第8話 浜辺に集うカップル達・3
広い砂浜の中、濃灰色のテントは結構目立ってたからすぐダグラスさんを見つける事が出来た。
そこにアーサーとルクレツィアがいた事にちょっと驚きつつ、2人の髪型がお揃いで恋人同士みたいと言ったらアーサーに睨まれたけど、失神したルクレツィアの顔がとろけそうな位幸せそうだったので気にしない事にした。
改めてダグラスさんに向き直ると、ダグラスさんは濃灰のぴっちりタートルネックノースリーブに膝丈程ある黒い海パン姿で筋肉質な腕や足を晒け出している。
「あれ? ダグラスさん、海でも手袋するんですか?」
「え、ええ……海用の手袋が、ありますので……」
ダグラスさんの手を覆ってる黒い海用手袋は薄手のゴム手袋みたいにピッチリしていて、手の甲の血管がくっきり浮き出ている。
(血管……触ってみたいとか言ったら引かれるかなぁ……)
いかにも触ってくださいと言わんばかりにポコリと浮き出た血管は果たして固いのか、柔らかいのか――未知の物体に興味を引かれていると、
「あ……飛鳥さん……その水着はと、とてもお似合いなのですが……その……少々、ろしゅ……いえ、何でもありません……」
ダグラスさんに似合ってるって言われて安心したけど、途中言いかけた言葉を察して慌てて辺りを見回してみる。
良かった、この位の露出ならそこそこいる。
水着なんて一回着ちゃったらこの世界だって返品できないだろうし、買い直すのも抵抗があるし――ダグラスさんも口を噤んだし聞かなかった事にしよう。それより――
「だ、ダグラスさんの水着も似合ってますよ。槍振り回してるから当たり前なのかも知れないですけど……筋肉、凄いんですね」
魔物狩りの時に筋肉が凄いのは知ってたけど、まさかその時にしっかり見ちゃってるなんて恥ずかしくて言えないし。
訓練の時も腕とか足とか晒してなかったから、今まで言うタイミングがなかった。
「そ、そうですか……飛鳥さんにそう言われる日をずっと待っていました……!!」
「え?」
「ごほっ……! い、いえ! 体型には自信を持ってますのでいつかそう言われるのでは、と思っていたのです……もし良かったら触ってみますか?」
予想外にもダグラスさんの方から腕を差し出される。
夜の事を考えると今のうちに肌に触れる事に慣れておいた方がいいかも知れない。
腕くらいならここで触っても変じゃないし。
「……じゃあ、お言葉に甘えてちょっとだけ」
予想通り、腕が固い――私の指が沈まない。
ついでに浮き出ている血管を触ってみる。腕は固いのに血管だけぷにぷにしてるのが面白い。
「わぁ……ぷにぷにしてる……」
「あ、飛鳥さん……」
顔をあげると、顔を真っ赤にしたダグラスさんが嬉しそうに口を綻ばせてフルフルしている。
しまった、触りすぎちゃったかも知れない――恥ずかしくなってきたのですぐに手を離した。
「す、凄いけど、私もこんな感じになっちゃうのかしら……」
「アスカ様、ご安心ください。女性は筋肉がつきづらいですし私達がやっている筋トレは身動きの取りやすさと体型を重視したメニューを組んでおります。ダグラス様のように筋骨隆々にはなりません」
さすがセリア。しっかり女心把握してた――と感謝すると同時に、もう一人、テントの傍にいる意外な人物の方に目を向ける。
「えっと……ヒューイは何でここに?」
「人命救助のボランティアだ……二人とも、人目を気にしないほど仲が良さそうで何よりだ」
やっぱり触りすぎてしまったみたいだ。ヒューイの苦笑いに羞恥心を煽られる。
「ひ、ヒューイ、3人目の件なんだけど……この旅行中は」
「ああ、心配しなくてもこんな時に答えを催促するような野暮な真似はしない。俺は海際にいるから、思う存分好きなだけイチャイチャゆっくり寛いでくれ」
私の言葉を待たずにヒューイはフワりと浮き上がって、海の方に行ってしまった。
アイドクレース家のお金であんな凄いホテルの凄い部屋に宿泊してる事を考えると、3人目どうこう以前に一言お礼くらい言いたかったんだけど。
(でも、ダグラスさんがいる場所で言うのも違うわよね……)
改めてダグラスさんの方に向き直ると、すっごく不機嫌そうな顔でヒューイが飛んでいった方を見ていた。
私が見ている事に気づいてハッと表情を変えると、また眉間にシワを寄せて真剣な表情に切り替わる。
「……飛鳥さん、3人目の件ですが、もし私はヒューイとロイド公子、どちらが良いかと言われたら……」
ダグラスさん、私が言ったどうしようもない質問、ちゃんと考えていてくれたらしい。
言い淀みながらボソボソと呟く姿からは(言いたくないけど、言わなきゃいけない――)、そんな重い葛藤が見て取れた。
「あの、ダグラスさん……それを聞く前に私、言っておきたい事があるんですけど……どっちを選んでも、私の一番がダグラスさんなのは変わらないので……!」
「っ……!!」
セリア一押しの言葉を放ってみると、ダグラスさんはその場に膝をついた。
どうやらダグラスさんの心にクリティカルヒットしたようだ。
私が腑に落ちて無くてもダグラスさんが納得してくれるのなら――嘘を付いてる訳でもないし、いっか――と思った時、急に空が曇った。
空を見上げるのとほぼ同時にドッ、と砂飛沫を上げて砂浜に降り立ったのは――凄く大きくて、真っ赤なドラゴン。
リアルガー家の色神、
巨竜の大きな背中からワラワラっと人が降り立ってくる。その中にアンナの姿があった。
アシュレーの手を取って浜辺に降り立ったアンナがこっちに気づくなり歩いて来ようとしたので、こっちから駆け寄る。
「アンナ! お腹大丈夫なの!?」
「はい……! アスカさんから聞いた星鏡の話を皆にしたら1日位なら、と融通を効かせてくれて……!」
ル・ティベルに戻ってきた後、アンナにも会いに行った。
どう思われるかちょっと心配だったけど、私がこの世界に戻ってきた事をアンナは喜んでくれた。
その時に星鏡の事伝えたら『私も行ってみたいです』って言ってたけど、この世界に召喚されてから早々に妊娠したアンナはもう妊娠4ヶ月――お腹が少し出ているから、大事を取って今年は来ないだろうと思ってた。
「まー俺も星鏡、一生に一度くらい見てみてぇなーって思ってたからな。アンナが見たいって言ったら、もう来るしかねぇだろ!」
アンナの言葉に応えるようにアシュレーが続ける。家族皆同意してここに来てるんなら私が気にする事じゃないんだろうけど――2人が赤い防御壁に包まれている事に違和感を覚える。
「2人とも何で防御壁の中にいるの?」
「海とか森、火山とかの大気に込められた魔力は他の所に比べて濃いんだよ。んで、ここの大気は俺らとかなり相性悪い。だからアンナと子どもが
「ありがとうアシュレー、私の為に……」
アシュレーを見つめて優しく微笑むアンナの表情にはもう前みたいな陰りがない。
赤の魔力の影響なのかも知れないけれど、『ごめんなさい』じゃなくて『ありがとう』と前向きな言葉を使うアンナに何だか嬉しくなってると、
「おい、ロー! しっかりしろ! アスカここにいるぞ!」
アシュレーが巨竜に向かって呼びかけると、巨竜の足の影から一人の少年がよろよろとおぼつかない足取りで姿を表した。
「あ……アスカ様……」
「えっ、ロイド君、どうしたの……!? 物凄く顔色悪いんだけど!?」
尋常じゃないくらい青ざめたロイド君に慌てて駆け寄る。息も荒くて、目が虚ろだ。
「ここの大気とこいつとの相性は最悪なんだ。だから無理に来なくてもいいって言ったんだけどなー。お前がいるなら行くって聞かなかったんだよ」
私の傍から離れて、心配そうにロイド君に寄り添うロイもちょっと調子悪そうだ。ホテルでは元気そうだったんだけど、ロイも魔力酔いを起こしてるのだろうか?
「そんじゃ、こいつの事よろしくな! 俺アンナの為にテント立てなきゃいけねぇし!」
「えっ、でも私今から友達とおよ」
「こいつもそのうち夫になるんだから、優しくしてやれよ!」
アンナの手を引いてアシュレーが去っていく。
本当どいつもこいつも3人目3人目って――私の事一体何だと思ってるのよ!?
(……って叫びたいけど、そんな事してる場合じゃないわ)
流石に
浜辺はじわりとした暑さこそ感じるけど風は涼やかだし、魔力酔いが車酔いみたいな感覚なら、テントで休ませればロイド君も楽になるかも知れない。
「ロイド君、大丈夫? あっちのテントまで歩けそう?」
無理そうならロイに――と思ったけど、舌出してハァハァ言ってるロイにちょっと乗せるのは可哀想で肩を貸してあげようとした、その時。
フワッとロイド君とロイの体が浮いて濃灰のテントの方に引っ張られ、ルクレツィア嬢が横になってる横にドサッと寝かされた。
「飛鳥さん……今日は他の男に一切触れないでください」
背後からちょっと怖い声がかけられる。振り返ればダグラスさんの表情に強い陰りが差している。
ああ、私がロイド君に肩貸して密着しちゃったら、魔力入っちゃうかも知れないから――ダグラスさんの顔が曇るのは仕方ない。
「すみません、咄嗟に肩貸そうとしちゃって……ダグラスさんに頼れば良かった」
「わ、分かって頂ければいいんです。飛鳥さんの為なら何でもしますので遠慮なく私を頼ってく」
「いやー、すまんすまん! まさかこんなヤワな砂地だとは思わなんだわ!」
ダグラスさんの言葉は威勢のいい大声に遮られた。
声の主の方を見ると笑顔のカルロス卿と、彼を睨んでるらしい翠緑の髪に少し緑がかったサングラス、花が刺繍された緑色の半袖ボタンシャツに七部丈位の薄緑のズボンをはいた、長身の男の人。
「はぁ……貴殿に何を言っても仕方ないとは分かっているけれど、一応聞いておこうか……何故わざわざこんな所に?」
あ、この声――シーザー卿だ。
髪も束ねてるし、いつもの服じゃないから分からなかった。でもよく見ると首にグリューン様にあげたショールが巻き付いてる。
「息子夫婦が星鏡を見てみたいと言い出してな! 妻からもワシに永遠の愛を誓いたいと言われればもう皆で来るしかなかろう! まさか赤の一族は出入り禁止だなどとケチな事は言わんだろうな!?」
「……そんな器の狭い事は言わないが、晴天の星の日は何処のホテルも埋まってる。他人の部屋を脅して奪うような非常識な真似は」
「心配するな、野宿に必要な物は持ってきとる! 雨風凌げるテントと美味い飯さえあれば十分! ちと喧嘩しただけで吹っ飛ぶほど脆い癖に高い部屋に泊まろうとは思っとらん!」
シーザー卿のご最もな警告を高笑いで笑い飛ばしたカルロス卿が、私と目が合うなりこっちに近づいてきた。
「おお、アスカ殿! その水着を見るとダグラスと今の所は上手くいっておるようで何より!」
「カルロス卿、あの……どうしてロイド君を」
「ああ、ローは『アスカ殿が行かれるなら俺も行きたい』と言ったのでな。ここの大気の事も事前に話しても着いてくると言われれば、止める理由もない」
それで着くなり魔力酔いして横になってる姿を見ると、もうちょっと強く止めてくれても良かったのでは、と思ってしまう。
私の視線の先にいるロイド君に気づいたのか、カルロス卿はふむ、と顎髭を触りつつ考え込む。
「……アスカ殿、ローはまだ幼さも目立つが、貴殿と子をなす5、6年後にはここの大気にも負けぬ立派な青年になっておろう。ワシが保証する、あれは絶対良い男になる。馬鹿兄弟の暴走を止める位に成長しよう。どうか長い目で見てやって欲しい」
今しれっとダグラスさんとクラウスが馬鹿兄弟って一括りにされたけど、これまでの二人の言動を思うと否定できないのが辛い。
「ですが……ローゾフィアの事もありますし……」
「アスカ殿、自分が原因で入った亀裂を憂うのは当然の事じゃが、気に病む事はない。ローを受け入れるのであれば、彼の家族に認められる為に口を出す権利もあろう。しかし彼を受け入れないのであれば、どうするか決めるの彼自身が決める事であって、アスカ殿が口を出す事ではないのだ」
カルロス卿の正論にガツンと衝撃を受ける。
確かに――今の私にある権利はロイド君を拒絶するかどうかだけで、拒絶した後ロイド君にどうしてほしいか、まで言える立場じゃないのかもしれない。
(でも、それでも……亀裂の原因は私な訳で……)
「ダグラス、お前には右足の貸しがあったな。クラウスに完治してもらったからもう良いかと思ったが、少しでも悪いと思っているなら……分かっておるな?」
「私は……」
カルロス卿の意味深な言葉にダグラスさんが言葉を詰まらせる。
一体何の話――と問いかけようとした時にはカルロス卿は私から背を向けていた。
「さてアマンダ……ワシ、この辺の空気は好かん。日が暮れるまであの島の辺りで釣りでもせんか? 子ども達と嫁と孫を飢えさせる訳にいかんからな」
相変わらずファビュラスボディのアマンダさんはカルロス卿の問いかけにコクンと頷く。
「あ、あの……」
「そこの緑が何やら小癪な事を考えておるようだが、安心せよ、アスカ殿がローを選ぶのであれば、その決断はワシが全力で守ってみせよう」
ニッカリと笑ったカルロス卿はアマンダさんと巨竜に乗ると、巨竜は再び羽ばたき、遠くに見える島の方へと飛んでいった。
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