第143話 ゴシップパニック
「ナニコレ!? お堅い新聞かと思いきや何でこんな週刊誌のゴシップみたいな記事が載ってるの!?」
悲鳴の後に言葉を連ねると、セリアの表情がちょっとニヤニヤした物に変わる。
「公爵家の跡継ぎの情報は需要がありますから……ましてこういうシーンは貴族の令嬢達の噂の種に持ってこいですし。私もこれを見た時はビックリしました。アスカ様がダグラス様の前でこんな、男心を煽るような表情をされるようになっ」
「って言うか、これ、盗撮じゃない!? この世界にもパパラッチがいるの!?」
セリアの余計な発言が聞こえきってしまう前にこちらの言いたい事を被せる。
「そういう人間もいない訳ではないですが……多分それは、館に来ていた方が撮ったのではないかと……」
私の圧にテンションが戻ったのか、人差し指を顎に当ててセリアは視線を逸らす。
確かに、向かい合う私とダグラスさんの大きさからして私達から少し離れた位置にいた人間――あの時、このアングルから撮れる人……とくればソフィア達しか思い至らない。
(でも、ソフィアやリチャードがこんな写真、撮る筈ないし……)
そこまで考えるに至って思い当たる、もう一人の男――
「あの緑っ……!! 人の恋路を荒らしていったばかりか、恥ずかしいシーンを公に晒すなんて……!!」
「緑……ヒューイ卿ですか?」
「そうとしか考えれらなくない……!?」
私はそうだとしか思えなかったけど、セリアが想定していた人間は違ったらしい。
「私はてっきりグスタフ殿かルネ殿が撮ったのかと……でもアスカ様の言う通り、あの方が撮る可能性もありますね。緑の人間は何考えてるか分からないので」
何考えてるか分からない、って括られ方もちょっと酷い気がする。
(言われてみればグスタフさんもあの時庭にいたっけ……)
ダグラスさんがヒューイと相対した時にグスタフさんがナイフを構えていた姿を思い出す。
写真屋、というからにはクラウスが持ってた小型の写板を持っててもおかしくない。
(でも、だとしたら何の為に……? 私が嫌がったから、隠し撮りする事にしたとか……?)
グスタフさんが単独で私とダグラスさんを盗撮するとは思えない。まして新聞に載ってるという事は新聞社? にこの写真を売り込んだ事になる。
ヨーゼフさんはともかく、あの人が主の意思に反して行動に出るタイプだとは思えない。
もし私の推測が当たっていたら盗聴、放置、盗撮――3つの裏切りが揃ってしまう。この調子だといつか窃盗も加わりそうな勢いだ。
先に何か盗まれる覚悟だけでもしておいた方が良いんじゃ――と思った時、室内にノック音が響く。
応じるとヨーゼフさんが入ってきた。
「神官長がいらっしゃいました。執務室あるいはこの部屋……どちらにご案内しましょう?」
ヨーゼフさんもいつにもましてニコニコしている気がする。
この人も新聞見たんだろうな――と何とも言えない気持ちになりつつ、神官長をこの部屋に通すように伝えた。
セリアが予め用意していたサービスワゴンからティーセットとお茶菓子をローテーブルに置いた後、すぐに神官長が部屋に入ってきた。
セリアが退室した後ソファに座ってもらい、少し間を取って隣に座る。
ツヴェルフがメイドにも言えないような悩みを抱えている可能性を踏まえて2人きりで話す、というルールは本当にありがたい。早速、地球に帰る事を――
「先ほど叫ばれていたようですが、どうなさいました?」
先に被せられた質問で神官長にまで聞こえていた事実を知り顔が熱くなる。
「すみません、つい叫びたくなるような事があったので……」
本当は新聞を見せて『こんなモン載ってたらそりゃ叫び声の1つも上げちゃいますよね!』と言いたかったけど、載っている写真が写真なだけに見せるのが憚られる。
「ああ……もしかして今日の新聞の事ですか? 気持ちはわかりますよ。好きな人とのひと時を大衆の目に晒されては声も上げたくなるでしょう」
理解してもらえて嬉しいような、見られた事が酷く恥ずかしいような――せめてそう言ってくれたのが穏やかで品のある老人なのがせめてもの救いか。
(よく考えたら、貴族が読む新聞なんだからそりゃ神官長も読むわよね……って事はメアリーとかユン、ネーヴェも読んでそう……優里に変な伝え方しなければいいけど……それに……クラウス……クラウスって新聞とか読むのかな……読まないにしてもソフィアにこの間新聞の事言っちゃったし、リチャードは絶対読んでそう……)
何処まで自分の恥ずかしい表情が知られるのか――両手で頭を抱えて俯く。
本当、恥に耐性ができたと思ってもその上をいく恥ずかしさが襲ってきてどんどんメンタルが削られていく。
メンタルは昨夜ほぼ尽き欠けていたと思ったけど、恐怖で削られるメンタルと恥ずかしさで削られるメンタルはどうも別物らしい。
「アスカ、けして見苦しい物ではありませんでしたよ。そう気に病まずに……」
確かにセリアが気合い入れた写真映えするメイクのお陰で容姿的な意味で恥は晒してないと思いたいけど――苦笑いで言われると何だかすごく微妙な気持ちにさせられる。
「この世界に来てもうすぐ1カ月になろうとしていますが、慣れましたか?」
「……ぼちぼち、です」
私の反応があまり良い物では無かった為か、それ以上新聞に言及すること無く神官長は言葉を重ね、私も少し顔を上げて答える。
日常生活には慣れてきたけど、昨日のような心霊現象や新聞で晒し者になる状況には全然慣れていない。まさにぼちぼち、といった状況だ。
「アスカは何度も危険な目にあっていますからね……現時点で何か困っている事はありませんか?」
新聞の事で切実に困っているけど神官長にはどうしようもない気がする。それより大事な事から聞いていこう。
「あの……私達が地球に帰ろうとしてる話は聞いてますか?」
「聞いています。まさかアシヅキ・ユミの孫が召喚されるとは思っていませんでした。器の大きさは遺伝も関係しますから彼女の血族が召喚される可能性が無い訳ではなかったのですが……」
神官長は懐かしそうに呟くと遠い目でガラスのドアの向こうを見据える。
「……皇家はどこまで協力してくれるんです?」
ネーヴェが言っていた転送だけ、という状況は今も変わらないのだろうか?
優里がもう既に皇家と話していたら、もう少し私達に協力的になってくれているかもしれない――そんな願いを込めて聞いてみる。
「私が皇帝から命じられているのは緑の節の5日が始まる瞬間にル・ターシュに転送する事です」
始まる瞬間――という事は5日の0時。0時という事は――クラウスが目を覚まして、ダグラスさんが意識を失う瞬間。
ああ、どうせなら12時だったら良かったのに――
(でも……22時以降は彼も大分辛いはずよね? 昨夜のダグラスさんの情緒不安定は体調面が関係してると思うし……それを考えると0時というタイミングはそこまで悪くもない……?)
クラウスの10時に立ち続けるのも辛い、という情報をダグラスさんに置き換えれば昨夜私と相対した時には結構辛い状態だったはず。
そんな状態で魂虐めしてたのも恐ろしいけど。
「……隠れた星の道は確実に開けるんですか?」
状況を考察しつつ、ずっと気になっていた事を聞いてみる。ル・ターシュは隠れてしまったとダグラスさんが言っていた。
それをどうやって見つけるか、私はその手がかりすら掴めてないけど――
「……ル・ターシュは<隠された事にしている星>です。実際は隠れていません」
少し躊躇う仕草を見せたのち、神官長の口から意外な答えが返ってきた。
「え……何で隠された事にしているんですか?」
ダグラスさんやクラウスも隠れてると思ってる。それはつまり皇家や公爵家の人間にしか入れない禁書の間にある情報そのものを偽っている事になる。
そうさせる程の理由は何なのか――興味惹かれて重ね問うと神官長はまっすぐに私を見据えてきた。
「貴方達は私がかつてル・ターシュにルイーズ姫達を転送した事もご存じのようですし、話しても構いませんが……これから話す事は皇家機密です。誰にも他言しないと約束できますか?」
そう言われるとちょっと怖気づいてしまうけど――問われた言葉に小さく頷くと、神官長は静かに語り出す。
「……私が彼女達をル・ターシュに転送したのは星間戦争を防ぐ為です」
「星間戦争……?」
ファンタジーな世界に似つかわしくないSFの単語を、無意識に復唱していた。
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