第13話 歓迎パーティー・5


 休憩室を出てダグラスさんに言われた通り第一サロンの方に向かう途中、私に気づいた貴族達がみな驚きの表情を見せた。


 物珍しい物を見るような視線、悔しそうな視線、話しかけようかどうか迷っている感じの視線――まだ好意的な視線こそ無いけどセリアの言う通り、こちらを馬鹿にしてくるような視線は無くなった気がする。


「飛鳥さん!」


 第一サロンに入るなり、優里とソフィアが声をかけてくれた。

 優里が持っているお皿には先程自分が味わったサラダとローストビーフがのっている。


「あれ、アンナは?」

「疲れたから休みたい、ってメイドと休憩室に行ったわ。あの感じだともうパーティーには戻ってこないかもしれないわね」


 赤く透き通る液体が入ったグラスを手に持ったソフィアが私の問いに答える。

 大丈夫かな? と思ったけど人の機嫌を伺わずにちゃんと「休みたい」と言えたのならあまり心配しなくてもいい気もした。


「……もう男達は集まってこないの?」


 さっき2人は、私を探す為に集団から抜けてきたようだけど、今はまた群がってきてもおかしくない状況のはずだ。

 だけど群がっていたはずの男達は皆それぞれ散らばり、様々なグループに混ざって談笑している。


「食事に専念したい、と皆さんに伝えたら快く離れていかれました」

「へぇー……結構すんなり引き下がるのね」

「さっきまでは結構しつこい男もいたわよ? だけど、騒ぎが起きてからは全員私達の意思を尊重するようになったわ。今ゆっくり食事出来てるのは見事な啖呵を切ってくれた貴方のお陰よ。ありがとう」


 啖呵という言葉に先程の盛大な罵倒が思い起こされる。

 言い過ぎたと内心後悔していたけどソフィアに感謝されて罪悪感は薄れ、代わりに気恥ずかしさがこみ上げてきた。


「ただ、もうすぐダンスタイムがあるみたいで……何人かの方に誘われているので、それがちょっと憂鬱です」

「本当に……私も早々に引き上げようかしら?」

「意外。ソフィアはそういうの得意そうだと思ってた」

「踊れない訳じゃないわ。ただ、初対面でこちらの事を何も知らないくせに是非私の子どもを産んでほしい、とか言ってくる男と踊りたくないのよ。いくら容姿端麗で将来有望なお金持ちでもね」


 その気持ちは痛い位に分かる。どうやらソフィアも優里も私が黒馬車に乗った時と同じような台詞を群がる貴族達にかわるがわる言われたようだ。


 ソフィアの口から吐き出される、自分がいかに素晴らしいか、自分の家がいかに有名か、どのような生活を提供できるか――など辟易する貴族の口説き文句に自然と顔がゆがむ。


「ソフィアさん、飛鳥さんはダグラスさんとお話があるみたいなのでそろそろ……」


 ソフィアの愚痴にうんうん、と頷いていると先程同じように愚痴に付き合っていたらしい優里のフォローが入るとああ、とソフィアは思い出したようにサロンの片隅の貴族の集まりを指さした。


「貴方の騎士ナイト様はあそこで壁の華になってるわ」


 どうもソフィアの中でダグラスさんは私に異常なくらいご執心なナイトになっているらしい。


「あのね、私だってソフィアと同じようにいくら容姿端麗で将来有望なお金持ちでもいきなり子産め発言かましてくる男は正直……」

『アスカ様、ここで不用意な発言はお避け下さい』


 頭にセリアの声が響き、その言葉にその場にいたメイド達が怪訝な表情をしている事に気づく。


「正直……不安だから、もうちょっと、しっかり、話してくるわね!」


 咄嗟に無難な言葉を組み合わせて、喉のすぐそこまで出かかっていた暴言を抑え込む。

 危ない危ない。ソフィアの愚痴のノリに合わせてついヤバい事を言いそうになった。


「やっぱり、どんなに相手が優れた人でも、そういう関係になる前にまずお互いを良く知る事が重要だと思うの! それはこっちの世界でも大事にしていきたいよね! ね、優里!」

「は、はい、そうですね……!」


 突然のフリに戸惑いつつ同意してくれる優里と私の発言に納得いかなそうなソフィア、ぽかんとしている彼女のメイド達を背に、片隅の貴族の集団の方へと歩き出す。


 もしあそこで私が『――正直ヤバいと思うし、いくらこっちに優しくても使う魔法もヤバいし、そんな男と勝手にカップリングしないでほしいんだけど!』と続けて言ってしまったら絶対厄介な事になっていた。


 後ろを歩くセリアに感謝しながら集団の外側に着くと、私に気づいた貴族達が大きく道を開けてくれた。


 ソフィアは壁の華、と言っていたけど丁度ダグラスさんはかなり体格の大きい男性貴族と小柄な男性貴族、2人の貴族と何か話していた。

 そしてダグラスさんより先に、白髪混じりの赤髪と大きな赤髭を蓄えた体格が大きい年配の貴族がこちらに気づき、近づいてきた。


「アスカ殿、先程は愚息が失礼した! 本当に申し訳ない!」


 大声の謝罪と共に勢い良く頭を下げられ、それに気づいた白髪混じりの暗い茶髪の小柄な年配貴族もこちらに駆け寄ってくる。


「アスカ様、ウチの娘がお傍を離れたせいで、さぞかし怖い思いをされたかと思います……本当に、申し訳ありません!!」


 大柄な貴族と同じ位の角度で、こちらも頭を下げてきた。

 

 アンナとセリアに謝罪されただけでも申し訳なさでいっぱいなのに、更にこの自分よりずっと年上の男性達にまで深く頭を下げられ、困惑する。


 愚息、娘――説明されなくてもそれぞれ誰の父親なのか分かる。


「い、いえ、あの……そこまで謝られなくても、本人も謝ってくれたし、もういいので……というか、アシュレー? さんに至ってはこちらも暴力振るってますし……」

「そこはお気になされるな! アイツは殴られて当然の事をした! あんな愚息に敬称など不要ッ!! 呼び捨てで結構! 後日、改めて正式に謝罪に向かわせよう!」


 キリッと言われた「後日の謝罪」に戸惑う。


 アンナは『もう二度と関わらない事』を前提に不問にしたはずなんだけど――だけど今それを目の前の豪快で気のいいおじさんに言ったら土下座してきそうな勢いだ。そうなるとちょっと、いや、かなり、面倒臭い。


「本人が謝り、更にその父親まで謝って頂いてるのに更に正式な謝罪なんて、かえってこちらの気が重くなります。本当に、気にしないでください」


 本当に申し訳ないと思ってるのなら、この辺で引いてほしい――という思いをバリッバリに込めて愛想笑いを返すと、


「ほう、意志が強ければ心も広い……! 分かった。愚息の行いについては後で私が重々叱責して、それで終いにしよう。では!」


 アシュレーのお父さんは私とダグラスさんに一礼した後、堂々と去って行った。

 竹で割ったかのような、気持ちいい位にスッパリとした性格は出会い方が違えば抱く感情も違ったかもしれない。


「セリアも同じです。正式な謝罪とか、本当要らないので」


 セリアのお父さんらしき人に対してもこれ以上の謝罪をしてこないよう伝えると、こちらはもう一度深く頭を下げるにとどまった。


「ありがとうございますアスカ様……そして申し訳ありませんがしばしセリアをお借りしてもよろしいですか? 内密の話がありますので。」

「お父様! アスカ様は先程私が離れた事で怖い目にあわれているのに、またすぐお傍を離れるわけにはいきません!」


 気の弱い印象を受けるお父さんとは打って変わって、セリアはハッキリ断った。


「セリア、我儘言わない……! ダグラス様はアスカ様と2人で話したい事があるそうだ。ここで無理矢理傍についてこれ以上あの方の中でウチの家アウイナイトの印象が悪くなったらセリアも困るでしょ!?」


 困ったように瞳を潤ませてぼそぼそと話す弱気なお父さんと了承したくない様子のセリア。二人には悪いけど第三者から見ると、その光景はちょっと微笑ましい。


「セリア、私もあの人とは二人きりで話したい事があるの。多分さっきみたいな状況にはならないと思うし、今はお父さんのお願いを聞いてあげて」


 こちらとしてもセリアがいると聞きづらい事がある。向こうが私と二人きりでの会話を望んでいるのならこちらとしても都合がいい。


「アスカ様がそう仰るのでしたら……」


 私からお願いにセリアはしぶしぶ了承するとセリアのお父さんは私に改めて一礼し、セリアを連れてその場を去る。

 セリアは何度かこちらを心配そうに振り返るが、笑顔で見送った。


 改めてダグラスさんの方に向き直ると、先程のやりとりを一部始終見守っていたのか、ダグラスさんは壁に寄りかかり腕を組んでこちらを見据えていた。


 私はダグラスさんの――やはり少し距離をあけて、今度は正面に立つ。


(……馬車から降りた時はもう少し、近づけるかなと思っていたけど)


 今度は別の理由で、近づくのを躊躇してしまう。


 アシュレーの攻撃から助けてくれた事には感謝してる。だけどその後何で私を囲うような行動に出たのか? 何で、家名をかけてまで私に執着するのか?


(まさか私に一目惚れ……なんて甘い可能性を抱けるほど、この人の眼差しは好意に満ちてない)


 頬を染めて、潤む瞳で熱い想いを吐かれていたならそういう可能性も考えられたけれど。今目の前に立っている人の行動は愛や恋の感情からではないという事は眼を見ればわかる。


 だからこそ、この人が何を考えているのか知らなければ。


「アスカさん、お立ちより頂きありがとうございます」


 今までとは違う、はっきりとした笑顔を向けてダグラスさんが私に頭を下げた。

 途端、周囲がどよめく。「あのダグラス卿が微笑んだ……」「あのツインのツヴェルフが羨ましい……」等の声が耳に入り、パーティー開始時の劣等感が少しだけ癒される。


「今からあまり人に聞かれたくない話をするので、できればもう少し近づいて頂けると助かるのですが……」


 私にかろうじて聞こえる位の声でそう言うダグラスさんの表情からは、全く何を考えているのか読めない。


 私が来る前から貴族達はダグラスさんに対し一定の距離を置いているけど会話の内容が気になるのか、私達が何を言っているのか聞き取ろうとしている様子が伺える。


「人に聞かれたくない話をするのならバルコニーに移動しましょうか?」


 同じようにダグラスさんに聞こえる位の声で、聞き返す。


「私としてはこちらの方が都合が良いのですが……貴方が今、これ以上私に近づけないのであれば、そうしましょうか」


 その言い方が何となく、癪に触って。ふう、と一息ついた後隣り合う様に壁際に並んだ。


「ありがとうございます」


 そう呟くダグラスさんの方を見る気には、なれなかった。


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