第178話 白の変化・1(クラウス視点)
意識を失って倒れかけたアスカを受け止めて抱き抱え、部屋を出る。廊下で眠る執事やメイド達は後1時間は起きないだろう。
(アスカが部屋からメイドまで追い出してくれたお陰で手間が省けた)
腕の中で大人しく眠るアスカに安堵しつつ階段を降りる。シン、と静まり返った館の中でアスカ以外の所から黒の魔力を感じない。
(午前中に来るだけでここまで容易く助けられるなんてね……)
まさかダグラスも僕と同じ境遇だったとは思わなかった。だけどこれでダグラスの行動に全て納得がいく。
ダグラスがツインのツヴェルフを召喚した理由はマナアレルギーの緩和の為なんかじゃない。
自分の中にある<白>に気付かれずに綺麗な跡継ぎを産ませる為に召喚したんだ。
片方の器にある程度白の魔力が入っていれば、その中に自分の白が混ざっても気づかれない――僕の魔力を先にアスカに注がせようとしたのも、その為。
そういう面倒な事をしてでも自分の中の相反する魔力を隠そうとする事情は分からないでもない。
他の公爵や反公爵派に知られれば面倒臭い事になりかねないし、今みたいに動けない時間を狙って襲撃される。
(……僕と同じ境遇だからって同情なんてしないけどね)
父様は母様を守る為に白の魔力を注いだんだ。母様を守る為に致し方無く注がれたダグラスと、逆恨みで注ぎ返された僕とは違う。
それに会議やパーティーにも出られて地位も名声も得てる奴に午前しか起きられない僕の気持ちなんて絶対分からないだろう。
「クルルッ……!!」
玄関に戻った所でラインヴァイスの鳴き声が響く。声がした方を見ればボロボロになったラインヴァイスが倒れてる男の上に乗って自慢気に両翼を大きく広げていた。
男はダグラスじゃない。先程眠らせた従者と同じ髪の色と服装をしている。
ただ、その真後ろに横たわる大きな黒猫は本や新聞で見た事がある黒の色神――ペイシュヴァルツだ。
流石に僕と同じで眠らせただけだろうけど、薄灰の鳩のように見えても流石に色神だけあってある程度戦力になるんだなと感心する。
「おつかれ様」
羽を負傷したのか、ひょこひょことこちらに向かって歩いてくるラインヴァイスに近づいて呼びかけると機嫌良さそうに僕の影の中に消えた。
(……僕がもっと早くこいつを受け入れていたら、ここまでアスカを傷つけずに済んだのに)
色神がこれまでに見てきた記憶を宿主に見せる事が出来るなんて、ラインヴァイスをこの体に宿すまで知らなかった。
そういう事を知れるのは色神を宿した者だけだから誰も教えてくれないのは仕方がないんだけど。
その場にいた騎士団長やエレンの絶望した表情が辛くて、『こんなのの宿主になるのは絶対嫌だ』とずっと体の中に入れるのを拒み続けてきたけれど――こんな事になるなら本当に、もっと早く受け入れていれば良かった。
そうすればアスカに酷い言葉を叫ばずに済んだかもしれない。もっと早くアスカを助け出せたかも知れない。そもそもあの館に行かせずに済んでいたかもしれない。
アスカを突き放してしまったあの時からずっと、色んなたらればが頭をめぐっている。
ソフィアとリチャードから、アスカが本当にダグラスと仲良さげだったと報告を受けた時はまだ――まだ耐えられたけど、翌日の新聞の写真に映るアスカの姿に絶望の底に叩き落されて。
白の部屋から出たら本当に心が押し潰されてしまいそうで、手紙ももう書けなくて。
ずっと部屋に閉じこもっていたら幻のアスカが見えて――泣きそうな顔してたから駆け寄ろうとしたら突然遠くなって。
次に会えた時は顔色が悪いとか暖かくしろとか――ものすごく心配した僕の気持ちなんて知らずに好き勝手言って。せめて夢で会いたい、謝りたいと思ってたけど、いざ実際会うと素直になれなくて。自分の傷を余計に抉る結果になってしまった。
そっとしておいてほしくてもラインヴァイスは僕を無理矢理あの空間に連れて行く。でも次に行った時は黒の色神がアスカの側にいて近づけなかった。
そして黒の魔力を使ってアスカが助けを求めてきた時、ラインヴァイスが『我を受け入れろ』とせがんだから藁を持つ掴む想いで初めてラインヴァイスを受け入れた。
受け入れると午前中の辛さが大分楽になった。12時に意識を失うのは変わらないけどラインヴァイスも僕の中で休む事で勝手な行動を取らなくなり、長期間の休眠を必要としなくなった。こころなしか毛の色もより白に近づいた気もする。
そしてラインヴァイスは僕の中に入ってくるなりダグラスは午前中動けないのだと教えてくれた。
半信半疑だったけど今日、アスカの傷を治す名目でこの館に僕が来ているのにダグラスが出てこない事でラインヴァイスが言っている事は事実だと確信した。
これでようやくアスカを助けられる、そう思ったのに――アスカが僕を拒んだ。
必死に助けてって叫ばれてまだ2日も経ってないのに『地球に帰るのやめる』だなんて言い出すなんてどう考えてもおかしい。
少し前に黒の魔力に侵食されて苦しむアスカを見かねたラインヴァイスが純白の部屋に保管されていた母様の結婚指輪――強い白の魔力が込められた指輪をアスカに渡したらしいから黒の魔力の影響というのも考えづらい。
ダグラス自身がアスカを洗脳あるいは催眠状態に陥れたとしか思えない。ああ、アスカはどんな酷い目にあわされてしまったんだろう? 想像したくもない。
(どちらにせよ正気の状態から狂わされてまだ日は浅い……傷痕もだけど、心も早く治してあげないと……)
馬車に戻り御者に出発するよう促した後、アスカを座席に寝かせる。今のうちに嫌がりそうな場所を治療してしまおう。
(……手袋、邪魔だな)
手袋越しの治療は多少魔力を無駄にするし、伝わりにくい。
(アスカがどんな風に過ごしていたのか、分かるかも知れないし……)
状況から見ても短時間で治療した方が良いし、アスカの身に何が起きたのかを知りたい。
スカートをたくし上げると痛々しい切り傷の痕がついた両足が顕になる。
(こんな風にズタズタに傷つけられた相手に好意を抱くなんて馬鹿げてる……)
一昨日ダグラスから届いた手紙には<アスカが負傷したから治しに来い>と短く書かれてはいたけれど、まさかここまで酷いものだとは思わなかった。
多分、風の上級魔法――『
(何でそんな恐ろしい魔法をアスカに……理解できない)
怒りに手が震えるのを抑えつつ、傷痕に手を当てる。
『痛い……痛い、いたい……!!』
治療を再開して数分――アスカの思念が手を通して頭に入り込む。アスカの強い恐怖と苦痛の感情。
緑色の魔法陣の向こうに見える――青緑の魂。
(ダグラスが傷つけた訳じゃないのか……?)
それでもアスカを傷つけた罪が消える訳じゃないけど。
数秒見えた映像は霞のように溶けて消える。
もう少し、いや――出来る事ならこの館に来てからアスカの身に起きた事全てを見たい。そう都合良くはいかないだろうけど。
治療しつつ、少しでも何か掴めないか神経を張り巡らせる。
『どうして――』
見えるのはソフィアの冷たい視線――本当に仲がいいのかな? この2人。アスカはともかくソフィアの方はアスカにあまり関わりたくない印象を受ける。
アスカがお節介焼いてるだけなんじゃないのかなと思う位に。
(テレパシーの内容を話してくれなかった事といい、ソフィアは何か隠してる……確認しておく必要はあるな……)
アスカから、寂しい感情が流れ込んでくる。この、人に見捨てられた寂しさを僕もアスカに与えてしまったと思うと、心が締め付けられる。
――正装のダグラスさん、カッコいい……――
アスカ……誰だってちゃんとした身なりをすれば良い感じになるんだ。有力貴族は色の特性が如実に出るからこそ外面を取り繕うのが上手いんだよ……騙されないでよ。
新聞越しじゃないダグラスを見るのがアスカの記憶からだなんて――物凄くイライラする。
――私のせいで、これ以上犠牲を増やしたくない――
先程のすました表情から一転、悪魔のような凶悪な笑顔に鳥肌が立つ。アスカを他人の魂を使って脅すなんて。
ここまで追い詰められてるなんて知らなかった。罪人の魂なんて見捨てればいいのに、君は――どこまで真っ直ぐでお人好しなんだろう?
――嫌だ、嫌だ、帰りたい……! 何の不安もなく地球に帰りたい……!!――
ああ、こんなに不安に追い詰められて強く帰りたいと願ってるのに、何でダグラスの傍に残ろうとしていたの?
一人ぼっちで、自分の身を守ろうとして、脳が防衛本能で無理矢理好意を作り出したとしか思えない。
館に付くまでにアスカから伝わってくるとぎれとぎれの世界は、まさに飴と鞭と言うか。薄っぺらい甘さと、常人に耐えがたい辛さ。
アスカが段々奴の思惑に侵されていると思うと虫酸が走る。
(無力なアスカがここまでダグラスに振り回されれば洗脳されざるをえないか……)
本来ならアスカがダグラスなんかに惹かれるはずがないんだ。父様が言っていた。『黒は破壊と支配を快感にしている』と。
だから君から伝わってくる甘い感情も、悲しい感情も、あいつの喜びになっていると思うと全てが辛い。
全部、僕が黒に惑わされて突き放してしまったから。何よりも誰よりもアスカを優先していたら、君はここまで傷つく事も、紛い物の恋に溺れる事もなかったのに。
「あんな所に一人にしてしまってごめんね、アスカ……辛かったよね?」
足から手を離して再び頬に触れる。あの時、黒の空間で不安に打ち震える君の涙をちゃんと拭ってあげたかった。
ねぇ、アスカ……君が助けてって叫んだ時に僕が助けてあげられてたら――その好意は僕に向けられたのかな?
それがどんな紛い物だったとしても、君に好意を向けられるダグラスが殺したい位羨ましい。
悔しさと懺悔の意味を込めてそっとアスカの目元に口づける。
ああ、アスカ。どうかこれ以上傷つけられる事無く穢されることなく地球に帰ってほしい。
これ以上君が穢される事を想像しただけで――狂ってしまいそうになるから。
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