第9話 浜辺に集うカップル達・4


 空に飛んでいったカルロス卿達を見送った後、シーザー卿の方に振り返ると丁度目があって苦笑いされる。


「ああ、お嬢さん……ラフな姿で申し訳ないね」


 砂浜であのコートは暑いだろうし、こっちも水着だからそこは全然良い。

 それより、軽装だからこそ色気がまた凄いというか――ダグラスさん程じゃないけどかなりしっかりした体つきをしてるのが分かる。

 アイドクレース家は<緑の双刃>っていう二刀の神器を扱う魔法剣士の家系だってセリアに教えられたけど、確かにこの体格なら剣もやすやすと扱えそうだ。


 あんまり見るとまたグリューン様に怒られるから、体は程々に首元の方に目を向ける。


「ショール、シーザー卿がつけてるんですね」

「グリューンが出てくる度に浮かせたがるんだよ。都度亜空間に出し入れするのも面倒でね」


 困ったように微笑みながら半透明の緑のショールを指でクルクルと絡ませる姿を見てると、シーザー卿もまんざらでもないようだ。


 警戒しなきゃいけないのは間違いないけど、なるべく良好な関係を保っておきたいから、ショールの事を思い出せて本当良かった。


「……さて、公爵が理由なくこんな所にいたら、周りが緊張してしまう。ボクは静かな所で寛がせてもらうよ。君達の旅行が素敵なものになる事を祈っているよ」


 そう言い残すとシーザー卿の足元に緑の魔法陣が現れて――シーザー卿の姿が消えた。

 ちょっと陣術を学び始めた今だからわかる、シーザー卿の陣の作成速度が尋常じゃなく早かった事が。


(公爵って、皆凄いのよね……)


 ダグラスさんはもちろん、そのダグラスさんを殴り飛ばしたカルロス卿も、ぽんぽん大きな魔法を連発するヴィクトール卿も、一瞬で移動できるロベルト卿だって――皇国の事を学べば学ぶほど、公爵達の力がどれだけ凄いか思い知らされる。

 公爵相手に対等に話していた自分の振る舞いが、かなり危ういものだったという事も。


(……ダグラスさんにもクラウスにも、ちゃんと公爵達と険悪にならないように言わないと)


 これからこの国で生きていくって決めたからには周囲に極力迷惑をかけずに、二人とそれぞれ平和に過ごしたい。


(この旅行だって、これからダグラスさんと平穏にゆったり……)


「よぉー、レオナルドじゃねぇか! 顔色悪いから気づかなかったぜ! 良かったなー、奥さんがツヴェルフになって!」


 アシュレーの声に何だかすっごく嫌な予感がして振り返ると、いつの間にかテントを立て終えたらしい上半身裸のアシュレーが少し顔色が悪いレオナルドに絡んでいる。


「俺、人工ツヴェルフいなかったらお前そのうちアンナと子作りしたがるかなーって心配してたんだよ。でもお前結構強いし、後でアンナが欲しいって言うとも思えないしいいかーと思ってたらアスカだから俺、ビックリしたぜ。あいつよりアンナの方が器大きいし、アンナの方が可愛いのにあいつ選ぶなんて、どういうつもりだよ? 俺に負けたのがそんなに悔しかったのか?」


 こっちにまでハッキリ聞こえてくるアシュレーの言葉にモヤモヤする。

 アンナを上げるのは良いけど、いちいち私を下げる必要が何処にあるのか。


「アシュレー、こんな所で喧嘩売るのやめてくれない!?」

「勘違いするなよ、俺はこいつが俺に負けた事引きずってんならいつでも再戦してやるからな、って言いたいだけだ」


 なるほど――とは思えない。ただ煽られてるような気になるのは私だけじゃないみたいで、レオナルドの目が据わりかけている。


「お互いクラウスに治療してもらって完治してるんだし、何なら今から再戦したっていいんだぜ? ま、俺には敵わないって思ってんなら無理にとは言わねぇけどさ。負けて悔しいなら勝ちゃあいいじゃねぇか!」

「……そちらがその気なら、受けて立ちましょう」



 ダグラスさんとはまた違った天然の煽りにレオナルドが燃え上がる。何か凄くピリピリした雰囲気になってんだけど。


 誰か止める人――と思って辺りを見回すと、アンナは赤いテントの中で困ったようにアシュレーを、マリーはすっごく不安そうな目でレオナルドを見つめている。


 流石に妊婦のアンナに止めさせる訳にはいかないし、ここでマリーとレオナルドの仲を不穏なものにさせるのも気が引けるし――というか、ここで二人が戦ったらアシュレーが勝つのは目が見えてる。


 マリーは今夜の星鏡を楽しみにしてる訳で、アシュレーと戦ってレオナルドが怪我でもしたら、星鏡も見れずに陰鬱とした旅行になってしまう。

 魔力回復促進薬マナポーションだって使わせたくないし。


「ダグラスさん、二人を止めてくれませんか?」

「馬鹿は放っておけば良い。そのうちヒューイなり緑が止めに入るでしょう」


 我関せずと言ったダグラスさん――馬鹿が馬鹿を馬鹿って言ってる――って呆れてる間にアーサーが私の横を通り過ぎて、2人の間に割って入った。


(そうだ、アーサーってレオナルドの部下なのよね。アーサーが止めてく)


「アーサー卿……私に売られた喧嘩です、私が戦います」

「俺は別にいいぜ! なんなら2人まとめて相手してやるよ!」


 馬鹿ばっかり……!!


「……あのねぇ貴方達、こんな所で戦われたら迷惑なのよ! 時と場所と場合を考てよ! どうしても戦いたいんなら、魔法と暴力禁止で周囲に迷惑かからないよう平和に戦いなさいよ!」


 目一杯声を荒げると、周囲の視線が一斉にこっちを向く。恥ずかしいながらも3人の方を見据えてると、3人とも何だか微妙な視線を向けて来る。


「……魔法禁止、暴力禁止でどう戦うんだ?」

「え……腕相撲とか、釣りとか、ビーチフラッグとか魔力も暴力もいらない戦いなんていくらでもあるでしょ」

「腕相撲や釣りは分かりますが……ビーチフラッグというのは?」

「あ……この世界にはビーチフラッグってないんだ」


 それじゃあ、と砂浜特有のスポーツを簡単に説明する。

 と言っても旗になるような物は誰も持ってないから、ユンが持ってきてた毒無しクラゲの皮で作られたプルプルツルツルの浮き輪で代用する。


 ボールとは反対の方向に向いて、うつ伏せ状態から立ち上がって方向転換して走る、大体20メートル位の砂上競争――皆最初は砂に足を取られて思うように走れなかったけどコツを掴むのは早く、アシュレー、レオナルド、アーサーの魔力が一点に集まると魔力酔いも大分緩和されるのか、皆楽しそうな表情を浮かべている。


 誰が勝つか、の光景を見守ってる内にダグラスさんまで参加し始めた。


 4人いるなら2ペアに別れてビーチバレーも出来るかな? と説明するとダグラスさんが魔力を器用に使ってネットを作り出す。


 アンナとマリーはテントを隣に立てあってそれぞれ応援している。

 私もそっちのテントに行きたいなぁと思ったけど、未だに起き上がる事すらできないロイド君とロイを放っておけないし。


 目を覚ましたルクレツィア嬢がアーサーの姿にきゃあきゃあ目を輝かせてる横でセリアと2人でロイド君とロイを介抱する。


『ねぇセリア……ロイド君を拒絶した上でローゾフィア侯と仲良くしてほしいって私が言うのは、傍から見たら我儘、かな?』


 ロイド君に聞かれたらマズいのでセリアで念話で呼びかける。

 長い髪を半分お団子にしてまとめたセリアは長袖のラッシュガードだけど、下はピッチリ太もものラインがしっかり出てるスパッツタイプの水着で、いつもとは大分違った印象を受ける。


『……アスカ様の立場ならそう思うのは自然な事だと思います。ただ、カルロス卿の言う通り、それを口に出す事……彼を選ばない上で彼の行動に干渉するのは我儘かと』


 セリアの率直な言葉に耳が痛い。

 極端に言えば『私は貴方と結婚しないけど貴方の将来に口出すよ!』って話だもんね。


『アスカ様……優しさは時に人を苦しめます。良かれと思ってかける言葉はでもあり、呪いでもあります』

『……うん』

『それに、自分の言う事を聞いてくれない人にああしなさい、こうしなさい、と言われたら元々選ぼうと思った道すら選びたくなくなってしまうかも知れません』

『なるほど……』


 遊んでから宿題しようと思ってたら『遊んでないで宿題しなさい!』って言われて気持ちがグチャグチャになっちゃった子どもの頃の記憶がよぎる。


 私が頑なにロイド君を拒む事で、私が良かれと思う未来を押し付ける事でロイド君も頑なになってしまう可能性は否定できない。


『……アスカ様は誰かに責められる事を過剰に恐れているように見えます』


 穏やかにかけられたセリアの言葉がグサリと刺さる。

 自分のせいで誰かが不幸になるのは嫌だって思ってるだけなんだけど、セリアにはそんな風に見えてるんだ。


 でも、確かに――言われてみればそうなのかもしれない。客観的に自分を見てみると、抱え込みすぎてるような気がする。


『相手の生死に関わるような事ならばともかく、ロイド公子の場合は単なる親子喧嘩ですし……受け入れるにしろ受け入れないにしろ、アスカ様がそこまで気に病まれる事では――』



「美しいお姉さん達! 飲み物いりませんか!?」



 明るい声に顔をあげると半袖のシャツに短パンの、水色の髪が綺麗な男の子が木箱を抱えていて満面の笑顔を向けていた。

 木箱の中を見ると氷水に瓶や青林檎みたいな果物が浸されている。


(へぇ、こんな所にも行商来るんだ……でも今お金持ってないしなぁ……)


「あ、お代はいらないよ! これ、ノーブルビーチホテルのお客様へのサービスだから!」


 私の表情から考えてる事を察したのか少年は笑顔で続ける。

 流石、一流ホテル――ログハウスまで少し距離があるから、こうやって飲み物とかのサービスが来てくれるのはありがたいなーと思いつつ飲み物を受け取ると、男の子はロイド君の方に視線を移した。


「うわ、そこのお兄ちゃん、魔力酔い辛そうだね! 酔い止め使った?」

「酔い止め?」


 問いかけるとセリアが小さく首を横にふる。


「すみません、アスカ様は大丈夫だろうと思って用意しませんでした」

「あ、大丈夫だよ。ぼく持ってるから!」


 少年がポケットから出した麻袋からラムネみたいな粒を飲ませると、少しロイド君の表情が和らいだ。


「この子はこれで大丈夫だと思うけど、魔獣は海辺の近くで休ませてあげた方がいいよ。ただ、この辺りはペットの遊泳は禁止だから……あ、良かったら遊泳可能な所まで案内してあげるよ!」


 少年の提案を受けて、ダグラスさんを呼び寄せてロイド君とロイを浮かせてもらう。

 バレーできなくなったけど『じゃあ次は腕相撲な!』とアシュレーがイキイキしてるから、放っておいても平和に戦ってくれそうだ。


 少年は人と話すのが好きなのか、流れるようにこの浜辺の事や自分の事を語りだす。


「ぼく本当はアクアオーラに住んでるんだけど、サウェ・ブリーゼはこの節は凄く忙しくなるからこの時期だけ住み込みでアルバイトに来てるんだ!」

「え……お父さんとお母さんは?」

「少し前に事故で死んだよ。だから今は僕一人!」


 まだ、小学校の高学年位の年だろうに両親を亡くして健気に働いている少年につい感情移入してしまう。


「……大丈夫? 辛くない?」

「心配してくれてありがとう、お姉さん。でも大丈夫だよ。あんまり良い親じゃなかったし」


 良い親じゃなかった、という少年の言葉に違和感を覚えたけど虐待とか、暗い過去もあったのかもしれない。


「……何か困った事があったら、セレンディバイト邸に」

「飛鳥さん、得体のしれない人間を館に招かないでください」

「こんな小さい子に得体の知れないも何も」


 ダグラスさんの冷たい言い方に反射的に言い返そうとしたところで、私とダグラスさんの間に少年が割って入る。


「ぼくの為に喧嘩しないで! ぼく今全然困ってないし! 美人なお姉さん達の役に立てただけでも嬉しいよ!」


 慌てて私達に気を使う男の子が余計に不憫で、ダグラスさんとの間にちょっと重い空気が漂いながら歩いて数分――


「ここを境に潮の流れがあっちの方に代わるから、ペットを泳がせても大丈夫なんだ! じゃあぼくはこれで! あ、良かったら今度アクアオーラのウェサ・マーレにも遊びに来てね!」


 木箱を運ぶ男の子は明るい声で元々いた場所の方に戻っていった。


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