第11話 寡黙な剣士の自惚れ


 目を覚ますと部屋の天井の照明には灯りがともり、窓の向こうは真っ暗に染まっていた。時計は6時を過ぎている。


「ご、ごめんなさい! 私、すっかり寝ちゃって……!」


 確か『この街へは仮眠の為に立ち寄る。昼には出る』みたいな事をアーサーは言っていたはずだ。

 慌てて身を起こして椅子に座っているアーサーの方を向く。


『一泊に切り替えた。が、そうのんびりはしていられない。体が楽になったなら夕食を食べた後、出発する』


 特に機嫌を悪くしてる訳じゃなさそうなアーサーにホッとしつつ、すっかり寝落ちしてしまっていた事を反省しつつ、とりあえずまた薬を飲んでトイレを済ませる。


 部屋に戻ろうとした所で、別の部屋から数人、冒険者らしき風貌の人達が夕食について雑談を交わしながら一階に降りていった。

 夕食の時間が近いんだろうか? それを肯定するように良い匂いも漂ってきた。


 早足で部屋に戻ってアーサーに夕食が近いみたいだから私達も降りた方が良いのでは、と告げると、


『君が寝ている間に夕食は部屋まで運んでもらうように頼んだ。来るまで横になっていろ』


 と言われたのでお言葉に甘えて横になる事にした。


 それから十数分後――ノック音がしたのでアーサーがドアを開けると旅館の仲居さんのような役割を務めている人だろうか?

 薄いベージュの三角巾を頭につけた、とても身奇麗な印象を受ける素朴な女性が笑顔で入ってきた。


「あの……夕食をお持ちしました……!」


 その人はいそいそとテーブルの上に置かれたパンもサラダとスープを並べていく。私も身を起こして席につくと、それら全ての量がかなり多い事に気づく。

 その中でごちゃりと唐揚げらしき物が山と積まれた皿が一際目立つ。


「さ、サービスで大盛りにさせて頂きました……! お口に合えば良いのですが……!」


 大盛り――と言う言葉で収めるには量が過ぎないだろうか?

 メガ……いや、ギガ盛りと言わんばかりのその唐揚げの山は絶対に通常の量よりサービス分の方が多いように思える。


「ありがとう」

「い、いいえ……!!」


 アーサーが女性に向けた柔らかい微笑みに思わず目を奪われる。笑顔を向けられた女性は顔を真赤にして咄嗟に顔をそらす。


 もしかして――と思った所で女性と目が合う。少し不安そうなその眼差しはもし攻撃的な人であれば敵意も込めてきていたかも知れない。


「あの、お連れの方は……い、妹さんですか?」

「そうだ」


 小さく頷いてサラリと返した返答に思わず吹き出しそうになる。良かった、口に食べ物を入れる前で。


「そうですか……! また何かあれば遠慮なく言ってくださいね……!!」


 アーサーの嘘に安心したらしい女性が心底嬉しそうな笑顔を浮かべて退室した後、改めてアーサーと向き合う。


(この人もナチュラルに嘘を付くのね……要注意だわ)


 有力貴族たるもの、そつなく自然に嘘をつく事位お手の物なんだろう。

 そして、今の女性とのやりとりでどうしても気になる事があり、唐揚げの山に手を付ける前にアーサーに向けて問いかける。


「ねぇ……他の子にはそうやって笑顔向けて優しくできるのに何で私には厳しい訳?」


 それは純粋な疑問で断じて嫉妬とかじゃないんだけど――アーサーにはそう受け取られてしまったらしく、また険しい顔をされてしまう。


『君がダグラスの婚約者だからだ。君にまで惚れられると困る』

「は……!?」


 躊躇なく返されたアーサーの返答に愕然とする。返す言葉が出ないくらいに私の脳が驚愕している。



(すごい……この人、自惚れがすごい……!!)



 確かに、ちょっと笑いかけただけでああなってしまう人を目の当たりにしてしまうとアーサーのそれは自惚れではなく冷静な自己分析なのかも知れないけれど――己の容姿に対するあまりの自信に開いた口が塞がらない。食べ物を口に入れる前に質問して良かった。


(この人……暗に自分はダグラスさんより良い男だから私に惚れられないように気をつけてる、って言ってる自覚あるのかしら……!?)


 スープに口をつけるアーサーの顔をまじまじと見てみる。確かに背が高い美男だとは思うけど、背はダグラスさんより少しだけアーサーの方が上だけど――背は高ければ高いだけ良いってものじゃないし。


 ぶっきらぼうな美男がふとした時に見せる柔らかい笑顔――まあ、そのギャップにやられる人間も結構いるのかも知れないけど――でもダグラスさんが劣ってるとは思えないし。


 むしろ、私的には顔も背丈も声も雰囲気も、ダグラスさんの方が――


(……って、ああ、もう!何考えてるの、私!)


 顔が熱くなりながらもスープに口をつけて思考を紛らわせようとした時、思ったより熱かったスープに思わず舌を火傷してしまう。


 そんな私をよそにアーサーはサービスの唐揚げを淡々と口に運んでいる。そんなアーサーをペイシュヴァルツが何故かジト目で睨んでいた。



 お腹をしっかり満たした後また『サービスです』と先程の女性がマフィンを置いて退室した。


 まだ熱さの残るそれは木の実やドライフルーツがいっぱい入ってて、とても美味しくて少しずつ味わいながら食べていると、アーサーが私の皿に自分のマフィンを乗せた。


「これ……どう考えても貴方の為に作った物だと思うわよ?」

『私はその気持ちを受け取れない。廃棄するより君に食べてもらった方がそのマフィンは幸せになれる』


 女性の気持ちを受けとめられないから、せめてマフィンだけでも幸せにしてやろうというアーサーの謎の優しさに閉口する。

 この人――優しさを発揮する所がおかしい。


『私は少し買い出しに出る。戻って来たら出発するから準備をしておけ』


 アーサーは本当にマフィンに一切目をくれる事もなく出ていく。

 廃棄したのをあの女性が見たら傷つくだろうし、アーサーも食べろと言っていたので美味しく頂く。


 恋する乙女を応援したい気持ちも、あの人の為にツヴェルフになりたいとまで願うルクレツィアを応援してあげたい気持ちもあるけど――2人とも本当にあんな人でいいんだろうか?


「……変な人なんだろうなとは思ってたけど、想像以上に変な人ね……まあ貴方のご主人様と仲が良さそうだし、類は友を呼ぶと思えばそんなもんか……」


 ベッドに香箱座りで寝ているペイシュヴァルツを撫でつつ素直な感想を呟く。ペイシュヴァルツの尻尾がペタンペタンと可愛くベッドのシーツを叩いていた。




 それから30分位してアーサーが片手に紙袋を抱えて戻ってきた。

 宿を出る際に受付で笑顔で会釈する先程の女性と相反するようにオジさんの視線にちょっと怒りが込められているように感じた。

 様子からして2人は親子みたいだ。夫婦じゃなくて良かったなと他人事ながら思う。


 飛竜を繋いであるガレージまで行くとアーサーは飛竜と杭を繋ぐ紐をほどいて飛竜に乗る。そして、私を浮かせると自分の後ろに降ろした。


「……縛らなくていいの?」

『昨日は私が人を連れてセン・チュールを出る所を見られたくなくて荷物に偽装しただけだ。この辺まで来れば変装さえしておけばそこまで警戒する事もないだろう。ただ……コッパー邸の周囲には赤青黄緑の騎士団が常駐しているから、家に入る時にはまた荷物のフリをしてもらう事になる』


 またあの土下座体勢にならなくちゃいけないのか――と思いつつ飛竜がガレージから出る為にゆっくりと歩き出す中、聞き捨てならない言葉に気づく。


「……え? って事は……もしかして私、コッパー邸に入った後はもう出られないって事?」

『そうだ。一歩でも出て誰かに見つかる事があればコッパー家は侯爵家から降格されるだろうし、私も何かしらの責任を追わねばならなくなるだろう。侯爵家は公爵家と違って、多少魔力の色合いが変わっても許されるからな』


 贅沢言えた義理じゃないけれど、色々落ち着くまで外に出られないというのは中々キツい。

 だけど私の行動のせいでアーサーが被害を受けるのは避けなければならない。


「……本当に良いの? 何処か人目につかない所で解放してくれてもいいのよ? 捕まってもアーサーに繋がらないように何か適当に言っておくから。いくら貴方がダグラスさんと仲が良いからって、直に頼まれた訳でもないのに、そんな……」


 良かれと思っていった言葉に予想外の厳しい眼差しを向けられ、思わず身がすくむ。


『……一人で生きる力もないくせに強がるな。今君に何が出来る? 君が死ねばダグラスは悲しむ。私は友の悲しむ顔を見たくはない。私は君の為ではなく、友の為に君を匿う。私を心配するのなら私の邪魔にならないように大人しくしていろ。それが嫌なら私の手を借りなくても自身を守れるだけの力を身につけてみせろ』


 頭を強いもので殴られたような衝撃を覚え、言い返せる言葉が見つからずに黙り込む。

 アーサーは少しバツが悪そうな顔をして持っていた紙袋を押し付けてきた。


『これから夜通し飛竜に乗る。朝にはコッパー家に着くだろうが何か困った事があればその都度言え。腹が空いたらこれを食べろ』


 そう言って渡された紙袋には地球にある物とちょっと色味や形は違うけれどよく似た果物がぎっしり詰まっており、私の顔の近くには水分補給に使えと言わんばかりに手のひらサイズの水球が不安定に浮かんでいる。


(本当に、変な人……だけど、悪い人じゃないみたい)


 色々思う事はあるけど――だからこそ感謝した時はお礼を言うように意識しよう。


「……ありがとう。色々、ありがとう」


 アーサーからの返事はないけど、この距離からお礼を言って聞こえないという事はないはずだ。返事が無い事はもう気にしない事にした。


 飛竜がガレージを出て、羽をはばたかせて空に向けて飛び上がった。

 雨は止み、青白い星に照らされた綺麗な夜空が広がる。


(飛竜か……しばらくこの世界にいなきゃいけないのはほぼ確定だし、いつか私も操縦する機会が来るかも知れないわね……)


 またダグラスさんが暴走した時とか、あるいは白の騎士団に捕まりそうになった時にその辺の飛竜に乗れるか乗れないかで私の未来が決まってくる事もあるかも知れない。

 いや、そんな状況の時に飛竜がその辺にいるかどうか分からないけど。


(これからまた何が起きるか分からないし……今のうちに何でも出来る事はしておいた方が絶対良いわよね……)


――一人で生きる力もないくせに強がるな。今君に何が出来る?――


 アーサーの苦言は最もだ。ル・ターシュへの転送のチャンスを逃した今、次のチャンスが来るまで、私は自分で自分の危機を何とかする力を身に付けた方が絶対に良い。


 ダグラスさんが今時が止まっているという事は、逆に言えば彼の目を気にせずに行動できるという事でもある。

 そして――彼の時が再び動き出した時、私は改めて狙われる事になる。


 この世界に来て、ダグラスさんに頼って、クラウスに頼って、この人に頼って――他人に頼ってばかり。いい加減、自分の身を自分で守れる力を身につけなければ。

 この空の旅をただ運ばれるだけの時間にするには、あまりにもったいない。


「ねえアーサー、私にも飛竜の操縦の仕方を教えてくれない?」


 振り返ったアーサーとペイシュヴァルツに、思いっきり嫌そうに睨まれた。


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