第1部・4章

第102話 運命の10日目


 10日目も晴天。暖かな陽差しに起こされる。


 結局ソフィアに付き合って夜更かししてしまった。一つ欠伸をして鏡台に座り顔を確認する。良かった、目にクマとかは出来てない。


 体を伸ばしているとドアがノックされてセリアが入ってくる。

 その際のやりとりでソフィアも目覚めたので一緒に筋トレをこなした後順番にシャワーを浴び、運ばれてきた朝食に手を付ける。


 筋トレを始めてまだ5日しか経っていないけど、始める前より気持ち体が軽くなってきたような気がする。これはあの人の館に行った後もしっかり続けよう。

 1ヶ月後にあの人の館を脱出する時に、身軽になっていた方が選択肢は増える。


「アスカ様、メアリー様が今日の午前中、この部屋でソフィア様の授業をされたいそうなのですが……よろしいですか?」

「え? ソフィアまた何か無理言ったの?」


 メアリーが言い出す事とは思えずソフィアの方を見ると、ウインナーを刺したフォーク片手にフイと視線を逸らされる。


「教室まで行くのが嫌だって言っただけよ」


 ポツリと漏らされた言葉と私の部屋で寝泊まりしている状況を知ればメアリーが『じゃあ部屋で』という提案をしてくるのも頷ける。


「あのババアとマンツーマンなんて絶対ゴメンだし」


 ポソッと本音が付け足される。この様子だと午後は優里の部屋で授業が開かれそうだ。優里は歓迎しそうだからいいか。


 元々お昼まで何か予定を入れていた訳でもないし、特に断る理由も無い。

 授業してもらって構わない事をセリアに伝えるとセリアはメイドを呼び出し、ワゴンの片づけと共にその旨言づける。


 しばらくしてメアリーが部屋を訪れ、ソフィアとテーブルを挟んで1対1で授業を始めだした。

 セリアは『お引越し前に荷造り等の準備があるので』とメアリーと入れ違いに部屋を出て行く。


「アスカ様もこれまでの授業で分からない事や聞き逃した事があれば遠慮せずに質問してくださいね」


 メアリーにそう言われたものの2人の邪魔をするのも悪い気がして、自分の荷物を整理し終えた後一人、机の椅子に腰かけて授業の様子を眺める。


 授業の内容は、魔物狩りの翌日に行われたマナアレルギーについて――ソフィアがコッパー家に出発した時の項目から始めているようだ。復習がてら状況を振り返る。


 相性の悪い魔力が器に注がれる事によって精神や器が損傷するマナアレルギー。

 黒の魔力は特にマナアレルギーを起こしやすく、私の2つあるうちのもう1つの器に黒と相反する白の魔力を先に注いでもらえばバランスが取れてマナアレルギーを防ぐ事ができるかもしれない。


 だからクラウスとハグやキス――要はイチャつけとあの人は言っている。


 他の男とイチャつかれてでも、子の魔力量を犠牲にしてでも、自分の子を産むツヴェルフの体調を気遣うあの人は、性格上大いに難が見受けられるものの根は優しい人なんだと思う。


(でも根がどれだけ優しかろうとあの人の子どもを産めって到底無理な話だわ……しかもあの人の子どもだけじゃなくてクラウスの子まで……って、ちょっと待って)


 自分の思考にふと引っかかる物を感じ、改めてダグラスさんとのやり取りなども含めて思い返す。


(マナアレルギーを防ぐ為に白の魔力が必要ってだけなら、私、別にクラウスの子まで産む必要なくない?)


 あの人の子を産む為に白の魔力――クラウスが必要なのは分かる。でもクラウスの子を産むのは私じゃなくても良いはず。

 だってクラウスの白の魔力は怖くも何ともない。マナアレルギーなんて起きそうもない位優しい魔力。


 でもあの人の願いはクラウスの子を産む事まで含まれている。それは、マナアレルギー以外にも理由があるから、としか考えられない。


(ネーヴェなら何か知ってたかもしれない……昨日聞ければ良かったな……)


 もっと早く気付けていたら、と後悔しているとチラ、とメアリーが視界に入る。メアリーは何か知らないだろうか?


「……メアリー、授業に関係ない話を質問してもいいですか?」

「構いませんよ。皇城を出たら貴方と話す機会も無くなるでしょうし気になる事があるなら今のうちに聞いてください」


 穏やかな声と二度と会えない事を示唆されてはもう、聞くしかない。


「あの……以前私がクラウスと接触するのを黒の公爵が看過してるのはマナアレルギーに配慮しているからでは、と話していましたよね? 彼に確認したら、そうだと言われました」

「やはり、そうでしたか……」


 納得したように、メアリーが小さく頷く。


「でも私、あの人からクラウスの子も産むように頼まれているんです。けどマナアレルギーを防ぐ為だけなら、クラウスの子どもまで産む必要はありませんよね? 何か、心当たりありませんか?」

「あの方が、貴方にダンビュライト侯の子を……?」


 メアリーは眉を潜めて考え込み、しばらくして顔を上げた。


「それは……私にもわかりません。ただ、あの方が貴方のマナアレルギーを防止しようとする理由には心当たりがあります……聞きたいですか?」


 望んだものではなかったけど興味を引く返答に大きく頷き、椅子をテーブルの方に寄せて座り直す。


「あの方の母親……セラヴィ様はこれまでのツヴェルフの中で最も大きな器を持った方でした」


 初めて知る、2人の母親の名前――クラウスの部屋に飾られた写真の中で微笑んでいた銀髪の女性。


「30年前にル・リヴィネから召喚されたセラヴィ様は貴方と違って穏やかで、気品のある方でした。彼女はこの世界に来て早々に前セレンディバイト公……デュラン様に一目惚れしたのです」


 ちょっと貶された感を感じつつ恋物語の予感に惹かれ受け流す。

 ツヴェルフが有力貴族に一目惚れ――まあ皆内面に大きな問題があるけど外見は良いから十分あり得る。


「ですが、黒は教えた通りマナアレルギーを起こす可能性が他の色よりずっと高い色です。その為デュラン様や皇家は彼女に先に他の有力貴族との子を成すよう伝えたのですが、彼女は他の有力貴族の求婚を全て断って皇城に留まり、一途にデュラン様だけを想い続けました」

「へぇー……それで?」


 障害のある恋、に胸ときめかせつつソフィアと二人で話に聞き入る。


「そんな状況が3年程続き、特別大きな器を持つツヴェルフの適齢期を無駄にするなと他の有力貴族の反発が強まってきた結果皇家が折れ、渋るデュラン様を説得して2人は婚約したのです」

「私達には1週間弱で婚約を急かす割に、その人はえらく特別扱いだったのね」


 私が思った事を先にソフィアが声に出す。


「セラヴィ様の器は本当に、特別大きい物でしたから。それに彼女は誰とも結ばれるつもりが無かった訳ではなく、ただただデュラン様を望んでいた……しかし、やはり器が大きいという事はそれだけ相手の魔力を受け止められるという事……黒の魔力がかなりの量に達した時、彼女は重いマナアレルギーを発症しました」


 重い、というからには意識喪失、精神崩壊、器の破損――その辺りの被害が出たんだろう。あの人やクラウスの様子からして器の破損では無さそうだけど。


「マナアレルギーが発症した際、皇家は彼とセラヴィ様を引き離し、皇城で保護しました。しかし激高したデュラン様が『自分が常に傍にいれば問題無いはずだ』と皇城から無理矢理連れ帰り……その後、現セレンディバイト公が産まれました」


 聞いている限りではデュランという人はセラヴィさんを嫌々引き受けた感じがしたけど――無理矢理連れ帰るという事は最終的には情が湧いたんだろうか?


「セレンディバイト公が産まれてもセラヴィ様は元に戻らなかったと聞いています。ツインのツヴェルフの召喚を希望し異父弟の力を借りてまでマナアレルギーを防止しようとするのはきっと、母親と同じような人間を作りたくないと思ったのでしょうね」


 でも、クラウスの家族写真ではセラヴィさんは幸せそうな顔を――


「……30年前と言えば貴方も私達と同じ位の年の頃でしょう? 何故そんなにツヴェルフの事に詳しいの?」

 私が自分の疑問を声に出す前にソフィアが自分の疑問をぶつける。


「それは私がセラヴィ様の専属メイドだったからです」

「「え……!?」」


 意外な言葉に、私とソフィアが同時に声を上げる。絶対口うるさいメイドだっただろうなぁ、と内心セラヴィに同情する。


「皇家とデュラン様が決裂されるまでの間……4年間という短い間でしたが、彼女からは本当に色々な事を教えられました」


 メアリーは過去を思い出しているのか、しみじみと天井を仰いだ後真剣な瞳で私を見据えた。


「アスカ様……貴方のマナアレルギーに配慮するあの方が貴方に無茶をさせるとは思いませんが、黒は全てを塗り潰す……そういう気質を持っています。危ないと感じた時は刺激せずにやり過ごして、隙を見て逃げてください。私は……貴方が一番心配です。相手が黒という意味でも、貴方の性格的な意味でも」


 やはり微妙な貶しが混じった悲痛な言葉に戸惑っていると、突然片手を両手で握られる。


「どうか、人の想いに飲まれて自分の想いを犠牲にするような事をしないでください……貴方が自分を犠牲にして傷つくのは貴方だけではありません。どうか、その事を忘れないでください」


 握る手の強さは何だか私だけに込められたものじゃない気がした。

 マナアレルギーの授業の時もそうだったけれど、メアリーが私達を大切に思うその心はセラヴィさんの一件から来るのかもしれない。


 そんな必死に訴えてくるメアリーが私達が1ヶ月後に帰ろうとしている事を知ったらどう思うのだろう?


 人の想いに飲まれて自分の想いを犠牲にするような事をしないでと言うなら、自分の想いの為に人の想いを犠牲にするような事をしていいんだろうか?


 浮かび上がった疑問に、心をキツく締め付けられた気がした。


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