第39話 慰謝料と卑猥な会話
「あら、そのお姿で行くのですか? それともクラウス卿が起きてからそれらを身につけるのですか?」
私の準備が出来ただろうと思ってノックしたらしいルクレツィアはまだコートなど着込んでいない私を見てちょっと驚いた顔をする。
「この衣服って全部この家の物だから……私にかかる費用は全部ダグラスさんに請求するから気にするなって言われてるけど、クラウスに私を託した家にダグラスさんちゃんと支払ってくれるのかなって。そう思ったら請求額は少しでも少ない方が良いんじゃないかと思って……」
この半月の食費や手間の事を考えると現時点でも結構な額を請求されるのは明らかなんだけど。
「まあ……! アスカさんは些細な事を気になさいますのね。、まあ、そこまで身を固めなくともルドニーク山にいる間は私の防御壁で24時間快適な環境をお届けしますわ。その後はクラウス卿に温めてもらえば問題なしですわ」
人が聞いたら誤解しそうな言い回しをするルクレツィアの服は青が基調の所々に細やかなレースが使われたワンピース。
デザイン性こそ高けれど保温性は無い服のままでいるのは今言った通り、防御壁を使うからだろう。
「でも……人に24時間ずっと張ってもらうのも悪いし……」
「安心してくださいまし。私位大きな器にもなると、魔力を生み出す核も大きいので小さな防御壁程度で魔力は全く減りませんし、疲れませんの」
デモデモダッテになってしまってる気がするけど、実際これらを着ていくのもルクレツィア達に防御壁を張ってもらうのも気が進まない。
特に後者についてはいつ何処でルクレツィアやクラウスと離れる事になるか分からない。
極寒の地で逃げ出さなければならないかも知れない事を考えたら罪悪感に目を瞑ってこの装備を身に付けていた方が良い気がする。
「……それでは、こうしましょう」
私の気が進まない表情を見たルクレツィアが指をパチンと鳴らすと、青い皮財布のような物が彼女の手に現れた。
彼女はその青財布の中から一握りの金貨を取り出してテーブルの上に置く。
「これは先程の非礼の慰謝料ですわ。アスカさんの好きなように使ってください」
これが全部、自分の物――? 甘い誘いに思わずルクレツィアを見つめる。
「……あの時はクラウス卿にキスして頂かないとどうにもならなかったので、せめて意識を無くさせて嫌な思いをさせないように最大限配慮しましたけれど、それでも傷ついた事は間違いないでしょうから。これで私のこれまでの非礼は全て水に流して頂けません?」
非礼を謝罪ではなく金で埋める――かなり好き嫌いが分かれそうな行為だけど、金に困っている身からしたらその金額と清々しい態度に好感すら抱いてしまう。
テーブルの上に置かれた金貨を広げて数える。合計12枚――約120万円。
半月寝泊まりしていた滞在費についてはこれで十分補える気がする。眼鏡の修理費用がどの程度だったかにもよるけど、お釣りが来てもおかしくない金額だ。
確かに私はルクレツィアに酷い事をされてるし、受け取る権利も自由に使う権利もある。
「……前も言いましたけれど、私、アスカさんとは仲良くしたいのです。お父様からダグラス卿の婚約者だから仲良くしなさいと言われているのもありますけど、アスカさんからは色んな事を学べそうな気がするのです」
「え……その割にはクラウスの応援してない? クラウスが目を覚ましたら、私を連れて行方をくらましかねないのよ? ルクレツィアはそれでいいの?」
クラウスを応援したら確実にダグラスさんの逆鱗に触れる。それは父親の希望とは対極にある、望ましくない行為なんじゃないだろうか?
「今、私の中では昔から交友のあるダグラス卿を応援したい気持ちと、アスカさんを一途に想うクラウス卿を応援したい気持ちがせめぎ合っていますわ。あまりクラウス卿に肩入れすると、ダグラス卿の機嫌を損ねそうですし……アスカ様がお二方と結婚して頂ければ全て円満に解決するのですが」
ルクレツィアの提案に2人が漆黒と純白のタキシード姿で私の両脇に立つ姿を一瞬想像する。そして余計な妄想は初夜的な事にまで――
「絶対嫌よ、そんな、2人とだなんて……破廉恥だわ、卑猥だわ!!」
ルクレツィアのこちらを乞うように見つめる瞳に対して全力で拒否の態度を示すも、ルクレツィアは一切めげずに距離を詰めてくる。
「あら、この世界では一妻多夫はけして珍しい物ではありませんわよ?」
「それは聞いてるけど……! でもそれって、ツヴェルフの子作り契約の関係だったり政略結婚による一妻多夫でしょ!? どっちからも愛されてます、愛し合ってます、なんてそんなエキセントリックな関係、これまでにあったの!?」
何でこんな破廉恥な話題になってしまったのかと思いつつ、思っていた事を率直に聞くとルクレツィアは少し首をかしげる。
「確かに同時進行で愛を育まれてる、となると珍しいかも知れませんが……過去に逆ハーレムが無かった訳ではありませんし……」
逆ハーレムと言われると殊更一妻多夫に抵抗が生じる。いや、2人で逆ハーレムって言われるのも何か変な気持ちだけれど。
「はっ……そうですわ! 逆ハーレムと言えばアルマディン女侯爵を忘れていました! <
「そういう事じゃないのよ! 何か『2人』って生々しいじゃない! むしろ『6人』の方が吹っ切れて開き直ってる感があって『あ、そういう人なんですね!』って受け入れられるじゃない!」
ルクレツィアのとんでもない発言に思わず声を上げると、彼女も負けじと言い返してくる。
「ならばアスカさんも開き直ってそういう人になれば良いのです! きっとアスカさんから言い出せばダグラス卿もクラウス卿も受け入れざるをえませんわ!」
「絶対嫌よ!! そんなの、とんでもない女になるじゃない! そんな、まだ一人を相手にするやり方もよく分かってないのに、同時に二人だなんて……!!」
「ど……同時に!? そんな、二人を同時に相手しようと思うから卑猥なのであって、一人ずつ、日を違えて相手をなさればいいではありませんか!! 同時にだなんて……!! そんな発想をする時点で十分アスカさんはとんでもない女ですわ……!!」
「あ、一人ずつ……!? それは確かに、そう……って、そういう事じゃなくて!! 違うから! 元はと言えばルクレツィアが2人と結婚して頂けたらとか言うから! 普段はこんなとんでもない事考えないかっ……ゴホッ、ゴホッ……!」
どうしようもなく卑猥な言い争いにむせて俯くと、改めて毛皮のコートや手袋、ブーツが視界に入った。
不思議なものでお金の面が解決するとそれらを見る目が変わり、靴を毛皮のブーツに履き替える。
さっきも考えていた、ルクレツィアやクラウスに防御壁で守られたにしてもいつ彼らとはぐれるか分からないという点もあるけれど――それに雪山に向かうのが分かっているのにここに防寒具を残してはここの人達を心配させてしまうかも知れない。
「あら、着る事にしましたの?」
「ええ。ルクレツィアのお陰で気が軽くなったわ。後はエドワード卿とジェシカさんに手紙を書いて……」
「ペンと便箋なら私のを貸してさしあげますわ」
不毛で卑猥な会話から逃れたい一心で全力で話題をそらすと、ルクレツィアはパチン、と指を鳴らしてテーブルに水色の便箋セットと万年筆のようなペンを出現させた。
「……ねえ、その術って私にも使える?」
確か以前クラウスに聞いた時は勝手に付いてくる見えない収納棚から出し入れする感じだと言っていた。
その術が使えるようになればいちいちレッグシースから剣や銃を出さずとも指を鳴らして即戦闘態勢に入れる。
かさばる眼鏡ケースだって収容できればだいぶ身軽になれる。
「この亜空間収納は公爵家の色……色神を宿す家の者のみが扱える、神に愛された者にのみ許された特別な術ですの」
「それなら私にも使えるって事よね?」
公爵家の色を2つも持ってる訳だし、今白の方はほぼほぼ満たされている。
「ああ……でも、物の大きさにもよりますけれど出す時としまう時の魔力の消費量も大きいですからアスカさんの器ではすぐに魔力が尽きてしまいますわ」
「それでもいいから教えてくれない?」
「嫌ですわ。この術を使えるようになったらアスカさん、お二方から逃げやすくなってしまいますもの」
首を横に振られたので見様見真似で皆の真似をしてみる。
魔力は今使えないけれど指の形だけでも覚えておこう――と何度か指を鳴らすと、ルクレツィアは一つ息をついた。
「……分かりました。アスカさんを放っておくと何だか魔法を暴発させてしまいそうな気がして心配ですわ。まあ教えてもアスカさんは魔力を回復できませんし、すぐ魔力が尽きて取り出せなくなってお二方に魔力を注いでもらえば……ああ、意外といい案ですわね。分かりました、お教えしますわ。でも、私が教えたって2人には言わないでくださいましね?」
そう言ってルクレツィアは私の魔力を探知されない為だろうか? 青い防御壁を張り、その中で術のイメージや印を教えてくれた。
眼鏡ケースと銃、慰謝料としてもらった金貨のうち今後の為に自分でもお金を持っておきたいと思って手にした金貨2枚をしまうだけでほぼ満たされていた白の魔力が半分位になってしまった。
確かにこれはむやみやたらに使える物じゃない。
「それでは私、クラウス卿の様子を見てきますわ。くれぐれも逃げないでくださいましね?」
「ありがとう」
酷い事をされはしたけれど、金貨12枚に便箋セット、亜空間収納まで提供してくれたので素直に感謝の言葉を述べた。
流石にここまでされると無かった事にしようという気になってくる。
(何だかんだ言ってもされたのはキスだけだし、しかも記憶も残ってないし……)
エドワード卿の言うとおり、前を向かなければ。ルクレツィアもアーサーさえ関わらなければ根は悪い子ではないようだし。
ルクレツィアが退室した後、椅子に座り直して便箋セットに向き合う。
ジェシカさんの眼鏡で翻訳できるから日本語で書いても大丈夫だろう。
少し文面に悩みながらこれまでの感謝の言葉とこの金貨10枚を滞在費としてあてて欲しい事を綴り、封をした所で再び部屋にノック音が響く。
ドアを開くと、少しフラついたクラウスが立っていた。
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