第164話 傷だらけの鳥・2
今まで生きてきて、こちらの気持ちを理解してもらえず丸投げされた事はこれが初めてじゃない。
あれは母が亡くなって1ヶ月くらい経った頃――ちょっとした事でもイラついて思った通りの反応をしてくれない彼氏に少し嫌味ったらしく言ってしまった時に『飛鳥は俺にどうしてほしいんだよ!?』と面倒臭そうに返されて。
その態度に物凄くイラッとしたけど、私も自分の言い方が抽象的だった事や<うるさい女>になりたくなくていわゆる<察してちゃん>になってしまっていた事に気づいてお互い謝りあった記憶が呼び起こされる。
(けど……今は謝りあってる場合じゃない)
謝りあってたらまず間違いなく私の傷は癒えない。
そしてごちゃついた感情の中で『これはチャンスだ、利用するしかない――』と理性が囁く。
「『クラウスを呼んで傷を完全に治してもらいましょう』と言ってくれれば、この涙は止まります」
ダグラスさんのお望み通り、これ以上にない<正解>を教えると困った様子だったダグラスさんがまた無の表情になる。余程クラウスを呼びたくないらしい。
「今後クラウスと一切接触しない事を条件に、魂を解放したはずです」
「流石にこれは例外にしてくれてもいいんじゃないですか? クラウスを諦める……という意味での条件は守れます。私の心の中にいるのは、ダグラスさんだけですから……!」
心に渦巻く怒りを捻じ伏せて、相手が好みそうな縋るような視線で咄嗟に砂糖吐き出しそうな位甘い台詞を言えた自分がすごいと思う。
「……信頼できない。貴方の心の中には割と簡単に男が入ってくるようですから。見目麗しい男に胸や足に触れられたらどうなる事か……」
人を小馬鹿にするような笑みを浮かべられ、掴みかかって小一時間詰め寄りたい位酷い言葉を言われたけど、喉元にまで来ている怒りをグッと堪えて交渉を続ける。
「じゃあ、治療されてる間は魔法で眠らされても構いません。私は本当に傷を直したいだけなので……!」
「クラウスが飛鳥さんに何かする可能性も否定できないでしょう? 彼も相当な魔力の持ち主です。その気になればヨーゼフやそこのメイドも……誰でも一瞬で眠らせられる」
懇願すればするほど頑なになっていく気がするけど、まだ引き下がれない。もう残された時間はわずかしかない。
「私とクラウスは、ダグラスさんが心配するような関係じゃありません! 傷さえ癒やしてもらえれば、後は一切関わらないと約束します……!!」
そう叫んだ瞬間に、部屋中に黒の魔力が吹き荒れる。
「……先程から、クラウス、クラウス、クラウス……!! 何故、私に頼ろうとしないのですか!? 貴方には、私がいるのに!! 貴方が私を頼ってくれれば、私は……!!」
ダグラスさんの叫びに怯んだ瞬間、頬に手を添えられる。
「その傷をあの男が癒やす位ならずっとこのままでいい……!! 貴方がそれが嫌だと言うなら、どれだけ時間をかけてでも私が治します……!! それでいいでしょう!?」
白い、少しだけ温かみを感じる弱々しい光が頬を包む。
でもそれを作り出している人はとても、苦しそうな顔をしている。
いくらクラウスと同じ白の魔力を持っているとは言え、その弱々しさと彼の痛々しい表情に心が締め付けられる。
「やめてください! 無理しないで!」
「大丈夫です……!!」
頑なに白の魔力を使い続ける手を強引に引き離そうとするも微塵も動かない。
どんどん青ざめていく彼の顔に耐えきれず、咄嗟に彼の頬をはたくと小気味良い音が響いた。
「そんな……そんな苦しそうな顔で癒やされても全然嬉しくありません! クラウスを呼べば済む話じゃないですか!! 何で呼んでくれないんですか!? そんなに私の事が信じられませんか!?」
唖然とした顔で叩かれた頬を抑えてこちらを見据えるダグラスさんにそう叫ぶと、乾いた笑いの後に叫び返される。
「ええ、信じられません……! もう、貴方を信じられないんです……!! 貴方も、クラウスも、そこのメイドも……!! 皆、私の隙を狙って何かしでかそうとする……!!」
自分の行動に心当たりがありすぎて返す言葉に躊躇し、沈黙が漂う。
ここで開き直れる強さがある人こそ、道を切り開けるんだろうと心の隅で思ううちに悲痛な表情で言葉が続けられる。
「それで私が傷つくだけならまだいい……! しかし私が傍に居ない時に勝手に動かれて今回みたいな事になったらと思うと、貴方にもう何もさせたくない……誰にも会わせたくない!! まして少し前まで貴方に執着していた男に会わせるなんて危険すぎてできるはずがない……!! 何故飛鳥さんは私の気持ちを分かってくれないのですか……!?」
最後の言葉に――いわゆる『お前が言うな』的な反発心が一気に込み上がり、喉元まで出かかっていた怒りの言葉が吹き出る。
「気に入らない事がある度に他人の魂をイジメる人の気持ちなんか、理解したくない!! 私、魂を解放した事後悔なんてしてない……してないんだから!! 私のせいで魂が消滅するなんて、絶対嫌なんだから!!」
言ってしまった――と思っても勢いよく溢れ出る言葉は、もう止められない。傷だらけの顔で醜く叫ぶ私はこの人の目にはさぞかし酷く映っているんだろう。
ああ、それならもう、とことん嫌われてしまえばいい――もう私のせいで傷つく魂は何処にもない。
絶対にクラウスに会わせないというなら、言いたい事も全部言ってしまおう。
「ダグラスさんこそ、ずっとそのままでいいとか、自分は気にしないとか、心の中に簡単に男が入ってくるとか……最低、最ッ低!! 貴方こそ少し位……少し位、貴方のプライドやくだらないこだわりのせいで一生モノの傷を抱えなきゃいけなくなる私の気持ちを考えてよ!! 馬鹿!!」
立ち上がって――椅子を投げつけるのは流石に躊躇し――ベッドに置かれた枕とクッションを手当たり次第掴んで投げつけると、ダグラスさんは全て手で受け止める。
「私のこだわりを、くだらな」
「うるさい!! 私、クラウスが来るまで、私の傷痕が綺麗に治るまで、もう一切ダグラスさんと口利きませんから!!」
怒りの形相で言いかけた言葉を追い打ちの叫びを被せて塞ぐと、ダグラスさんは枕やクッションをベッドの方に投げつけて荒々しい足取りで部屋から出ていった。
「ふぅ……またですか……」
ヨーゼフさんが重い溜息をついてダグラスさんの後に続く。一気に静けさを取り戻した部屋でセリアからも『またですか……?』と言いたげな困った視線を向けられる。
「セリア……魔晶石!!」
「は、はい!」
怒りが自分に向いた事に驚いたのか、セリアはすんなりとポケットに入れてあった魔晶石を私に手渡す。
手に込めた、魔法を作り出せない程僅かな白の魔力が魔晶石の色を黒から僅かに色味を変える。
「あ……!」
セリアが驚いたような声を上げる。やっぱり何かに使おうと思っていたんだろうか?
「魔晶石の説明を聞いた時に他の色を混ぜたらどうなるのか試してみたかったのよね。もう黒の魔力は必要ないでしょ? 何か問題あった?」
怒りがまだ冷めやらず少し口調を荒くなっている私の言葉に対して、
「……いいえ、何もございません」
少しの間をおいて、セリアは首を横に振った。
「後、髪ももうバッサリ切ってしまうわ。頼める?」
昨日中途半端に切れた髪を強引にヘアピンで整えてもらったけど、どうにも違和感が強い。ショートにした方がだいぶ楽になるだろうし、短くしてしまえば婚約リボンを付けない理由にもなる。
「構いませんが……ダグラス様に一言言ってから切られた方が……」
「何で髪切るのにあの人の許可得なきゃいけないのよ!?」
セリアの戸惑ったような言葉に、反射的に言い返す。
「……分かりました、準備します」
静かに頭を下げて準備をしだすセリアに、少し心が痛みつつも。
(……ああ、叫び足りない)
言い返してきそうなあの人が怒りの表情をしていたのが怖くてつい口利かない宣言をしてしまったけど。
まだ心の中で渦巻く想いの中にも伝えたい事があったのに。
全部言いきってしまってから宣言すれば良かったなと少し後悔した。
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