第3話 伊達男の本心・1(※ヒューイ視点)
アイドクレース家の執務室で公爵が座る椅子に座り、本来親父がするべき公務を代行するのもすっかり慣れた中、ダンビュライト侯が『アスカがいなくなった』と怖い顔して入ってきた。
塔を出る前にそれは聞かされていたから『もう知ってる』と言うと、これ以上話す価値なしと判断したらしいダンビュライト侯はさっさとこの場を後にして純白の大鷲に乗って飛び去っていった。
窓の向こう、だんだん小さくなっていく純白の大鷲を見据えながら消えたお姫様の事を考える。
ここでダグラスに壊されて不幸になる位なら、地球に帰って幸せになればいい――と思っていた。
そこに俺はいなくていい。ただ幸せになれと願って見送るだけの、キザな恋のままで終わらせたかった。
(……なのに、何がどうしてこうなっちまったんだ?)
突然転送陣の縁まで歩きだしたお姫様は、そこで固まってしまった挙げ句に他のツヴェルフに突き飛ばされてダグラスに襲われた。
(流石にこんな所でそれはないだろ……!!)と強風挟んで止めさせようとしたら、突然ダグラスの体から魔力が吹き出す。器を破損したのだとすぐに理解した。
あいつは漆黒の大猫を宿せる唯一の存在――あいつの器が割れたら漆黒の大猫が解放されて、世界が滅ぶ。
だから器が完全に割れるのを防ぐ為に必死に防御壁で魔力の流出を止めてたら親父が現れて、ダグラスの時が止められた。
その後の会議でアーサーが隣国に行く事が決まって、それなら俺はウチや皇城の書物でも調べてみるかと――館に戻った途端、親父とお姫様がほぼ同じタイミングで行方不明になるから困った。
親父がいる時は好き勝手フラつけるんだが、親父はちょくちょく行方を眩ませる。特に緑の節は何の予告もなく突然何週間も行方不明になられるから困る。
何処に行っているのかと聞いてもはぐらかされるばかりだ。
ダンビュライト家が侯爵に格下げされた時に親父は『職務放棄するだけで地位や立場、責任から解放されるなんて、いいご身分だねぇ……』なんて呑気に言っていた時はどの口が言っているのかと心底呆れた。
そんな親父が行方不明になった時に公務を代行しなきゃいけない俺は公務から離れる事も出来ず、心の片隅でお姫様を心配する事しかできなかった。
あのお姫様が地球に帰ったと思われてるのは不幸中の幸いだが、バレるのは時間の問題だ。
まだダンビュライト侯が自分ちの騎士団を諌めてくれりゃいいのに、ダンビュライト侯も白の騎士団も独自で動き回ってるから余計怪しまれている。
お姫様がこの世界に残ってる事がバレて、『黒の公爵と白の侯爵を誑かしてツヴェルフを星に返して皇国を騒がせた灰色の魔女』として捕まるならまだマシな方だ。
その場合は生きて公の場に突き出され、裁判なり処罰なり受ける際に割って入るチャンスがある。
問題は捕まえる側の正義感がいき過ぎて殺されたり、私利私欲で利用したい奴に捕まった場合だ。
数十年前――ツヴェルフを3年おきに召喚できていた時代と違って今のツヴェルフは希少価値が非常に高い。それは貴族だけじゃなく平民も知っている。
ツヴェルフには親の魔力の色を寸分違わず子に継がせる事ができる以外にも、自身の色を注いで器を自分の色に染めていく――性奴隷、
この辺の事情は下品すぎて表立って広まっちゃいないが、知っている奴は知っている。それを求める奴の性格もお察しだ。
厄介な事にあのお姫様の場合生意気なツヴェルフを蹂躙できるという余計な付加価値もついてしまっている。
身動きがとれない事に歯がゆさこそ感じつつも、最初はとにかく無事に見つかってくれればいい、と純粋に心配していた。
自分が彼女を助けたい、守りたいと思う程の強い感情は、この時はまだ、無かった。
変わり始めたのはそれから半節程経った頃――徐々に(お姫様は大丈夫だろうか?)と思う度に強い不安を覚えるようになっていく。
新聞の、普段は見ないような小さな記事まで読み込んだり、お姫様が今何処にいるかだけでも掴もうと風であらゆる声を呼び寄せたり――だが新聞にも皇都中の声の中にもお姫様に関する手がかりはなかった。
何故かは分からない。ただ考えないようにしようと思ってもこの数日の間に一気にお姫様の事が頭をよぎる頻度も回数も増えていく。
好みの女がどうとか、そんな思考も消え失せていた。
お姫様が殺されたり、襲われてあらゆる色に染まっていく姿を想像しただけで心臓が潰れそうになる。今までこんな感覚を味わった事は一度だって無かった。
他の色に染まる位なら、俺の色に染めたい。黒でも白でもなければあいつでもない、俺の中にある、俺が宿している緑に染めさせたい。
誰も彼女を守らないなら、守れないなら、俺が――なんて柄にもなく熱い葛藤を抱えてる最中に目の前に親父と一緒に
どうやってるのかは知らないが親父はこの皇国全域に張られている転移防止結界の隙を突いて自由に瞬間移動を使う。
それを良い事に突然消えて、突然帰ってくる。人を連れてくるのは今回が初めてだが。
ずっと心配していた相手が生きていて良かったという想いも含め、どう声をかけようかと悩んだ時に『相手を誘惑して陵辱未遂にあった』とか言われると、今度はそっちの詳細を知りたくてかけようとした言葉が流されていく。
そして傷一つ無いように見えたお姫様は心にはガッツリ傷を負ってしまったみたいで、その原因にヒュアランが関わっている事、心身共に痛めつけられた事を知って再会できた喜びは罪悪感に押し潰される。
お姫様の片方の器にかすかに溜まっている暗い緑の元があいつのものだと思うと、何とも言えない怒りがこみ上げてくる。
ヒュアラン・フォン・フィア・アイドクレース――俺と魂を分かち合ってこの世に生を受けた、俺の片割れ。
片割れ、なんて言い方しても俺もヒュアランもそれぞれ意思を持つ別個体だ。
『あいつを殺せば強くなる』なんて言われても俺は強さってもんにはあまり興味がない。
剣が人並み程度にしか使えなくても魔法剣士として格好がつかないってだけで、俺の場合魔法で十分補えるから本気で困った事もない。
親父が気まぐれにヒュアランを探しているのは知っていたが、俺は完全に放置していた。
目の前に現れて俺に剣を向けてくるならこっちだって対抗せざるをえないが、わざわざ追いかけて息の根を止めに行くほど程、俺は強さにもあいつにも興味がなかった。
(……いや、興味が無いというより無関心でいさせてほしかったと言うべきか)
だって気味が悪いだろう? 他人の記憶も感情も能力も自分のものになるなんて。
魂が一つになった時、俺の体にいるのは本当に<俺>なんだろうか?
その不安は親父から呪い子について説明された時からずっと感じていた。
そりゃあ他人からしたら強い戦士が出来るんだからワクワクするんだろうが、当人――少なくとも俺からしたら勘弁してほしい。
だからあいつが生き延びたんなら何処かで、勝手に、影響しあわない場所で生きるか死ぬかしてくれればいい――と自分の使命を放棄していた結果がこれだ。
研究所に囚われていた時の事を声を震わせて語るお姫様が物凄く痛々しい。何でアンタはことごとく悲惨な目に合っちまうんだ?
運ばれてきた甘い菓子を食べて茶を飲んで、少し顔がほころんだ様子に俺も少しだけ救われた。
その後、親父に頼まれてお姫様をツヴェルフの部屋まで案内する中で、これまでを振り返る。
最初はこの世間知らずで無知なお姫様に嫌われてもいいと思っていた。
悪くはないが取り立てるほど可愛い訳でもないし、スタイルも可もなく不可もなく。
何処にでもいそうな、世間も身の程も知らない、勝ち気な
会った時はその程度の認識で本当に興味もなかったし、万が一にでも興味を持つような事があればダグラスに悪いしな。だから呪術付きの契約書にサインした。
あの時はあいつの性癖がまともなもんだとばかり思っていたし、色々世話になったジェダイト侯が死んだ原因、としてどちらかと言えば悪印象すら抱いていた。
だから八つ当たりみたいな事をして――罰が当たっちまったんだろうな。
――ごめんなさい――
――命乞いされても俺には助けられないって言ったろ?――
――命乞いじゃないわ……ただ、謝りたかっただけ。さっさと、行きなさいよ――
あのやりとりが無ければ、眼の前で怯えるこの子に爽快感を抱いていたかもしれない。
あの、時俺に対して恨み言も言わずに謝るばかりか、俺に逃げるように催促して、今も――
――アランは貴方が好きな子を殺したくなるみたいで、貴方の好みが私だったせいで、こっちは殺されかけたのよ。とりあえず私は生きてるし、好みも変わったんならもういいんだけど、これから、先――
いや、アンタが殺されかけたのが俺の好みのせいなら、もういい訳がないだろ?
ダグラスに追い詰められたアンタにあんだけ心痛めたってのに、今度は俺のせいで腹蹴られたり、首を締められたり――そんなの聞かされたらもう、ヘラヘラ笑っていられる訳ねぇだろ。
なのに何でアンタはそうやって俺の事を心配するんだよ?
悪かった、と謝ろうとして無意識に差し出した手を払われる。
その怯えるような声と表情と払われたショックの方が強くて、黒い炎に対する処置が少し遅れた。
焼ける手袋を通して肌を侵食してくる痛みに気づいて風で炎を払う。
微かに焼けた肌の痛みなんて別段大したものでもなく、それより尚更怯えるお姫様の眼差しの方が痛い。
何よりしつこいくらいに紡がれる謝罪の言葉が俺の心を抉ってくる。
俺のせいだから気にするな、と優しく言い聞かせるように言って大した事ないように振る舞っても、お姫様の罪悪感を帯びた眼差しは変わらない。
勘弁してくれ。俺はもうアンタの『ごめんなさい』は聞きたくねぇんだよ。
アンタから聞きたいのはもっと前向きな言葉なんだよ。
ああ、この際怒りの言葉だっていい。俺に向かって言いたい事は山程あるだろ?『触ろうとするからでしょ』とか『自業自得よ!』とか――なのに何でアンタは謝ってばかりなんだよ?
もっとアンタが俺に対して我儘に好き勝手に言ってくれれば、傷ついたからああしろこうしろって言ってくれれば、俺はそれを口実に何だってしてやれるのに。
だが手を焦がした俺がそんな風に言っても、今のお姫様にはきっと俺が伝えたい事は何一つ伝わらない――追い詰めるだけだ。
「……
俺がフラフラせずにちゃんと使命を果たしていたなら、少なくともお姫様がヒュアランにいたぶられる事はなかった。
こんな風に好きな女から怯えられるような事にはならなかったんだ。
嫌な事から逃げ続けた結果。本当に謝罪しなきゃいけないのは俺の方――なのに謝られる俺自身が滑稽で仕方がなくて、逃げるようにその場から離れた。
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