第76話 妄想で切り開く活路


 静寂に包まれた青白い空間の中で3人の女性が驚愕の表情を浮かべている。


 明らかに3人がドン引きしている。言ってる私もドン引きしている。きっとソフィアもドン引きする。


 しかし私がこの自分が作り出した空気に負けてしまう訳にはいかない。


「……ここの世界の男達は見目麗しい人が多くてその辺の妄想が捗るから、つい今日の一日を話すついでに素敵なシチュエーションとか、抱かれる妄想とか語らっちゃうのよね……!!」


 思う限りのドン引き要素をかっ詰めた、この発言――普通のメンタルならこの空気に居た堪れなくなって『分かりました、もういいです』ってなるはず……!


「……例えば?」


 怪訝なユンの眼差しに、自分の顔の筋肉が固まったのを感じる。


 私の目が確かなら、ユンの表情は軽蔑の感情すら感じさせるほど歪んでいる。確実にこの話題を嫌悪しているのが分かる。

 なのに何故『例えば?』などと追及してこれるのだろう?


(この人、一体どういう神経してるのかしら……!?)


 とはいえ、この話題を切り出した時点で何か1つ位例えを出さなくちゃならない事態は覚悟していたし、いくつかそういうのを語れそうな案件はある。

 けど――それを実際に想定して言葉に出さなければならない状況に陥ると激しい抵抗を覚える。


 だけど、言わなければならない――この手で撒いた種は、この手で刈り取らねばならない。小さく息を吸って決死の言葉を紡ぎ出す。


「……た、例えば……そうね、先日の狩りで見た、ダグラスさんの体がすごく、理想的で……その、彼に、だ、抱かれる妄想、とか、ね……」


 言葉を重ねる度にあの時見た彼の上半身が鮮明に思い出され、顔が熱くなる。


「彼、変な事で機嫌損ねるし、煽ってくるし、魔物と戦う時凄く荒々しい戦い方してたけど、ベッドの上では、意外と、や、や、優しいんじゃないかなぁ、とか……そういう、願望ッ……!!」


 ――あれ? 今最後私何て言った?


 実際、もしもセックスする事になってしまった時に精神崩壊起こす危険あるんだからせめて余計な事言わずに優しくしてほしいな、という願望はあった――が。


(……そこは『願望』じゃなくて『妄想』でシメる所でしょ、私!!)


 咄嗟に思いついた妄想は破壊力が強いはずだけど、自分にも致命的なダメージが返ってきた。

 まさに、使い手をも傷つける諸刃の剣――もう3人の顔をまともに見る事も出来ない。


(お願い神様、ユンをここで引かせて……!! あるいは優里かセリアに私を助けさせて……!!)


 恥ずかしさのあまり顔を覆いながら、全力で神に乞い願う。


「純粋なユーリ様にそのような妄想ができるとは思えませんが」


 神様なんていない。


 私がプライドをかなぐり捨てて語った妄想という名の願望に引きこそすれ怯まないユンに内心全力で舌打ちする。

 だけど『他には?』という最悪の追及は免れる事は出来た。


 ユンの『純粋な人はその手の妄想しない論』には物申したかったけど、それを言って優里にまた予想外の行動に出られたら詰む。

 あんまり優里を刺激しない言い方で話を進めていかないと。


「……まあ、今思うと確かに優里は聞き手に回ってたわね。基本的にその手の話は私とソフィアで盛り上がっていたから……」


 ソフィア帰ってきたら土下座しよう。


「なるほど……アンナ様が叫ばれていた事もあながち間違ってはいないという事ですね。そういう妄想をされるから無意識に色んな男に近づかれるのでしょう」


 マズい、嫌な部分と結び付けられた――このままだと私、痴女だと思われてしまう。


「い、言っておくけど、私、誰とでも抱かれる妄想してる訳じゃないわよ……!? 壁ドンとか床ドンとか、顎クイとかバックハグとか、そういうシチュエーションについても話してるからね……!?」


 ちょっと憧れてるシチュエーションだけはスラスラ出てくるのでここぞとばかりに盛り込んでおく。

 『色んな男に抱かれる妄想ばかりしてる痴女』だと思われるより、『色んな男と色んなシチュエーションに夢見てる中でちょっと抱かれる妄想もしてる痛い女』に留まりたい。


「後、強引に抱き寄せられるのも憧れ……」

「飛鳥さん、すみません……! 私が言いたくないって言ったばかりにこんな状況に……!!」


 私のシチュエーション語りに堪えかねてか、優里が手で顔を覆って涙声で叫ぶ。正直その台詞は私の願望が漏れ出る前に言って欲しかった。が、もう遅い。


「優里、いいのよ……でもソフィアが帰ってきたら2人で謝りましょうね……!!」


 2人で、を強調した所で優里が抱きついてきた。そして耳元で呟かれた言葉に、そっと抱きしめ返す。


「……人に言いたくない話なのは理解できました。しかし、そんな話ならユーリ様は他にいくらでも誤魔化しようがあったはず……」


 この光景を見てもユンは今一つ納得いかない様子だ。


「ユン……ユーリ様は純粋な方なのでしょう? 貴方に嘘をつきたくなかったのでは? そんな主が守ろうとしたアスカ様とソフィア様の性癖を晒す事になるなんて……貴方のメイドとしての資質が疑われるわね?」


 ずっと状況を見守ってきたセリアがいつになく温かみの無い声でユンをけん制する。


「私は……!」


 ユンの反論を遮るようにセリアは防音障壁を解いた。


「もういいでしょう? 慣れぬ世界で懸命に頑張ってるアスカ様の貴重な楽しみを阻害するのはあまりに可哀想です。私としても、貴方にこれ以上アスカ様の性的な願望を暴かせる訳にはまいりません」


(セリア……ありがとう……! でもそう思うならもっと早く助けてほしかった……!)


 優里もセリアも、助けてくれたからもういいけど……! いいけど……!!


「しかし……どのような事情があろうと、我々が監視できない時間に毎日会われるのはお前だって困るだろう?」


 ユンが困ったように眉を顰め、片方の手の平を上に向けて肩をすくめる。


 自分達が退室した後、ツヴェルフ達は集まって一体何を話しているのか――? それは己の職務に熱心で忠実なメイドだからこそ見過ごす事ができないんだろう。

 セリアも私達が夜な夜などんな話をしてるのか把握したいから防音障壁を張ったんだろうし。


「ユンさん、セリアさん、色々ご心配やご迷惑をかけてすみません……! 今後は夜中に会うのは控えます。ですが、せめて明後日……ソフィアさんが帰って来た日の夜だけは、3人でじっくり話させてもらえませんか? 最後に思いっきり語らっていきたいんです……!!」


 セリアがユンの問いに答える前に、優里が二人を前に深く頭を下げる。


「先程ユンさんは私を純粋だからそういう話に興味が無い、みたいに言ってましたけど……わ、わ、私、そういう話、大好きですから……!」


 恥ずかしそうに言葉を続けた優里が本当にそうなのか、私に合わせているのか、分からない。

 どちらにせよ優里自身に<妄想女子>のレッテルを貼らせてしまった事を申し訳なく思う。


「分かりました……顔を上げてくださいユーリ様。アスカ様も、不快な思いをさせて申し訳ありませんでした」

「こっちも夜な夜な集まって心配かけてごめんなさいね。私達の名誉の為にくれぐれも今の話は他言無用で頼むわ」


 ユンは優里に顔を上げさせた後、私に向かって頭を下げてきたので謝るついでにそこだけしっかり念を押す。

 この話が広まってしまったら確実に私は<尻軽女>から<尻軽妄想痴女>に格上げされてしまう。

 ただでさえハードモードなここの日常の難易度をこれ以上上げたくない。


「じゃあ、飛鳥さん……明後日の夜、楽しみにしてますね!」


 優里は笑顔でそう言って、ユンを連れて食堂に向かって歩き出す。

 良かった。これで解放された――と思った瞬間、力が抜けて深いため息が漏れた。


「アスカ様、大丈夫ですか……?」

「体は大丈夫だけど精神は大丈夫じゃないわ……」


 セリアが心配そうな声で私の顔を覗き込む。

 午前は体を痛めつけられ、午後は精神を痛めつけられ――体はクラウスが癒してくれたけど、この精神はきっと時間にしか癒せない。


「今日はもう部屋に戻ってゆっくりしましょう。夕食は私が後で部屋に持って参りますから」


 今日の騒ぎの事はもう噂になっていてもおかしくない。食堂で私が傷つかないように言ってくれてるんだろうか?


 辺りを見回せば、やはり訓練をしている騎士や兵士の何人かが微妙な表情でチラチラとこちらに視線を向けてくる。

 訓練場の隅とはいえ障壁張ったり抱き合ったりして騒いでる私達は訓練の邪魔になってしまっただろう。また苦情入らなきゃいいけど。


 食堂でヒソヒソされる中で食べる夕食を想像すると気が重くなり、セリアの声に促されるように部屋がある方向へと足を向ける。


 もうちょっと上手な切り抜け方なかったかな、と反省しながら――


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