第22話 黒の希望・6(※ダグラス視点)


 会議室の横――会合の際の休憩時間や体調不良の際に使われる、会議室より一回り小さな部屋に場所を移す。

 分厚いガラスで作られた長方形のローテーブルを囲うように1人掛けのソファーと3人掛けのソファーがそれぞれ対になって向かい合っている。


 黄が映石の手配をしている間に3人掛けソファーにはそれぞれ赤と青が、私と緑は1人掛けのソファに座った。


 遅れて入ってきた黄が銀色の筒――映石をローテーブルの中央に置き、赤の隣に座る。

 そして映石を魔力を込めると、筒の上に半透明の正六面体が現れた。それぞれの面に会議室の天井らしき映像が浮かび上がる。


 黄が銀色の筒の上部についているボタンやダイヤルを調節すると、映像の視点が天井から皇子と飛鳥の方に定まった。


『……ネーヴェの目って凄く綺麗よね。空みたいというか、透き通ってるから綺麗な海岸に広がる水色と透明が混ざったような、そんな感じ』


 ああ、飛鳥は私の居ない場所ではこうやって他の男を褒めているのか――苛立ちを感じると同時に、私自身はあまり飛鳥に褒められた記憶がない事に気づく。


(いや、待て……面と向かってではないが、以前飛鳥は私の体がすごく理想的だと言っていたな……? ふふ、いくら素晴らしいと思っていても、当人に面と向かって理想的な体だなどとは言えないか……)


 そんな所も愛おしいが、体だけでなく顔の事もこんな風に褒めてもらえたならどれだけ嬉しいだろうか――と思っている間に聞き覚えのある声が響く。


『アスカ、まさかこんな所で再会できるなんて……! しかもその足枷は一体……!?』


 朱の息子が飛鳥に駆け寄る様子を見た赤と黄が目を丸くした。

 そうか、ローゾフィア侯爵家はツヴェルフ歓迎パーティーにも来ない根っからのツヴェルフ嫌いだからな。接点がないはずの存在が声をかければ確かに驚くだろう。


「ど、どういう事だ……!? おいロベルト、通信するにはどうすればいい!?」

「干渉は駄目だが……状況が分からんのは困る。そこの魔晶石に魔力を込めている間普通に話せば向こうに響く」

「よし、これだな……ラボン侯……! お主、アスカ殿と知り合いだったのか!?」


 超人侯が見えた所で赤が呼びかけると超人侯は悔しそうに愚痴った後、拳を叩きつける。その後、赤と黄の標的は緑に変わる。

 素知らぬ顔でサラりと嘘を述べる緑に感心しつつ、このまま代理裁判を進める事に不安がよぎったらしい黄の呟きを青が遮った。


「別に良いじゃありませんか。貴方が言った通りアスカさんの日頃の行いの結果ですよ」

「しかし」

「この方法を決めたのは貴方です。そして3公爵の賛同も得たんですからもうつべこべ言わないでください」


 青は飛鳥が彼らと遭遇した場所にいた。飛鳥がローゾフィアの朱の少年に惚れられた事も知っている。こういう状況になる事を見越していたのだろうか?


「くっ……こら、カルロス、聞きたい事を聞いたならいい加減魔力を切断しろ!! そっちじゃない、右から2番目のボタンだ!!」


 青に叱られた黄に叱り飛ばされた赤が慌ててボタンを押すと、この部屋には沈黙が、向こうの部屋には超人侯の愚痴が飛ぶ。

 超人侯はどうやら愛息子の恋を心から応援しているという訳ではないようだ。これは利用できるかもしれない。超人侯を利用すればこの少年を体よく追い払える。


(朱の少年……お前は飛鳥に手を出さなくても侯爵になればハーレムを作れるのだ。私の飛鳥を求めずとも、よりどりみどりの一夫多妻で幸せになれる……そんな男に飛鳥はいらないだろう?)


 私に対して失礼な物言いをしたこの少年の性格自体は嫌いではないが、飛鳥に関わろうとする男は皆嫌いだ。

 私は飛鳥でなければ駄目なのだ。飛鳥でなくても幸せになれるだろう男に飛鳥は絶対渡さない。


 私の中にある飛鳥への想いの強さを再確認しつつ事の成り行きを見守っていると、愛人侯が現れた。

 甘ったるい顔と香りで男を翻弄し、6人の夫を従えるこの女の評価は大きく2つに分かれる。抜けた所があって放っておけない心優しい聖女か、あるいは――


『こいつは見た目こそ甘いが隙を見せれば心を食われる。一切心を許すな』


 そう、獣とからかわれる赤色に近い色に相応しい、狙った獲物が逃さない一面――階級コレクターとして名の知れた彼女は私が『公爵』になった年の14会合で私に声をかけてきた。


 『早くにお父様とお母様を亡くされてお辛い事もあるでしょう? 力になれる事があったら何でも言ってね?』と薄ら寒い笑顔で言ってきたから『人を下僕に変える術を教えてもらえますか? 是非実践してみたい』と返したらそれきり関わってこなくなった。

 何でも言ってねと言うから言ってやったのに失礼な話だ。


 本人が教えてくれなかったので黒騎士に調査させてみたら、そいつまで虜にして結婚するから驚きだ。女豹を言われる女を調査するのに男を派遣した若い自分の失態を反省した。


 そして有能で有望だった男を寿退職で手放す事になった悔しさとどうやって男を落としているのかが本気で気になって、私自ら見に行ったのだが――こんな朝早くに思い出すのも憚られるような卑猥な現場を見てしまった。


 心の傷をえぐって慰めるのを繰り返し、自らの魔力を注ぎ込んで男を虜にしていく――自分だけ服をまとった愛人侯の妖艶な雰囲気と全裸で転がって恍惚の表情を浮かべる男どもの姿はまるで淫魔と淫魔に襲われた男達のようだった。


『ウィーちゃん、死刑なんて可哀想よ……! そもそもこの子は相手が強いからってすごすごと引き下がるような軟弱な男の人達に喝を入れてくれたのよ!? そしてあの……あのセレンディバイト公を射止めたのよ!? あの恐ろしい黒の公爵を……!』


 昼はこんな風に可愛らしさを強調する聖女で、夜は恐ろしい程に妖艶な魔女――そんな女侯爵の本性を知った私は興味本位で行動して見苦しい物を見てしまった事を後悔した。


「前々から疑問に思っていたが……アルマディン女侯は何故ここまでダグラス卿を嫌っている?」

「知らん。コンカシェルにも夫達に聞いても何も教えてくれんのだ。まあどうせあやつがロクでもない事をしたんだろうよ」


 赤の私に対する評価が地に落ちているのは気のせいではないだろう。嫌われている理由も当たっている。


 忍び込んだ時、完全に気配を消したはずの私の魔力を僅かに感じ取ったのか私がいる方を誘うような、従えようとするような眼に激しい嫌悪感を感じて逃げ出し――それ以来、愛人侯から蛇蝎のごとく嫌われている。


 向こうもはっきり私に覗かれたと言えば殺されるのが分かっているからそれ以上の事は言ってこない。だから放っておいたが、万一それを飛鳥にチクるような事があっては不味い。

 この会合が終わったら警告の手紙でも送っておくか――いや、それだと覗いた事を認める事になってかえって不味い事になりそうだ。


 愛人侯の存在に不安になっている間に続々侯爵が入ってくる。


「君は毎年マリアライト女侯の送迎しているけれど、よく嫌にならないねぇ? いくら色神で連れてきた方が安全で早いとは言え空の長旅、疲れないかい?」

義姉上あねうえはしっかりしているように見えて危うく、放っておけない所がある。様子見がてら年1、2回の送迎程度で機嫌が取れるなら安いものですよ。そちらこそ、アベンチュリン侯の目の隈が一層酷くなっていませんか? 部下は大切に扱わないと予想もしない所で爆発しますよ?」

「そうだねぇ……一応気に留めておくよ。ああ、問題の侯爵がお出ましだ。どうかな? 感情の方は」

「……驚いていますね。底に何か怒りのような物が渦巻いてはいますが……諦めが押しつぶしています。まるで層をなすカクテルのように……少し揺らせば混ざり合いそうな感じですが……この様子だけではまだ、なんとも。おや?」


 緑と青の会話を聞きながら会議室を見守っていると、愚人公の息子が入るなり声をあげて飛鳥の手を掴んで求婚した。

 何だ、こいつは――


「……シアン卿ってこんな子だったかな?」

「親が事故で亡くなり、弟も行方不明になってまだ間もない……一時的に頭がおかしくなっていても仕方あるまい」


 緑の言葉に黄が答える。その後飛鳥の裁判が始まってもその独特な物言いが目立つ。青以外の皆が眉を潜めた怪訝な表情で様子を見守っていると、4対3で死刑を免れる事ができた。


「……ジェダイト女侯は発言した時こそ怒りが渦巻きましたが、各侯爵の言葉を聞いて諦めたようですね。一言で言うならもういいか、と言った感じでしょうか。怒りが消えました」

「へぇ……そんな感じだと反公爵派と認定するには弱いねぇ」


 黄が顎に手を当てて考え込む横で赤が深いため息をつく。


「しかし……専属メイド目当てにツヴェルフを娶るだなどど、前代未聞だな。それに一時的に頭がおかしくなっているにしては発想自体は冴えとるし……どちらにしろこいつも絶対ロクな男ではない。本当にアスカ殿は男運がないのう……」

「……ヴィクトール卿、貴殿、もしやこうなる事を分かっていて同席させたのか?」

「いいえ? ……まあ彼をアウイナイト家に会わせた際、執拗にメイドに執着していたのでもしかしたら、とは思いましたけどね。まあアスカさんの日頃の行いですよね。メイドに慕われていなければあのメイドはアクアオーラに行ったでしょうから」


 黄が言った『日頃の行い』という言葉を返す青の笑顔からは何を考えているのかは読み取れない。

 ただ飛鳥が死刑を免れる事ができたのは間違いない――とホッとしたのもつかの間、水色は恐ろしい刑を提案しだした。


『――子を一人産めば片方の器が綺麗になりますから、公爵家の子も成せるようになる。そうすれば産み腹としての価値が十分にある……どうです? 彼女の刑は相手から子作りの要望があれば絶対に応じる……<強制出産刑>というのは?』


(ふざけるな……! 飛鳥が産むのは私の子だけでいい……!!)


 倫理から外れた外道の刑を良いアイデアだと言わんばかりに喋り続ける水色が朱の少年に一番目になるよう促そうとした時、超人侯の怒声がここまで響き渡る。


 飛鳥がこれまでにしでかしてきた罪を知って本格的に考えを改めたようだ。

 その上飛鳥が呼び捨ての意味を知らなかった、と朱の息子にトドメを刺したまでは良かったが、水色が『じゃあ自分が相手します』だなどと残念そうに言う。


 この男――非常に不愉快だ。飛鳥をまるでメイドを手に入れる為の駒としてしか見ていない。

 もう誰でもいい、誰でもいいからこの男を止めろ。


『じゃあこれで決まりですね。アスカ様には海底牢で本人の年齢や体力面を考慮して私含めて最低10人……約20年間の強制出産刑、その後は終身禁固刑という事で……』


 駄目だ駄目だ、飛鳥が他の男に凌辱され続けるのを見過ごしてはおけない――飛鳥がどれだけ凌辱されようと私の想いは変わらないが、だからと言って飛鳥がそんな刑に課せられるのを黙って見ていられる訳が無い。


 自分の想い人が凌辱されるのをただ受け入れる男が何処にいるというのか。


 駆け付けようとした所で動きが止められる。この緑の魔力は――緑だ。『乱入禁止だよ?』と言いだけなニヤつきが忌々しい。


 ペイシュヴァルツからだいぶ魔力を分けてもらった体といえど、緑と翠緑の蝶の魔力が合わさった行動停止ストップから逃れるだけの力はない。


 どうすれば、どうすれば飛鳥を、誰か――


『失礼します!!』


 威勢のいい声を同時に会議室に黄の息子が入ってきた。


 赤青緑それぞれが小さく驚きの声を上げる中、父親は驚愕しすぎて言葉を失っていた。


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