第72話 直情的な青年の提案


 アンナをベッドに寝かせた後、ネーヴェが何かしら小さな声で唱えると、アンナの表情と呼吸は先程より穏やかなものになっていく。


 アンナが落ち着いた事に安心して改めて部屋を見回すと、カーテンにテーブルクロス、ベッドのシーツ――様々な物が様々な赤で彩られた部屋に困惑する。

 テーブルの上の薄紅色の花瓶に真紅の、百合のような花まで活けられている。


「すごいわね、この部屋……目がおかしくなりそうだわ……」

「全てアシュレー様からのプレゼントです!」


 アンナが落ち着いた事でジャンヌも安心したのか『えへん』と自慢されんばかりに返してくる。率直な感想はけして誉め言葉として言った訳じゃないんだけど。


「ここを出る時のドレスも頂いてますよ! 見ます?」


 こちらの返答を聞く前にジャンヌがクローゼットを開くと、やはり様々な赤のドレス――ここまでくるともはや視覚の暴力である。


「これです、これ! 美しいでしょう~?」


 所々に赤い宝石とレースがあしらわれたAラインの真紅のドレスは綺麗だとは思うけど周囲一体も赤という事もあり、それ本来の美しさを性格に認識できない。


「あらあらまあまあ、こんな質の高いドレスを、一週間で……?」

「ここだけの話、アシュレー様、かなりお金積んだらしいです!」

「ドレスに金をかけて、その上ツヴェルフの部屋をこれほどまで鮮やかに染めるとは……公爵家はすごいな……」

「本当、私達とは生活レベルが違いますよねー!」


 メイド達の陽気な雑談の横で、これ全部でいくら位かかったんだろう? という下衆な勘繰りをしてしまう。


(円で換算したら6桁……いや、7桁いってるわよね……? アシュレーの金銭感覚、ヤバくない? 公爵本人ならまだしも、公爵の息子でしょ……?)


 公爵令息の金遣いの荒さに引いていると、この手の話に乗ってきそうな優里が会話に混ざってない事に気づく。

 優里の姿を探すと、アンナを診ているネーヴェの隣に立っていた。


「ユーリ、何故泣いていたのですか?」

「……すみません」


 アンナから視線を外さないまま、ネーヴェが小声で問う。優里は俯いたまま眼鏡を外し、眼を擦った後に謝る。


「僕に謝る必要はありません。何故、泣いていたのですか?」


 眼鏡をかけ直す優里の目はうっすら赤く、また涙をこらえているような印象を受けた。


「ネーヴェ、人が泣いた事をしつこく追及したらダメ。……で、アンナの状況はどうなの?」


 優里とネーヴェの後ろに立って話を遮るように問いかけると、ネーヴェは口元に手を当て、どうしたものかと言わんばかりに呟く。


「まだマナアレルギーとまで言う状態ではありません……ですが、魔力の色と気質の相性が悪く、このまま何の対策もせずに魔力を注がれ続けたらいずれマナアレルギーを起こすでしょう」

「……私、アシュレーにこれ以上アンナに魔力注がないように言ってくるわ」


 こうなっているのはアシュレーがアンナに魔力を注いでいるから――という事はアシュレーを止めればこれ以上は悪化しないはず。


「アスカ様、それはネーヴェ様にお任せした方が……」


 雑談から抜けてきたセリアが私を引き留める気持ちは分かる。だけど。


「アンナがこんな状況になってるのに放っておけないわよ。ネーヴェも一緒に来て!」

「あっ、私も行きます……!」


 私がドアに向かって歩き出すと、ネーヴェと優里も付いてくる。結果、アンナをジャンヌに任せて5人でアシュレーを探す事になった。


 セリアによるとアシュレーは普段皇都にある貴族が通う学校に通っていて、毎朝リアルガー家から皇城までアンナに会いに来ては授業が近づくと自分も学校に向かい、授業は終わったらまたアンナに会いに来る……という、非常にマメで情熱的な姿が目撃されているらしい。


 それならアンナの最近の行動から今頃アシュレーは訓練場の辺りにいるのでは――? という推測から足を運ぶと予想は見事に当たり、室内訓練場で兵士達と談笑しているアシュレーを発見した。

 いつもと違ってちゃんと服を着こなしたその姿は『貴公子』と呼べなくもない。


「ようアスカ、訓練か? 斧と格闘技に興味あるなら後でアンナと一緒に教えてやろうか?」


 さっきの騒ぎの事を知らないんだろう。私に気づいたアシュレーが談笑から抜けて明るい笑顔でこちらに歩いてきた。

 昨日レオナルドに注意されてたはずなんだけど微塵も気にしてない姿が清々しい。


「アシュレー、アンナに魔力注ぐのしばらく止めてくれない?」

「は? 何だよ突然?」


 私の言葉に、アシュレーは明らかに機嫌を悪くする。


「アンナ、さっき倒れかけて今自分の部屋で休んでるわ。このまま貴方に魔力注がれ続けたらマナアレルギー発症するかもしれないんだって」

「……マジか?」


 その呟きに小さく頷くとアシュレーは眉を顰め、困ったように頭をかく。


「そうかー……じゃあ早めに器満たして子ども作らないとなー……」

「……私、魔力注ぐの止めてって言ったんだけど。何もっと注ごうとしてる訳?」


 予想外の発言に突っ込むと、アシュレーの眼差しが鋭いものにかわる。


「今の魔力量で子どもを作ったら、俺の魔力量より大分劣る事になる。親に劣る魔力量の子どもがどう扱われるか、お前は知ってるだろ?」


 言いながらアシュレーの視線が私からネーヴェに移る。


「……ですが、ツヴェルフを守るのが皇家の務めである以上、貴方の行いをこのまま見過ごす訳にはいきません」


 ネーヴェはアシュレーの眼光に怯む事無く、淡々と答える。


「……以前、マナアレルギーは同じ色を持つ者がすぐ傍で魔力を調節してやれば安定するって話を親父から聞いた事がある。俺がアンナの器を満たして子どもが産まれるまで俺がずっとアンナの傍でアンナの中にある魔力を安定させてやれば問題ないんじゃないのか?」

「……そうなの?」


 聞いた事がない説の是非を問うと、ネーヴェは小さく頷く。


「同じ色の持ち主がツヴェルフの器にある魔力の特性や乱れを緩和し、安定させる……確かに応急処置の1つにあります。しかしその方法は一時でも傍を離れた時の反動がすごい。貴方が少しでも離れれば彼女は壊れる。ツヴェルフにそんなリスクを冒させる訳にはいきません」


 ネーヴェのアシュレーを見据える視線も厳しいものに変わる。


「ああ、確かに同じ色が俺しかいなかったらリスクは高いだろうよ? けど俺の家は親父も弟も妹も、何ならおふくろも俺と同じ色だ。俺が傍を離れなきゃいけない時でも、誰かがアンナの傍にいればいい」

「……確かに、リアルガー家なら、それができますね……」


 同じ色――そうか、ツヴェルフは相手から魔力を注がれる。産まれる子はその魔力をそっくりそのまま引き継ぐ訳だから、ツヴェルフ含め家族皆が同じ魔力の色になるのか。


「分かったらさっさとお前の爺ちゃんや親父に俺がアンナを家に連れて行っていいか確認してこいよ。今日は六会合だしすぐ聞けるだろ? いいか? 俺に黙ってアンナに他の男の魔力注いで色を変えるような真似したら絶対許さないからな?」


 アシュレーの獣を思わせるようなギラついた眼差しにネーヴェは応える事無く皇城の中央の方へと歩いていく。

 それについて行こうと私と優里も振り返ると――


「待て、アスカ! お前はアンナに聞いてこい!」

「え?」


 私だけ呼び止められて振り返ると、真後ろにアシュレーがいた。近くから見るその真紅の眼差しに威圧される。


「今の話をアンナにも話して、今から俺と、俺の家で一緒に暮らしてくれるか聞いてこい!」

「そ、そんな重要な事、自分で言いにいきなさいよ……!」


 それかせめて優里の方に――と思ったが、既に優里はネーヴェの後に着いていて距離が広がっている。


「俺が言ったらアンナは俺に気を遣うだろ? 俺はアンナの本当の気持ちが知りたい。それに俺は自分の性格と魔力の特性をちゃんと理解してる……辛そうなアンナの声を聞いたら無理矢理さらっちまいそうだ。お前が戻って来るまでここで待ってるから、さっさと聞いて来い……!」

「……分かったわ」


 アシュレーはもう見るからにソワソワしている。腕を組む手がギュッと自身の腕を掴み、足を小刻みに揺すっている。今の時点で相当アンナの所に行くのを我慢しているのが分かる。


 そんな姿を見せられては承諾せざるを得ない。ただ、一つだけ懸念がある。


(聞きに行くこと自体は構わないけど……私、今のアンナとまともに会話ができるのかしら?)


 先程ネーヴェがかけた魔法に精神を安定させる効果もあったらいいんだけど。


「厄介な事にならなければいいんですが……」


 私の不安を見透かしたかのように、セリアが深いため息をついた。


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