第89話 漆黒の愛情・1(※ダグラス視点)


「いくら嘆願書を集め、人工ツヴェルフという抜け道を作り出したとしても、ミズカワ・アスカの婚姻相手が貴公だけ、というのは私は納得できない。他の有力貴族もそう思う人間は少なくないだろう。自分達の領地の主が決めた裁きを台無しにするような真似をされては領民もよく思わん」


 飛鳥さんが地球に帰って数日後――イースト地方の別邸から戻ってきた黄を含めた六会合が開かれた。

 黄の主張に周囲から異論が出る事もなく、致し方なく飛鳥さんの強制出産刑の相手は私含めて三人、という恩赦を受け入れた。


 息子夫婦を幸せにしてやれば流石に黄も黙るかと思ったが、やはり情だけで押し切れる程リビアングラスは甘くなかった。

 それでも私が弱小令息の夫人をさらいツヴェルフ化した上でリビアングラス邸に侵入した事や、飛鳥さんが多少自由に動く事に目を瞑ったのが黄なりの譲歩、と捉えれば私自身それ以上強く押し通す事はできない。


「安心しろ! ロイド卿は温厚で真面目な男だ。お主と違ってアスカ殿に酷い事はせんよ!」


 既に一人は確定しているかのような赤の言い方に苛立ちを覚えつつ、六会合が終わるやいなや会議室を出て誰より先に皇城の広い中庭に出る。

 そのままペイシュヴァルツに乗って出ようとした時、屋外訓練場の方で魔術の訓練をしている一団が視界に映った。


 その中に見慣れた薄緑のマントを羽織る男を見つける。魔法陣を浮かばせながら魔道士達に何やら説いているようだ。

 意外な光景に1つ用事を思い出し自然とそちらに足が動く。


「珍しいな。お前が人に魔法を教えるなんて」

「ああ、ダグラスか……まあ親父が真面目に働いてると他にする事も思いつかないしな」


 時間があれば好みの女の所に飛び回っていた男とは思えない言葉に尚更違和感が強まる。


「……で? お前こそどうしたんだ? ただ珍しいからって話しかけてきた訳じゃないだろ?」

「ああ……1つ、宝石葡萄……スフェールシェーヌの種を融通して欲しい」

「……スフェールシェーヌ? 別に希少なもんでもないから構わないが、何でまた?」

「あ……飛鳥さんがあれの実を気に入っていたと聞いてな。館に植えておいて戻ってきた時に喜ばせたい」


 以前、彼女と喧嘩した時にもこうして恥ずかしさを抑えながらヒューイに相談した。

 その時はニヤニヤしながら相談に乗ってくれた男が、何故か今回は少し眉を顰めている。


「……あれは種を植えたら実がなるまで大体3年はかかるぞ? サウス地方なら自然に育つが、皇都で育てるとなると温度管理も必要だしな」

「そ、そうか……」


 3年、となると驚かせるには遅い。あまり格好良くない気もする。

 ああ、今の表情の陰りはそれを見越しての表情か――と思った時、ヒューイが軽く息をついた。


「……まあ、種から植えなくても若木を植えればいいだけの話だ。小さいうちならその地に合わせて染まるのも早い。薬用に育ててる果樹農家からもうすぐ実をつけそうな若木をもらってきてやるよ。お前はそれまでに温室用意しとけ。そうだな、他に必要なもんは……」


 屋外訓練場から少し離れた外廊下に場所を移し、お互い壁によりかかりながらあれこれと受けた言葉をメモに取る。

 そう言えばこいつには他に確認したい事もあったなと思い出し、テレパシーで呼びかける。


『お前、七侯爵裁判の前に一度飛鳥さんに触れたな? 一体何をした?』

『あー……ちょっと、うっかり……な』


 先にやらなければならない事が立て込んでいた為に放置していた疑問を問うと、頭をかきながら歯切れ悪く返される。

 その煮え切らない態度に嫌な予感はしたが、追求せず次の質問を続ける。


『お前の片割れ……ヒュアラン、とか言ったか。あいつは一体何なんだ? 何故生き延びてる? お前が好意を持っている女に殺意を抱く癖があるらしいが』

『……人間、誰だって殺されると分かれば逃げたくなるだろうさ。俺もあいつと同じ立場なら逃げ回っただろうしな』


 こちらを見ずに返された、どこか哀れみを帯びた言葉から心境を察する。


『なるほど、お前自身は積極的にあいつを殺すつもりがないのか……シーザー卿もあいつをお前に殺させるつもりだと言っていたが、積極的に探している様子もない。何故だ? 特別な移動手段を持っている訳でもない男一人、何故さっさと探し出して殺さない? そのせいでコッパー領は冷害に襲われ飛鳥さんも傷ついたんだぞ?』

『さあなぁ……俺も親父も気まぐれだからな。ただ、コッパー領に損害を与えてしまった事やあの子を傷つけてしまった事に関しては本当に悪かったと思ってる……ケリをつけてなかった俺や親父の責任だ。だがな……』


 ヒューイは軽く肩をすくめた後、壁により掛かるのをやめて体をこちらに向ける。

 その表情はいつもの軽い微笑みでも落胆の表情でもなく、私を睨む厳しい視線だった。


『お前に俺達を責める資格があるのか? コッパー領はともかく、あのお姫様が傷ついたのも逃げ出したのも、全部お前のせいだろ?』


 責めるような、今までヒューイから聞いた事がないような冷たい声に胸が軋む。

 分かっている。私の身勝手な行動で魔物討伐の対応が遅れ、軽くはない被害が出た事も、飛鳥をより深く傷つけてしまった事も。


『塔での一件については反省している……二度と、同じ過ちは犯さない』

『……まあ、音石にお前への愛の告白が込められてたって話を聞いた以上、これ以上は言わないが……いいか、もうあの子を傷付けるな。泣かせるな。性癖は人それぞれだし、俺も人のこと言えないが何事も程度ってもんがある……お前がいつか取り返しの付かない事をするんじゃないかと思うと心臓がいくつあっても足りない。愛してるんなら大切にしてやれよ』


 真剣な顔で紡がれる重い言葉の最後には、困ったような苦笑いに軽い声――いつもの様子に戻った。

 だが、嫌な予感がする。酷く、嫌な感じが。


「……そう言えば、青の娘との縁談の話が出てるそうだが、受けるつもりか?」


 不安を拭うように声を紡ぐとヒューイが空を仰いだ。


「ああ……リアルガーのツヴェルフや異父弟おとうとの妻と契るよりはよっぽどマシだと思ってる。アーサーには悪いが、あのお嬢様なら後腐れもなさそうだしな」

「アーサーは青の娘に好意を持っている訳じゃない。悪く思う必要もあるまい。あいつはお前が気にしていたら気にするが、お前が気にしていなければ気にしない男だ」

「言い方が悪かったな。んだ。ま、ラリマーとアイドクレースの間に明確な繋がりができる政略結婚だ。俺が気にするだの気が乗らないだので断る訳にもいかないんだけどな……それにどっちが言い出したのか分からないが、なかなか面白いやり方で俺を落とそうとしてきてるからな。そこまでやってくるんならこっちもそれなりに楽しませてもらうさ」


 思い出し笑いか、口に手を当ててクスクスと笑うその姿が妙に気にかかる。


「……どんなやり方だ?」

「それは俺があのお嬢様と無事に子作りした後、酒のつまみに教えてやるよ。お前もラリマー家には気をつけろよ。あの家は本当、腹の底に何抱えてるか分かったもんじゃない」


 ヒューイはそれだけ言うと私から背を向け、手の平をヒラヒラさせて去っていった。


(気になるな……)


 だがアイドクレース邸には黒騎士がいない。代々の公爵が『黒騎士はいらない』と断るからだ。

 だから確認するとすればラリマー邸の黒騎士なのだが――青が感情が読める以上、あの家の内情を詮索するような指示を出すのははばかられる。


(……そのうち話される事なら、不用意につつく必要もあるまい)



 そう結論付けて、ザワザワと蠢く心を抱えて飛鳥さんの帰りを待ちわびながら公務に勤しむ。

 自分から取り出した小さな純白の永魔石のお陰で、魔物に襲われた所にいる怪我人も少人数癒やす事ができるようになった。


 父がかけた魔力分離セパレートの命術を動物の命を媒体にした術式解除ディスペルの命術で解除し、呪術によって結晶化させた小さな永魔石は元々が自分の中にあった核のせいか、強い嫌悪感こそ感じるが扱いきれない程ではなかった。


 ただ、けして扱いやすい物でもない。そしてこのままでは一度に使える魔力量も少ない。

 さっさとこの魔力を貯められる純度の高く大きい魔晶石を購入して、杖にでも加工してしまいたいところだ。


(……愛人侯とも一応和解したのだからノウェ・アンタンスの武具工房に依頼してみるのもありか? 大きな工房なら魔晶石に残っている魔力を綺麗にする設備も置いてあるだろう……ああそうだ、ロットワイラーの王都制圧で使った魔晶石も拾い集めてまとめて売ればそこそこの金になるだろう)


 魔晶石は魔力の込め具合で透明度や色合いが変わる。だから宝石などの装飾、鑑賞用の他、魔力をが切れた際に補給する為の物だったり魔晶石に術式も刻んで魔法を発動させる使い捨ての魔石など様々な用途に使用される、実に汎用性の高い鉱石である。


 特に武具などに加工する場合は使用する量も多い為、武具工房は商人以外からも魔晶石や鉱石、金属や不要な武具の買い取りをやっている所が多い。


 他の領にも魔晶石を加工する工房は点在するが、それぞれ装飾品や護身具、魔道具用の加工に特化している。

 武器防具に特化しているのは質の高い魔晶石や希少な鉱石が取れる山岳地帯のアルマディン領だ。

 その為、名高い武具工房は総じてノウェ・アンタンスに集中している。


(……ついでにあの辺りで鉱石を採掘して売るのも手だな……)


 アルマディン領の山奥はそこを縄張りとする魔物がかなり強く、数も多い事から旅人も冒険者も入らない未開地だ。

 だからこそ既に比較的安全な地帯で堀り尽くされた場所より希少な鉱石が採れる可能性が高い。

 上手く鉱脈に行き当たれば武具や温室の金など容易に稼げる。


 ある程度の見通しを立てた後、即座に行動する。鉱石図鑑を亜空間に収納しロットワイラーに飛んで散らばる魔晶石を回収した後、アルマディンに飛ぶ。

 そこで最も名高い武具工房に魔晶石を売りつけると共に最高品質の杖の作成を依頼した後、アルマディンの山奥へと向かう。


 途中、ノウェ・アンタンスの近くの山にある温泉施設が目に入る。

 自然の温泉自体は他にもあるが。平民用と貴族用に分けて観光施設化させているのはアルマディン領だけだ。


(温泉か……飛鳥さんと温泉旅行も有りだな……山の頂上付近なら景色もいい)


 だが婚前旅行として行くのは前々から目をつけていたサウェ・ブリーゼの星鏡だ。

 そこで愛を誓えば永遠が約束される、といういかにも女性が好みそうな言い伝えがある観光地はまさに私と飛鳥さんの婚前旅行にうってつけだ。


 以前契ろうとした時はムードも何も作り出せなかった挙げ句、飛鳥さんにリードさせてしまうという大失態を犯してしまった。

 今回こそはちゃんとムードを作り、男として恥ずかしくない姿を見せたい。


(温泉は婚前旅行が終わった後の新婚旅行に……いや、隣領の祝歌祭もいいな……祝歌が流れている日にいけば飛鳥さんも穏やかだろう)


 もう午前、午後を気にする事もなく、飛鳥さんとどこにでもいける――体調が悪くなる事無く動ける事喜びを噛み締めながら、アルマディン領の端の辺りに到着する。


 魔物の皮や牙なども結構な金になるのだが、縄張りから出ない魔物を迂闊に殺すと縄張りの均衡が崩れ、結果魔物達が村や都市を襲いかねないので透明化と魔力隠しを使って気配を消して採掘に励む。


 やはり魔物の巣窟と化している奥地は手つかずという事もあってか、掘った途端浮き上がって天にいこうとする浮遊石を始め、伝説の金属と唄われるヒヒイロカネの原料になる緋色石など希少な物が採掘できた。

 その他魔晶石、黒曜石、宝石の原石や珍しい薬草などが面白い位に採れる。

 

(そうだ、掘り起こしたこの黒曜石を使って飛鳥さんに何かアクセサリーを作るのもいいな……)


 黒の騎士団を使って調査しておいた『彼氏からもらって嬉しいプレゼント』の1位はセンスの良い装飾品(※無理はしてほしくないけど高級であればあるほど嬉しい)とあった。


(センスの良い装飾品を作る工房を調べさせているが、青から聞くのもありか……ああ、アクセサリーだけではなく結婚指輪も依頼しておこう……)


 飛鳥さんが喜んでくれるだろう姿やあれこれを考えながら数日採掘作業に勤しんだ後、館に戻る。

 そして溜まっていた仕事とすべき事をこなした後魔物討伐に向かい、また館に戻り採掘作業に行こうと思っていた時、珍しい客人が訪れた。


「ツヴェルフになりたいと思った人間を一時的に人工ツヴェルフにする……という手段を永続化していきたい。この世界で愛しあう貴族達が幸せになれるように、異世界から呼んだツヴェルフが不幸にならないように、私は今の体制を変えたいのです」


 弱い癖に真っ直ぐ私を見る弱小令息の眼差しは、やはり何処か飛鳥さんに似ていて――不快だった。


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