第225話 黒の献身・3(※ダグラス視点)
襲いかかった瞬間に放たれた白い閃光によって目をやられ、ペイシュヴァルツの意識が途絶えた。
何が起きているのか分からない暗闇の中で起き上がる事も出来ず、ただただ飛鳥さんの無事を願うが、しばし間をおいて戻ってきたペイシュヴァルツの視界にはベッドに眠る私の姿しか映っていなかった。
しばし間をおいて私に向かって叫ぶメイドの声が聞こえる。
――引き止めたいのであれば、とっとと起きて引き止めに行ったらいかがですか!?――
私が今指一本すら動かせない状態とも知らずに、好き勝手言ってくれる。ドアが閉まる音がした後、ようやく瞼を開けるだけの力が戻ってきた。
ゆっくりと首を横に向ける。日差しに照らされたベッドの上、隣りにいたはずの彼女が居ない。私の傍で安心して寝息を立てていた彼女が居ない。
彼女が居た先に手を伸ばしても、もう何の温もりも感じられない。
私が寝ている横で飛鳥さんはさらわれたのだ。何と間抜けな事だろうか?
傷付いてはいないだろうか? 少なくとも、彼女は何も着ていなかった。裸体を異父弟に見られてしまっただろう。
異父弟を殺せないこの世が本気で忌々しく、恨めしい。奴が宿す色神がもたらす災厄が自然災害ならまだ殺せたのに。
異父弟を殺せばル・ティベル全土に凶悪な病気が蔓延する。
空気、水、食物、体液、汚物――何処からとも知れずに感染する可能性があるそれによって、私あるいは飛鳥さんが死んでしまうかも知れない。
あらゆる怪我や病気を治せる回復魔法が使えるのは穢れなき純白の魔力を持つ者のみ。それに該当するのも今この世で異父弟しかいない。
ああ。いっそ飛鳥さんと2人、この星を捨てて誰にも邪魔されない世界へ行けたら。
私は黄と違って民などどうでもいいのだ。ただ自分の願いを叶える為に、生活していく為に魔物討伐している私にとってはこの世界が滅んだ所で、何も――
(とはいえ……私の子はこの世界でしか生きていけない)
仮に地球で飛鳥と共に過ごせても、子を成そうとすればいずれ世界の理を歪めた者として断罪される。私も、飛鳥も、私達の子も。
私は子どもが欲しい。その子どもには幸せになってほしい。あわよくば自分も幸せになりたい。飛鳥さんにも幸せになってほしい。
だから――飛鳥さんをこの世界に引き止めるしかない。
視界が淀む中、吐き気を抑えながら半ば意地で着替えているとアスコットタイを飾る黒い音石が嵌め込まれたリングからルドルフの声が響く。
『ダグラス様、起きておられますか? アーサー様が来られました』
魔導学校時代からの友人は皇都に来る機会がある度に近況を報告しに来る。
が、いかんせん今は近況を聞いている時間がない。しかし、今のこの状況――協力を仰ぐには丁度良い。
「……執務室に通しておけ。私もすぐに行く」
『かしこまりました。それとご報告したい事が……』
ルドルフから聞いた情報で今の状況を把握した後、音石に手を伸ばす。
常日頃から身につけているこのタイリング型の特殊な音石は黒の魔力にしか反応しない仕様にしているせいか、あまり音石と気付かれない。
(さて……上手く作動してればいいが……)
体調が悪くなった時でも重要な事柄を聞き逃す事が無いよう、日中私が起きている時はこの音石は常に起動している。
しかし寝ている間は魔力の供給ができない為動作しない。
今まではそれで良かった。私が寝ている時に何かあればペイシュヴァルツが伝えてくれるからだ。
だからこれまで寝ている間に何があっても不自由を感じた事はなかった。
しかしヨーゼフが飛鳥さんに私の体質を伝えた時――ペイシュヴァルツは傍で聞いていたはずだ。それなのに伝えてこなかった。
恐らく、言えば私が飛鳥さんやヨーゼフに罰を与える事が分かっていたからだ。
あれは自分の判断で言う言わない、見せる見せないを決める。全てを教えろと言っても聞かない。それが私にとって非常に都合が悪い。
だから寝る前に石に溜め込んだ魔力が尽きるまで自動的に録音するよう音石に少し加工を施した。
通信機も兼ねる音石は他の魔道具に比べ複雑な構造をしている上、小型のリングは容量が少ない。土台から作り直す時間も無かった為、録音できる時間は2時間程しかない。
自動録音に切り替えたのは就寝時。そこから2時間以内。ペイシュヴァルツが見た
『クラウス……! 私、地球には帰らないって……!!』
声が、聞こえる。続いて聞こえる異父弟の声によって飛鳥さんが無理矢理さらわれた事を理解する。
彼女は『地球に帰らない』と言ってくれている――私との約束を、果たそうとしてくれている。
このやりとりからして最初にさらわれた時も異父弟にそう言ったのだろう。
洗脳だと? どうすれば飛鳥さんを洗脳させる事が出来るのかこちらが教えて欲しいくらいだ。
私だって従順な飛鳥さんが見れるものなら見てみたい。洗脳できるものならしてみたい。
まあ作られた笑顔より昨夜の飛鳥さんの純粋な笑顔には敵わないのだろうが。
と言うか男と一緒に寝ている全裸の女を誘拐するなど、非常識も甚だしい。どうせこの館にいる者を全員眠らせるのなら飛鳥さんが服を着ている日中に来い。
次からは契る場所を考えなければ。私の寝室か? 漆黒の部屋か? 訓練場の地下に専用の個室を追加するという手もあるが散財したばかりで予算が厳しい。
ああ、必死に私の名を叫ぶ飛鳥さんの声に心を搔きむしられる。
飛鳥さんの名を叫ぶ異父弟の声が酷く忌々しい。
直ぐ側でここまで叫ばれてもなお、目を覚ます事すらできなかった自分が憎い!
先日彼女に抱いた怒りや疑問が消え、その分異父弟に対して怒りが上乗せされていく。
その怒りに打ち震えながら、その少し前の飛鳥さんの甘い言葉を聞いて心を落ち着かせながら執務室に向かった。
執務室に入ると魔導学校からの友人が机の前に立っていた。私の様子を目を細めてみやるなりテレパシーが響く。
『ダグラス……具合が悪そうだが、大丈夫か?』
「大丈夫だ……用件は何だ?」
まだ目眩がするが、いつもの事だ。時間が経てば良くなるのは分かっている。
『先程弟に……リチャードに会っていこうとダンビュライト邸に寄ったのだが、門番も外にいる騎士達も何者かに眠らされていた。そしてその場に弟の魔力を感じなかった……何か知らないか?』
あれは皇城の近衛騎士――皇家の命令か自分の意志かは分からないが恐らくツヴェルフを守る為にセン・チュールに付いて行ったのだろう。
今日が終わる時に彼女達はル・ターシュに転送される。今は11時過ぎ、後12時間弱――時間がない。
アーサーに手短に状況を説明すると、彼は厳しい顔で俯いて顎に手をかける。
『仮に皇家の命令だとしてもその状況でコッパー家の人間がツヴェルフの傍にいるのは不味い。私はセン・チュールに向かうが君はどうする?』
「勿論私も向かう。が、その前にいくつか寄る所がある。どの道あの街に結界が張られていたらお前一人の力ではどうにもできまい。一緒に来い」
ヨーゼフの所に立ち寄りランドルフがセン・チュールに向かっている事を確認した後、ルドルフを御者に黒馬車を出した。
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