第112話 平和な1週間

 

 皇城を出た次の日――月のものが来て心身ともにテンションダダ下がりな中、彼と一切顔を合わせずに済む状況は心底ありがたかった。


 メアリーの授業でも聞いてはいたけど、この世界の生理事情は大体地球と同じ。サニタリーボックスに小規模な滅却の魔道具が着いていて後始末が楽な分、地球より都合が良いかもしれない。

 ただ、浴室とトイレは部屋に備え付けられていた方が便利だなと改めて思った。


 そんな訳でまず2日間ほど部屋で安静に過ごした。3食全て部屋に運ばれ、皇城の食堂で食べてた頃に比べてかなり手が込んだ食事に舌鼓を打つ。


 ちなみに私の部屋と同じ2階の少し離れた所にはセリア用の部屋が用意されており、セリアはそこで寝起きし、朝の8時30分から夜の21時まで私の所にいる。


 お風呂が共有になった事でセリアが『あらぬトラブルを避ける為に私達の入浴時間をハッキリ決めておきましょう』とヨーゼフさんに詰め寄った結果、私は19時~20時の間に、セリアは21~22時の間に決まった。

 皇城の個別の浴室よりずっと広いお風呂も黒が基調だから開放的、とは言えないけど快適だった。


 そして共有のお風呂を1人で1時間も占有してしまっていいのかな――? と思ったけど杞憂に過ぎなかった。この館には驚く位人がいない。


 「6大公爵家にはそれぞれ専用の騎士団がいるんじゃないの?」とヨーゼフさんに質問したら、セレンディバイト家の騎士団は諜報任務の為に常に各地に散らばっていて普段ここには自分と家事を担当している孫のルドルフの2人しかいない、と説明を受けた。


 『女性がいないのでは』というセリアの予想は見事に当たっており、それを知ったセリアが私の衣服や下着を普段顔を合わせるような男性に洗わせるなんて言語道断、と言って洗ってくれる事になった。


 授業もイベントも無い引きこもり生活――衣食住には大体満足してるけど、辛い期間を乗り越えたら筋トレしたりストレッチしたり、天気の良い日にバルコニーから外の景色を眺めたり――位しかやる事が無く。


 体調が回復し、ただ部屋にひきこもるのが苦痛になってきた5日目の夜『新聞でもお持ちしましょうか?』とヨーゼフさんが提案してきたのでお言葉に甘えて持ってきてもらう。


 地球の物に比べて6ページ位と随分薄い新聞は貴族に向けて発行されているものらしく、昨日起きた出来事、隣国との冷戦状況や地方の情勢、魔物の出現情報や様々な事件や農作物の状況など――かなりお固めな情報が記載されている。

 地球ではスマホやテレビでニュースを把握していたから新聞と真面目に向き合うのはちょっと新鮮だった。


 ツヴェルフの動向も新聞に載るようで、読み込んでいくとソフィアがクラウスの所に行った事も記載されていた。


 私達が来た頃からのバックナンバーがあれば読みたい、とヨーゼフさんに言うと持ってきてもらえたのでざっくり読んでいく。私がアシュレーに掌底をキメた事や神器に触れた事、アンナと言い争いした事も簡潔に載っていた。

 詳細は記載されてないのでこれを読んだ人にはただただ<ミズカワ・アスカは野蛮なツヴェルフ>と刷り込まれてしまうだろう。

 この世界の貴族達に汚名だけ残して帰る事になるのがちょっと納得いかない。どうしようもないけど。


 皇城のホールで私が襲撃された件は翌日の紙面を大きく飾っているけどセリアが見た恐ろしい光景の事は書かれていない。そしてそこから日を追うごとに反公爵派の貴族達が摘発されていく事が記載されている。

 ソフィアを襲ったビアンカも反公爵の一味だった事が記載されていた。


 2日前の新聞では優里がネーヴェと婚約した事が三面の隅っこに記載されていた。皇孫の婚約の割に扱いが小さいのはネーヴェがまだ青年とは言い難い年齢だからだろうか?

 記事も<このあどけない2人の今後を温かく見守っていきたい>という誰から目線? と突っ込みたくなる言葉で締められていた。


 そうやって新聞を読んでは分からない点はセリアに質問するという日常動作が組み込まれて数日――皇城を出た日から換算すると1週間、今までとは大違いの穏やかな日々を堪能して今に至る。


 (このまま後3週間弱、平和に過ぎてくれれば……)と願った所で、室内にノック音が響く。


「アスカ様、珍しい氷菓子を作る職人をお呼びしたので良ければ主と一緒に召し上がられませんか?」


 部屋に入るなり提案してきたヨーゼフさんの言葉にチラ、と時計を見やると丁度15時――ちょっと小腹が空いてくる時間だ。


 この人は毎日夕食を片付けに部屋に入ってくる際『主と一緒にデザートもいかがですか?』と私とあの人が接触するように勧めてくる。

 そして美味しそうなデザートの説明をした後、私が断ると自分と孫だけで食べるという地味に精神を削る手法を使ってくる。

 これさえなければ衣食住に『何ら』問題無いと言い切れるのに――思ってたらついにこの時間でもその攻撃が始まってしまった。


「ダグラス様と一緒は、まだちょっと……」

「そうですか……保存が効かない貴重な氷菓子であれば釣られてくれるかと思ったのですが、仕方ありませんな。職人には私と孫の分だけ頼むとしましょう」


 この誘いにかかる費用は全てヨーゼフさんのポケットマネーなんだろうか? この家のお金なんだろうか? 後者だとしたら何という職権乱用――

 迎えに来た時も思ったけどこのお爺さん、かなりの曲者である。


「珍しくて貴重な氷菓子って……どんなのです?」


 今までのデザートの説明になかった<珍しい><貴重>という単語に惹かれたのかセリアが反応する。


「何でも、特製の氷を特別な魔道具で粉砕しふわふわにした物の上に果実の濃厚なクリームやソース、シロップをかけた物だそうです。都民や令嬢達の間で評判になっているのでこれならアスカ様も気に入るかと思い招待しました」


(かき氷……? 果実のクリームが乗ったふわふわのかき氷……ちょっと気になる……)


 でも、物だけ持って来て欲しいなんて言えない。それを言って通る気もしないしただ私の卑しさを露呈してしまうだけだ。

 『貴方の家臣が狡猾こうかつな手を使ってきて辛いから何とかして』と言うにしてもあの人に会わなければならない。


 こうまでして会わせようとしてくるんだから、会えば絶対仲直りさせられるよう仕向けられるに決まってる。

 このお互い顔を合わせなくて済む期間を1週間で終わらせるのはあまりにもったいない。食べ物に釣られて会う訳にはいかない。


「セリア殿もいかがです?」

「あら、よろしいんですか?」

「先日の非礼のお詫びをまだしておりませんからな。アスカ様にはこの部屋でお待ち頂いて皆で頂きましょう」


 セリアを引き込む作戦に出てきた。セリアにお詫びの品をあげるなら私にも欲しい。


「……いいえ、アスカ様が行かないのに私が行く訳にはいきませんわ」


 私の恨めしい視線を気にしたのか、セリアは首を横に振る。


「そうですか……あの職人は多くの貴族から依頼が来ているそうですので、これを逃したら数年は呼べない可能性がありますが……本当によろしいのですか?」


 その言葉にセリアがこちらに視線を向ける。私の機嫌を伺っているみたいだ。


「……セリア、食べたいの?」

「正直興味はあります。でもアスカ様が食べないのに私が食べる訳にはいきません。気になさらないでください」


(うーん……セリアがハッキリ『食べたい』とだけ言ってくれたらなぁ……)


『……もしアスカ様も興味がおありでしたら是非私を言い訳に使ってくださいな。あくまでメイドの為を思ってしぶしぶ付き合う心優しい主君がまさか食べ物に釣られたとは誰も思いません』


 思っていた事を見抜かれたのか、テレパシーでこっそり囁かれる。


『果実の濃厚なクリームが乗った氷菓子……美味しそうですよね……』


 囁きながら名残惜しそうにため息をつくその姿は、私が食べたそうにしてるから演じているのか、自分が食べたいから私を使って食べようとしているのか――人の心を推測するのは本当に難しい。


(実は、セリアもグルだとか……? いや、でも本当に食べたいのなら断るのも悪いし……滅多に食べられない氷菓子……私も食べたいし、セリアも食べたいし……)


 会ったからすぐ仲直りする、と決まってる訳じゃない。

 あの人は近寄らないし話しかけないし目も合わせないと言っていた。私もあの人を完全スルーすればいいだけの話。

 ちょっとスイーツ食べる位なら、何とか――


 悩んだ末に、キュル、とお腹が鳴ったのが決め手になる。


「……分かりました、ご一緒します」

「それは良かった。それでは準備が出来次第お迎えにあがりますので」


 決意を固めてヨーゼフさんに伝えると彼は笑顔を浮かべて一礼し、退室した。


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