第78話 男女の愛じゃ、なくても。
花火が終わった後には結構お腹も空いていたので夕ご飯何処で食べようかな――と思った時、ダグラスさんの服はちょっと注目を集めすぎる事に気づく。
「ご飯を食べに行く前に着替えた方がいいですね」と言った後、財布を取り出して残りの数万円からホテル代を引いていくら使うかを考えているうちにダグラスさんは指を鳴らしてシャツを出現させた。
「魔物討伐で服を破損する事もあるので亜空間に予備の着替えを収納しているんです」
穏やかな顔でそう言って私を浮かせた後、空中で礼服を脱ぎだしたので思わず「こんな所で脱がないでください!!」と叫んで落ち込ませてしまった。
でも一切罪悪感は感じなかった。
そして適当なマンションの屋上に場所を移してもらって、シャツとズボンというここでもまあまあ馴染む服に着替えてもらっている間に見つけた居酒屋に入る。
ダグラスさんもクラウスとは違う系統でかなりカッコいい、眉目秀麗と言っても全く差し支えのない部類に入る事もあり、入った時にはそこそこ込んでるらしい居酒屋が数秒、不思議な静寂に包まれた。
そして周囲からチラチラと注目を集める中、ダグラスさんは何処まで地球の事を学習したんだろう――置かれたお通しを箸を器用に使って食べだした。
「挨拶の際、ご親族と食事を共にする事もあるかもしれないと思いましたので練習しました」
そう言って丁寧に食べるダグラスさんに感心する。
(自分が恥をかきたくないってプライドもあるんだろうけど、きっと私に恥をかかさない為の配慮でもあるのよね……)
しかも私が何も言っていないのに小声で、周囲になるべく口の動きに違和感を覚えられないように話す姿も、しっかりしてるなという印象を受ける。
ダグラスさんのこういう所――必要に迫られたらちゃんと学ぼうとする姿勢とか頭の回転の速さとかは私ももっと見習いたいと思う。
私もダグラスさんに恥をかかさないように、戻ったらル・ティベルの事しっかり勉強し直さないと。
そしていくつか注文した物が出され始めた頃、ダグラスさんに私が今考えている事を告げるとダグラスさんが箸で摘んでいた豚の角煮がお皿の上に落ちた。
明らかに動揺している。しているけれど――人目がある場所だからか、声を荒らげたり動作が乱暴になったりはしなかった。
「……私は、飛鳥さんの意思を尊重、します」
かすかに震える声で重々しく吐き出すダグラスさんにありがとう、と言うとダグラスさんの強張っていた表情が緩んだ。
その後、いくつかそれに関する話をして――ダグラスさんにとって良い話じゃないのに、何も反論せずに淡々と聞いてくれた。
(……もっと味わってもらった後に話すべきだったかな)
せっかく美味しい料理を出してくれるお店に当たったのに、なんて罪悪感にかられながらホテルに戻り、ダグラスさんと分かれて部屋に戻る。
もしうっかりラブコメ漫画やドラマのようにツインやダブルの部屋を取っていたらあれこれ言われてたかもしれない。胸の動悸も今の何倍も激しかったはずだ。
シングル2部屋を選択した自分に内心よくやったと思いつつベッドに横になり、小さな窓の方をぼんやり見据える。
(クラウス、大丈夫かしら……)
今何処で何をしてるんだろう? ラインヴァイスがいれば野宿でも平気だろうけど、それでも――心配な気持ちが消えない。
今日の花火はクラウスも楽しみにしていた。でも私がダグラスさんといるから、遠慮して――
異世界で過ごした三ヶ月間と、この地球で過ごした一ヶ月間。半年にも満たない間に私の心を大きく占める、黒と白の大きな光。
(ダグラスさんは私の気持ちを尊重するって言ってくれたけど……)
でも、相反する2つの光は強く反発しあう。尊重するって言ってくれたからこそ、お互いに無理してストレスをかけるような事をしたくない。
(……エドワード卿も悩んだのかな)
愛と、それ以外の感情について考えているうちにふと過った橙色の命の恩人。
そしてコッパー邸にいた時にジェシカさんから聞いた、2人の馴れ初め。
エドワード卿が愛したのはリチャードのお母さんだけど、2人が衝突した時に優先したのはジェシカさん――状況は大分違うし最終的にはジェシカさんに頭を下げて2人と暮らせた人だけど、今の私と同じように悩んだ事があったはず。
男女の愛と、拾った者としての責任――エドワード卿は後者を取った。
レオナルドも、マリーへの愛よりリビアングラスの人間としてのプライドを優先した。
けして2人が相手に抱く愛が軽い訳じゃない。それ以上に重い物が彼らの中にあるだけ。
私だって、男女の愛を最優先にできるなら今こんなに悩んでない。
協力してくれて、助けてくれて、傷つきながらも一緒にいてくれた、大切な存在。
男女の愛じゃなくても、一緒にいたいと思う、大事な存在。
『……アスカはやっぱり、重くて我儘で欲張りです』
今度はネーヴェに言われた言葉が響く。重くて、我儘で、欲張り――今はこの言葉がストンと心に落ちる。
(そう、これは重くて欲張りな、私の我儘……)
後は、私が、クラウスが――互いにどう向き合うか。
私はクラウスの為に何を捨てられるか、何ができるか――
結局、意識が闇に溶ける事無く夜が明けてしまった。
ダグラスさんも眠れなかったみたいで部屋にやってきた時に何度か欠伸をかみ殺す様子が伺えた。
見た感じあまり機嫌良くなさそうだけれど、それでも私に当たる事も止める事もしない。
ただちょっと気まずさを感じる中でチェックアウトした後、光の船が来る場所――郊外の、木々に囲まれた小さな神社に辿り着く。
「おはよう、飛鳥」
声がした方を振り返ると、木に寄りかかっていたらしいクラウスが優しい表情でこちらに向かって歩いてくる。
「クラウス……大丈夫? 昨日の夜はどうやって過ごしたの?」
気になっていた事を問いかけるとクラウスはチラとダグラスさんの方に視線を移した後、再び私の方に視線を戻した。
「野宿するつもりだったんだけど、飛鳥の叔母さんに伝えておきたい事があって戻ったら、腰痛治してくれたお礼に今晩泊まっていきなさい、って言われたからお言葉に甘えたよ」
叔母さん、それなら一言連絡欲しかった――と思ったけどスマホは昨日のうちに解約してしまってるから叔母さんにはどうしようもない。
「叔母さんとコバト嬢から『飛鳥ちゃんの事よろしく!』って強く念押しされた」
「そ、そう……伝えておきたい事って?」
「……飛鳥の叔母さん、最近ちょっと変な人が家の周囲をうろついてるって心配してたでしょ? あの後家の周りを確認したら見張ってる変な奴がいたから対処しておいた」
「えっ」
「殺したのか?」
驚く私に比べてダグラスさんが平然と問いかける。
「まさか。僕は飛鳥が嫌がりそうな事はしないよ。まあちょっと脅かしはしたけど。とにかくもう近寄られる事は絶対ないから、飛鳥ももう心配しなくていい」
「良かった……ありがとう、クラウス」
私がいなくなれば多分いなくなるだろうとは思ってたけど――100%大丈夫だと思うと安心して肩の力が抜ける。
「飛鳥さん、クラウスが不審者に気づいたのは私がテレパシーで怪しい奴がいる、伝えたからです」
「そ、そうなの……?」
そう言えば2人、念話を交わしていた。あの後お姫様抱っこにビックリしてすっかり忘れていたけど、その話の事だったのか。
「そんな言い方するなら自分で始末すれば良かったのに。人の功績をかすめ取るような真似しないでくれないかな?」
「その言葉そっくりお前に返そう。私が伝えてやったからお前はちゃっかり泊まる事ができたのだ。お前の礼など一切期待していないが、いちいち嫌味な言い方をするな」
2人の間にまたバチバチと火花を感じる中、少し離れた場所に人影が見えた。
それが優里だと気づいたと同時に向こうもこちらに気づいたようだ。
「飛鳥さん! ……とクラウスさん!?」
駆け寄ってくる中、クラウスに気づいて明らかに驚いた様子を見せる優里だったけどそれ以上にダグラスさんの存在を気にしているようだ。
「えっとこんにちは、クラウスさん、と……お久しぶりです、セレンディバイト公……」
ダグラスさんがここに来ている理由を多分セレーノ王子から聞いているのだろう。優里は警戒しつつ恐る恐るダグラスさんに小さく頭を下げる。
「ユーリ嬢……そう恐れないでください。飛鳥さんがル・ティベルに戻る意思を示している以上、私はもう貴方と敵対関係にはありませんし、私は飛鳥さんのご友人とはできる範囲で良好な関係を築きたいと思っています」
穏やかな雰囲気で優里に接するダグラスさんにホッとする。
昨日の夕食の時も思ったけれど、ダグラスさんは平常心の時は人付き合いをそつなくこなすタイプなのは間違いなさそうだ。そこは本当に良かった。
「あっ、そうだクラウス、優里から借りた服出してもらって良い?」
クラウスに出してもらった紙袋を優里に手渡すと、優里からも片手に収まる位の小さな箱をもらう。
「これは……?」
「あの……もう飛鳥さんに会えないかも、と思ったら寂しくて……最後にプレゼントを贈りたくて。あ、男性の人に見られるのは恥ずかしいので一人で見てください!」
「そんな、気を使わなくていいのに……それに私、服とか借りたのに優里に何も用意してな……あ、向こうで食べようと思ってたお菓子なら」
「あ、いいんです! それは私が贈りたくて贈った物なので……!! それじゃ、飛鳥さん、いつ誰が来るかわからないので、早くこっちへ……!」
優里に誘導された先にうっすらと見える光の船が見える。船の先頭らしき場所の見えてそこからセレーノ王子がこっちを見ている。
表情まではよく見えないけど、会釈をすると向こうも小さく頭を下げたから本当に迷惑だとは思ってない――と思いたい。
うっすらと見える入り口から船に乗り込む。
足に感じていた土の感触が固い感触に変わって光の船は今確かにここにあるのだと実感させられる中、半透明の壁の向こうで優里が笑顔で私達に手を降っている。
(これで、地球ともお別れか……)
優里に手を振り返しながら過った思考に哀愁を感じているうちに壁は不透明じゃなくなっていく。
そして完全に優里が見えなくなった所で、私達は以前過ごした部屋の方へと向かった。
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