第27話 女戦士(レベル5)も難しい


 温室の中を探してみたけれど、ペイシュヴァルツの姿は見当たらなかった。

 私の訓練に夜遅くまで付き合わせるのもリチャードに悪いから『訓練は22時まで』って決めた事もあり、あちこち探している時間もない。


 仕方がないのでそのまま屋内訓練場に入り、リチャードから訓練を受ける。

 皇城の屋内訓練場よりは狭いけどそれでも体育館位はある広い空間の中、通常の剣と同じ重さに調節されているという木製の訓練刀を渡された。


 続いてリチャードが構えた手に持った訓練刀を見ると自分に渡された物より手一つ分位長い気がして、交互に訓練刀を見比べる。やっぱり私が持っている訓練刀の方が短い。


「それは女性用の一番軽い訓練刀です。男性と女性では筋力が違いますからね。戦闘には長い方が有利ですがその分重く、力が必要になります。扱いきれない武器より扱いきれる武器で戦った方が良い。何かあった時に身を守る為の武器なら尚更、使い勝手が良い方がいい。その位の長さなら女性のドレスの中に忍ばせる事も可能ですし」


 私が疑問を問う前にリチャードが察した。確かに今持っている訓練刀もけして軽くはない。振り回す事を想像しただけで疲れそうだ。


「スカート捲し上げて剣を引き抜くなんて、中々大変そうね……」

「レッグシースに差した護身刀をいつでも引き抜けるようにシークレットスリットが入ったドレスやワンピースもありますから、そういう服を着て抜き差しの練習をしておくといいかもしれません。では……まず今日はアスカ様が自身の命を狙う敵と相対した場合において一番重要な事を教えたいと思います」


 『剣を覚えるにはまずは素振りから! 100回!!』とか言われる可能性を心配していたけど、リチャードの声のトーンはとてもそんな感じじゃない。


「人は勿論、魔物も体を動かす為の関節があるものがほとんどです。関節がある以上その動きには制限がかかります。突然魔物と遭遇した際でも取り乱さず、冷静に相手の姿形を捉え動きを推測し、攻撃をかわして隙を突くんです」


 なるほど。確かについ怖くて目を閉じたり目を背けてしまったら、かわせるかも知れない攻撃もかわせなくなってしまう。


「死霊やスライムのような例外もありますけど、まず基本として相手のよく見る事と相手の動きを推測する事……この事はしっかり覚えておいてください」


 リチャードは次に人や人型の魔物を想定して相手に襲いかかってくる際のパターンを実演してくれた。

 切り払い、振り下ろし、突き、蹴り、投擲――確かにそれらの攻撃は全て関節が動く範囲で構成されている。トリッキーな動きはない。


「人、あるいは人型の魔物の場合、戦闘スタイルは種族や職業、武器や性格で多種多様に分かれます。ですが人である以上、その動きは冷静に見ていればある程度推測出来るものです。そして攻撃が当たる前にその動きに対応した型に取る事ができれば抗う事が出来ます。なのでどんな相手でも恐れず前を向いてください。前を向く事で周囲の状況も自然と入ってきますから」


(言ってる事は分かるけど、頭と体が付いていけるか不安になってきた……)


 つまりリチャードは相手から随時繰り出される攻撃には必ず防御法があるからそれで防御をしろ、と言っているのだ。なかなか無茶な話だと思う。


 私の心の内を知ってか知らずか次にリチャードに対策法を説明する。

 受け流し、受け止め、回避――これもまたトリッキーな動きはない。けど、咄嗟に(受け流し!)(受け止め!)が判断できるようになれる気がしない。


 その後、訓練刀でこの体制ならこういう攻撃に有効、逆にこういう攻撃に出てこられる可能性があるからここは気をつけた方がいい、とか実際にある程度力を入れた訓練刀を受け止めたり受けてもらったりしながら丁寧に教えられる。


「頭で分かっていても体が覚えてなければ思うように動けないのでアスカ様はまず体で慣れてもらいます。それとアスカ様が魔法が使えないので訓練刀だけで実践していますが、実際の戦いは訓練刀が真剣である事と魔法が加わります」


 以前せめて魔法戦士(レベル5)位になりたいと思ったけれど、どうやら戦士(レベル5)になるのもかなり険しい道のようだ。レベル3になれるかどうかも怪しい気がしてきた。



 そんな絶望を感じた所で22時になり、リチャードと別れた後浴室でシャワーを浴びる。

 先程噛んだ箇所からはちょっと血が滲み出ていて水が染みた。そのまま部屋に戻ってベットに潜る。


 2時間の訓練によって体は疲れ切っていて、柔らかいマットレスに誘われるように眠りについた。



 翌日――目を覚ますと目の前でペイシュヴァルツが丸まって寝ていた。

 スピー、と可愛い寝息を立てている。ツンと触ると気に触ったのかフイ、とそっぽ向かれた。


 動きやすい服に着替えた後朝食を取って部屋に戻り、昨日の訓練で教えられた事を復習する。


 敵の動きを推測した所で受け止められるかどうかは自分の身体能力にかかっている。

 だから騎士は皆自分の思い通りに体を動せるように為に毎日訓練するんだと今更ながらに理解する。


(私も筋トレとストレッチ、欠かさず頑張らないと……後、素振りも)


 この家にもシークレットスリットが入ったワンピースがあるのか新聞を届けてくれたメイドさんに聞いてみると、メイドさんは嫌な顔ひとつせずにレッグシースと一緒に数枚、微妙にデザインが異なるワンピースを持って戻ってきてくれた。


 腰のサイドポケットの部分らしい場所に手を突っ込むとポケットではなくそのまま太腿に触れる仕様だ。


(確かにこれならナイフとかすぐに抜き差しできそうだけど、剣でこれは……)


 まずつばの部分が大きい剣はスリット部分に引っかかって無理だなと思った。それにレッグシースに抜き差しするのも差した状態で違和感なく歩くのも難しい。


(でも何でも難しいって言ってたら何も変わらない。後は練習次第ね)


 ひとまず訓練刀をレッグシースに差した後新聞を読もうとソファに腰掛け、ローテーブルの眼鏡を取ろうとした瞬間――眼鏡のレンズが鮮やかに外れた。

 一瞬何が起きたのか分からなかったけどスカートの上に落ちたレンズで全てを把握する。


(少し歪んでたからこうなりそうな予感はしてたけど……)


 片方のレンズがあれば大丈夫かな? と思ったけど文字は浮かび上がってこない。


 大人しく新聞を読むのを諦めて筋トレとストレッチをした後、昼食の際にエドワード卿に相談してみた。

 どうやら魔護具をいじる機会は滅多にないらしく『壊れているならどれだけ分解しても損失にならない!』という謎理論を展開されて半ば奪われる形で眼鏡を託した。


「ジェシカ、しばらくアスカ殿に眼鏡を貸してあげてくれ」


 ウキウキで歩いていくエドワード卿の後姿は玩具を見つけた子どものようだった。


「す、すみません色々と……」

「気にしないで。私も新聞読む位にしか使ってないから。貴方の眼鏡が直るまで昼食の時に渡すから夕食の時に返してくれればいいわ。ちゃんと丁寧に使ってね」


 眼鏡が歪んだ原因の大半は私を乱暴に拘束したアーサーにあるのだけど眼鏡をそのままポケットに突っ込んでしまっていた私も悪い。

 深く頭を下げながらメガネケースを受け取る。

 

 そして夕食後、リチャードと一緒に屋内訓練場に入ろうとしたら「ちゃんと訓練場内全ての扉が施錠されているかを確認してからお呼びしますので」とやはり温室で待たされる。

 本当徹底した中で訓練をさせてくれるコッパー家には本当に頭が上がらない。


 フリルフラワーを見ないようにしてスフェールシェーヌの宝石のような輝きに見とれていると、そう時間が立たない内にリチャードが迎えに来た。


 今日も教えられながらの訓練かな、と思ってけれど意外にも模擬戦を提案された。


「今全てを口頭でお伝えしても理解できないと思います。実際に戦ってみる事で今の自分には何が必要かよく分かりますから」


 そう言ってリチャードが繰り出す攻撃は本当に相対する敵のように確実に急所を狙ってきた。

 ただ、エレンに比べればリチャードの体の動きは遅い気がした。そのお陰で少しだけだけどリチャードの剣を受け流す事が出来た。

 受け止める事は難しくて何度も押され負けたり、直撃してしまう。


「アスカ様は女性ですので相手が女子どもでない限り、受け止めようとせずとにかく受け流す事を意識した方が良いと思います。学んで、実践して、自分のやりやすいように応用する……その繰り返しです。そうやって知識と経験を積み重ねて自分独自の型を作り出していくんです」


 攻撃を仕掛けてくるリチャードは明らかに手加減しているのが分かるものの、剣が当たった部分は部分はしっかり青くなっていた。だけど想像していたより痛くはなく、この位の痛みで弱音を吐いていられない。


 私の『自分の身位、自分で守りたい』という願いを我儘や酔狂だと切り捨てる事無く真剣に、丁寧に向き合ってくれるリチャード。

 ソフィアが地球に帰ってもなお彼女の願いを叶えようとする健気で報われない彼の爪の垢を今時が止まっている誰かさんに飲ませてやりたい。


(……ソフィアやアンナが羨ましい)


 ちゃんと自分の意志を、嘘偽り無く伝えてくれる人に愛されている彼女達が。相手と固い信頼関係を築けた彼女達が心の底から羨ましい。


(……私だって……)


 真っ直ぐに私を見つめて微笑むあの人の顔が脳裏に過ぎった瞬間、太腿部分にリチャードの訓練刀が勢いよく当たって痛みが走る。


(駄目駄目……! 真剣だったら出血多量で死んでる奴だわ……!)


 人前で自分を襲った変態に惚けて死ぬとか絶対イヤだ。改めて訓練刀を構えて訓練に集中する。


 こうして日中は素振りに筋トレ、ストレッチ、新聞チェックに温室の水やりや犬猫のブラッシングなどのジェシカさんのお手伝いをしながら夕食後に少し休んだ後屋内訓練場でリチャードから剣や戦い方について学ぶ。



 そんな結構忙しい日常を繰り返している内に、はや二週間が経過した。


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