第59話 いくら平静を装っても・2(※ヒューイ視点)


 再びソファに座り直した俺達は、お互いの情報を交換した。


 まず――ダグラスが自身の不安に比例して頭にツノが生えたり引っ込んだりするようになった事を教えられる。


 ダグラスの魔人化については親父も話していた。学生時代から今まであいつが頭を抑えるような仕草をしてるところなんて一度も見た事無いが、一度魔人化した経験から魔人化しやすい状態になってしまった、と考えれば合点がいく。


「不安に反応して魔人化が進むって事は……未来で起きるダグラスの暴走も魔人化が大分関わってそうだな」


 魔人化と聞いてまず真っ先に浮かぶのは数百年前に存在した最恐のツヴェルフ、ベイリディア・ヴィガリスタが起こした戦争で魔人化した、当時のセレンディバイト公――グラファイトの名。


 伝承によればグラファイト公は妻であるベイリディアを助けようと魔人化し、民と皇都を守るリアルガー公グレンとほぼ相打ち、瀕死の所でグレンの妹、カレンにトドメを刺されたらしい。


 そんな公爵の前例がある以上、警戒しておかないといけない。

 ダグラスは器もデカい分、公爵一人の相打ちで瀕死に持ち込めるかどうかも怪しい。


(俺が一人前で、色神を宿してれば良かったんだけどな……)


 いくら優秀な魔道士と言えど、色神を宿す人外には敵わない。肝心な時に他人の力頼りってのはどうにも情けない。

 親父を殺せる気が全くしない以上、一日でも早く一人前になれるよう努力すべきなんだろうか――


 そんな自嘲を抱きながらダグラスの暴走の原因の大きな手がかりを掴んだ所で、こっちは青の公爵が死ぬと帝国が襲ってくるらしい事を話す。


 ヴィクトール卿が死んだ後、と切り出すとお姫様は驚いた。まああの人、この子には異様に優しいらしいからな。


 ダグラスが以前『青は飛鳥さんを死なすのはもったいない、と言っていたが青にとって一体何がもったいないのだ?』と愚痴ってたが、どう考えてももったいないだろ。


 お前に愛されてるこの子を手懐ければ、この子を介してお前を利用できるんだから。


 ――そう忠告する前に『飛鳥さんは本当に警戒心無さすぎて困る』と話題が変わってそれきりだったが、この子はすっかりヴィクトール卿に手懐けられてるようだ。


 まあ公爵の中ではあの人が一番温厚に見えるし、一見人当たりはいいからな。

 おまけに相手の感情も見透かせるから、相手が不快になったらすぐフォローを入れられる。


(もし、あの人がこの子とダグラスを使ってヤバい事を企んでたら、物凄くやりづらいな……)


 だから少しは警戒してもらいたいんだが、相手はその警戒も見透かす――本当に厄介な相手だ。


 そんなヴィクトール卿に『貴方が死んだ後、帝国が押し寄せてきます』と告げるべきか、告げるとしたら誰が告げるかを考えた時――クラウスが立ち上がった。


「ペイシュヴァルツがこっちに向かってくるって。僕がいると空気悪くなるだろうし、そろそろ離れるよ」


 その言葉に応じるように鳩サイズのラインヴァイスが現れて肩にとまる光景を見ていると、クラウスと目が合う。


「……君達も、必要ならサウェ・カイムまで乗せてくけど?」

「いや、俺らはこっちでまだやる事があるからな……ダグラスが来るまでこの子を一人にする訳にもいかないし、気持ちだけ受け取っとく」

「……別に、ついでだから言っただけで気持ちなんてないから。じゃあ飛鳥、またね」


 クラウスは俺に対して目を細めてつれなく言った後、お姫様に再び笑顔と穏やかな声をかけてバルコニーから出て、ラインヴァイスに乗って颯爽と飛んでいった。


 素直だったり素直じゃなかったり、忙しい奴だな――それでもまあ、少しはこっちに気を許してくれたみたいだが。

 あのシャニカを消滅させずに捕らえた事といい、元々は優しい気性なんだろう。


 色々前科があるから油断はできないが、ダグラスを抑える為にはどうしても公爵の、色神の力がいる。

 全く攻撃向きじゃないとは言え、純白の大鷲の力とダグラスを上回る魔力量を維持するあいつと上手く連携が取れれば、これ以上にないくらい心強い。


(仲悪くも仲良くする気もなかったが、ダグラスの暴走を考えると多少は仲良くしておいた方がいいか……)


 クラウスが見えなくなった後、帝国に関しては俺とモニカ嬢で情報収集し、いざという時にアクアオーラ領も含めてすぐに連携を取れるようにしておくと約束した。


 そしてお姫様とジェダイト姉妹の会話を見守りながら時折フォローを入れているうちにセリア嬢が戻ってくる。


 シアンに変化したオーラがいない事にホッとしたが、その後、数分と立たずにダグラスがやってきた。


「何故お前らがここにいる……!?」


 声は不機嫌を顕にしていたが、お姫様の手前。威圧して追い出すには至れないらしい。

 そんなダグラスにお姫様は笑顔を向ける。


「ああ、二人はジェダイト邸でトラブルがあったけど、解決したから戻ってきたんだって」

「飛鳥さん……私がいない時に危険人物と会わないでください……!!」


 お姫様の雑な説明にダグラスは口元を震わせている。


「ごめんなさい……でもダグラスさん、何処行ってたの? 朝起きたらいなくて、私すっごく心配したんだから……」

「そ、それは……すみません。実は、その……アクアオーラに伝わる飛鳥さんと同郷のツヴェルフが作らせたと言われる海鮮丼なる食物を、サプライズのお返しにどうかと思いまして……」

「海鮮丼……!? どんなのですか!?」

「い、今お出ししますね。お口に合えば良いのですが……」


 猪突猛進なお姫様でもそこそこ演技は出来るんだなと感心すると同時に、全て分かってる彼女の演技に見事に騙されてデレデレしてるダグラスに哀れみを感じる。


 男が女性を前にデレデレになる姿なんて、まあまあ気恥ずかしくなってくるもんだが――英雄と称えられ、死神と恐れられる友人がそうなってる姿はもう見てられないな。


 ダグラスが亜空間から出現させた、水色の――底が深い蓋付きの器にお姫様が注目した瞬間、ダグラスの念話が響く。


『お前達、用が済んだならさっさと出ていけ……!』


 恋に慣れない友人の必死な圧に従って、邪魔者達はそこで退散した。




「ヒューイ様……今回の温情、本当にありがとうございます」


 晴れた空の下、海を一望できる道を歩きながらメールリッドホテルに向かう途中、モニカ嬢から頭を下げられる。


 ジェダイト家が時戻りの針を使って今までどれだけ本来の歴史を改変したのか分からない。

 それに今回の一件も加えるとジェダイト家の爵位の剥奪はおろか、一族全員処刑してもおかしくない位の重罪だ。


 公にできない――親父に気づかれると厄介だから罪に問えない、という事情もあるが、俺自身、この姉妹の命を奪うような事はしたくない。

 だからあの子が姉妹を許し、生かそうとしてくれる優しさは素直にありがたかった。


「……ヴェレーノ卿に大分世話になったからな。流石にこれ以上の厄介はごめんだが」


 ジェダイト領の返還の際、親父はこの姉妹に無関心だった。それが今回の嵐の一件では『抵抗するようなら殺せ』という指示を出した。

 次にトラブルを起こされたら間違いなく『殺せ』と言われる。

 本当に――この姉妹にこれ以上災いが降りかからない事を祈る。


「モニカ嬢、シャニカ嬢……君達が助かったのは俺の温情と言うより、あの子の温情だ。それは絶対に忘れないでくれ」

「ええ……もちろんです」

「ねえさま、アスカさまって、あの子が言ってたよりずっと優しい人だったね」


 モニカ嬢の服を掴んでいるシャニカ嬢の笑顔と、その笑顔を受け入れるモニカ嬢の穏やかな微笑みに、ようやくヴェレーノ卿の願いを叶える事が出来た気がした。


「……今の君達を見られたら、ヴェレーノ卿も喜んだだろうな」

「どうでしょうか……お父様はきっと、あのシャニカも助けたかったのだと思います。私達の無事は喜んでくれるでしょうが、心から喜んでいるかどうかは……」


 モニカ嬢が無言で空を見据える。

 俺が普通の親子、兄弟というものをちゃんと理解していたら、きっと気の利いた事を感情込めて言ってやれたんだろう。


「……あのお姫様なら、悪いようにはしないさ」

「そうですね……父に殺されかけたアスカ様にあの子を助けて頂くのはとても心苦しいのですが……お父様は本当に、あの子を心配していましたから」


 無難な言葉にモニカ嬢が同調する。ただその表情は何処か悲しげで、心の整理にはまだまだ時間がかかりそうな事が伺える。

 

「……ところでヒューイ様、ここ最近ジェダイト領の女性貴族達がヒューイ様の病が治ったらしい、とあちらこちらで噂しておりまして……」


 この話を続ける事を避けたかったのか、モニカ嬢が思い出したように話題を変える。


 病――俺が時間を置かずに様々な恋を患うからそんな風に言われている、と数年前に教えてくれたご婦人の顔はもうちゃんと思い出せない。

 つくづく酷い人間だな、と自嘲しているとモニカ嬢の言葉が続いた。


「人工ツヴェルフの事も知れ渡り、今、ヒューイ様の心が自分に向けば公爵家に家の血が混ざるかも知れない、と親を説得している者も少なくないらしく……」


 モニカ嬢の言う通り、ルクレツィア嬢との縁談が破談になって以降、俺のところにはポツポツと縁談の話が来ている。

 俺の病が治ったと判断した、政略あるいは子作り目的の縁談だろう。


 人工ツヴェルフが実現した今、恋愛でも政略でも跡継ぎが作れるとなって、予想していた通り貴族達の目が変わった。


 リアルガーは長男の番がツヴェルフ、リビアングラスは嫡子の夫人がツヴェルフ化、セレンディバイトとダンビュライトはお姫様以外眼中になし――公爵家の嫡子でまだ相手が決まってないのは俺とラリマー家のアレクシス公子くらいだ。


 きっとアレクシス公子やネーヴェ皇子にも縁談が来ているんだろうな――シルバー家のロビンもそうか。

 あそこも代々ツヴェルフの子が後を継いでるらしいしな。後は――


「彼女達の婚期がこれ以上延びてしまうのはこの地の領主として非常に困りますので、ヒューイ様には一言言わなければと思っていたのですが……素敵な方が見つかって本当に良かったです」

「……ん?」


 モニカ嬢の言葉に思考が中断する。


「あの方の真っ直ぐかつ、お人好し過ぎる面はこの世界で公爵夫人として生きていく上で障害となる所も多いでしょうが……案外、ヒューイ様と相性がよろしいかもしれませんね」


 真っ直ぐかつ、お人好し過ぎる公爵夫人――嫌な予感がする。


「ですが、想い人がアスカ様である事……言わなくて本当によろしかったのですか? セレンディバイト公が暴走する要因になりかねませんから、迂闊に想いを打ち明けられないのは分かりますが……」

「ま、待ってくれ……何で俺の想い人があの子だと思ったんだ?」


 これまで恋にのぼせていた頃に比べて、あの子に対する態度は大分抑えたはずなんだが――


「アスカ様のお名前、一度呟いたきり全くお呼びしませんでしたから。流石に不自然です」


 確かに。言わないと不自然だって事も分かってたんだが――何でこんなに照れるんだ?

 これまでの女性でこんなに名前を呼ぶ事に抵抗を感じた事はないんだが。


「……お姫様呼びに慣れてたからな。いざ名前で、と言われると上手く言えない。それだけで好意があると思われるのは……」

「あ、ヒューイさま、また顔赤くなってる……!」


 シャニカ嬢から指差しつきで指摘される。言われてみれば顔が少し熱い。

 亜空間から手鏡を取り出すと、風邪でも引いたのかって位に赤く染まっている。


 声や態度だって、時には感情だって抑え込む自信はあったが――血の巡りってどうやって抑えるんだ?


 子どもにまで気づかれるようじゃ、察しのいい奴にはバレる、っていうか、待て――って、もしかして、あの子の名前を呼んだ時も――


「ヒューイ様……安心なさってください。貴方が想いに気づかれたくないのなら、私もそれに従います。心配なさらずともこの事を他言するつもりはありません」


 困ったように微笑むモニカ嬢に、俺は生返事しか出来なかった。


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