第55話 物凄く危ない科学者
突然の強姦殺害予告の後、アランは私を突き飛ばして部屋を出ていった。壁にぶつかった後頭部を抑えつつベッドに寝直し布団を被る。
(最悪だわ……!!)
この世界に来てから一応丁重に扱われていた分、外の世界を甘く見ていたことを反省する。
まさかここまでヤバい人達に捕まるなんて思わなかった。
宿屋の人達やコッパー邸の人達の事を考えると外の世界がこんなヤバい人だらけだとは思わないけど、弱者がこんな風に扱われる事もこの世界ではきっと珍しくはないんだろう。
(それにしたって、実験体として散々甚振った後に殺そうとする男と、陵辱した後に殺そうとする男のコンビとか……本当に私、ツイてないわ……)
戦う力を持たないツヴェルフが一人で生きる事の難しさを思い知らされる中、ベッドの布団と悪くないマットレスの寝心地が眠気を誘う。
少なくともしばらくは喘ぎ声に悩まされる事はないだろう。
眠るなら今のうちだと目を閉じた瞬間、またプシュンと音を立ててドアが開く。
「あれ? まだ寝てる?」
(カーティスだ……!)
どうしよう、アランよりヤバいこの人には本当に関わりたくない。このまま寝たフリをしていたら何処かへ行ってくれないだろうか?
出て行け出て行けと願いながら身動き取らずにそのままジッとしていると、全身に電撃が走った。
「あああっ!!」
耐えきれずに声を上げてベッドの上で仰け反った後、震える体で身構える。
視界に入った白衣の男の目は見えないものの、にんまりしたような口がご機嫌である事を示していた。
「……い、い、今、何したの?」
「君のように惰眠を貪る怠惰な実験体はこれまでにも山ほどいてねぇ。意識がはっきりしてないと困る実験の時の為に一発で覚醒させられる魔道具を使っただけだよ」
覚醒――明らかに優しく起こすレベルの痛みじゃなかった。
カーティスが手に持っている物を見ると、パンと掴むトングのような物を握っている。先端がバチバチと小さな光を纏っているそれは、恐らくスタンガンみたいな物だろう。
「で、目は覚めた? まだハッキリしないならもう一回、レベルを上げて当てようかぁ?」
トングの光が激しくなった瞬間、直様ベッドから立ち上がって直立する。彼はそのニンマリした表情を崩さずに私に向き直った。
「残念だけど今日ここに来たのは実験の為じゃないんだ。実験が始まったら君まともに歩けなくなるだろうから、その前に僕がどれだけ凄い存在か見せておこうと思って」
結構です、とお断りしたい所だけど絶対無理そうだし、先程のアランの言葉が脳裏をよぎる。
――あいつは自分の知識をひけらかす癖があるから上手く聞きゃあ教えてくれるんじゃねぇ?――
こいつら本当私に容赦無い。何もしないでいたら私はいつか絶対殺される。
今、こいつのひけらかす癖に従って部屋から出れば、この研究所の通路も把握しておけるかも――と思うと、ここはどう考えても従うしかない。
部屋を出て薄暗い通路を軽やかに進むカーティスの後を左足を引きずりながらついていく。
「ああ、君、足怪我してるんだっけ? でも杖なんて用意しないよ。僕ツヴェルフ嫌いだから」
そっけない言葉から、これから先私がどういう態度をとっても彼らが情に絆される事はないんだろうなと思わされる。
(となるとやっぱり、自分の力で脱出するしか無いんだけど……)
その為にこの人達にとって何が禁句なのか、今のうちに確認しておくのはありかも知れない。
確実に痛い目見るけど――痛い目を見ずに手がかりや脱出のヒントが得られる程、私の頭の回転は早くない。
「フンフン♪ フフンフン♪ フフン♪ フン♪ フッフン♪ フフン……」
歩く中カーティスがまた鼻歌を歌いだす。研究所に着くまでにも何度か繰り返していたその聞き覚えのあるフレーズはそこばかりが延々と繰り返されて、聞いててイライラしてくる。
「貴方……その歌、そこまでしか知らないの?」
私の問いかけに咲きを歩くカーティスの足がピタリと止まり、グルりとこちらと振り向いた。
早速地雷を踏んだかと身構えるけどカーティスはぽかんと口を開けた状態で私に問いかけてきた。
「……この歌、知ってるの?」
「地球の……私が住んでた国とは違う国の民謡とよく似てるわ」
つい懐かしくてそう零した後、カーティスの無言で歯を食いしばっている姿を見て今まで楽しげだった彼の気分を一気に冷やしてしまった事を確信する。
「……あーそう……地球の歌だったんだ……じゃあもう唄うのやーめた! 地球の歌だなんて知らなかったし! あーあ、気分悪い……気分悪いッ!! クソッ……!! 痛ッ!!」
ドンッと壁を蹴って勝手に痛がる仕草も状況が状況だけに全く笑えない。笑ったら絶対あのトングのビリビリが待ってる。本当にこの男は異常だ。
「ね……ねぇ、何で貴方はツヴェルフが嫌いなの? 嫌いになるからには理由があるはずよね?」
単なるツヴェルフ嫌いならまだしも地球の『歌』にそこまで反応されると何かあるとしか思えない。
原因を聞き出して何とか付け入る隙を見いだせないだろうか?
「……知りたい?」
「ええ……理由なく嫌われるのは納得がいかないわ」
私の言葉にちょっとニヤついたカーティスがこちらに歩み寄ってくる。まさかこの男もアランみたいに顔近づけて威圧して突き飛ばしてくる気なのだろうか?
「……そうだねぇ。僕もそう思うよ……襲われたり殺されたりする側は理由を知りたいよねぇ? だ・か・ら……教えてあーげないっ!」
至近距離でバカにされた瞬間、即座にビンタかましてやりたい衝動をどうにか堪えた私を誰か褒めて欲しい。
(この男、クッソムカつく……!!)
この世界に来て小馬鹿にされた経験は何度もあるけれど、表立って馬鹿にされるとイラッと度合いが半端ない。
何とかしてこの男に一発――いや、一発は何かもう卑猥だわ――一撃入れてやりたい……!!
一瞬、お色気作戦で油断させられないか――と思ったけど、確かアランのからかいに対して汚らわしいとか言ってたから恐らくお色気系はアウトだ。
そもそも私にお色気スキルがない。都合よく下着が落ちているはずもない。って言うか、こういう2色の色が入り混じった人にはどういう下着が刺さるんだろう?
どうでもいい方向に思考がそれた事で怒りのピークも過ぎていく。
それでも微妙に収まらない怒りは歯を食いしばる事で昇華しながら、無言で先を進むカーティスの後をヨタヨタと追いかけた。
人2人が何とか並んで歩けな程度の通路をしばらく歩くと、一つの部屋に行き着く。
スライドドアの横にある正方形の銀色のプレートにカーティスが手を当てると、プシュン! と音を立ててドアがスライドした。
その光景はここに入ってから何度か見た事がある。指紋認証か、あるいはここの文明で考えると魔力で認証しているのか――どちらにせよドア横にあるプレートが鍵になっているみたいだ。
「さあ、どうぞ? 散らかってるけど何も踏まないでね」
カーティスに誘導されるようにその部屋に入ると、一瞬その眩しさに目がくらむ。
私が閉じ込められている部屋にはなかった窓が壁に3つ間隔をおいて並び、黒の厚いカーテンが括られた大きな窓は外の光を存分に取り込んでいる。窓の向こうには綺麗な青空が見える。
その窓と窓の間には大きなガラス製のカプセルのような物が2つ置かれている。
大きな熊が丸々1頭入りそうな位のカプセルは中に人造人間とかがコポコポいっててもおかしくない。
手前のカプセルのはダチョウの卵だろうかと思わんばかりの大きな雫型の物質が薄水色の液体の中に漂っている。奥のカプセルは空っぽのようだ。
長方形の部屋らしく、ずっと奥まった所に置かれている大きな机には本や実験器具らしく物が積み重なっている。そして――
(本ッ当に散らかってるわね……)
床はコードやら本やら資料やらで酷くごちゃ付いていて、謙遜でもなんでもなく本当に散らかっている。
そんな中カーティスは足の踏み場を把握しているのか、器用にコードと本と資料を避けてヒョイヒョイと奥へと進んでいく。
踏んだら絶対怒られる。カーティスが歩いたルートを頼りに少しずつ歩を進めていって何とか貧乏ゆすりして待っていたカーティスの近くまで辿り着く。
「これはねぇ、氷竜の卵なんだよ! アランが盗ってきたんだ!」
私が辿り着くなり薄水色の液に使った薄水色のダチョウの卵を指差して自信満々に紹介するカーティスに自然と「へぇ」という声が漏れる。
でもその反応が不満だったようで、カーティスは頬を膨らませた。
恐らくダグラスさんより年上――恐らく30代だろう男が頬を膨らませる様は正直気持ち悪かった。
「へぇ……って、それだけ? 氷竜の卵は凄く貴重なんだよぉ? 親が執拗に追いかけてくるから本来なら氷竜を討伐した後にしか得られないものなんだ。まあ、アランは命からがら逃げてこれたんだけどねぇ」
「もしかして、ルドニーク山に来た氷竜って……」
嫌な予感がして聞いてみると、全肯定するかのようにカーティスは笑った。
「この子の親兄弟だろうねぇ! このカプセル型リアクターは断魔材よりずっと高い断魔性を維持してるんだけど、それでも完璧じゃなくてね。ちょっとした魔力の漏れを嗅ぎ付けてきてるなーってのは気候変動で察してたんだけど……」
落ち着け。流石にここでこいつを殴ったらもう会話すらできる関係じゃなくなる。
怒りに我を忘れたら駄目だ。
「ここまで来たら手放さなきゃなーと思ってたんだけど、雪崩が起きる前に望遠鏡で紺碧の大蛇と氷竜が絡み合ってるのが見えたよ。やっぱり色神持ってる公爵は違うねぇ。お陰で実験が続けられる」
グーで殴りたい。あるいは怒鳴り散らしたい。そんな実験の為に多くの人が死傷した。ルージュの相棒だったルーだって亡くなってしまった。
「……この子は何の実験に使うの?」
怒りを押し殺して問いかけると、また先程のように「知りたい?」と問われる。
(何を言われても手を出さない)と心に三回言い聞かせた後、小さく頷く。
「氷竜はとても貴重な素材だから色んな実験に使うつもりだけど……まずは巨竜種の生体……刷り込みで飼い慣らせるかどの程度の意思の疎通が可能かの確認かな? その後魔核の再生力を確認した上で移植実験……後はそこが解決したらエネルギー媒体としての研究が主かなぁ」
氷竜の卵を見ながらニヤついているカーティスは機嫌が良いのか今回は素直に答えてくれた。
「……移植実験?」
「人に核の一部を移す実験さぁ。人間や弱い魔物や動物の魔核だと器から取り出した時点で魔力の生み出す核としての機能を失ってしまう。だから再生力が強くて移植にも耐えられる核が欲しかったんだぁ」
その実験をこれまでに何度繰り返してきたのだろう――どれだけの命が消えていったのだろう――念願の物が手に入ったかのように嬉しそうに語るカーティスが本当に理解できない。
「ねえ……貴方は何を研究しているの? この世界の人は元々魔力を生み出す核を持っているんでしょう? そこに新しく核を移植して何になるの?」
アランは複数の色を持っているとその分魔力の扱いが難しくなるみたいな事を言っていた。冷静に考えるよう務めてみても核の移植のメリットが見いだせない。
「何になるのと聞かれたら、今までと違う自分になれるとしか言えないなぁ……まあこの研究は人工ツヴェルフを作り出す研究のついでの研究に近いから常人が理解するのは難しいだろうねぇ」
「……人工ツヴェルフ?」
気になったワードを繰り返すとよくぞ聞いてくれたと言わんばかりにカーティスが勢いよく頷く。
そして顔をあげた瞬間、彼の額に一筋の切り傷のような痕が見えた。
その傷は――と思ったけれど先にカーティスに言葉を被せられる。
「そうだよ、人の器の中から魔核を抜き取って器を綺麗に洗浄すれば人工ツヴェルフの出来上がりだ! 言うだけなら簡単なんだけど、どうしても核を抜き取る時に器が壊れちゃうんだよねぇ……!? そして手にした核もさっき言った通りすぐにその機能を失ってしまう。残るのは核も器も魔力も持たない、ツヴェルフにすらなれない生ける屍だけだ……!!」
前髪の隙間から見える彼の薄暗い緑の目は、狂気に歪んでいるように見えた。
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