第209話 白の狂気・4(※クラウス視点)


 ノック音に応じてドアを開けると若いメイドが朝食と一緒に赤の封蝋がされた封書を持ってきた。急いで封を開き中を確認する。


 入っていた手紙にはツヴェルフ達の転送に協力する旨が書かれていた。


 同時にアスカが両手に包帯が巻かれた状態で表情も変えられず声も出せない程に弱らされていた事が記されていて、心が酷く締め付けられる。


 手紙の最後には懐妊パーティーにアスカを連れてくるように脅した事とツヴェルフ達が落ち合う為の部屋と馬車を用意しておくから自分が公爵達の気をそらしている間にアスカを避難させるようにと記載されていた。


 僕はパーティーに行けない。だけど――行ける人間はいる。

 朝食を手早く食べ終えて、手紙を握りしめて白の部屋から離れた。



「今日リアルガー邸で行われる懐妊パーティーにアスカが来る。そこでアスカを助けて欲しい」


 魔護具の眼鏡をかけて手紙を読むソフィアに頭を下げる。元々懐妊パーティーの招待状は届いていたしソフィアは元々出るつもりだったのを知ってるから今更行けない、とか嫌だかは言わせない。


「まさかここまで酷い扱いを受けてるなんて……あの綺麗な黒のドレスを着て顔を染めてたアスカは幻だったのかしら?」


 アスカに同情的な言葉が出たものの、了承の返事はなかなか出てこない。


「……ソフィア、君はアスカがこの世界に残って欲しいような印象を受けるけど、実際どうなの?」

「……そりゃあ残ってほしいに決まってるわ。だってアスカを助けようとしたらあの悪魔に私とユーリは殺されるかもしれないんだもの」


 苛立ちを込めて呟いてしまった言葉は感情も含めてソフィアに受けとられてしまったようで、目を細めて不機嫌そうに答えられる。

 確かに、ここに来た時も騎士団を巻き込んだ攻撃で僕を追い込むような奴だ。アスカを追い込む為にソフィアやユーリを巻き込むのは想像に難くない。


「一緒に帰れるなら帰りたいけど、無理だと思ったら切るっていう私の考えはアスカにも以前伝えてる。でもね、友達見捨てて何の罪悪感も抱いてない訳じゃないのよ。でも私は友情を大切にして死ぬ位なら友情を捨てて生きるわ……友達の為に人生捨てられる程、私の人生は安くないのよ」


 どんな時でも冷静に、時には他人を見捨てて自分を優先するその思考は嫌いじゃない。だけど――その<他人>がアスカなら話は別だ。


「そう……君が今こうして地球に帰れるまで安全に過ごせているのは僕のお陰……ひいては僕にソフィアを保護する事をお願いしたアスカのお陰なのに、そのアスカを見捨てるような真似するんだ?」


 僕の言葉にソフィアは表情を僅かに歪ませる。


「利用するだけ利用してポイ捨てする、その思考はこの世界の貴族社会では一般的なものだから説教するつもりはないけど……僕はアスカに協力しているんだ。アスカが君を心配するから匿っているに過ぎない。君がアスカを見捨てようとするなら僕も君を匿う理由はない」


 アスカを見殺しにする奴は許さない。部屋の外にいるリチャードに邪魔されないよう、僕とソフィアを囲うように白の障壁を張る。


「今から婚約破棄して君を眠らせて他の貴族に献上しようか? 君は希少なキング級の器……子どもを産んで欲しい貴族はいくらでもいるだろうから」


 ソフィアとリチャード、まとめて眠らせるのは容易だ。ソフィアを突き出す代わりにもう一人、公爵の力を得られるかも知れない。そうすれば圧倒的に有利になる。対価があれば動くのはどの公爵だろう? またスピネル女伯に聞いてみようか?


「貴方もアスカを理由に私を脅すの?」

「人聞きが悪いね……僕が助けたいのはアスカなんだ。ソフィアもユーリもアスカの友達だから優しくしてるに過ぎない。僕はアスカが一番大事なんだ。君が身に付けているその純白の婚約リボン……僕がどんな思いで君に贈ったか教えてあげようか? 絶望だよ。そのリボン、本当はアスカに贈りたかったのに……」


「……分かった、分かったわよ! 助ければいいんでしょ助ければ!」


 ソフィアが音を上げる。最初からそう言ってくれればいいのに。


「……でもあの悪魔に囚われたら無理よ。それは分かって頂戴」

「分かってるよ。君がもう無理だと判断した時は引けばいい。僕はまだ何も起きてないのに自らの保身を優先させてアスカを見捨てる真似をしないでほしいだけだよ」


 そう言って部屋を出るとリチャードが心配そうな表情でこちらを見ている。

 ソフィアに依頼した事はリチャードにも伝えておいた方が良いと判断して口を開きかけたその時、


「あーーもうっ!!」


 部屋の中からソフィアの怒りの叫びが響く。この後すぐドアを開けてリチャードに当たり散らすのが目に見えている。

 困った表情で明らかに狼狽えているリチャードとソフィアの叫びを背に、今はそこから離れた。



 純白の部屋に戻り、これからの流れを確認する。


 今日の夕方、懐妊パーティーでソフィアとリチャードにアスカを保護してもらう――ここからして不安だ。念の為ユーリにも手紙を出しておこう。

 露店通りのブローチの店で見た様子だとあの子は多分情に訴えれば動かせる。

 そしてあの子が動けばネーヴェ君も動かざるを得ない。


 ネーヴェ君なら懐妊パーティーでアスカを保護した後皇城もしくは塔……数時間凌げばあいつは明日の午後まで眠りにつく。

 僕と同じ様に眠る時間が短くなっていたとしても午前中の身動きは殆ど取れないはずだ。

 もし保護できずに館に戻ってしまっていても今の僕とラインヴァイスならそこでアスカを取り返せる。


 両手に包帯、無表情で声も出せない状態――本当は今すぐにでも助けに行って保護したいけれど――カルロス卿が用意してくれた場を感情に任せて潰す訳にはいかない。


(今、僕にできる事は……)


 ユーリへの手紙を書き終えてメイドに託した後、その足で書庫に向かった。


 この国やダンビュライト家に関する書物や様々な魔法書が収められた書庫には純白の魔力にしか反応しない魔錠がかけられている。

 公務が無い真夜中、訓練や読書位しかする事がないから書庫にある本はあらかた読んだつもりだけど、見落としている本やページがあるかも知れない。


 お世辞にも広いとは言えない狭い書庫の中で綺麗に棚に収まっている魔法書のタイトルを確認していく。

 これからの戦いに向けて何か役に立つ魔法――僕でも使える攻撃魔法とかが見つかればいいのだけど。


 自身の魔力の塊をそのまま飛ばす魔弾は色が攻撃力に影響するから僕の魔弾は対人戦において攻撃力がほぼ無いに等しい。


 唯一の攻撃魔法と言える破邪の魔法もあいつが呼び出す悪魔や魔物には大きな効果があるけど、あいつ自身が悪魔や魔物という訳ではないからあまりダメージは与えられない。

 悪魔や魔物より黒い魔力持ってるんだから破邪の魔法が効けばいいのに。


 その他、戦闘に際して僕が使えるのは能力向上や結界、防御壁、回復の他、眠りや麻痺等の対象を傷つけない干渉系の魔法――使える魔法はけして少ない訳ではないのだけど僕が持つ<攻撃手段>は白の弓しか無い。


(この本に載ってる魔法も知ってる物ばかりだな……)


 気になったタイトルの本を手に取り、覚えている魔法はパラパラと読み飛ばしていく。


 取り出した本を棚に戻してまたタイトルを確認していくと埃を被った分厚い辞書に書かれた『魔法大全』というタイトルに惹かれ手に取る。攻撃、補助、妨害、防御、結界、移動、生活……と細かくジャンル訳された目次の中に気になる文言が目に留まる。


 そして最後の目次――<性交・子孫>という文言に目を引かれる。


(まあ、僕もいつかはこういう魔法を使わなきゃいけない日が来る訳で……時間がないけど、ちょっと見るだけなら……)


 罪悪感を感じつつ気分になりつつ視線を下に落とすと、排卵・射精を促す魔法から受胎、避妊、堕胎、出産抑制・促進、緊急時胎児母体外転送など生々しい文言がズラリと並んでいる。


(有力貴族……公爵家は特に同じ色の子を成せないのは致命的だし、逆に同じ色以外の子を多く成すと家の衰退に繋がるからこういう魔法が存在するのは分かるけど……)


 どうにも寒々しく感じてしまう。だけどその思考とは裏腹に脳裏にアスカの姿が過り、また体が熱くなっていく。


 アスカが宿す、僕の子ども。叶うはずのない夢。だけど単純に欲しいか欲しくないかで聞かれたら――欲しい。


(……どうして、こんなに、好きになっちゃったんだろう?)


 僕が初めて傷つけてしまった人。初めて僕の失態を優しく受け入れてくれた人。

 元彼と一緒の声だとか言われて物凄く複雑な気持ちにもなったけど。

 

 弱い癖に強くて、冷めてるように見えて熱くて。頭が良いように見えてそうでもなくて。

 優しい笑顔、悔しそうな泣き顔、可愛い照れ顔、美味しい物食べてる時の嬉しそうな顔、僕を心配してくれる顔――どの顔も、僕の心を揺り動かす。


(可愛くない所もあるし、馬鹿だなって呆れる事もあるし……けど見てて飽きないと言うか……ずっと見ていたいと言うか、ずっと傍にいたいと言うか……)


 ずっと、触れていたい――


 自分の中にある熱い感情を首を横にふって散らす。

 それが叶わないから、手に入れられないから、笑顔で別れて諦めたいのに。


 白の魔力の為に抱きしめあったあの頃の幸せの余韻が消えない。

 心の中で燻り続ける幸せの欠片かけらは僕の理性を惑わし、狂気に誘う。

 

(……アスカの洗脳解けなかったら記憶を消してでも地球に帰すべきなのかな? もし、アスカが地球に帰る事を望まないなら、その時は――)


 首を激しく横に振ったせいだろうか? 目眩がする。そろそろ部屋で横にならないと。

 魔法大全を亜空間に片付け、純白の部屋のベッドの上に倒れ込んで僕は意識を手放した。


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