第2部・3章

第54話 凄く危ない雇われ者


 地球よりちょっと文明が発達してる世界を舞台にしたゲームに出てきそうな研究所みたいな建物の中、そこそこ広めのベッドが置かれただけの窓の無い部屋に閉じ込められて2日が経過した。


 『実験材料として扱うから最終的には死んじゃうねあっはは』発言の時点でロクな扱いを受けないだろうなと思った割に食事は肉も野菜も入った温かい物が出てきて、ベッドの寝心地もそこそこ良い。

 トイレも凄く狭い部屋ではあるけど区分けされてるから便器を見ながら食事するような生活からも逃れられている。

 トレーを置くテーブルはないから膝に乗せての食事だけど。


 雪崩に巻き込まれた事による全身の痛みも雪に埋もれた際に枝か何かに裂かれたと思われる左足の怪我も、この研究所で働く治癒師が一応治療してくれた。


 足にえげつない傷跡がガッツリ残ってるのと歩く度にズキ、と痛むので少し歩き方が恐る恐るになってしまってる以外は思ったより悪くない2日間ではある、けど――


 そこまで振り返った時、部屋のドアがプシュンと音を立ててスライドした。そして食事を持ってズカズカと部屋に入ってきたアランにギロリと睨まれる。


「何だ? また寝れなかったのか?」

「誰のせいだと思ってんのよ……」


 視線を合わさずにポツリと言うと呆れたように肩をすくめられる。


「俺にあたんなよ、喘いでんのは女なんだから」

(喘がせてんのはアンタでしょ!? 一体何をどうすればあんな声出させられるのよ!?)


 この2日、夜な夜なというか1回真っ昼間にも聞こえてきた隣からの――明らかに艶のある喘ぎ声。


(何でこんな防音もしっかりしてそうな材質の壁なのに声が聞こえてくるのよ!?)


 一人暮らししていたマンションも鉄筋を唄う割に隣が使う水道やトイレの音は聞こえてきたりしたから、壁の材質と防音性が必ずしも一致しないのは分かってるけど。


 これまでこういう被害に一度もあってないのは運が良かっただけなのかも知れないけど――今異世界に来て酷い目にあった上でこういう被害にあってる私は結果的に物凄く運が悪い。


 この研究所で初めての夜を過ごした時は全身の痛さで寝付けなかったのもあったけれど、どっちかと言うと喘ぎ声の方にイライラして一睡もできなかった。


 その事を朝食を運んで来たこの男……アランに言うと『ああ、悪かったな』とサラリと言われ、どういう事か聞けば隣はアランの部屋らしい。


『この研究所で買った女奴隷を毎夜抱いてんだよ』


 と悪びれる事なく言われた時には吐き気を催して結局その朝食には一切手を付けられなかった。


 ――ついでに言えば『最低』と呟いたら思いっきりお腹蹴られたので、この男に対する発言には気をつけないといけない。

 そこそこの待遇の割には心身ともに最悪の状況だ。


 私が脱走するのを防ぐ為だと思うけど毛皮のコートもブーツも手袋も没収された。

 白と黒の魔力を宿す私がここにいる事を知られる事を防ぐ為か、魔力隠しのマントだけは返されたけど、他は最低限の衣類だけ提供されている。

 太腿に忍ばせておいた訓練刀も没収された。


 眼鏡や金貨、人に見られるとヤバいと言われた銃は亜空間に収納にしてあるから隙を見て逃げ出せたらと思うけど、なかなか隙が見えない。

 隙を見いだせないなら、作るしか無いのだけど――


「人の喘ぎ声聞いてムラムラしてくるってんなら俺にも責任があるんだろうけどよ……洗浄機って奴も完成してねぇのにツヴェルフの器を穢す真似したらカーティスの野郎が激怒するだろうしなぁ」


 ニヤニヤしながら吐かれた言葉の意図する事を察し、責任のとり方がおかしいし心底気持ち悪いと思う。

 でもまた何か言ってお腹を蹴られたら今度は内臓のどれかが破裂しそうだ。ひたすら視線をそらして黙り込むに務める。


「ま、器が壊れてもすぐに死ぬ訳じゃないからな。責任とって最後の最後に一発ヤってもいいぜ?」


 こいつ、ここを逃げ出す時に最後の最後に絶対一発撃ってやる――手とか、足とかに。


「……気に入らねぇなぁ、その目」


 ガッと襟元を掴み上げられ、至近距離でギロリと睨まれる。


 アランの、その人を甚振る事に慣れたような暗い緑色の目はダグラスさんに少し似ている気がした。

 色が似ているせいか、ダグラスさんよりもっと似ていると思う人がいるけれど。


「……この目は生まれつきこうなのよ。気に触ったならごめんなさい」

「そういう意味じゃねぇ。アンタの目が全然諦めてるように見えねえんだよ。何かロクでもない事企んでるみたいで本当気に入らねぇ」


 その言い方も何処と無くあの人に似ている。


「……ま、実験が始まりゃその目の光も消えるだろうな。それまではせいぜい希望に縋ってりゃいいさ」


 私の襟元を掴んでいた手を離し食事が乗ったトレーをベッドの上に置くと、彼も何故かそのまま座った。

 仕方がないのでトレーを挟んで隣に座った後、パンを一口齧る。情事の声も2回も聞かされれば慣れるのか今日は一応朝食を食べるだけの食欲がある。


「そう言えば……実験するって言った割にはまだ何もしてこないけど?」

「今は洗浄機の仕上げに忙しいんだとよ。十数年前に捕まえたツヴェルフは洗浄中に器が割れたらしくてな。その辺改良して今アンタの中にある魔力を洗浄してから実験するんだってよ。ま、本格的に実験を始めるまで後数日位かかんじゃねぇの?」


 気に障る発言さえしなければアランは一応は話が通じるし、答えてくれる。


「……その、器が割れたツヴェルフはどうなったの?」

「さあな。ここで実験体になってる奴隷達と一緒に滅却されたんじゃねぇ?」

「実験実験って言うけど……ここは一体何の研究所なの? 魔導研究所って言うからには魔法に関する事かと思ったけど……」

「そこまでアンタに言う義理はねぇな。俺は女を怖がらせて喜ぶ趣味はねぇ」


 何でも話す軽薄な印象があるけど、彼の中ではきっちり言わない事への線引があるようだ。

 

(うーん……できればもう少し聞きたいけど、しつこくしてまたお腹蹴られるのは避けたいし……)


 ただでさえ『脱走を諦めていない』と思われているのだ。この研究所に関して深堀りすれば尚の事怪しまれる。研究所以外の事で――


「……あ、そう言えば何であのカーティスって人は髪の色が頭部と毛先で違うの? この研究所の人も何人か同じ様に頭部と毛先の色が違う人が何人かいたけど」


 この部屋に入る前に何人か白衣を着た研究員らしき人達とすれ違った。

 その中には赤と青だったり黄色と茶色だったり、カーティスと同じ様に髪の色が別れている人達がいた。


「ああ、皇国の連中は綺麗に親の魔力が混ざった単色の奴ばかりだから驚いただろ?この世界には1つの器の中で複数の色が混ざらずに存在してる多色の奴もそれなりにいるんだよ。その人種ん中でも更に綺麗に分離してる奴とまだらな奴がいるが……まあ共通してるのは単色種に比べて魔法が下手くそだって点だな」

「どうして?」

「単純に1つの魔力で魔法を作る方が楽だからだ。2つの色がある分、使える魔法の幅こそ広くなるが扱いづらいし1つの魔力の量も少ないから、簡単な魔法しか使えねぇ」

「……相反する色でもそういう事があるの? マナアレルギー起こしたりしないの?」


 例えばこれが白と黒だったらどうなるのだろう? メアリーの授業だと相性の悪い色が器に入るとマナアレルギーを起こす事もあるって聞いたけど――


「さぁな。俺はその手の教育を受けてねぇから分からねぇ。そういう小難しい話はカーティスに聞けよ」

「でもあの人、ツヴェルフ嫌いなんでしょう?」

「まあな。けどあいつは自分の知識をひけらかす癖があるから上手く聞きゃあ教えてくれるんじゃねぇ?」


 その言葉にダグラスさんの姿が脳裏をよぎる。ヤバい人の共通点として自分の知識や強さをひけらかしたい傾向があるようだ。


 その後、私が食事を食べ終えるとそのトレーを持ってアランは立ち上がる。


「……別に、食べ終えるまで見張らなくてもいいのに」

「食べ終えた後にまた来るの面倒臭ぇんだよ。入る度にアンタの襲撃警戒するのも面倒だしな」


 そう――忍ばせていた訓練刀が見つかって彼らの中で私がある程度武術の嗜みがあるんじゃないか、食事を運ぶ際に隙を突かれて脱走されるのではないかという話になった結果、この研究所で傭兵として雇われているアランが私に食事を運ぶ当番になったのだ。


 彼にしてみれば朝昼晩の食事で6回警戒するより食事を終えるまで見守っての3回で終わらせたいのだろう。


「俺の対応に何かご不満でも? お姫様」


 気取った言い方をするその言い方が、その表情が完全に緑のあの人と一致する。


(やっぱりこの人……ヒューイに似てる……)


 雪崩が起きた場所を考えると、ここはアーサーが来ようとした場所じゃないだろうか?

 ここにダグラスさんを助ける為の、器のヒビを治す為の薬があるとしたら――ダグラスさんを助ける為にアーサー以外の誰かが来てもおかしくない。

 ダグラスさんと親交があって、人を助ける為に危険な場所に足を踏み入れる事もある彼なら、変装してここに侵入している可能性は十分考えられる。


「ねえ、貴方ってもしかして……」


 そこまで言って言葉を止める。もしヒューイだとしたら――何で自分から正体を告げないんだろう?

 私に正体を告げたら厄介な事になりそうだという警戒心……と言うにはちょっと納得がいかない。


(私から問われるのを待ってる……? いや、それにしたってお腹を全力で蹴るのはあんまり……いや、待って)


 彼は確かダグラスさんとの間に交わした契約の関係で私に手が出せないはずだ。

 それを踏まえてこれまでの彼の態度を考えると可能性の方が高い。


「もしかして……何だよ?」

「も……もしかして、私の事が、好きなのかなって……」


 怪訝な目を向けられる。もしかしての後に続ける無難な言葉が思いつかず、デタラメ言いつつ顔を逸らして口元に手を当ててモジモジする女の子を装ってみる。


 知って間もない男相手にかなり恥ずかしい行動を取っているはずなんだけど、どうやら私は精神的な痛覚も鈍くなっているようだ。

 虚しすぎて何の恥じらいもこみ上げてこない。


 そしてありがたい事にこの男もモジモジ女子のお腹を蹴る程人格が破綻している訳ではないようだ。


「……そうだな、不思議とアンタの事は妙に気になってるな。だが……」


 アランはトレーを片手に移すと、そのゴツゴツした右手で私の両頬を乱暴に掴む。再び超至近距離に顔を寄せられる。彼から漂う、煙草に似た匂いが気持ち悪い。


「勘違いするな。俺がアンタに抱いてんのは殺意だ」


 顔の傷と薄黒い凍傷の痕――何より近づき過ぎた暗い緑の目に凝視されて恐ろしいくらいの狂気を感じると同時に、微かな違和感を覚える。


「アンタがここで用済みになったら……一発ヤッた後、俺の手で殺して滅却路に投げ込んでやるよ」


 物騒な言葉を吐かれた後、突き飛ばされて壁に後頭部をぶつける。そんな私に目をくれる事もなくアランは退室し、ドアが閉まった。


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