第23話 黒の希望・7(※ダグラス視点)
突然の息子の乱入に黄が即座に立ち上がるも、青が
「嫌ですねぇ。『向こうのやり取りには一切干渉しない』と言い出したのは貴方ではないですか」
「そうそう。『私達の態度を見て忖度する可能性もある』って言ってたよねぇ。まだ何か起きるかもしれないし、お嬢さんがこの場を立ち去るまでは見守らないとねぇ」
「お主ら……」
今にも雷落としそうな顔の黄の状態を知らずに、黄の息子はこれまでの話を追求しどんどん切り込んでいく。そして――
『刑を覆すつもりはありません……貴方以外に一人目の立候補者がいないのであれば、私が名を挙げましょう。アスカ様には私の家で私の子を産んで頂きます』
黄の影から再びゲルプゴルトが出て壁をすり抜けた後、とても大きい雷が落ちた。私の叫びも上手く雷の轟音にかき消されたようだ。
そして予想外の展開に驚いている間に飛鳥が倒れた。
直ぐ様助けに行かなくては、と緑の魔術から何とか逃れようともがいている間に飛鳥が黄の息子に担ぎ上げられた。
まるでお姫様を救い出して抱える騎士か勇者のように。
そのまま颯爽と入口の方に向かった時――朱の少年が黄の息子を遮った。
「アスカ……様、と、こ……子作り、するのか……?」
15歳の少年にとって子作りというのはいささか刺激的な単語らしく、その表情は赤い。
「……赤面されながら言われると返す言葉に困るが、そういう刑が科せられた方を保護する以上子作りはします。ですが私はアスカ様が納得されるまで話し合う。けして酷い事をするつもりはないし、強引に事に及ぶつもりもない」
「お前達にとって好きでもない女の子に自分の子どもを宿らせるのは酷い事じゃないのか!?」
「酷い事です。だからこそ丁重に大切に扱わなければならない。ローゾフィア家の人間には分からないかもしれないが、公爵家にとってツヴェルフは大切な」
黄の息子が言いかけている間に朱の少年が理解できない、という顔をした後窓の方に駆け出して窓を勢いよく開けた。
嫌な予感がしたのか直ぐ様超人侯に取り押さえられる。が――
「ロイ!! こっちに来い!!」
その言葉に呼応するかのように十数秒後――窓から魔獣が入ってくる。
「いいか、ロイ……今からお前の主人はアスカ様だ……!! アスカ様を守れ!! あいつがアスカ様に酷い事したら、思いっきり噛み付け……!!」
「ロイド、お前……!! あのツヴェルフに事もあろうに様付けだなどと……!!」
「父上、申し訳ありません……俺は……俺は好きな人が、恩人が、こんな物みたいに扱われる場所から助けたい!! 俺がアスカ様を守る事が許されないなら、せめてロイに守らせたい!!」
「お前は……!!」
息子の行動に超人侯も怒りを抑え切れないのだろう、声に激しい怒りが込もっている。だが朱の少年はその威圧にも動じずに言い返している。
「異世界人だから何だっていうんだ!? アスカ様は異世界人である俺達を助けてくれた……! なのに俺がアスカ様を異世界人だなんて理由で見捨てたら……それこそ義に忠ずるローゾフィアの民として恥ずかしい……!!」
床に抑えつけられながら叫ぶ朱の少年――想う相手が飛鳥でなければその度胸を認めた。
「ほう……あの末息子、なかなか見どころあるのう……!」
凄く険しい顔をしている黄が映石のダイヤルを操作して適切に映像の視点を切り替えている横で、赤が目を輝かせて顎髭を触りながらニヤついている。嫌な予感しかしない。
結局、黄の息子は飛鳥を抱えたまま会議室を出ていった。魔獣もそれについていく。
黄の息子が酷い事をしている訳ではないから大人しくついて行っているようだが、何故朱の少年は『飛鳥に触れる男に噛み付け』と命令しなかったのか――やはり子どもは詰めが甘い。かつての私のように。
「……結局リビアングラス家で保護される事になったねぇ。8侯爵裁判しなくても良かったかもしれないねぇ」
「いいえ、これでアスカさんのこれまでの罪に対する裁判は済んだ訳ですから……今後アスカさんがどうなるか、はダグラス卿とダンビュライト侯の頑張り次第ですね。魔物討伐や怪我人の治療に飛び回り、民や地方貴族の好感度を上げれば出産ノルマ軽減の恩赦は十分ありえるでしょう」
黄の拘束が解かれるなり、黄は休憩室を出る。私もそれに着いていく。
子作りなど絶対に許さない。余計な子でも跡継ぎでも飛鳥が産んでいいのは私の――
(……いや、飛鳥が産みたいと思った人間の子なら、認めるべきなのではないか?)
一瞬、
「レオナルド、お前、自分が何をしたか分かっているのか……!?」
「父上……次代の希望を紡ぐツヴェルフを虐げてはならないと教えてくれたのは父上です。ましてアスカ様は私の恩人です」
こちらもこちらで父親の威圧に一切怯まない。大の大人達も圧倒されるような威圧感も長年傍にいたら慣れてしまうものなのだろうか?
「何だと……!? その女がいつお前を助けた……!?」
「塔の屋上でアシュレー卿と戦い、手足や内蔵に重症を負った私をアスカ様が助けてくれたのです……その後クラウス卿が癒やしてくれたそうですが、彼はアスカ様が私を助けようとしなければ助けてはくれなかったでしょう。意識を失っていたので私からはハッキリと言い難いのですが、リチャードや兄上に聞けば分かるかと」
そう言えばアーサーも似たような事を言っていたな。飛鳥が黄の息子を癒やしてくれた事に感謝していると。
なるほど、こちらは朱の少年とは違い、慕情混じりではなく純粋な恩で動いているという事か。少しだけホッとする。
「…………分かった。ひとまず館に戻れ」
「ありがとうございます」
「許した訳ではない!! 帰ったら話し合いだ。ツヴェルフの部屋の都合もある。全く……何故皆私に重要な事を話さないのだ……!!」
純粋な恩で動いているとしても、飛鳥と子作りする事には変わりない。飛鳥は私のツヴェルフだ。飛鳥が最初に子を成すのは私だ。
家を継げる子が産めない? そんな事どうでもいい。継げようが継げなかろうがどんな色の子が産まれようが、私は飛鳥との子どもが欲しい。
行き場のない感情がこの体を唸らせ、尻尾を膨らませる。
「ヴヴー……!!」
「ペイシュヴァルツ……アスカ様が最初に宿す事になるのが私の子、というのは貴方の主に大変申し訳ないのですが、この方法でしかアスカ様を守れないのです……お許しください。事を終えたら必ずお返しいたしますので」
『事を終えたらでは遅いのだ!! 始める前に返せ!!』と全力で叫びたい所だがこれ以上取り乱せば緑にバレる。
今ペイシュヴァルツの行動として正しいのは――大人しく引き下がる事だろう。
上がる尻尾を何とか抑え込んでいるうちに黄の息子が通り過ぎていく。ああ、後ろを付いていくあの魔獣になって黄の息子の首根っこを噛み切ってやりたい。
駄目だな――思考が段々猫化している。人の首根っこに噛みつく趣味など私にはない。
だが歯が少し疼くのを感じる。飛鳥にならちょっと位噛みついてもいいかもしれない――いや、駄目だな。もう飛鳥に痛い思いをさせてはいけない。甘噛みに止めよう。
駄目だな、やはり思考が猫化している。ペイシュヴァルツの体に宿るのは程々にしなければ。
自制している間に朱の少年が超人侯に会議室から追い出されるのが見えた。どうやら本当に勘当を言い渡されたようだ。
あのアスという巨獣はどうするつもりなのだろうか? なまじ飛鳥の名にちなんでつけられたのを知っているだけに気にかかっている私の横を赤が通り過ぎ、慌てて朱の少年が頭を下げる。赤とは面識があったのか。
「か、カルロス卿、お久しぶりです……!」
「ロイド卿、久しぶりだな。どうだ、行く所がないならワシの所に来んか?」
「カルロス卿……何のつもりだ!? そいつは今しがた勘当したばかりだ!!」
赤の提案に超人侯が振り返って怒鳴るも、怒鳴られ慣れてるのか赤も動じない。
「まあまあ……そう怒るなラボン侯、どうじゃ? ワシに末息子を預けてみんか? お主もこのまま勘当するのも本意ではないだろう? 次期侯爵にするつもりなら皇都で色々学ぶのも良い経験になると思うぞ? お互い頭を冷やす時間も必要だろうしの! そのうちアスカ殿への恋も冷めるかも知れんぞ? だがロイド卿もお主に似てかなり頑固そうだからな。ワシみたいな仲介役が必要だと思わんか?」
「……勝手にしろ! いいかロイド、お前があの女を諦めん限り、ローゾフィアに足を踏み入れることは許さんからな!!」
超人侯は大きく舌打ちした後会議室へ戻っていく。赤は朱の少年に向けてニッカリ笑うと朱の少年はホッと息をついたように安堵し、深く頭を下げた。
状況はどうあれ、これで飛鳥の裁判は終了した事に変わりはない。後は私やアレの行動次第――それと同時にやらなければならない事が多すぎるが何とかするしかない。飛鳥と黄の息子の子作りも何とか阻止しなくては。
そこにどんな理由があろうとも、たとえ私自身が許された存在でなかろうとも――私の希望を汚し傷つけるような存在は誰一人として、許さない。
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