第110話 狂気渦巻く下着論争


 パンツについてあれこれ考えてる内に私の荷物が入った木箱を片手に抱えたセリアが戻ってきた。

 木箱がテーブルの上に置かれたタイミングでセリアに問いかける。


「セリア、あのドレスってあの人にどう説明したの?」


 言いながら鏡台の椅子に乗せた破れた漆黒のドレスを指し示すと、セリアはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりの嬉しそうな笑みを浮かべる。


「ダグラス様に<盛大に婚約しておきながらその後贈り物一つしてこないうえに寵愛ドレスも贈ってこない駄目男>のレッテルが貼られないようにアスカ様が私に探させたものだとお伝えしました」


 何世代も前のドレスなんて、気づかれるはずがない――とセリアも思ってたはずなのによく咄嗟にそんな言い訳が思いついたなと思う。

 その冷静さと頭の回転力、少しでもいいから分けて欲しい。


「こちらもお聞きしたい事があるのですが……アスカ様、あのブラはどうなさいました?」

「それ言う前に確認したい事があるんだけど……セリア、あの下着、身に付けてる事がバレたら死刑だって知ってた?」

「はい」

「どうして分かってて勧めたの!? バレたら私、死ぬ所だったのに……!」


 躊躇無い肯定に思わず声が荒ぶる。それでもセリアは笑みを絶やさない。


「万が一誰かに気づかれても、アスカ様の死刑なんてダグラス様は絶対にお認めにならないと思ったからです。そしてアスカ様はあの方だけに望まれているツヴェルフ……そんなツヴェルフの命1つで黒の公爵を完全に敵に回すような真似は誰もしません」

「でも……私に下着を勧めたのがセリアだってバレたら、セリアが死刑になるかも知れないのに……」

「それもアスカ様がダグラス様に私を庇うようお願いして頂ければ済む話ではありませんか?」

「それは……」


 実際にそんな状況になったら庇うと思う。

 だけど彼にお願いするって発想は無かったし、そういう事をセリアの方から言われるとは思ってなくて返す言葉に詰まってしまう。


「なんて……地球に帰りたいと打ち明けられない位信頼できないメイドなんて、庇う理由ございませんよね」

「……ごめん、私が地球に帰りたい事を知ったらセリア落ち込むかなって……メイド同士で張り合ってる感じもしたし、言い出しづらくて……」


 セリアの眼がうっすら潤み、笑みが悲しみを帯びたものに変わったのを見て思わず言えなかった理由を告げると、セリアは少し驚いた様子で口を開く。


「まあ……私に気を使ったのですか? アスカ様って本当に優しい方ですね。そうですよね、信頼してるからこそ言えない事もありますよね。信頼してない人に手作りのクッキーなんてあげませんものね。うふふ……」


 今度は嬉しそうな微笑みに変わる。喜怒哀楽を笑顔で表現してくるセリアにちょっと恐怖を感じつつ、頭の中で一つの選択に迫られる。


(……どうする? 1ヶ月後に地球に帰る事、セリアに言う? 言わない?)


 セリアに誤解されたままだと、今回みたいにまたややこしい事が起きかねない。全部話して協力してもらった方がこの館を脱出しやすくなるけど――


「ところでアスカ様、私が下着をおススメした事は誰かに言いましたか?」

「言ってはないけど……セリアは私がドレス着る時に手伝ってる訳だし、レオナルドがその事に気づいたら……」

「ああ、やはりブラが無いのはあの方の仕業ですか……確かに、私がそそのかしたのだと気づかれるのは時間の問題ですね」


 一瞬セリアの目から光が消えて視線を逸らされたけど、口元は動かず笑みを浮かべたままだ。なのに何故か――どうしようもない不安を煽られる。


「大丈夫です。どんな展開になろうとアスカ様にご迷惑はかけませんから。アスカ様が私が用意した下着を自分の意思で身に付けた結果、私が死刑になるのならそれは主の幸せを願って賭けに出て負けた私の運命です。潔く受け入れます」


 そう言って再び微笑むセリアに、強い恐怖を覚える。


(言えない。セリアには、言えない)


 だってその笑顔の奥底で何を考えているのか、見えない。

 本当にそう思っているのか、私のせいだと言いたいのか、分からない。

 分からないなら――今の関係を維持した方が良い。

 

「そんな事言わないで……もしセリアが死刑になりそうになった時は、私が庇うから。そうすればあの人だってセリアを庇わざるを得ないでしょう?」


 私がセリアを庇える間は1ヶ月以内。庇えるうちに――自分がこの世界にいる間にさっさとバレて欲しい気すらしてきた。


「ありがとうございます。本当、アスカ様には助けられてばかりです。私も、何かお役に立てる事があればいいのですが……」

「そう思うなら1つ教えて欲しいんだけど……下着の効果を消す方法って無いの? せっかくセリアが用意してくれたのに悪いんだけど、私、あの人を一生涯強制的に縛り付けるような真似したくないの」

「……え?」


 きょとんとした瞳で見つめられる。死刑のリスクを冒してまで用意した下着の効果を消したいなんて言われたら、当然の反応だと思う。


「例えば、純白のパンツ見せるとか……」


 私の言葉に、セリアは今まで見た事無い位驚愕の表情で首を振る。


「そんな、アスカ様が純白の下着なんて身に付けたらあの方の精神は確実に崩壊……発狂してしまいます。下着の効果を消すも何も、そもそもダグラス様はアスカ様の下着を見ておりません。ですのでそんな恐ろしい事は絶対におやめください」


 下着を――見てない?


(嘘、あの状況で? あの態度で? あれで見てないって何で言えるの?)


 心の中に疑問が募っていく中でも、セリアの言った言葉は絶望の切れ間に差す光のように私の心を照らし始めていた。


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