第197話 懐妊パーティー・2
硬直してしまった私に、妖美な雰囲気を漂わせるロマンスグリーンは大袈裟に肩をすくめる。
「お嬢さん、そんなに怯えないでほしい……ボクは君を囮にしてしまった事を謝りたいだけだから。公爵達相手に惚気るダグラス卿がまさか、あの場に来ないなんて微塵も思わなくてねぇ? 君に余計な恥をかかせてしまった事にずっと心を痛めていたんだ……本当にすまなかったね?」
大袈裟に顔を横にふって早口で謝ってくる色気ダダ漏れのロマンスグリーンが何を言っているのか分からない。
というか何者なのかも分からない。謝る前に名乗って欲しい。
(私を囮にしてしまった事を謝る……という事は……)
もしかして、この人が緑の公爵……って事は、ヒューイのお父さん……?
じゃあ、この人も、ジェダイト侯を死に追いやった私を恨んでるんだろうか?
関係性が分かって尚更顔が引きつり、足が震える。ただただ、怖い。
「……い、いえ、もう、いい、ので……」
先程までとは全く違う意味で言葉が上手く出てこない。
ダグラスさんと同じような、違うような、怖さが私の喉を不自然に震わせる。
何故だろうか? 緑色に色々トラウマ抱えてるから?
柔らかい口調に敵意が見え隠れしているから?
「おや……ボクを怒ってくれていいんだよ? 歓迎パーティーで貴族に喧嘩を売った勇ましさは何処にいってしまったのかな? 勝ち気なお嬢さん」
グルグルと思考が巡る私のヴェールに手をかけられようとした時、半透明の黒の障壁が緑の公爵の手を遮る。
「シーザー卿……私の婚約者にそれ以上近づかないで頂きたい」
様々な飲み物が入ったグラスを乗せたトレーを片手に持ったダグラスさんが現れる。
「やあダグラス卿……君、よくここに来れたねぇ?」
「……貴殿こそよく赤のパーティーに来られましたね」
ニヤつく緑の公爵――シーザー卿に対しダグラスさんは顔をしかめている。
まるで『嫌な奴と会ってしまった』と言わんばかりの顔。
そう言えば暖色系以外の色の貴族もチラホラと見るけど、緑はこの人しかいない。
青と黄が嫌い合うように赤と緑も嫌い合うのかな?
そのせいか周囲から向けられる視線やヒソヒソ話に敵意が混じっている気がする。
持っている魔力の色が違うというだけでどうしてここまで反発しあうのだろう?
「ふふ……招待状が届いてる以上来る権利はあるからねぇ。それにここに来ればこのお嬢さんに会えるかもと思ってね」
ダグラスさんの表情に気を悪くした様子もなくまたこちらに視線を向けられる。
その視線を防ぐようにダグラスさんが私とシーザー卿の間に割り込む。
「シーザー卿……ジェダイト領はほぼそちらの望み通りの条件で返還したはずです。これ以上私の婚約者に関わらないで頂きたい」
「ジェダイト領……? ああ、ボクとしては管理する土地が減ればその分楽になると思ったのに周りがうるさくてねぇ……正直ボク自身はジェダイト領より君達がまだ婚約者のままである事の方が気になって仕方がない。さっさと契って結婚すればいいのに何故しないのだろうと考えると頭が一杯になって公務に全く手がつけられない」
気のいい笑顔に切り替わったけど、今の私でも分かる位態度に悪意が滲み出ている。
多分だけど……私がその悪意に気づくようわざと滲ませている気がする。
「私と飛鳥を公務に手を付けない言い訳に利用しないで頂きたい」
「ダグラス卿……念の為に聞くけれどツヴェルフ相手に白い結婚をするつもりじゃないだろうね?」
白い結婚……ドラマや小説なんかでたまに聞く、性交渉を伴わない結婚……
多分それはないと思うけど。そう言えば何でまだ契らないんだっけ?
ちゃんと理由があった気がするけれど。
それを思いだした所で何が変わる気もしない。
「……白い結婚ではありません。契るのは2ヶ月後、と2人で決めているだけですのでご心配なく」
性交渉する日をハッキリ人に言うとか本当頭どうかしてる。
ビンタする気力も掴みかかる気力も沸かない。
「2ヶ月後……それはまた随分と遠いねぇ。召喚日に真っ先に婚約しておいて未だ結婚しないのは君に女性経験が無いから怖気づいているのでは、という噂が流れているけどあながち間違ってなさそうだね?」
「それはまた酷く耳障りな噂ですね……出処を教えて下さい。私自ら潰しに行きましょう」
「ははは……風の噂の出処なんて潰せるものじゃない。不快ならさっさと契って結婚して吹き飛ばせばいい。またダンビュライト侯や他の男にさらわれたくなければ早々にお嬢さんに公爵夫人という明確な立場を与えた方がいい」
彼らの言葉が、ものすごく遠く感じる。
私、何でここにいるんだろう?
「……ダグラス卿、これはボクにしてみれば酷く珍しい『忠告』だよ?さっさとやる事やらないと、いつ枠が奪わ」
「……シーザー卿、いくら何でも人の性事情に踏み込みすぎかと」
聞き覚えのある声が気になって、ダグラスさんの背からこっそりホールの方を覗く。
館に来た事がある清潔感と気品あふれるオジサマ――青の公爵が同じ目の色の美少女を連れてこちらに近づいてくる。
「おや……8人の女性と婚姻関係を結びながらツヴェルフ2人と一度しか性交渉してない貴殿には耳の痛い話だったかな? ヴィクトール卿」
「ええ……場を宥めようした私の性事情まで暴露されると流石に耳が痛いですね。娘を傍に置いた状態で貴方に近づくべきではなかったと反省しています」
ふう、と小さなため息を付くヴィクトール卿にちょっと罪悪感を覚える。
私がここにいなければ暴露される事はなかっただろうから。
「お父様、私は気にしていませんわ。白い結婚は恥じる事ではありませんもの」
オジサマの娘と聞いて改めて美少女を見つめる。年は……優里と同じ位だろうか?私やソフィア、アンナよりは年下の印象を受ける。
緩やかで綺麗なウエーブを描くアイスブルーの長髪と愛くるしい猫目がとても綺麗。
ドレス自体は私同様シンプルで軽やかな物だけど、自身の持つ持って産まれた美を遺憾無く発揮している。
そして堂々と微笑んで紡ぎ出されるのは容姿に相応しい、鈴のような声。
(まさにザ・公爵令嬢……)
「……家族想いの子で良かったねぇヴィクト―ル卿。この子が君とアレクシスのどちらと血を結ぶのか……とても気になるよ」
「シーザー卿……貴方のその詮索好きな癖自体を諌めるつもりはありませんが下世話な風を吹かし続けていたらそのうち海溝に沈みますよ?」
オジサマ、笑顔で言う割には言葉が重い。
「ふふ……それは怖いねぇ……念の為、館に帰ったら大渦を巻き起こす魔法を復習しておくとしよう」
微妙に重い空気を感じる中、青の公爵はひょいとこちらに顔を覗かせて小さく頭を下げる。
「アスカさん、こんばんは。体調が思わしくなさそうな所心苦しいのですが、娘が貴方と一度話がしてみたいと言うので紹介させてください。ああ、座ったままで全然構いませんので」
そう言って青の公爵が場所を譲った場所に立った青の公爵令嬢はドレスの裾を掴摘んで華麗にお辞儀をする。
「初めましてアスカさん。ルクレツィア・フォン・ドライ・ラリマーと申します。アスカさんとは以前から一度お話してみたかったのです。よろしかったら色々お話を聞かせてくださいますか?」
そう言って微笑む姿は水の国のお姫様かと思う位可愛くて美しい。
思えばこの世界に来てから出会う有力貴族は男ばかりで――まあこっちが子作りという役目を担っている以上仕方ないのかも知れないけれど――そのせいで男好きだなどと実に納得のいかないレッテルを貼られる事になってしまったけど。
セリア以外の、年が近い女の子とだって話してみたかったし、あわよくば仲良くしたかった。……ソフィアとエレンみたいに。
「この
「お父様……! ナチュラルに娘の個人情報を暴露するなんて、それではシーザー様と同じではありませんか! ああもう、恥ずかしい……!」
美少女は白い顔をピンクに染めて顔を覆う。可愛い。
「こ、こちらこそ、よ、よろしく、おねがい、します……」
声こそ何とか出せるようになったけれど今いち表情を変えられない私は、あまり良い印象を抱かれていないだろうなと思う。
「……君も赤も、えらくお嬢さんを気にかけるねぇ……類は友を呼ぶとはよく言ったものだ」
「それを言うなら今この場にいる貴方も同類という事になりますが、いいのですか?」
呆れたような声で呟くシーザー卿に、意外そうな声でヴィクトール卿が問う。
「そうだねぇ……このお嬢さんは色々面白い事起こしてくれそうだしお友達になっておくのも悪くないね。囮の詫びにボクの第5夫人の座をプレゼントしてもいいし」
その言葉に一瞬視界が青に包まれたかと思うとダグラスさんから黒い魔力が一気に吹き出す。
それに呼応するかのようにシーザー卿からも緑の魔力が吹き出す。
青の半球体の障壁の中で黒と緑の魔力が輝き淀めく不思議な空間。
「……ダグラス卿、シーザー卿は誰を罵倒した訳でもありません。貴方の婚約者を下世話に口説こうとしただけです。この場でこの程度の事で諍いを起こされても私はフォローできませんよ?」
ヴィクトール卿の言葉にダグラスさんが舌打ちして黒の魔力を抑えると、合わせるように緑の魔力も収まっていく。
「つまらないねぇ……」
「シーザー卿も……相反する色の家のパーティーが面白くないのは分かりますが、来た以上は節度を持ってください。自身の子より年下の娘を嫁ではなく妻に勧誘するとは……公爵家の長としてあまりに見境が無い」
「……ああ、よりによって君のような同じ血で結ばれた呪い子に見境について説教されるなんて……本当につまらない」
重く長いため息を大袈裟について肩をすくめる緑の公爵。
口角こそ上げているけど酷く冷たい視線を向けている青の公爵。
黒と緑の魔力が引いた中でなおも消えない青の障壁の中の空気は、明らかにさっきに比べて冷えている。
以前『公爵間は大体険悪』って言っていたダグラスさんの気持ちが、今、痛い位に分かる。
「……あの、飛鳥さん」
そのダグラスさんの声が降りてくると同時に振り返られ、トレーを差し出される。
「飲み物、色々持ってきたのですが……どれが良いですか?」
一瞬、自分の耳を疑う。
この人、この凍てついた険悪極まりない状況をスルーするつもりのようだ。
物申したい気持ちはあるけれど、喉は恐怖だったりなんだりでカラカラに渇いている。
差し出されたトレーには様々な形のグラスの中で水やジュース、ワインらしき液体がゆらゆら波打っている。
この中からなら、水かな――と手を伸ばそうとして、気づく。
だから、私、今、手が使えないんだけど――?
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