私の問いかけに対して、女の子は冷めた表情で顔を逸らす。

 私の質問に答えるつもりは全く無いようだ。


(こういう時って優しく接して警戒を解かせるか、怖い事言って脅かすか、拷問するか、しか思いつかないんだけど……)


 拷問――手も足も出せない人間を執拗に痛めつけるのは抵抗がある。というか、無理。私にはできそうにない。


(痛めつけずに理由を知る手段は1つあるけど……できれば本人の口から聞きたい)


 ただ、このまま沈黙を貫かれたらそんな甘い事を言ってられないのも確かで。


「……貴方が喋ってくれないなら、ちょっと強引な手段を使わざるを得ないんだけど?」


 ちょっと脅かしてみるけれど、全然こっちを見てすらくれない。

 この程度の脅しで怯えるなら1人わざわざこんな所までやってきて小芝居までして暗殺しに来ないか。

 それじゃあ、やっぱり――

 

「……私は貴方と同じ色の魔力を持ってる人を知ってるのよ。少し前まで、ここの侯爵だった人なんだけど」


 私を暗殺しようとしたばかりか、死んで魂になってもなお私を殺そうとしたジェダイト前侯爵――もうあの魂の色を思い出すだけで全身にむず痒さを覚える。

 その感覚を抑えながら呟くと女の子の表情が歪む。


「あんた……何で、お父様の事を……!?」

 

 さっきまで少しも聞く気がなかったのに、ありったけの怒りを込めんばかりに睨みつけてくる。


 私が手を下した訳じゃないとは言え、私はこの子にとっても父の仇みたいなもので。

 そんな眼差しで睨むのも当然だと思うと、太い針が刺さったように心が痛む。


(……罪悪感なんて、持つな)


 私を助けてくれた結果死んでしまった人の遺族が仇討ちに来た、とかなら罪悪感持つのも分かる。

 けど今は、私を殺そうとした結果殺された人の遺族が仇討ちに来てる訳で。

 向こうが憎悪の感情を持つのは当然かも知れないけど、こっちは罪悪感なんて持っちゃいけない、と同情しかかってる自分に喝を入れる。


(とにかく、今は何でここまで執拗に私を殺そうとするのか……そこを早く聞き出さないと)


 この子は髪の色を変えて、お父様が入ったのを見た、と言って私達にドアを開けさせた。

 そして毒か何か仕込んでるであろう針を私に刺して、素知らぬ顔で去るつもりだった事を考えると、単なる仇討ちだけで済ませるにはあまりに用意周到で、執念深い。


 冷静に考えればいくつか答えを推測できるのかも知れないけど、合っているかどうかもわからない推測より、目の前の犯人から『正答』を聞き出せなきゃ何の意味もない。


 前侯爵の娘という事は、現ジェダイト侯の妹――この状況を踏まえて、言葉を重ねる。


「……このまま貴方が何も言わなかったら、貴方のお姉さんは殺されるかも知れない」

「え?」

「ビュープロフェシー……だっけ? それが今来てる嵐を映し出してなくて星鏡見れるかどうか危うい状況だから、シーザー卿が貴方のお姉さんを拘束しろって命令してるの聞いたの……多分、抵抗するなら殺せとも言ってる」


 ハッキリ聞こえた訳じゃないけど、あの状況からそれっぽい事を言ってるのはほぼ間違いない。


「そんな……嘘でしょ? モニカ姉様が……」


 呆然とした表情で呟いた女の子は、すぐに怒りの形相に戻る。


「何でよ!! 何でこんな事になるのよ……!!」


 白の球体の中が青緑色一色に包まれる。中で大きな魔力が渦巻いてるはずなのに球体はビクともしない。


「大丈夫だよ、絶対に割らせないから」


 私ですら白の球体の中の魔力が相当大きいものだと分かるのに――これを平然と受け止めて微笑むクラウスの魔力って、いったいどの位凄いんだろう?


「出して! 出してよぉ!! 姉様を助けなきゃ……!!」


「貴方がこの領を治める家の令嬢なら警備隊に突き出しても、すぐに保釈される可能性がある……だから貴方が何で私を殺そうとしたか教えてくれない限り、出してあげられない」


 姉が死ぬかも知れない状況で半狂乱になってる女の子を可哀想だと思うけど、やっと会話が出来るようになったここで、譲る訳にはいかない。


「お願い、お姉さんを助けたいなら私を襲った理由を話して……! 場合によっては私達も彼女が殺されないように協力してあげるから! このまま拘束してる間にダグラスさんが戻ってきたら説明せざるを得ないし、彼が私に隠れて貴方に酷い事をするかもしれない……! 私だって、これ以上犠牲者を出したくないのよ!」


 ダグラスさんは憎い相手を肉体の消滅だけで済ませない。魂にも矛先を向ける。

 罪人の魂を掃除機に閉じ込めてバッテリー代わりにして平然としていられる位には残酷な面を持ち合わせてる。

 だからダグラスさんが絡むと余計に事が拗れかねない。


 最悪この子を殺して、また魂イジメしかねない――それは絶対阻止するけど、それでまたダグラスさんと険悪になるのも絶対に避けたい。


 原因が分かれば――例えば暗殺を指示した人間がいるなら捕まえたり、事情があるなら私達だけでこっそり解決できれば、この子が私を殺す必要がなくなって円満に解決するはず。


 白の球体の中の青緑色をじっと見つめていると、魔力が段々薄れて再び女の子の姿が見えてきた。


「……あんたが、邪魔だからよ……!」


 女の子の言葉が、宙に漂う。


「……邪魔?」

「あんたが、あの悪魔を怒らせてこの国を……いえ、世界を崩壊させるから、あの悪魔があんたに本気になる前に殺さなきゃいけなかったのよ!! なのに……なのに!!」


 女の子の言葉が一回だけでは良く理解できず、脳内でもう一度繰り返す事で理解した。


「へぇ……なるほど」

「はぁ!? 何なのよ、その態度!?」

「あ、ごめん……この世界にも預言者っているんだ、と思って……」


 私の呟きに女の子もセリアもクラウスも(え?)と言わんばかりに怪訝な眼差しを向けてくる。


 でも私自身はここが魔法がある世界で、この領の大魔導具が未来予視、という事もあって女の子の叫びに(ああ、そういう事)とストンと納得してしまった。



 予知能力を持つキャラが世界が崩壊する未来を予知してしまって、その未来を防ぐ為に奮闘する――って、漫画やアニメによくある展開だから。



 悪魔というのが(ダグラスさんの事か)と推測できちゃうのが悲しいけど、怒らせたって事は恐らく未来で大喧嘩をして、仲直りできなくて世界崩壊――なんて、何だか大袈裟な気もするし、それで元凶を殺そうとするのもどうかと思うけど、殺したい理由は理解できたし、納得できる。


「分かったわ。それじゃあ、私がダグラスさんを怒らせなければ」

「分かってない!! そういう問題じゃないの!! ああもう、皇城のホールであんたを殺す事にしてからはずっと成功してたのに、どうして……!!」


 ――――え?


「ねぇ、お願いだからここから出して! 私、こんな所で死ぬ訳にはいかないのよ!! こんな状況であの男に殺されたら、本当に世界終わっちゃうじゃない!! 何であんたみたいな男たらしな浮気女に何もかも潰されなきゃいけないのよぉ……!!」


 いや、えっ、そうなの? 私、浮気するの? 誰と? えっ、この世界、私の浮気で崩壊するの?

 ――っていうかその前に、絶対聞き捨てちゃいけない言葉、出たよね?


 疑問符だらけで私も完全に宇宙猫のような表情になってしまう。

 クラウスもセリアも似たような表情で私を凝視している。


 混乱した頭でただ一つ分かる事は、私がダグラスさんと喧嘩しなければ世界崩壊しない――という簡単な話ではないらしい。


 状況は予言よりずっと複雑で、厄介で、最悪なようだ。


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