第87話 彼女との再会


 『地球出身のツヴェルフの中で最低』という称号を得てしまった所でこれから先の方針をぼんやり考えていると、セリアから軽い筋トレと柔軟性を向上させる為のストレッチを提案された。

 それに従って体を動かしたりして時間が過ぎていく。


 この世界に来てから立て続けに色んな事が起きて、それに巻き込まれたり流されたりしている今、じっくり考える時間が出来たのは良かったのかもしれない。

 特にあの人との関係性について、(このまま受け身の状態にしておくのは良くないのでは?)という思考を発展させる為にこの時間は大いに役に立った。


 夕食の時間になるとまたメイドが部屋を訪れた。セリアとメイドが小声で数分程会話した後、お昼に運んできたサービスワゴンを今運んできた物と交換して退室していく。


 お昼に隔離された時にはどう過ごそうかと思っていたけど――気づけば窓の向こうはもうすっかり暗闇に染まっていた。


「アスカ様、いくつか報告があります。まず先刻、ソフィア様がリチャード様と一緒に帰ってこられました。今は事情聴取に入っているそうです」


 何でリチャードと……? と思ったけど、リチャードは元々この城の近衛騎士だし、一緒に帰ってきても何らおかしい事ではないかと思い直す。


「次に、クラウス様と街へ外出される事が認められました。幸い私は同行しなくて良いとのことですので、ごゆっくり買い物をお楽しみください」


 買い物を楽しんで、と言われても――あの人がギリギリまで帰ってこない事が分かった今、この状態であの人への贈り物を買う意味はあるんだろうか?

 

「ダグラス様からの手紙も贈り物もございませんでした」


 セリアが明日良いドレスを見つけられなければ、あのドレスで確定か……

 

「後、ホールの件ですが……『何が起こるか分からないから中止しよう』という意見と『まだはっきり状況が分かってないのに突然中止にしたら皆の不安を煽る』という意見と『もし今回の事件が反公爵派の仕業ならアスカ様を囮にする事で反公爵派を炙り出せるのでは?』という意見があり、結論はソフィア様から事情を聞いてから……つまり明日に持ち越しになりました」


 後半にどう考えてもおかしい意見が紛れ込んでいる。


「今、聞き捨てならない言葉が出て来たんだけど……」

「それでは、夕食を食べた後にご説明いたしますね」


 追及する気満々の私にセリアは苦笑いを浮かべながら、サービスワゴンをテーブルの近くに寄せる。

 聞きたいあまりに急いで食べたけれど、やはりセリアの方が早く完食した。



「ツヴェルフが着飾って婚約者と共にホールから城前に出る、というのは昨日ご説明した通りなのですが、その際ホールは開放され、着飾ったツヴェルフと迎えに来た婚約者のやりとりを一目見ようと好奇心旺盛な貴族達や皇城の従者達で賑わいます。反公爵派にとっては人ごみに紛れてツヴェルフを襲撃できるチャンスなんです」


 食事を終えてまた紅茶が差し出された所で、セリアが語りだす。


「本来であれば明日ホールに出られる予定だったアンナ様が昨日緊急でリアルガー家に行かれたので……じゃあ、明後日お迎えが来るアスカ様を囮にすれば? という流れのようですね」

「……ツヴェルフって保護されるべき存在なんじゃなかったっけ?」


 温かい紅茶に口をつけながら、何度思ったか分からない疑問を呟く。


「反対意見も無い訳ではなかったようですが『襲われなければ問題無し、襲われても黒の公爵が護るだろうから問題無し』みたいな雰囲気で……この意見は何のデメリットも無いので恐らく、通ります」


 襲われるかもしれない私のデメリットは一切考慮されていない――保護するべきと言っておきながらこちらの意見を聞かない、人を人とも思わない扱いに怒りがこみ上げてくる。


「アスカ様……厳しい顔をされていますが体調が悪いのですか?」

「体調不良……そうだわ! ホールに出るの、体調不良で辞退出来ないかしら!?」


 何処から狙われるかも分からない囮になんてなりたくない。全力で足掻きたい。


「残念ですが、体調不良程度ではネーヴェ様や城にいる治癒師に治されます。仮病も見抜かれます」

「それはつまり、痛んだ物を食べて本格的な食中毒を起こせば、いけるって事……!?」

「いけるかもしれませんが、アスカ様にそんな物を食べさせた私に反公爵派の疑いがかかってしまうかもしれない……という事は心に留めておいていただけたらと思います」


 セリアは微笑んではいるけど目が笑ってないので、この作戦は断念するしかない。


「そうなると……素直に反公爵派が怖いからホールに出たくないです、って言うしかないわね……」


 私自身がちゃんと嫌だと主張してドレスも着なければ、有力貴族達も引き下がるかもしれない。


「それは……ダグラス様を信頼してないと公言するようなものですし、あの方の機嫌を大いに損ねる事になるかと……」


 プライド貶めてガチギレされたらヤバい事になるから仕方ないとはいえ、こっちがプライドも羞恥心もかなぐり捨てて生きてるのにあの人のプライドに配慮しなきゃいけないこの状況、本当気に入らない。


 他に良い案が思いつかず、空になったティーカップをソーサーごとセリアに手渡すとセリアはそれをサービスワゴンに置き、代わりに大小の剃刀カミソリと小瓶を取り出し浴室の方へ歩き出した。


「セリア……あの、大丈夫、それは自分でやるから……」


 何をしようとしているのか分かり、ちょっと後ずさると、セリアが振り返って微笑む。


「一人で背中は剃れませんでしょう? それにドレスで隠れない部分に誤魔化せないような傷が付いたら大変です。さあアスカ様……どうぞ上着をお脱ぎください」


 全て脱ぐ訳ではなく下着姿、と考えると大分抵抗感も薄れるけど、それでもはいどうぞ、とは言えなくて――言葉を返せずにいるとセリアは変な方向に受け取ったようで、


「あ……配慮が足りず申し訳ありません。今、メイドに剃刀なんて持たれたら怖いですよね? でもどうしましょう……私が反公爵派じゃないって証明できるような物もありませんし……でも今処理しておかないと……あ、監視役として2人ほどメイドを呼びましょうか?」

「いや、大丈夫……! そこの心配はしてないから。ただちょっと、恥ずかしかっただけだから……!!」


 増援の襲来を恐れて根負けすると、再びセリアに浴室に誘われる。



 淡々と処理が終わり、セリアが出た後そのままシャワーを浴びる。

 滑らかでスベスベになった肌が心地よく、幸か不幸か半裸に対する抵抗がちょっとだけ薄れた。



 浴室から出るなりセリアから薄灰のネグリジェと濃灰のストールを手渡される。

 ネグリジェから顔を出すと、いつの間にかセリアは音も立てずに部屋のドアの前で移動し、明らかに廊下に向かって聞き耳を立てていた。


 私に見られてる事に気づいたセリアは真顔で口元に小指をあてる。

 その姿がちょっと滑稽だなと思いつつ、自分も忍び足で近づいてドアにそっと耳を寄せる。


 男女の言い争い――いや、これは女が一方的に怒っている。この、ドア越しでも伝わるハリのある綺麗な声はソフィアだ。

 話している相手の言葉は聞き取れず、男性だろう事しか分からない。


「どうしても、部屋の中には入らないって言うのね!?」


 不機嫌なソフィアの声の後に、聞き取れない低音が続く。


「外で守るなんて、いないのと同じだわ!! 私を絶対一人にしないって言ったじゃない……! 嘘つき……!!」

「嘘じゃありません! 僕は、貴方の事が……!」


 男性が声を荒らげた事ではっきり聞き取れて、リチャードだと認識する。

 そしてこれラブロマンスのやりとりだと気づき、顔が熱くなるのを感じた、その時――


「申し訳ありませんが、そういう話は部屋の中でして頂けますか!?」


 ユンの空気を読まない注意が沈黙をもたらした時、すぐ近くから舌打ちが聞こえたけど今セリアの顔を見てはいけない気がして聞かなかった事にする。

 そしてムードは台無しになったけど、ドアを開けるチャンスだと思い、ドアを開いてソフィア達の方を見やる。


 一瞬見えたソフィアの左頬に切り付けられたような痛々しい傷痕は、すぐにソフィアの手で隠された。


「アスカ……」


 まるで都合が悪い物を見てしまったかのように呟かれ、目を伏せられる。


「……ソフィア、良かったら今日は私の部屋で寝る?」


 今のソフィアにどう声をかければいいか分からず、とりあえず一人になるのが嫌、という言い方をしてたのが気になったので誘ってみる。


「……気持ちは嬉しいのだけど、メイドがいるのは……」


 ソフィアから少し離れた場所に見慣れないメイドが所在無さげに立っている点や今言いかけた言葉からして、メイドという存在を強く警戒しているのは明白だった。


「セリアなら大丈夫よ。さっき2人きりで背中の産毛とか剃られたけど傷ひとつ無いし。見てこれ、凄いつるっつる」


 ネグリジェの袖を捲りあげてツルツルスベスベに仕上がった腕を摩り強調する。


「貴方、相変わらずね……でも今はそれがありがたいわ……」


 ソフィアは苦笑いして、リチャードやメイドの方を振り向く事なくこちらに向かって歩き出した。



 部屋に入るなり、余程疲れていたのだろうか? ソフィアはすぐにベッドに横になって寝息を立て始めた。

 私が寝られる範囲はしっかり開けてくれている。


 聞きたい事はいっぱいあるけど色々あってようやく同じ境遇の私に会えた事で安心したのだと思うと、今日はもうこのまま寝かせてあげたい。


「……セリアはこの後どうするの?」


 今日帰ってきてからずっと私に付きっきりだったけど、まさかこの後もずっと部屋にいるんだろうか? その疑問をぶつけるとセリアは少し悩みながら呟いた。


「本当はこの後、夜勤の者と交替する予定だったのですが……ソフィア様が今メイドを警戒されている事を考えると、私がこのまま徹夜した方が良いでしょうね」


 今日も朝早くから起きてしかも明日も朝早くからドレス探しに奔走するだろう状況で徹夜とは、あまりにもセリアに酷な状況じゃないだろうか?


「……それだとセリアが辛いでしょう? 私も何かあった時にセリア起こす位の事は出来るし、今のうちにセリアも仮眠とるか、私が朝早く起きた時に仮眠をとるか、どっちかにしましょうよ」


 もしメイドが替わった後にソフィアが目を覚ましたらまた荒れてしまうだろうし、セリアも休ませたい。


 だけどセリアは私の提案にあまり乗り気じゃない様子だった。

 しばし考えこんだ後、思い出したようにドアを開けると部屋の前に立っていたリチャードに声をかけた。


「リチャード様、昨日から休まれていないでしょう? ソフィア様は日付が変わるまで私が見守りますのでその間に少しお休みください。その後、この場所でソフィア様とアスカ様の護衛をお願いして宜しいですか?」

「……分かりました。どうか、ソフィア様をよろしくお願いします」


 一礼して去っていくリチャードは数日前に見た時と比べて何だか大人びた感じがした。

 リチャードの背中をある程度見送った所で、セリアが振り返る。


「これで大丈夫です。アスカ様も私の事は気になさらずゆっくりお休みください」


 セリアをこのまま働かせる事に抵抗はあったけどソフィアは眠ってしまったし、セリアが起きている間は日記も読めない。

 セリアの微笑みに応える様に、私も早めに眠りにつく事にした。


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