第50話 流れ着いた先は


 コートの隙間に入り込んだ雪が溶けたのか、服が濡れて冷たい。

 体中が痛くて、とても体を動かせる状態じゃない。その中でも左足がブーツの中でぬるついていて、熱いのか痛いのかよく分からない感覚に包まれている。


 それでもうっすらと目を開けば、薄暗い空と白い雪が半々の割合で視界に入る。


 どうやら生き延びてはいるようだ――もういつ力尽きるかもわからないけれど。

 さっきなのか大分前なのかもよく分からないけれど、飲み込まれる前に名前を呼ばれた気がする。


 切羽詰まった、重なる声。塔の転送陣から落ちる私に向けられた悲鳴と同じ声。


(ダグラスさん……)


 時が止まっている間に私が死んだら、彼はどうなるんだろうか?

 死んでしまったものは仕方ない、と諦める――気がしない。


 時が動き出したら彼は血眼になって探してくれる気がする。

 何だかんだで拗れてしまったけれど、酷い事だってされたけれど、彼が私を愛してくれている事は痛い位に伝わっているから。

 怒りや哀しみで大きく歪んでいたとしても、その奥にあるものは愛や好意だと――今でも信じたい自分がいる。


 私の事を一生懸命探して、そして、私が死んだと分かったら――死霊術を使ってゾンビやスケルトンとして復活させられそうな気がする。


(ゾンビは……嫌だわ……!)


 ゾンビになった自分を想像して、ただでさえ冷えた体が尚悪寒に襲われる。スケルトンなら匂いが無さそうだからまだ、と思ったけどどっちにしろ相当嫌だ。


 力を振り絞って身を起こす。少し動く事ができたけどどうしても起き上がる事ができず、再び顔面が雪に浸される。


(寒い、冷たい……)


 途切れそうな意識の中で足音が聞こえる。絶え間なく雪を踏みつける音からして複数だ。

 

(助かる……!?)


 目一杯顔を上げると癖のある暗い緑髪の冒険者らしい出で立ちの人間と、青なのか緑なのかよく分からない髪で目をすっかり覆った白衣の人間が見えた。

 顔はよく見えないけど、体格や服装からして2人共男性だろう。


(助かる、良かった……!)


 彼らは真っ直ぐにこちらに向かって歩いてくる。「おーい」と呼びかけてくる辺り向こうが私が認識しているのは間違い無さそうだ。

 ただ、向こうがこちらに着くまでに顔を上げる気力が尽きて再び雪に顔を埋もらせる。


「あれ?気を失っちゃったかな?」


 安心に浸っていると少し間の抜けた声とともに突如髪を強引に引っ張られてフードが脱げる。

 良かった、と思った十数秒前の自分を叩きたい。助かるとばかり思っていた心に強い警戒心が生じるも、体が思うように動かずになすがままにされる。


 私の髪を引っ張った男はつむじ辺りが鮮やかな黄緑色で、先端に近づくにつれて青くなっている。前髪で目が覆われていて、目の色までは見えない。


「うう……」


 痛さに慣れてきたつもりではあるけれど、左足や雪崩、そして今髪が千切れんばかりに引っ張られる痛さに限界を超えて呻き声が上がる。


「意識はあるみてえだが……見るからに高そうな物来てる上に魔力封じのマントなんて羽織ってる女を捕まえるのはマズいんじゃないか?」


 冒険者風の男の声は何処かで聞いた事のあるような声のように聞こえた。

 顔の作り自体は結構整ってるように見えるけど顔にところどころ黒い痣や切り傷があり、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。黒い痣は凍傷だろうか?


「うーん……僕達がさらった訳じゃなくて雪崩が運んできただけだし、さっさと処分すれば気づかれないんじゃない? それにしても良かったね、氷竜がここに来るまでにケリが付いて。向こうで退治してくれなかったらどうしようかと思ってたよ」


 私の体調を気遣う事もなく自分達の話をする2人が善人でないのは容易に察しが付く。


「……ん? この子、もしかして……」


 白衣の目隠れ男によって強引にマントを剥ぎ取られる。そして私の顔を見るなり、その口元に満面の笑みを浮かべる。前髪の向こうにチラ、と弧を描く切れ長の黄緑の目が見えた。


「アラン、この女を研究所に連れて帰るぞ! 重そうだからお前がしょってくれ!」


 目隠れ男の声が数トーン高くなり、再び魔力隠しのマントを強引に被させられる。

 痛い目に合わされてるのもそうだけど何気に失礼な一言も心に刺さる。毛皮のコートで着膨れしてるから重そうに見えるだけだと思いたい。


「何だ、お前もようやく好みの女を見つけたのか?」

「穢らわしい事を言うな! 僕の研究材料にするに決まってるだろ!! よく見てみろ、この子はツヴェルフ……しかも先日初めて召喚されたツインのツヴェルフだ……!! この世界に2人といない、とても希少な存在なんだよ!!」


 何だか初めてツインが貴重に扱われたような気がする。髪引っ張られながら言われても全く嬉しくないけど。


「ああ、そういや皇国で貴族を馬鹿にしたツヴェルフが地球に帰ったとか騒いでたな……帰ってなかったのか」


 冒険者の男は『そう言えばそんな事聞いた事あるな』程度の言い方で呟いた後、ヒョイッと私を担ぎ上げる。お姫様抱っこならぬ、お米様抱っこで。


「ああ、実験できるツヴェルフがいなくて滞っていた研究がこれで完成しそうだ……! 早く帰って実験したいなぁ……! あ、その前にこの器の中にある魔力を綺麗にする為の洗浄機の開発もしないとなぁあ!」


 私がツインのツヴェルフだと知った途端、物凄いハイテンションになった白衣の男は颯爽と雪の塊を降りて平面を歩くようになった際もまだブツブツ言って興奮している。


「おい、俺との約束も忘れんなよ?」


 諌めるように冒険者風の男が呼びかける。


「分かってるよ。ただ、殻が固くてね。核を抽出するにはまず孵化させないといけない。もうすぐ孵化するからそれまではもう少し僕に雇われてくれ。それより、ああ……どの実験をしようかなぁああああ!!!」

「チッ、うるせぇな……」

「うるさくもなるさぁ!! 十数年ぶりにツヴェルフで実験できるんだ! しかもツインだぞ……!? 1つ器が壊れても、もう1つある……! ツヴェルフ2人捕まえたも同然なんだ! ツイン独自の研究も出来るし……ああ、タダで行き倒れの人間手に入らないかなぁと思ってここに来て良かったぁあああ!!」


 クズの発言に嫌な予感しかしない。


「ここ何処……? 貴方達、何者なの……?」


 黙っているばかりでは何も状況がわからない。自分を担いでいる男も善人ではないだろうけれど、白衣の男よりはまだ話が通じそうな気がして小声で問いかける。


「ここはロットワイラーの端っこだ。アンタ運が悪かったな、ルドニーク山の雪崩に巻き込まれてこっちに来たんだ」


 緑色の髪と暗い緑の目が油断できないけど、話が通じる気がすると推測した通り彼は言葉を続けてくれた。


「俺はアランで、向こうで色々叫んでるのがこの近くにある魔導研究所の所長をやってるカーティスだ。あいつ今はツヴェルフ見つけた事で興奮してるけど根っからのツヴェルフ嫌いだからあんま刺激するなよ。見ての通り興奮するとうるせぇからな」


 アランがそういうなり、白衣の男――カーティスがこっちを振り返った。


「アラン、余計な事は言わなくていい! 確かにツヴェルフは死ぬ程嫌いだけど実験対象は元気な方が良いからねぇ! 少しでも多く実験できるように、生きてる間は丁重に扱うから心配しなくていいよ? 温かい布団に温かい食事……お風呂は別にいらないでしょ。ああ、でも生きてる間はずっと実験するから……最終的には死んじゃうねぇ。ごめんね? あっははははは!!」


 高笑いしながらまた先を歩くその姿は、白衣も相まって狂科学者――マッドサイエンティストのようにしか見えない。


 やばい。やばいやばいやばいヤバい。


 体や足の痛みも後回しにできる位に目の前の男の危険性に怯えていると、彼はまた白衣を翻してくるりと振り返る。


 今の非人道な発言に対して、訂正の一言でも入るのだろうか? と一瞬期待したけれど――


「大丈夫、ちゃんと遺体は化けて出ないように滅却路で弔ってあげるから!」


 この男、ヤバいが過ぎる。


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