第18話 ストップ・スリップ・リープ・ループ
女の子の口から様々な情報が一気に飛び出て、頭が疑問符と感嘆符でいっぱいになる。
クラウスもセリアも何を言えばいいのか、そもそも何を言ってるのかよく分からないといった様子で互いに顔を見合わせ、部屋に奇妙な沈黙が漂う。
「ねぇ! 理由言ったんだからさっさと解放しなさいよ!」
私達の動揺をよそに、女の子が1人だけ騒ぐ。
「待って……理解が追いつかないからちょっと時間頂戴」
「別にあんた達に理解してもらおうなんて思ってない!! 前もあんたに追求されて白状した事あるけど酷い目にあったもん! 今回だってどうせロクな事にならないんだから早くして解放して!! 早く早く早く早く!!」
「ごめんクラウス、ちょっと音声遮断して」
「分かった」
このまま話続けても混乱するだけだ。今手元にある情報を整理しないと。
ちょっと悪いと思いつつも、女の子の声を遮断して貰うと部屋の中がシンと静まり返り、少し頭が落ち着いてきた。
(……色々混乱してるけど、まず状況だけ整理しよう)
私はさっき、この青緑の髪と目を持つ女の子――前ジェダイト侯の娘に殺されかけた。
動機は将来、私が誰かと浮気してダグラスさんを怒らせて、暴走した彼が世界を崩壊させるから――手遅れになる前に私を殺す為。
女の子が予知能力持ってて、そんな未来が見えたから行動を起こしたんだろうと思ったけど、女の子の口ぶりからして、違うみたい。
『皇城のホールであんたを殺す事にしてからはずっと成功してたのに――』
『前もあんたに追求されて白状した事あるけど、酷い目にあった――』
この子は預言じゃなくて事実として、まるで体験したかのように語ってる。それぞれの台詞に対していくつも疑問が湧き上がる。
少なくとも<預言者>が言うような台詞じゃない。崩壊する未来を知っていて、その未来を曲げようと行動してるって事は――
(未来から過去に飛んできたって事……?)
時空跳躍――これを扱った物語も多い。
確か、意識と肉体を伴って過去や未来に飛ぶのが<タイムスリップ>で、意識だけを過去や未来の自分に飛ばすのが<タイムリープ>って言うんだっけ。
どちらにせよ一回だけじゃない。この女の子の言い方だと、未来から過去に何度も飛んできてる。
何度も、と言えばタイムリープの派生で何度も何度も同じ日を繰り返す<タイムループ>を扱ったアニメを見た事あるけど――
「……クラウス、前に公爵達がダグラスさんの時を止めてたけど、この世界には過去や未来に行ける魔法もあるの?」
「ないよ。時空に関する魔法言語の研究は法で厳しく禁止されてる。公爵達が使った
確かに、過去を変えたら当然未来にも影響が出る。そんな魔法が誰にでも使えたら何が何だか分からない世界になりそう。
「……セリア、前ジェダイト侯爵には娘が2人いるって事で間違いない?」
「はい……モニカ女侯の他に、まだ社交界に出ておられないお嬢様がいらっしゃるはずです。確か、名前はシャニカ……歳は10歳前後かと」
10歳前後――見た目の年齢と大体合ってる。
モニカ姉様、って言ってたし、あの子は未来のシャニカ嬢が何かしらの方法で意識だけ過去の自分に飛ばしたタイムリープの線が濃厚?
それで何回か試行錯誤を重ねて、何とか私を殺す事に成功して――って、
(……成功したんなら戻ってくる必要なくない?)
私を皇城で殺してダグラスさんが暴走しなければ危機を乗り越えられるはずなのに、私は今生き延びてる。
(私を殺す事に成功した後、また別の問題が起きて過去に戻ってきて、また同じ様に私を殺そうとしたけど今回は失敗した……って事?)
そう考えれば意味深な発言の辻褄が合う。
一番大きな疑問が解消されて少し肩の力が抜けると、セリアがまだ戸惑いの表情のまま私を見つめていた。
「……アスカ様、あの者の言っている事が理解できるのですか? 私にはさっぱり分からなくて……」
確かに、真正面から考えたら私も頭が混乱してくる。
けどこれまでの人生で何度も時空跳躍を扱った小説やアニメやドラマと見た事があるお陰で『考えるな、感じろ』精神で状況を把握する事が出来てる。
ありがとうファンタジー、ありがとう時空跳躍もの――と、それらの話を作り出した方々に心の中で感謝すると同時に、この状況を分かりやすくセリアとクラウスに説明しないといけない。
「えっと……物語風に言うとあの子は『世界崩壊したけれど、その記憶を持って過去の自分に戻る事が出来たので元凶を殺して世界崩壊を防いでみせます!』って話の主人公で、私は元凶」
「……なるほど? でもそれだとアスカ様はこの国どころかこの星にとっての疫病神だった、という事になってしまいますが……」
セリアが首を傾げつつ、最もな疑問をぶつけてくる。
そう。この女の子の言ってる事を全部信じるとしたら、私はこれから先の未来で間違いなく悪役――本物の疫病神と化す事になる。
いや、世界崩壊させるのダグラスさんな訳で、私じゃなくない――? とも思うけど。
でも私が元凶ならダグラスさんとまとめて疫病神扱いされても仕方がない。
「……疫病神にならない為に今から色々考えるのよ」
状況は何となく把握できた。次はどうすれば世界崩壊を防げるか――暴走の原因が浮気だと言うなら、浮気しなければいい。
だけど一言に浮気と言っても、程度ってものがある。どの程度で浮気になってしまうのか――そこが問題だ。
心を他の男に奪われるのは浮気だと思う。だけど、体は?
普通の女性が恋人や夫以外の人に体を許すのは浮気だと思うけど私の場合、強制出産刑がある。
ダグラスさん含む3人の男との子作りがほぼほぼ確定してしまってるし、既に2人目としてクラウスを選んでる。
果たしてダグラスさんはそれを刑罰と取るのか、浮気と取るのか――
(……とりあえず、浮気相手が誰なのか聞かないと)
次の情報を得る心構えが出来ると、クラウスに球体の防音を解いてもらった。
「ねぇ、シャニカ……私の浮気相手ってだ」
「あんた達の推測なんてどうでもいい!! あんた達は私をここから解放するだけでいいの! 早く出してよ!!」
理由を打ち明けてくれたから多少は心開いてくれたのかと思ったけど、そういう訳じゃなかったようだ。
必死に叫んでる時に音声遮断したのは悪かったと思うけど、あのまま叫ばれ続けたら頭が整理できなかったし『言うこと言ったんだから解放しなさいよ!』という態度にちょっと――いやかなり苛立ちが募る。
さっきまでは幼い女の子だから――仇討ちだから、と気を使ってる部分も大きかったけど、加害者にここまで悪態づかれると心に沸々としたものも込み上げてくる。
『飛鳥……こいつ眠らせてから記憶を読んだ方が早いんじゃないかな? このまま尋問を続けても都合が悪い事は絶対言わなそうだし、その方が確実だと思う』
あんまり使いたくなかった、傷つけずに情報を得る事が出来るたった1つの手段――クラウスの提案に心が大きく傾く。
(……クラウスの言う通り、この子が何処まで真実を話してくれるか分からないし、このままだと身動きも取れないし……)
さっきは記憶を覗かれるなんて嫌だろうな――と思って躊躇したけど、そもそもこの子の言った事が全部真実なら私、記憶にないけど何回か殺されてるのよね?
記憶にある中でも皇城のホール、セレンディバイト邸、今この場の合計3回、ジェダイト家に殺されかけている訳で。
(記憶読み取ってもらった後こっちで対策取ればいい訳で、この子にこれ以上気を使う必要はないか……)
殺す訳でも傷つける訳でもない。
ただ、この子を眠らせて、必要な情報を確実に取り出すだけ――その行為を『駄目よ』なんて咎める自分はもう何処にもいなかった。
『……お願いできる?』
『分かった。飛鳥達は部屋の外に出ててくれる? この魔法で使ってる言語が知れ渡っちゃうと面倒な事になるってラインヴァイスが』
確かに、時空もそうだけど他人の記憶を強制的に読み取ったり消したりする術が流通すると危ないもんね。
『了解。あ、セリアにも秘密の力の事、話して良い……? この状況でセリアにだけ秘密にするの難しいし、セリアのアドバイスって結構役に立つと思うから』
これから信頼を積み重ねなきゃいけないのは、ダグラスさんやクラウスだけじゃない。
ずっと地球に帰る事を言えなかった罪悪感から解放されて、ようやく色々話せるようになったんだもの。
セリアの時折狂気が伺える発想をする所は怖いけど、心強いのは間違いないし。
クラウスはラインヴァイスに問いかけてるのか、少し天井の方を見つめた後、
『…………絶対に口外しないって約束してくれるなら、いいって』
『ありがとう、ラインヴァイス』
それならクラウス達が魔法使ってる間に説明したほうが良いよね、と判断してセリアに呼びかける。
「セリア、大事な話があるから、ここはクラウスに任せて少し部屋の外で話さない?」
「かしこまりました」
通路に出ると今度はセリアに防音障壁を張ってもらった上で、クラウスとラインヴァイスが持つ秘密の力――記憶を読み取ったり封印された記憶を暴いたりする魔法について説明した。
「そんな魔法があるなんて……先程のタイムリープのお話もそうですが、奇想天外な話が続いて、頭が追いつきません……」
「ごめんね、私の専属メイドになったばかりにセリアに余計な心労かけて……」
「いいえ! それはアスカ様が謝る事ではありません。むしろ、重要な事を話して頂いて私、嬉しいです。アスカ様が心から信頼してくださった証ですもの。私、例え皇帝陛下や公爵に脅されても口外しない事をお約束します」
セリアにそう嬉しそうに微笑まれて私もちょっと――いや、結構嬉しい。
後はクラウスがシャニカの記憶を読んで、その記憶を頼りに対策を考えれば――その間シャニカをどうするかも問題だけど。
(モニカさんは……この件に関係してるのかな?)
青緑のチャイナドレスを纏った、穏やかな物腰の女性の姿が頭を過る。
今回の嵐をビュープロフェシーが映し出さなかったのは故障なのか、それとも私をここに誘き寄せる為にあえて晴れてると嘘をついたのか――
7侯爵裁判の時、私が死刑を免れた時、彼女は警告した。
――反対なさる方は本当にそれでよろしいのですね? そのツヴェルフが今後どんな悲劇を生み出しても後悔しないのですね?――
あの言い方は多分、私が疫病神になる未来を知ってる。
父親も妹も知ってる事を姉が知らないとは考えづらい。でも――
――そうですか……それが貴方方らが決めた道ならば、私もただ風の示すままに流れましょう――
あの言葉は、何だろう――少なくとも、敵意は感じなかった。何処となく寂しそうな印象すら受けた。
父親を処刑されたあの人がもし、妹まで失う事になってしまったら――気持ちに陰りが差す中で、陽気な声が通路に響いた。
「ああ! そこにいるのはセリアさんとアスカ様じゃないですか! こんな所で水着姿で防音障壁張って立ち尽くして、一体何のお話をしてるんですか?」
大袈裟に喜ぶ声。厄介な状況で現れた水色の髪と眼の美男にもう表情を取り繕う事すらできない。
呆然と眺める事しか出来ない私達の表情を全く気にしないかのように、彼――アクアオーラ侯は軽やかな足取りでこちらに近づいてきた。
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