第3部
第3部・1章
第1話 信用ならない親子?
ラインヴァイスの上からロットワイラーのアルカディア城、そこから国境の関所を経た後、何処か高級感漂う部屋の中に飛んだ。
緑を基調にした広く豪華な部屋は応接間と執務室が一体化しているようで、何通もの封書や書筒が乗った、いかにも偉い人が座りそうな机の向こうに座っている見覚えのある伊達男がギョッとした目でこっちを見据えている。
お陰で誰に何を言われずともここがアイドクレース邸である事が分かった。
「ただいま」
「父上……ただいま、の一言で済ませないでください。今まで何をしていたのか、何故その子を連れてきたのか、説明して頂けますか?」
シーザー卿の軽すぎる帰還の一言にヒューイの眼差しが鋭くなる。
これまでとは違う貴族の雰囲気にも呆気にとられているとシーザー卿は全く表情変えずにこちらを薄笑いで見据えた。
「そうだねぇ。ボクも君がどんな流れでロットワイラーに行ってヒュアランを誘惑して凌辱未遂されたのか、その辺りをもうちょっと詳しく聞きたいねぇ」
「「な……!?」」
ヒューイと私の声が重なる。シーザー卿はふふっ、と笑いながら翠緑の3人位座れそうなソファの方に右手の人差し指を差し示す。
すると私を包む半透明の緑の球が勝手にそっちの方に移動して、ソファの上で消えて――私はそのままボスン、とソファの上に座らされた。
鮮やかな緑色のローテーブルを挟んだ私が座らされた物と同じ作りのソファにシーザー卿も座り、少し遅れてヒューイも何故か私の隣に座る。
シーザー卿の隣に座るのが嫌なんだろうか? 気持ちは分かるけど。
「さて……塔を出た後、お嬢さんがどうしていたのか教えてくれるかな?」
どうしよう――オジサマに説明を迫られた時は『言いたくない事はお互い言わない事にしましょう』と言われて回避する事が出来たけれど、この状況でそれは望めなさそうだ。
何より、アランの父親と片割れが直ぐ側にいるのが、怖い。
アランを挑発した時はとにかく逃げるのに必死で、ずっと恐怖を押し殺して研究所から逃げ出して海に落ちるまで無我夢中の状態と言っても過言じゃなかった。
だけど今はその押し殺していた恐怖が心を渦巻いている。怖かったのだ。とても。怖かったけど怖がってたら本当に死ぬから必死で頑張ったのだ。
でも体を貫かれる痛みと海に落ちる痛さと冷たさを知った今、過去に戻って全く同じ事をやれと言われても到底出来そうにない。
変な言い方だけど、怖いけど今は殺される事はない――だからこそ吹き上がる恐怖を上手く抑えきれず、手も足も口も微かに震えてしまう。
さっきはオジサマがいてくれたから、守ってくれる人がいたから平静を保てた。だけど、誰一人味方がいないこの状況の何と心細い事か。
一人で生きられるようになりたいと言っておいて、死にそうな目にあったらこのザマ。自分が本当にどれだけ現金で愚かな人間か思い知らされる。
「……凌辱未遂とはいえ、相当怖い思いをしたようだね。仕方がない、話せないならボクが今から話す推測に頷いてくれれば良い。まずボクは君がペイシュヴァルツの欠片を追いたいという願いに応えて塔から降ろした。そこで君はコッパー家のアーサー卿と遭遇し、飛竜に乗った彼とペイシュヴァルツを追いかけた」
言い逃れできなさそうな事実――それでもまだ都合は悪くない事実に小さく頷く。
「そこでセレンディバイトの家臣と遭遇して、恐らく突然追いかけて来なくなった君が気にかかって戻ってきたアーサー卿とも話し合った結果、コッパー家に匿われる事にでもなった」
「それ、は」
どう言い逃れるか、と思考を巡らせようとした所でシーザー卿が言葉を重ねる。
「ああ、ここまではボクも知ってるんだ。塔を出た君がよからぬ輩にさらわれたりしないか気にかかって風に君達の声を届けてもらっていたからねぇ。それと少し前まで橙と黒の魔力を乗せていた飛竜が街に降り立ったと思えば魔力が読めない魔力を3つも乗せていたんだ……コッパー家に匿われたのは間違いないだろう? 違うと言うのならちゃんと説明してごらん?」
頷く事が出来ず沈黙を破れない私にシーザー卿は微笑みながら肩をすくめる。
「反論できないなら次の推測をしよう。コッパー家に匿われた君は何かしらの事情でコッパー邸を出る事になった……そのきっかけや事情は新聞で推測できる。ルドニーク山に現れた魔物の大群、コッパー邸に降り立ったあと麓の村に現れた
確かに、新聞には氷竜の事も雪崩の事も全部書いてありそうだ。私がコッパー家に匿われていると確信していれば、それらを組み立てていくのは簡単だと思う。だけど――
「大方、君は雪崩に飲まれて隣国に流されて向こうの魔導研究所の研究員にでも捕まったんだろう? ルドニーク山に近い所でツヴェルフや核の研究をしている研究所があるという話はボクも聞いているからね。そんな所にこの世界にたった一人しかいないツインのツヴェルフが迷い込めば当然捕らわれて実験材料にされるだろう」
行動を的確に当てられる状況に悪寒が走る。推測、なんて不確定な言葉を言いつつ、この人はそれを絶対的な確信を持って言っている。
(風……風は何処までこの人に声を届けるんだろう?)
雪崩の後、カーティスとアランに拾われた。その声だって聞かれている可能性はある。全て知っているのなら、改めて確認しなくても――
「……さて、ボクが聞きたいのはそこからだ。だけどその前にお茶とお菓子を用意させようか。いつもならヒューイが気を利かせるんだが今はそんな余裕無いみたいでね。気が利かなくて済まないねぇ」
シーザー卿がパン、と手をたたくと執務室の扉が勢いよく開く。
「客人の為にお茶とお菓子の準備を」
ふわりと感じる風とともに誰に言うでもない独り言が紡がれる。横に座るヒューイをチラリと見やると、いつになく厳しい表情をしている彼と目が合った。
「兄弟が誘惑された挙げ句に凌辱未遂と聞いて余裕綽々でいられる程、俺も大人じゃないんでね」
そう言うヒューイの目が冷めていて、バツが悪そうに視線をそらす。
この空気であの事を話さなきゃいけないと思うと気が重くなる。せめて女性がこの場に1人でもいてくれたらと思う。
「……シーザー卿の推察の通り、です。アラン、じゃなくて、ヒュアランとは、その研究所で会って、彼は、核の移植を受けたがってて氷竜の卵、持ちこんで、だから氷竜が、ロットワイラー目指してて……」
順番がごちゃごちゃしつつも何とか言葉を紡ぎ出す。恐怖に包まれていても私の脳はギリギリ理性を保てているらしい。
私が呪い子の事を知っていると言ったらシーザー卿やヒューイがどう出るのかが怖くて――そこは伏せた。
「……それで、この場所にいたら殺されると思って、逃げようと思って、ヒュアランをちょっと、誘惑と言うか、挑発というか、そもそも向こうからお前ヤッた後に殺すとか俺はヒューイの片割れだとか、言ってくるし、お腹蹴ったり、首絞めたり、してくるし、こっちも殺されたくない、ので……魔力をもらう為に……その……キスを……」
こんな状況でも羞恥心というものはあるらしくて、何だって誘惑した相手の親兄弟に対してこんな事を話さないといけないのか、という思いに囚われながら最後は察してくださいという思いを込めて濁す。
「ヒヒッ……それで襲われかけたんだねぇ。いやはや強いお嬢さんだ。ただ勝ち気なだけじゃないんだねぇ。肉を切らせて骨を断つ冷静な判断は素晴らしい」
シーザー卿は素直な称賛のつもりだったのかもしれないけれど、これまでに多くの判断を間違えて酷い目にあってる私には嫌味にしか聞こえない。
感心したようにシーザー卿がソファの背にもたれかかると同時に、サービスワゴンを運ぶメイドが入ってきてお茶の準備を始める。
女性は来たけれど味方してくれなさそうな無表情な女性でより話すのが億劫になり、アランから上手く逃げ出せた後ダグラスさんの器のビビ治す薬をアーサーに渡して海に落ちた事と、その直後クラウスに助けられた事などを淡々と話す。
大体話終えた後、自分の前に置かれた緑色のお茶に手を付けるとその緑茶と全く同じ懐かしい味と匂いにちょっと自分の顔がゆるむのを感じる。
異世界で――この緊迫した状況で久々に感じる日本の味にほんのちょっぴり癒やされつつ緑茶の入ったティーカップをソーサーに戻す。
「お嬢さんの動きは把握できた。これは明後日の14会合でも報告させてもらうね。裁判もだけどまず14会合でもお嬢さんの事は間違いなく議題に上がる。色々嘘や噂が入り交じるとややこしい事になってしまうからね」
「あ、あの……コッパー家は、どうか助けてくれませんか……!?」
私自身が罪に問われるのも嫌だけれど、それ以上に私を助けてくれた家の人達が罪に問われる状況だけは何としてでも避けたい。
深く、深く、テーブルにぶつかる寸前まで頭を下げる。土下座した方が良かったかも、なんて頭の片隅で思った時、上から声が落ちてきた。
「父上……少し前のノース地方の大雪とコッパー領の急激な寒冷化の原因があいつが持ち出した氷竜の卵のせいなら、あいつを野放しにしていた当家にも責任にがあります」
「ヒューイ、そう睨まなくてもボクは別にコッパー家を告発するつもりはないよ……イースト地方の当主が頭固いのばっかりになられてもやり辛いし、つまらないしね。お嬢さんも頭を上げて、コッパー家が君を匿った事を知っている人間を教えてくれないかな?」
「セレンディバイト家の家臣の人達と、コッパー家の人達と、従者……後はクラウスと、ラリマー家のルクレツィア嬢です……」
ローゾフィアの人達は私がコッパー家に匿われていた、という事までは知られていないはずだから今の質問で名前を出す必要はない。迂闊に私に関わった人の名前を述べて迷惑をかけたくない。
「ふふ……ダンビュライト侯以外は放置しておいても勝手に口裏を合わせてくれそうだね。それならボクがしばらく君を保護していた所をダンビュライト侯に攫われた、と言ってもまあまあ通用しそうだ。分かった、事実を報告するのはやめよう」
「そう言えば、父上……時止め当番と公務を放棄して一体何処に行かれていたのですか? 毎年緑の節になる度に『ちょっと出かけてくる』と数週間行方くらまされると色々困るのですが」
「緑の節は緑の名を冠するだけあって、ついフラフラしちゃいたくなるんだよねぇ……まあ絶対に足がつかない場所にいたから事実を密告するような馬鹿がいない限りはバレない。そこは安心してくれて良い」
勝手にシーザー卿が話を進めていく。だけどコッパー家が罪に問われなければそれで十分だ。自分にかけられた罪は自分で何とかするしか無い。
(……もう、誰にも、迷惑かけたくない)
少し温んだ緑茶にもう一度口をつけ、隣に置かれた緑色のマカロンを一口齧ると口の中に広がる、やはり何処かで食べた事があるような風味に驚く――これ、抹茶だ。
緑茶と抹茶の懐かしい味に日本を思い出し――それを共有できる人間がこの場にいない事を寂しく思う中で残りのマカロンを口に入れて、緑茶を飲みきった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます