第59話 身に覚えのない魔力
6日目の授業は午前中はこの世界の地理について。午後はパーティーや会食のマナーがメインだった。
優里もアンナも熱心に聞いているけど私は黒板に書かれた事を書き写しながら頭の中はこれからどう自分を鍛えるか、クラウスから魔力を注がれる際にどう意識をそらすかを考えるのでいっぱいだった。
魔力を注がれてる間に変な事を考えない為にはどうすればいいだろう? 魔法で眠らせてもらうのが一番手っ取り早い気がするけど、ちょっと抵抗がある。
クラウスが変な事をしてくるとは思ってないけど目の前で意識を失える程心を許している訳でも無い。
逆にクラウスに眠ってもらったら? と考えたけどクラウス自身にも抵抗があるだろうし、何より眠ったクラウスを抱きしめた所で魔力は注ぎ込まれるのだろうか?
「で、あるから……」
ハグされ続ければこの感覚にも慣れるだろうか? とりあえずもう少し頑張ってみるけど、それでも慣れない可能性を考えて使う魔法はできる限り必要最低限の物に絞った方が良いかもしれない。
「……をする事を心がけてください」
バフ系の魔法は魅力的だけど魔力の消費量が大きい事と、魔法を使う為の魔力を手に入れる難易度が高いとなると、やはり筋トレや訓練で自分の体の基礎能力を上げる事を最優先にしないと――
「アスカ様」
呼びかけに顔をあげれば、メアリーが目を細めてこちらを見据えている。
「な、何ですか?」
「以前も申し上げましたが、授業に興味が無いのであれば早々にセレンディバイト公の元に行かれても宜しいのですよ?」
「そんなつもりはないですけど……」
メアリーの名指しの叱責に、前の席のアンナが少し肩を震わせる。多分今、笑った。
魔力の影響か何だか知らないけど、ここまで変わる物なんだろうか?
それとも、元々持っている面が魔力の影響で表に出たとか? 何にせよ――嫌な感じだ。
「それであれば、今私が言った事を復唱してみて頂けますか?」
しまった。考えこみ過ぎて言葉の端々しか聞こえていなかった。
「……すみません、聞いてませんでした」
熱心に授業しているのに私のやる気のない態度はさぞ腹がたっただろう。素直に謝罪する。
でも聞いていないのが分かってるならそんな嫌味な事言わなくてもいいのに。
ああ、後でまた誰かに愚痴るんだろうな――そしてまた、誰かに苦言を呈されたり、苦情入れられたり、嘲笑られたりして、より嫌われていくんだ。
(え……ちょっと、考え方が卑屈過ぎない?)
自分の思考に疑問を抱いて制御をかけた物の、一度芽生えたマイナス思考はなかなか留まらない。
私はあくまでダグラスさんに求められたツヴェルフで、有力貴族が望むような器の大きいツヴェルフじゃない。そのくせ騒ぎを起こし貴族に喧嘩を売っている。
以前セリアが言っていた私を快く思わない貴族はいるはずだという言葉は事実なんだろう。
訓練場で武器を触っただけで苦情が来たという事は、それなりに私を不快に思っている人間がいるという事だ。
セリアも私の勝手に付き合って公爵家の人にまで叱られて――いい迷惑だろう。
セリアも本当は嫌なのかもしれない。クラウスだって呆れていた。メアリーだって、アンナだって、私を敵視している。
ソフィアだってヤバい男に執着されている私を邪魔者のように思っているかもしれない。
皆――私の事が嫌いなのかもしれない。
(え、待って、ちょっと、流石にそれは考えすぎだって……)
自分の考えを否定する前に、涙が溢れて、零れ落ちる。
「な、泣く事の程ではありません……! 私は、授業を聞きなさいと注意してるだけで……!」
メアリーが私の涙に戸惑う。少し涙ぐむ程度ならスルーするだろうけど、ここまでボロボロ涙を零されたら
分かる。自分でもこれは泣く程の事じゃないというのは分かってる。
でも何故か涙が止まらない。この世界に着てもう1週間経とうというのに今更被害妄想に囚われて強い孤独を感じる自分に激しい違和感を覚える。
そして頭の思考とは裏腹に、胸が締め付けられるような感覚に襲われる。
――おかしい。私の中の何かが、おかしい。
「すみません……ちょっと体調が悪いので、自室に戻って休んでいいですか……?」
これ以上涙を見せないように顔を伏せて立ち上がる。今のこの状況が、怖い。この感情の波が収まるまで、1人でいたい。
「……アスカ様、ネーヴェ様の所へ行きましょう。お二方はここで待っていてください」
私の状態を異常と判断したのか、メアリーは優里とアンナに待つように指示した後私の手を取ろうとするが、手を引く形で避ける。
「だ、大丈夫です……ネーヴェがいる場所は知ってますから、1人で行けます」
突然涙を流して人に介抱されるなんて、恥ずかしい。
「……いいえ。今の貴方を一人にする訳にはいきません。」
私の足元に薄緑色の魔法陣が現れたと思った瞬間体が浮きあがり、メアリーの後に付いて行かされる。
心配そうな優里と驚いているアンナの表情が徐々に遠ざかって行った。
ネーヴェの部屋に行く前に、何人かのメイドや兵士達と擦れ違う。
奇異の目に晒され――ああ、また変な噂が流されると思うと――胸がどんどん締め付けられていく。涙も止まらない。私、一体どうしちゃったんだろう?
メアリーがネーヴェの部屋をノックすると、静かにドアが開く。
「……どうしました?」
眼鏡をかけたネーヴェが、私達を交互に見上げる。
「感情を上手く制御できないようです。恐らく黒の魔力の影響ではないかと」
「……分かりました。後はこちらで対応します」
ネーヴェの、透き通る程綺麗な水色の瞳が私を映しこむ。
(黒の魔力……? ダグラスさんから魔力を注がれた覚えは、全くないのに?)
疑問に思う中、ふわり、と地に足がついて浮遊の魔法が解ける。
「どうか……彼女をよろしくお願いします。アスカ様、どうか気を確かに」
メアリーは深く頭を下げて、私を心配――というか哀れむかのような、何とも言えない視線を向けた後、静かに去っていった。
ネーヴェは私を自室に入れるなり、棚に入っていたコップに魔法で水を注ぎ、机の引き出しの中から小瓶を取り出した。
「これをどうぞ。魔力の特性を抑える薬です。もし黒の魔力の影響ならこれで大分落ち着くはずです」
水が入ったコップと錠剤を手渡され、言われるがままに飲み込む。
「副作用が出るかもしれないので、しばらくこの部屋で休んでください。」
机の横にあるベッドを示されて大人しく横になると孤独感が少しずつ失せていき、涙がこみ上げてくる感覚がなくなる。
良かった、これで元に戻る――そんな安心感に包まれると同時にさっきメアリーが言っていた言葉が気になって、ネーヴェに問う。
「ねぇ……私、黒の魔力なんか注がれた覚え無いんだけど……?」
「……覚えがなくとも、今のアスカの中には確かに白の魔力と黒の魔力がそれぞれの器に存在しています。きっとこれまでは白の魔力の量が上回っていたから影響も無かったのでしょう。ですが今のアスカの魔力は黒が上回っている」
そう言われて改めて思い返してみる。
狩りの終わりにで全身服ごと洗われた時にダグラスさんの魔力が器に入り込んだんだろうか? 魔法を受けたら器に魔力が入り込む事があるらしいし。
それともお姫様抱っこされた時? 抱っこされた時間は短くはなかったけど――魔力が落ちてくる感覚も無かった。
もし意図せずに注がれた物なのだとしたら、量だって僅かな物だろうに。その僅かな量でここまで心を乱してくる黒の魔力に恐怖を抱く。
「今日は今飲んだ薬で落ち着くと思います。副作用が出ないようなら後程数日分の薬をお渡ししますが薬は精神と体に負担をかけます。なので薬に頼らずダンビュライト侯から白の魔力をもらって特性を中和させた方がいい」
メアリーが推測で答えた事をネーヴェはさも当たり前のように答える。皆が言う通り、黒の魔力の影響を抑えるには白の魔力が不可欠なんだろう。
(今後は白の魔力の残量にも注意しないと……余計な恥かいちゃったわ……理由があるとはいえ、大の大人があんな所でボロボロ泣いて……恥ずかしい)
はぁ、とため息をついた所で椅子に座って机に置いてあった雑誌らしき物を読みだしたネーヴェを見上げる。
ネーヴェが手に持つ、少し色あせた雑誌の表紙には様々な料理の写真とともに<料理の基本>という文字が大きく日本語で記されていた。
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