第55話 有能メイドと海鮮丼
クラウス達が来たのは、その日の朝食を取った後だった。
「シャニカの事も時戻りの事も、一通り解決できたよ」
その言葉に心底安堵してクラウス達を部屋に迎え入れると、昨日出ていった時のメンバーに加えてシャニカがいた。
見た瞬間こそ警戒したけど、おどおどした様子でモニカさんの後ろに隠れる少女は、私を暗殺しようとしたお転婆少女とは別人のようで。
『大丈夫。そのシャニカはあのシャニカとは別人だから』
私の勘を肯定するクラウスの念話に安堵して、リビングの方に誘導する。
皆のお茶の準備をするセリアの傍でアクアオーラ侯爵が笑顔で付きまとっているのを横目にソファに座り、昨夜の事のあらましをクラウス達から聞いた。
シャニカが時を戻りかけた所でギリギリ間に合って、シャニカの魂を分離できた事、そして魔物になりかけた所で天に上がった所をクラウスが捕まえた事。
時戻りの原因は大魔道具の直ぐ側に落ちていた未知の術が刻まれた物である事など――
その話を聞いて改めてシャニカの方を見ると、彼女はモニカさんの袖を掴んでちょっと怯えた様子で私を見つめていた。
(見た目は同じでも中身が10歳前後の子と、時戻りを繰り返して何度も大人になったり子どもになったりを繰り返してる人となると、そりゃ違うか……)
――あの子はもう、私の愛した妹ではない――
こうして全ての事情が分かった上で見ると、モニカさんの言っていた言葉がストンと腑に落ちる。
違うんだ。同じ人でも、同じ魂でも――その人生で積み重ねたものが人を変えていく。
眼の前のシャニカ――シャニカちゃんは私に対してちょっと怖がってる感じはあるけど、敵意や悪意を感じない。
シャニカちゃんが安心できるよう笑顔を向けた後、直ぐ側のモニカさんに視線を上げる。
「……アスカ様、これまでの数々のご無礼、本当に、申し訳ありませんでした」
目があうなり彼女は頭を深く下げ、落ち着いた声で謝罪の言葉を紡ぐ。
再び顔を上げた時にはまっすぐに私を見据えていた。その穏やかな目には、光がある。
「モニカさん……改めて私の話、聞いてくれる?」
「もちろんです。今更ではありますが、まだ間に合うのであれば……改めてお互いの未来の為に話し合いたいと思っています」
「ありがとう」
おどおどしてるシャニカちゃんの肩に手をかけるモニカさんの姿を見て、気にかけていた不安が一つ消えてホッとする。
「ところで……あいつは何処に行ったんだ?」
話が一段落したと思ったらしいヒューイが周囲を見回す。
あいつとは当然、本来ここにいるべきはずのダグラスさんの事で。
「……アクアオーラ領の主都? ウェサ・マーレって所に行ったんだって」
「何でまたそんな所に」
突っ込み入るのは分かってたんだけど――言うの恥ずかしくて、お茶を置き終えて私の横に立っているセリアにSOSの目配せをする。
「実は昨夜、アスカ様とダグラス様が少々気まずくなりまして……ダグラス様はその空気を払拭する為にアクアオーラ領の隠れた名物、<
「……それ、もしかして」
「はい。クラウス様達がこちらに来やすいよう、憂いを帯びたダグラス様に対し僭越ながら『サプライズで衝突したのなら、サプライズで仲直りすべきでは?』と海鮮丼の存在をお伝えしました」
「流石セリアさん……僕の『デートしている間はアスカ様には海鮮丼でも食べててもらいますから』という口説き文句を利用するなんて、とても素晴らしいですね」
アクアオーラ侯がセリアの横でニコニコしている。立っているのは多分セリアが立ってるからだろう。
これまで取り込まれたシャニカちゃんの魂の中で、助けられそうなものはアクアオーラ侯爵が保護して折を見て少しずつ解放してくれるって言うから、あんまり負の感情は持ちたくないんだけど――私には何か美味い物食わせておけばいいだろ、的な扱いにモヤる。
「海鮮丼は旬の海産物を米の上にふんだんに載せた、アスカ様と同郷と思われる地球のツヴェルフが所望したと言われる料理だそうで……ここの料理を美味しく頂いているアスカ様に間違いなく受けると判断しました」
確かに、ここの料理は海が近い事もあってカルパッチョやマリネ、魚や貝のソテーとか、海産物を使った料理が多い。
皇城やセレンディバイト邸では食べた事ない、お刺し身、イカ、エビ、タコはしっかり美味しく頂いてる。
そんな私を見て海鮮丼も好きそうだなと判断したらしいセリアの観察眼には本当感心する。
ただ、海鮮丼を食べるにあたってひとつだけ――懸念がある。
「アクアオーラ侯……ひとつ確認したいんだけど」
「何でしょう?」
「その、海鮮丼って……お米使ってるのよね? それって田んぼで作ったやつ?」
この国のお米は畑で栽培しているのが殆どらしく、ダグラスさんにオムライスを作ってあげた時、どうにもお米のボソボソ感が気になった。
一応地球から戻ってくる時にお米も持ってきてるけど、限りがあると思うと中々手が出せず――そんな中で聞かされた<丼>。
期待と不安が入り交じる中、アクアオーラ侯は笑顔で頷いた。
「そうですよ。数百年前にこの地に来た地球のツヴェルフが持っていた種籾から始まった水稲栽培は陸稲に比べてもっちりしていてずっと美味しいのですが、水田の管理は非常に難しい為大量生産が難しく、他領には出回っていません。ごく一部の金持ち貴族が密やかに楽しむ、娯楽食品です」
「水田……難しいの?」
「ええ。理由はいくつかありますけど、一番の理由は泥浴びが好きな魔物が水田を荒らすからです。最悪、穴を開けられて使い物にならなくなってしまう。討伐しようにも戦場が水田となると……だから魔物が滅多に出ないマリアライト領の近くでしか育てられないんです」
「へぇ……」
何処かで小さな田んぼ作ってお米食べられたらなぁと思って種籾持ってきたけど、そんな事情があるとなるとなかなか難しそうだ。
だけど、今の情報を聞いて海鮮丼に更なる期待が高まる。
セリア曰く『旬の魚や貝をふんだんに乗せた、一部の美食家達がひっそりと楽しむ究極の海鮮どんぶり』――それをダグラスさんはどんな顔で持ってきてくれるんだろう?
「……地球はル・ティベルより大きい星だと聞いた事があるが、同郷とか分かるのか?」
「文献によると数百年前、米の種を持って召喚され、アクアオーラ家に水田を作らせたのは黒髪、焦げ茶色の目、黄色みを帯びた肌の女性、との事で……アスカ様とよく似ているなと。その女性はニホンという国で育ったそうですが、いかがですか?」
「……当たってるわ」
40年前だって優里のおばあちゃんが召喚されてたし、ダグラスさんが読んでる地球の文献にも日本語の教科書っぽいのがあるみたいだから日本人が何人召喚されてようと驚かないけど。
「それでは、アスカ様……私はきっちりと己の役目を果たし、報告もしましたので早速セリアさんとデートしてきてもよろしいですか?」
満面の笑顔で繰り出される唐突な言葉にスン、となりつつセリアの表情を伺うと、ニッコリと微笑みが返ってくる。
「私は構いません。クラウス様とヒューイ様がいらっしゃるなら、私がアスカ様の傍を離れても大丈夫だと思いますし。お茶のおかわりはティーポットにありますので」
アクアオーラ侯が協力してくれた理由はセリアから聞いてるし、こういう展開になるかもしれないって事も聞いてる。
『敵か味方か判別しきれず、得体のしれない部分があるアクアオーラ侯に深い話を聞かれないよう、その時は自分を送り出してください』という言葉と一緒に。
「いいけど……セリアが嫌がる事とかしないでよ?」
「もちろんです。僕はこうしてセリアさんの傍に居られるだけで……こうして話せるだけで幸せですから」
私が承諾すると。アクアオーラ侯爵は嬉しそうにセリアの肩にそっと手を置いた。
油断も出来ないし、何か得体のしれない怖さがあるけど――セリアに向ける気持ちだけは本物な気がする。
セリアへの感謝と、アクアオーラ侯への不安と信頼が混ざった何とも言い難い気持ちを抱えつつ、部屋を出ていく二人を見送った後、隣に座るクラウスに向き直る。
「クラウス……その、シャニカを閉じ込めたっていう星金の首飾りを出してくれる? 私、あのシャニカとも話したい」
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